murasakiwohito

エリー.ファー

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 落下していく体に、自分の意識がついていくのがやっとだ。

 どこに行こうとしているのだろう。

 初めてではない思いがある。

 どうにかして、遠くに捨てるべきだった思いの結晶。

 常に日の当たる場所に生きている、誰かの言葉が僕の脳を突き刺す。

 そして。

 気が付けば。

 僕は今日も日の当たる場所で生きている。

 いつから、影を捨てたのだろう。

 いつから、明るい人生を歩めるようになったのだろう。

 紫色をした皮膚を削り取って、石を並べる仕事についたのだろう。

 やりがいを感じている。けれど、この石に意味があるかと問われれば、すぐに答えることはできない。

 ただ、一つだけ、思うことがある。

 そもそも、石を並べるという行為自体は、僕の人生で何度もあったことなのではないだろうか。

 十字の傷をもってして、上だ下だと言い合う戦いは終わったのではないだろうか。

 僕には、言葉が必要だ。

 文字が必要だ。

 何もかも必要だ。

 いつしか、それらが僕の手の中に入っているような気分になる。

 もう、完成しているのだ。

 とっくの昔に終わっていたのだ。

 証明されてしまったと言っていい。

 僕は、自分の生き方に少しだけ他人の哲学をまぶしたのだ。

 誘惑に近い。いや、夕景に近い。そして、余りにも人間から遠い思考である。

 終わりがやってくる。

 絶対に結末がやってくる。

 その時に僕は笑っているだろう。

 理由は分かっている。

 根拠もある。 

 光もある。

 しかし、今。

 この瞬間。

 僕は求めている。

 それ以上の場所を求めている。

 上も下も僕の笑顔が溢れている。

 間違ってはならない。

 僕はたぶん、僕を誰よりも上手く使いこなせるのだろう。

 これは叫びか。

 いや。

 独白か。

 いや。

 哲学か。

 いや。

 戯言だ。

 僕の命だけではない。多くの命が並んでいて、等しく無価値で、人間の考えも及ばないほどに自由である。

 僕は、僕を愛している。

 笑顔の中にいる僕を愛している。

 僕の立つ場所が、僕と無関係に輝いていることを知っている。

 どこまでも。

 どこまでも。

 どこまでも魔。




「こんなに遠くに来ることができると思っていませんでした」

「分かります。僕もですよ」

「すごくいい場所ですよね」

「このあたりは、どこもいいですよ。春夏秋冬、どの季節に訪れても良い。季節を選ばないんです」

「家を建てようかと思っています」

「それは素晴らしいお考えですね」

「どんな家にするか悩んでいます。とても幸せです」

「もしよかったら、あのあたりにしませんか」

「どうしてですか」

「あそこからなら、いつも大きな満月を見ることができます」

「夜だけでしょう」

「いいえ、真昼でも見ることができます。曇りの日も雨の日も、空が閉じてしまっていても、満月を楽しむことができます」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

「では、またどこかで」

「えぇ、またどこかで」




 良い夜だと思った。

 何気なく過ごしている時間が僕を形作っていることを知った夜だった。

 失うには惜しい夜だった。

 真昼を憎みたくなるほどの夜だった。

 ずっと、ずっと、真夜中でいいのに。

 そう、思ったが。

 その思考はすぐに消えてしまった。

 僕は、夜も真昼も好きだ。

 朝も好きだ。

 何もかも好きだ。

 何故か。

 それは単純だ。

 僕は、僕が好きなのだ。

 誰よりも、何よりも。

 僕は、僕のことが大好きなのだ。

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