51――衝撃
(なんというか、見た目の印象とは全然違うプレイをする人だな)
相手チームの4番『
男だった頃のオレもそうだったけど、背の高い選手ってプレイが雑になるイメージがある。でも彼女はボールタッチは柔らかいし味方へのパス出しもコースが丁寧で、なんというかバスケに対して真摯だという印象すら受ける。そんな彼女を信頼して、チームメンバーも彼女からのボールをしっかり受け取ろうと相乗効果で実力以上の動きができているのではないだろうか。
うちのチームの精神的支柱が部長なら、相手チームでその役目を担っているのは南さんなのだということがひと目でわかる。ここまでよく似たチームとぶつかるのは、これまでの予選を含めてはじめてのことだ。似てるチームだからこそ、比較してどちらの選手が実力的に優れているのかが一目瞭然でよくわかる。
相手チームは南さんとゲームメイクを担当しているポイントガードの人が、実力に指標を付けるのであればSランクと最上位を付けられるだろう。後の3人はAランク、ふたりに比べるとちょっと実力は落ちるけど、それでも十分上手いと言える実力者だ。
一方こちらのチームは部長とまゆはSクラスだけど、残りの3人は個人的な実力はBランクぐらいだろうか。もちろんバスケはチームスポーツだから、個人的な実力が即チームの強さに結びつくわけではない。だからこそ監督は彼女たちをレギュラーとして使っているのだし、言うなれば部長からまゆへとボールを繋ぐための潤滑油のような役割を果たしているメンバーだ。
うちのチームはどちらかというと、その場面に合わせて一番最適な選手を投入する感じの選手運用を得意としている。オレはちょっと特殊だけど、ディフェンスが上手かったりパスカットに定評のある先輩なんかも『ここでズルズルと点を取られたら負ける』という試合の分水嶺的な場面で投入されたり、逆にオフェンス力が高い先輩は得点を積み重ねたい時とかそういう戦略的な選手交代がいい結果に繋がっているんだと思う。
つまり何が言いたいかというと、個々の能力がチームの実力を決めるものではないってこと。うちの先輩たちは相手チームのメンバーより総合力で負けているのかもしれないけど、得意分野ではむしろ勝っていると思う。
「小柳、準備!」
「はい!!」
早速監督がひとりの先輩にアップするように指示を出す。バスケのいいところは、試合中に何回でも選手交代が出来るところだよな。試合展開によってその時々に合った選手を投入できるのは、選手層の厚い学校ならどこでもやっていることだ。ただうちの学校は今の3年生が抜けると部員数がガクッと減るので、来年の新入生をたくさん確保しないといけない。今からその覚悟はしておかないと。
部長が南さんを抑えて、残りの4人でインサイド・アウトサイド構わず攻撃を仕掛ける。一進一退の攻防に、応援のオレたちも必死に声をあげた。均衡が崩れたのはハーフタイム明けの第3クォーター、部長が南さんを押さえられなくなってきたのだ。もちろん実力は伯仲していたのだがどうやら南さんは部長を疲労させるために、ボールを持っていない時も絶えずフェイントやステップで翻弄していたようなのだ。
オフェンスとディフェンス、どちらが体力をより消耗するかといえば色々な意見はあると思うけどオレはディフェンスの方だと思う。何故ならオフェンスは自分の思うように仕掛けられるけど、ディフェンスはそんなオフェンスの動きを察してそれを押さえるために対応しなければならない。そのためには集中力だって使うし、フェイントが巧みな相手ならめちゃくちゃしんどいと思う。
じりじりと点差が開いていき、まゆも頑張って得点を重ねるが16点も差が開いていた。そろそろ監督に名前を呼ばれそうだなと思いつつ、本当ならアップを始めるべきなんだろうがいかんせんスタミナが少ないオレには無駄にできる体力なんてない。仕方なくベンチから立って、とりあえず柔軟を始める。怪我しないように筋を伸ばして、座って開脚した足の間にペタンと上半身をつける。
体をほぐしながらコートへと目を向けると、相手校のシューティングガードが自陣に攻め込んで得点を重ねたところだった。これで20点差、これ以上離されると逆転できなくなりそうだ。
『いつでも出られますよ』という気持ちを視線に乗せて監督を見ると、監督もこちらをちょうど見ていて目が合った。なんだろう、いつもの監督なら勢いよく『行ってこい!』ぐらい言いそうなのに。何やら迷っている空気を出している。
「……河嶋、行けるか?」
「はい、大丈夫です! あの……なにか?」
無神経で我が道を行く感じなのがいつもの監督なのに、こういう風に遠慮がちになられると背中がムズムズとしてしまう。ただ真正面からどうしたのかと聞くのもどうかと思ったので、遠回しに尋ねてみたが監督は何も答えなかった。
「よし、行って来い!」
「はい!」
ちょっとだけ釈然としないものの、これから激戦が行われているコートに向かうのだ。気合いで負けてはいけないと、大きな声で返事をしてジャージを脱ぐ。大きく深呼吸をして、ボールがコートの外に出てゲームが止まるのを待つ。うん、緊張はしていない。むしろいつもよりコートが狭く見える感じがして、自分の集中力が高まっているのを感じた。
こちらのパスを相手チームがカットして、そのボールがラインを割ってコートの外に出た。それと同時にブザーが鳴って、オレと交代する先輩がこちらに小走りで近づいてくる。そしてすれ違いざまにオレの方をポンと叩いて『頼んだわよ』と声を掛けてくれた。
「ひなたちゃん、気楽にね!」
コートに入ると最初に声を掛けてくれたのは、やっぱりまゆだった。それに続いて部長や先輩たちが『頑張ろう』とか『反撃はここからだよ』と口々に檄を飛ばす。審判が笛を吹いてプレーが再開されて、スローインした先輩から直接ボールが飛んできた。
それを危なげなくキャッチして、早速ジャンプシュートを放つ。ボールが手から離れる瞬間に相手チームの南さんがすごい瞬発力でこちらにダッシュしてきてびっくりしたのだが、ボールの方向や勢いに影響はなくゴールネットの中心を通り抜けた。とりあえず3点返したが逆転するためには相手が追加で取る得点よりも、たくさんスリーポイントを決めないと難しいだろう。
「……これでは間に合わないか」
南さんがくるりと自陣へと向き直った際に、小さくそう呟いたのがかすかに聞こえた。一体何のことなのかと考え、すぐにさっきのダッシュのことじゃないかと思いつく。でもオレがいつものシュートを打つポジションはもっと自陣寄りだ。今ここからシュートを打ったのは、交代直後でたまたまここに立っていてボールを受け取ったからに過ぎない。
いくら彼女の瞬発力がすごくてもオレのすぐ近くでマークをしていない限り、シュートをブロックすることはできないだろう。攻撃だけでなく守備の要でもある南さんがオレにつきっきりになると、相手チームは得点のチャンスと失点のピンチを同時に迎えることになる。さすがにそんなリスクの高い作戦は取らないんじゃないだろうか。
だがオレの考えとは裏腹に、南さんはオレへと繋がるパスコースを警戒しつつマークし続けた。南さんを抜いた4人とうちの主力メンバー4人では、部長がいる分こちらが有利なのかオレ抜きでも得点差が縮まっていく。点差が一桁差になったところでこのままオレをマークし続けるのは、チームの敗北に繋がると南さんも思ったのだろう。ドライブで切り込んでいくまゆを止めようと、オレから離れて自陣へと全力へ戻っていった。
ただそうなると、相手ゴールからかなり離れた場所に立っているオレが完全にフリーになる。相手ゴールに切り込んで体がぶつかりそうになりそうな距離でのインファイトを相手チームに印象付けたまゆは、相手ゴール側にセンターラインを超えてボールを待っていたオレにロングパスを出した。これならバックパスにはならないからね。
さすがにオレが立っている場所ピッタリにパスを出すのは無理だったのか、数歩分左にズレたのでそのボールに合わせてオレも自分の位置を調整するために動き始める。
「ウオォォォォ!」
その時、まるで雄叫びを上げるように南さんがこちらに猛然と近づいてきた。その勢いと鬼気迫る表情に、思わず体を硬くしてしまう。叫んだ効果なのか、それともさっきまでは本気ではなかったのか、こちらに近づいてくる速度が比べ物にならないぐらい速い。まるで流星のようなスピードで、あっという間にオレの1mぐらい前までやってきていた。
ブロックされてなるものかと、オレもボールを急いでキャッチしてその場でジャンプしつつシュートを打つ。南さんの手が伸びてきたが、なんとか彼女の手にボールは触れずに相手ゴールに向かって放物線を描いて飛んでいった。多分入る、そんな手応えを感じつつも何故か目の前の南さんが止まらない。
「……っ!?」
オレはまるでバイクにでも撥ねられのかと思うぐらいの衝撃を感じて、そのまま後ろにふっ飛ばされた。『ガンッ!!』と後頭部に衝撃があって、無意識に声にならない悲鳴をあげる。遠くなる意識に目の前が徐々に暗くなりつつ、オレにぶつかったであろう南さんの表情が見えた。
彼女の口元が微妙に吊り上がり、ニヤリと嫌な笑みを浮かべていたように思える……ワザとか、こんにゃろう。そんな風に心の中で毒づきながら、オレの意識は完全に闇に飲まれてしまった。
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