03 奪われた友達

 ――惑星ナダム


 かつては多くの国家が覇権を争っていたこの星は、ヨルグヘイムという神の出現により、そのことごとくを滅ぼされ、唯一現存する国家はエルナダのみである。


 エルナダは科学に抜きん出た国であった。

 特にサイバネティクス技術は医療、軍事に於いて他国を圧倒していた。

 その技術はヨルグヘイムによって更に向上し、戦場という実験場で磨き抜かれ、新たな戦場を生み出していった。


 だが他国を全て滅ぼしても、科学者達の更なる技術への欲望は尽きる事が無かった。

 そして、外敵が存在しない今日、その実験場は内部に用意されていた。

 戦争の必要が無くなったエルナダ軍は、大幅に規模を縮小したものの、今度はヨルグヘイムを危険視する者や異を唱える者の摘発を開始したのだ。

 そしてそれは政治家にまで及び、民主主義であったエルナダは失われ、一党独裁に取って代わってしまったのだ。


 軍によって苛烈に鎮圧される反対運動は、当然の如くレジスタンスを生み出し、彼らは自由を賭けた戦いの場で活躍していく。

 だが、それこそが軍首脳部や科学者達の狙いであり、レジスタンスは新たな技術を生み出す為に、生かさず殺さず、利用され続けるのである。










 そんな歪んだシステムに守られた研究施設の地下にある洞窟では、行方不明になった小竜の探索が行われていた。

 アインダークとエルシャンドラに尋ねても口を割る事は無いと予想したヨルグヘイムは、無駄な事は一切せず、小竜の探索と発見の報告のみ指示するだけだった。


「拷問くらいしてくるかと思ったのだが、意外であったな……」

「ヨルグヘイムも私達を見て、無駄だと悟ったのですわ」


 結界の檻の中で、予想が外れて少々残念そうなアインダークの口調に、エルシャンドラはクスリと笑った。

 しかしその笑みはすぐに消え、その濃紺の瞳に不安の色が浮かびだす。


「エルシャ、心配するな。我らの子は大丈夫だ」

「あなた……でも……あの子は、ほとんど外界との接触がありません。私達から如何に話を聞かされてはいても、その経験値が圧倒的に足りませんのよ?」

「それは仕方無かろう。それを補う為に様々な話を聞かせた、とも言える」

「分かってはいる……つもりなのですけれど……」


 人類の存在しない自然豊かな星で生まれ育ったアイス。

 両親と小動物に囲まれた生活はそれなりに幸せだったが、退屈でもあった。

 そんなアイスを見て両親は、アイスが竜化できるのを待って長い旅に出たのだ。

 アイスは素直に育ったが、溺愛する両親のせいもあって、甘えん坊だ。

 エルシャンドラは、精神的に幼さの残るアイスが心配で堪らなかったのである。


「エルシャ、そんな事では、立派になって帰って来たアイスに笑われるぞ?」

「そ、そうですわね……えっ!?」

「むぅ!?」


 不安の原因を察したアインダークに慰められていたエルシャンドラだったが、急速に接近する自身の竜力に驚きの声を発し、アインダークもまた、慣れ親しんだ気配の接近を感知し、珍しく驚きの声を上げた。

 そして、二体の星巡竜の足元が輝き、光が収まると、彼らにとって意外な光景が現れた。


「む、これは!?」

「ア、アイス?」


 それは背中を真っ赤に染め、うつ伏せに倒れる少年だった。

 だが、その身の内には確かに愛する我が子の気配を感じる。


『父さま! 母さま! 彼を! 彼を助けてください!』


 今にも泣きだしそうな我が子の声が、二人の頭の中に響いた。


「アイス。我らは滅多な事で人に干渉してはならぬのだ」

『でも! 彼は助けてくれたのです! お願いします! 父さま!』

「あなた!? アイスは教えを理解した上で願っているのですよ!?」

「む、しかしな、エルシャ……」

『お願いですぅ! 彼が死ん……だら……アイスは……わぁぁぁぁ……』

「アイスが泣いて頼んでいるのですよ! 今がその滅多な事ではなくて!?」

「うむぅ、わ、わかったエルシャ……」


 人に干渉するという事は、その星に住む人々に際限なく希望を与えてしまう。

 そうなってしまえば、やがてその星を去らねばならなくなる。

 そんな話を何度もしてきたはずであるのになぁ……とアインダークは思う。

 だが今のアイスには、と言うか、エルシャンドラにすら、そんな話は頭の片隅にも無い様だ、とアインダークは説得をあっさりと諦めた。

 アイスが絡む時のエルシャンドラとは、絶対揉めたくないアインダークなのであった。


 倒れている少年が真紅の光に包まれる。

 それはアインダークのみが持つ、生命の力。

 普通、星巡竜は癒しの力も有している。

 だがアインダークの真紅の力は、死者をも蘇らせるどころか無から生命を作り出す事すら可能な力なのである。

 その真紅の力ならば、瀕死の少年に万が一の事態も起こるはずは無かった。


「アイス、もう大丈夫だ。出てきなさい」

『は、はい。父さま。ぐすっ……、あ、ありがとう……ございます……』

「うむ。良いのだ。だから泣くな」

「そうですよ、アイス。星巡竜がいつまでも泣くものじゃありませんわ」

『はい、母さま。ありがとうございます』


 少年の体から光の粒子が溢れ、それは小竜の姿を形作っていく。


「ああ、アイス。会いたかった!」

「はい! 母さま!」


 昨日別れたところではないか、とアインダークは思ったが、口には出さない。


「よく戻ったな、アイス」

「は、はい。父さま。その……ごめんなさい、こんなに早く戻ってしまって」

「本当にこの子は。まさか一日で戻って来るなんて……ねぇ、あなた」

「う、うむ……いや、さっきは会いたかったと……言っておらなんだか……?」

「もちろんですわ、あなた。それはもう、身を切られる思いでしたのよ?」

「そ、そうだな。すまん……」


 何故かアインダークは謝った。

 これ以上踏み込むのは危険な気がしたのである。

 そんなアインダークを置いて、エルシャンドラは未だ倒れたままの少年を幻想的に輝く濃紺の光で包んだ。


「まぁ、なんて優しい……」


 それだけを口にしてエルシャンドラは光を収めた。

 エルシャンドラのみが持つ濃紺の輝き、それは知識の力。

 干渉する全ての物の仕組みや本質を理解し、知識を分け与える事もできる。


 エルシャンドラは少年の記憶に干渉し、少年の十六年間を知ったのだ。

 アイスとの記憶以外を口にするには、少年の過去は悲しいものだった。

 エルシャンドラは少しだけ少年に、感謝の気持ちを込め、力を与えた。

 それは少年にとって今後、大いに助けになるはずの物であった。










 アインダークらが捕らえられている大空洞には、二メートル四方の両開きの扉が、中央の檻を挟むように二つ付いている。

 その片方の扉の十数メートル上には研究室の大窓が付いている。


 大窓には何人もの人影が、アインダークらをうかがっているようだった。

 しばらくすると、大窓の下にある扉が開き、武器を構えた男たちが姿を見せた。

 それは研究室から連絡を受けた、二十人程の武装した兵士であった。

 その大半が機械的なプロテクターらしきものを身にまとっている。


 前方の数名は銃を構えながら檻に近づいて行くが、残りの者はただ歩いているだけの様に見えた。

 檻まであと十メートル、という所で兵士達は小走りに左右に散開し、檻を半包囲する様に前後二列で射線が重ならない様に交互に等間隔で並んだ。


 アインダークは取り囲む兵士達を見て、眉をひそめた。

 ただ歩いて来ただけのように見えた兵士達も武器を備えていたからだ。

 ある者は肘から、ある者は肩から、腕自体が銃になっていたのだ。

 後方に控えていた武器を持たぬ軍服の男が一人、列を抜け、檻の前まで進み出る。


「研究室から報告を受けて来た。速やかにその少年を引き渡してもらいたい」


 冷酷そうな目をした軍服の男は、抑揚の無い声で淡々と告げた。

 アインダークは、妻と子の突き刺さるような視線を感じていた。


「断ると言ったら?」


 アインダークにも、何もせぬまま少年を引き渡す気など無かった。

 男はやれやれ、という感じで肩を竦め、ニヤリと口元を歪めた。


「それでは、仕方ない。少々苦しい思いをしてもらう事になる」


 男が右手を上げると、檻となっている柱が全て輝きだした。


「ッ!」

「うっ!」

「あうぅぅぅ!」


 その瞬間、檻の内部に強烈な力が襲い掛かった。

 咄嗟にアインダークとエルシャンドラは結界を展開するが、その力は結界を展開しても尚、その身にじりじりと苦痛を与えてくる。


「あああああ!」


 アインダークとエルシャンドラにとっては眉をしかめる程で済む苦痛も、アイスはそうはいかない。

 想像を絶する苦痛に、叫び声を上げずにはいられなかった。


「アイス! 貴様ぁ! 今すぐ止めよ!」

「アイス! アイス!」


 アインダークの叫びに、男は右手を下ろした。

 同時に、柱の輝きが収まる。

 ぐったりしている小竜の様子に口元を歪め、男が抑揚の無い声で再び告げる。


「少年を引き渡してもらおう。子供は大事だろう? それに少年は……次は死ぬぞ?」


 倒れたままの少年の口と鼻から血が流れていた。


「だ、誰が……お前の、言う事なん……か、聞くもん……か……」


 アイスはよろよろとした足取りで、男の視界から少年を隠すように立ち塞がった。

 だが、そのアイスを光が包み、ふわりと浮き上がると、エルシャンドラが翼で覆ってしまった。

 同時に少年も光に包まれ、浮き上がると、男の足元へと運ばれた。


「父さま! 母さま! どうして!?」

「アイス、許せ」

「そんな!」

「アイス、聞き分けなさい。彼を殺されない為には、こうするしか無いのですよ?」


 アイスにも分かってはいた。

 分かってはいたが、屈したくはなかったのだ。

 それに連れて行かれた後は、少年がどうなるか分からない。

 そんな思いがつい口に出るが、母の言葉に返す言葉が見つからない。


「賢明な判断だ。では」


 男はそう言うと、くるりときびすを返した。

 兵士達も銃を下ろし、男の後に続く。

 そして少年も一人の兵士に担がれ、扉の奥に消えて行った。

 残された広い空間には、アイスの泣き声だけが響いていた。

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