邪神会議

途上の土

第1話 邪神会議

「はい。それではこれより、恐怖の邪神、召喚会議を始めます。きりーつ。注目! 礼! ちゃくせーき!」


 僕の掛け声で、現魔王のアリスと臣下のドイルが同時に礼をした。


「注目ってなによ。普通『気をつけ』でしょ?」


 アリスが僕の『群馬式』にイチャもんをつける。腕組みをしているせいか、そのふくよかな胸が強調され、視線が誘導されそうになるが、理性でこらえる。魔王であるアリスに欲情しているなんて、知れたら調子に乗ったアリスに毎日からかわれるに決まっている。

 僕は淡々と答える。


「僕の故郷では『注目』は欠かせない工程です。イチャもんつけるなら、おブチ殺しさせていただきますよ?」


「おブチ殺しさせていただくって何?! 謙譲語なようで全然へりくだってない! 怖い!」


 魔王のアリスが己の身を抱いて震えた。

 ちなみに僕は一応魔王の執事を務めている転生者だ。種族はバンパイア。生まれは群馬、転生後は魔界。名前は今はポチで通っている。あだ名ではない。正式名称である。名付け親はこのアンポンタン魔王だ。マジでおブチ殺しさせていただきたい。


「確か迷いの樹海の原住民の様式ですぜ魔王様。昔テレビで見やした」


 臣下でオーガ族のドイルがドヤ顔で間違った知識を披露する。

 全然違う。群馬だから。迷いの樹海の原住民じゃないから。

 僕の故郷をディスらないでくれる? おブチ殺しさせていただいちゃうよ?

 話が進まないので、おブチ殺しにはしないで、司会進行を続けた。


「さて、ではこれから生み出す恐怖の邪神について何か意見のある人?」


 魔王アリスの長年の夢。邪神召喚がまもなく執り行われるのだ。数百年、溜め続けた魔力で邪神を創造する。

 しかも、邪神の能力も見た目もこちらの思いのままにできるのだ!

 これが上手く行けば人族など、数日で滅ぼせる。


 僕が例として挙手して見せると、じっと座っていたアホのアリスがシュバっと挙手した。


「はい、アホのアリス様」


「誰がアホのアリスよ! え、てか、そんなふうに思ってるの私のこと?!」


 アリスがいじけ始めたので、机をトントンして先を促す。

 それに気付いたアリスがようやく意見を口にし出した。


「てかさ、会議の前に邪神のステータスとか見れないの? もうステータスは決まってんでしょ?」


「おお、そりゃそうですな! おいポチ。どうなんだ? 見れるのかステータスは?」


 ドイルも加わり、ウザさ2倍である。

 仕方なく僕はスクリーンに邪神のステータスを映し出した。



 2人は邪神のステータスをチェックし始める。


「ふむふむ、なるほどなるほど。なるほどですね〜」


 アリスのウザい独り言をスルーし続けていると、ドイルから歓喜の声があがった。


「こいつはすげぇ! 全ての数値が俺様の5倍ある!」


 ドイルは頭が足りないところはあるが、強さだけは僕も認めるところである。そのドイルの5倍。邪神はステータスだけで既にとんでもない強さを秘めていた。

 しかも――


「それだけではありません。ステータスの下の方をご覧ください」


「ん? …………おお! 加護か! 俺様の加護が付いてる!」


 魔王アリスとその腹心の臣下ドイルの2人の加護を付けたのだ。これにより、特殊な能力やステータス値上昇の効果が見込まれる。



 そこにはこう書かれていた。


【鬼神ドイルの加護】

 受ける物理ダメージを半減する。

 与える物理ダメージを倍にする。

 体力減少に比例して、筋力を増加する。



「えぇ〜?! すごォ〜い! ドイルすごいじゃなァーい!」

「へへへ。照れやすね。……あ! 見てください魔王様! 魔王様の加護もありやす!」

「え! ホント?! どれっ?! どれっ?!」


 アリスが目を輝かせてスクリーンを見やる。




【魔王(アホ)の加護】

 思い切りの良さが上がる

 思ったことをすぐ口走る

 一発ギャグの成功確率を80%上げる。




「不要ォォオオオオオオ! 思ったことを口走るってもはや呪い! てか、アホって誰がよォォオオオ!」


 アリスの悲痛の叫びが魔王城に響き渡った。


「ま、まぁでもほら! 『思い切りの良さが上がる』は良い効果じゃないスか?! ね? そ、そうだよなァポチ?」


「いえ。不要です。アホっぽいです」


「ポチィィィイイ?! 言うな! ホントのこと言うな!」


 アリスは「ホントのことなんだ……」とまたいじけ始めて、壁に向かって三角座りしながら、床に8の字を書き、さめざめと泣いている。


「ま、魔王様! 大丈夫です! 邪神もきっと喜びやす! 一発芸でもう悩まなくていいなんて最高の加護じゃないスか! 魔王様すごいです! 魔王様偉大! よっ大統領!」


 ドイルが一生懸命、アリスを慰める。

 それにしても魔族に対して「よっ大統領」って褒め方はどうなんだ? 大統領は人間の役職ではないか。くらいが下がっている。

 しかし、そこは単純アホな子アリス様。

 ドイルのド下手な慰めでいとも簡単に復活した。



「で、名前はどうする?」


 復活したアリスが僕とドイルに聞く。

 とりあえず僕は言うべきことを言おう。


「アリス様は絶対に名付けには関わらないでください。絶対に!」


「なんでよ?!」


「ばか、ポチてめぇ! せっかく魔王様がいじけから復活したのに、またいじけさす気か!」


 ドイルが僕の胸ぐらを掴んで恐喝してくる。

 しかし、僕は譲る気はない。


「ドイルさん。僕の名前、名付け親誰だと思います?」


 ドイルは一瞬固まった。

 そして気まずそうに口を開く。


「…………お、おおぅ。悪かった。……今のは俺が悪かった」


「え?! なんで?! なんでよぅ!」


 ドイルに視線を逸らされ、僕にジト目で睨まれるアリスは、何故そんな事態に陥っているのかも分かっていないようで、オドオドと一人挙動不審にテンパった。



 ♦︎



 その後、アリスが「やだやだァァアア! 名付けたいィィィイイ! 私も名付けたいィィ〜!」と駄々をこねるので、仕方なく3人で意見を出し合うことになった。


「では、せーので言いましょうか。準備はいいですか?」


 僕の問いかけにアリスとドイルは無言で頷いた。


「いきます。せーの――







「朝日の登る丘 〜2012.夏〜」

「スーパー・ドラゴニック・デビル」

「ドライ・クリーナー」



 それぞれ思い思いの邪神名を口にする。



「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」



 皆、反応を確認しつつ、切り口を探る。

 はじめに口火を切ったのは魔王アリスであった。



「いや、ポチ! ドライはまぁいいとして、クリーナーって何よ! なんか弱そうじゃない! なんでそんなヘンテコな名前なの?」


「僕の故郷では『クリーニング屋さん』を意味します」


「余計なんで?!」


「いえ、魔王様のパンツのネバネバを落とすのが毎回大変なので。この際、言いますけどね。深夜お風呂場で一人ぴちゃぴちゃ――


「――うああああああああああああああああ! やめてェェエエエ! それ以上言わないでェェエエエ!」


 魔王アリスが真っ赤に染まった顔を両手で隠してうずくまる。

 そこに空気を読まないドイルが口を挟む。


「だが、お前、邪神に洗濯させんのかよ? 魔王様のオナ――


「――やァァアア〜めェェエエエ〜てェェエエエ〜!」



 今度のアリスの復活には一時間を要した。



 ♦︎



「では、改めて。スーパー・ドラゴニック・デビルですが、単純にダサいです」


「はぁ?! ドラゴニック・デビルの良さが分からないのか? 哀れだな。ただでさえカッコいいドラゴニック・デビルにスーパーが付くんだぞ?! 最高にかっこいいだろォが!」


「いえ。厨二病まるだしで、痛々しいです」


「誰が厨二病だコラ!」


 僕とドイルが貶し合っているところに魔王アリスが割って入り、仲裁する。


「まぁまぁ、2人とも落ち着いて? クスクス。どちらも――ぷっクスクス――五十歩百歩だから。ね? ぶふゥ! ケンカはやめよ? ね?」


 クスクス笑いながら、間に入るアリス。まじウゼェ。

 これには堪らずドイルも声を上げる。


「いや魔王様! お言葉ですが、魔王様のが一番ないですから! 何『2012.夏』って?! 10年前に何があったんスか?!」


「えぇ?! 私のは群を抜いてお洒落じゃない!? ね? ポチ?」


「いえ、ドイルに同意見です。ポエム感がヤバい。そして、名前からカケラも容姿が想像できません」


「えぇ?! そんなァ! ポチもドイルもセンスなさ過ぎない?!」


 迷走する邪神名。

 誰も譲らないため、不毛な時間だけが過ぎていく。

 仕方ないので、僕は次の作戦に移る。





「では、こうしましょう。まず容姿を先に考えて、その容姿に一番しっくりくる名前を選ぶ。ってのはどうですか?」


「まぁ……そうね」

「妥当だな」


 よし。かかった。

 僕は誰かが手を上げる前にシュバっと挙手し、提案する。


「では、容姿はこんなのはどうでしょう? 白いシャツにエプロンをかけて――


「――却下ね」

「ですね」


 僕の提案を最後まで聞くことすらしない2人。


「…………何故ですか」


「だってそれ完全にクリーニング屋さんじゃない! あなたね、見たことあるの? エプロンかけた邪神を」


 そもそも邪神を見たことがないのだが、確かにエプロンをかけた邪神は弱そうである。血に染まったエプロンならワンチャンあるかと思ったが、ラスボス感はない。

 思考にふけっていると今度はドイルが挙手する。


「なら、こうだ。ドラゴンの――


「――却下です」

「そうね」


 僕は仕返しとばかりに、ドイルの提案を最後まで聞かずに反対した。


「ちょっとは聞けよォ!」


「あなたが言わないでください」


 例のごとく言い争う僕とドイルを割って、今度はアリスが挙手する。


「はい! やっぱり魔王たる私の意見が最優先されるべきだわ!」


 目を輝かせて興奮気味に語るアリス。


「一応聞きますが、いったいどんな容姿がいいんですか……?」


 聞くのがなんとなく恐ろしいが、聞かないことには始まらない。

 アリスがゆっくりと口を開く。


「そうねぇ。まずアフロは欠かせないわね!」


 なんでだよ!

 エプロンの邪神を見たことあるか、と詰めてきたアンタに聞きたい。アフロの邪神は見たことあるのか?


「手は3つあって、一個はおへそから生えてるのがカッコイイわね!」


 かっこよくねェよ! なんで3つなん? それなら4つにして、均等に生やせ!


「目は無くていいわ! 代わりに鼻をいっぱいつけましょ!」


 怖ェェエエエわ! それなら目がいっぱいの方がまだ邪神らしいわ! 何? 鼻がいっぱいの邪神って? ダサ過ぎるわ!

 というか――


「これのどの辺が『朝日の登る丘 〜2012.夏〜』なんですか?」


 アリスは「ふぅ」と切なげにため息を吐くと、遠い目をして答えた。


「……………………思い出、かな」


 『思い出、かな』じゃねェェエエエよ!

 まじで10年前何があった?!



 結局、魔王アリスが駄々をこねまくってテコでも動かなかったので、容姿はそれに決定した。すまん。まだ見ぬ邪神。

 だが――



「容姿は良いとして、名前だけは絶対に譲れません」

「はぁ?! 『アフロおへそ腕鼻いっぱい』のどの辺がクリーニング屋さんなんだ!?」

「それを言ったら、『スーパー・ドラゴニック・デビル』だって全然『アフロおへそ腕鼻いっぱい』から遠いじゃないですか」

「あ、ならなら私の朝日の登る――

「「――それだけは絶対ない!」」



 一向に誰も譲らず、不毛な会議は延々と続いている。


「もぉ、じゃぁ分かったわよぅ。ホントは私の『朝日の登る丘 〜2012.夏〜』にしたかったけど……」


 アリスがため息を吐きながら妥協案を出す。


「みんな譲れないのなら、みんなの名前を合体させちゃいましょ!」




 …………………………え?










 こうして、世界を滅ぼす恐怖の邪神は、今ここに命名された。



























 その名も――




























 朝日スーパードライ

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