50――決勝戦開始


 試合会場について最初に向かったのは、控室兼更衣室。決勝に残っているのはオレたちと相手校だけなので、非常に広々と使うことができた。


 さすがに試合前に一緒の部屋で着替えやら待機やらさせるわけもなく、一室まるまるオレたちが使えるのもいいよね。シードだったオレたちは初戦が2回戦だったけど、それでも結構な芋洗みたいな状況で正直な話をすると辟易としたもんな。


 ホテルでユニフォームとジャージを身につけてくれば楽なんだけど、それは学校側が許してくれないらしい。監督もオレたちと同じ気持ちらしいのだが、校長や教頭から『くれぐれも試合の時以外は制服の着用をお願いしますよ』と圧をかけられているそうだ。監督は雇われ監督だからどうしてもクライアントである学校には強く出れないみたいで、オレたちに頼み込むみたいに『制服を着てくれ』って言ってた。なんというかその姿が哀れというか同情心が湧いてきて、それは部長たちも同じだったみたいで女子バスケ部は監督にすごく協力的だったりする。


 シャツとハーフパンツで構成されたユニフォームを身につけて、その上にジャージを着る。これだけ着込むと空調が効いてなかったら、暑くて倒れそうになっているかもしれない。さらにシャツの下にはカップ付きのタンクトップを身につけている。いつもみたいにスポブラでもいいんだけど、汗でビチャビチャになるんだよな。その点このタンクトップを着ていると、スポブラよりは暑いけど汗はちゃんと吸収してくれるのだ。姉貴に言われて、念のために持ってきて良かった。


 試合時間までミーティングをして、スタッフさんが呼びに来てくれたので更衣室を後にする。次にここに戻って来る時は、もう勝敗は決まっている。ミーティングで話したことは基本的に確認事項だった。まぁ試合直前に新しい作戦の提案とか現実的じゃないし、これまで自分たちがやってきたことを確実にやる方が勝利に近づけるだろう。


 会場に入ると今日は広いスペースが確保されて、コートが一面だけドーンと準備されていた。午前がオレたち、午後が男子の決勝だからね。2階の観客席以外にもコートの周囲も椅子が並べられていて、そんなに観客が来るかなと疑問に思ったけど多分マスコミとか関係者の席でもあるんだろうなとなんとなく思った。


 だってでっかいレンズを付けたカメラマンさんとか、スーツのおじさんたち数人がすでに席に座っているからね。中学時代に出た全国大会もこんな感じだったので、多分間違ってないだろう。


 オレたちが先に会場に入って、そのすぐ後に対戦校も姿を現した。ミーティングで監督が要注意人物だと言っていた、部長と同じか少し高いぐらいの身長を持つ選手がやはり一番目立っていた。あの人、オレがこれまで会った日本人の中で一番背が高い女性かもしれない。


 ジャージを脱いで試合前のシュート練習に入る。オレはあんまりシュートを打つなと事前に言われているので、2本ほど軽く今日の調子を確認した後はマネージャー先輩を手伝ってボール拾いやパス出しをしていた。どうやらこの選択は正解だったみたいで、突き刺さるような視線をいくつも感じていた。対戦相手はもちろんの事、観客席やマスコミ席からも針みたいに無数に飛んでくるのでものすごく居心地が悪い。


 まぁポッと出の1年生が超ロングシュートをまったく外さずに、バカスカ決めてるんだから仕方がない。オレだって対戦相手や他校の生徒だったら、『あいつスゲーな』とジロジロと遠慮なく視線を向けるだろう。ただ本人の立場になると、なんというかすごい居心地が悪い。オレは必死に周囲から注がれる視線を意識しないようにして、先輩たちのサポートに徹した。


「ひなたちゃん」


 ボールをチームメイトにパスして静かに近寄ってきたまゆが、オレの耳元に唇を寄せて小さく呼びかけてきた。内緒話みたいに声を潜めているので、吐息が耳にかかってくすぐったい。


「もしかしたらあの人、ひなたちゃんにマッチアップしてくるかも」


「ええっ、それはないんじゃないですか? 決勝だから接戦になって私にも出番がくるかもしれないけど、あの人を私に付けるならオフェンスにガンガン専念させて点を増やした方がいい気がします」


 ビデオの中の彼女は、いわゆる動けるノッポだった。NBAなんかは別格だけど、背が高い人って鋭い動きでドリブルで切り込んだりするのが苦手というイメージがある。その代わり高さを活かしてハイポストでボールを支配したり、リバウンドを確実に取るというような長身を活かしたプレイする。うちの部長も普段はチームに貢献するために、そういうポジションに即したプレイに徹している気がする。たまに自分で高くパスを出して、そのボールをダンクで相手ゴールに叩き込んだりしてはっちゃけたりもするけど。


 それと引き換えにしているのはテクニック面で、プレイをみた感じだと彼女はフェイントとかターンとかの練習をあまりしていない感じだった。あの体格と体のキレがあるなら、小手先の技術なんか必要ないもんな。


「私もそう思うけど、なんか胸がこうザワザワしてイヤな予感がするの。ひなたちゃんがコートにいる時点で、あなたに頼らないとどうにもならない状況だっていうことが心底情けないけど。頑張ってもらわないといけないのもわかってる、でも無理だけはしないでね。この試合の後も、ひなたちゃんのバスケ人生はまだまだ続くんだから」


 中学の頃も含めて、こんな予言めいたことをまゆが言ったことはなかったと思う。特に霊感とか感覚が鋭いなんて話も聞いたことはなかった。でも実際にこんなよくわからないことを言い出して不安そうにしているのだから、男のオレとしてはやるべきことは決まっている。


「わかりました、まゆ先輩。気をつけます」


 オレがそう答えると、まゆは安心したように頷いた。でもその後に『この試合、勝ちましょうね』と言うと、『本当にわかってるの?』と呆れたように笑って『頑張ろうね』と返してくれた。よくわからないけど変な不安を抱えながらプレイするよりも、勝つことだけを考える方が絶対にプレイにいい影響が出るはずだ。


 そうしているうちに練習時間が終わって、監督のところに集まる。でももう作戦も選手それぞれの役割も説明しつくしているので、監督はニヤリと笑って一言だけ言った。


「私をインターハイ優勝校の監督にしてくれ、報酬が上がるからな」


 冗談だったのか、それとも本気だったのか。先輩たちもオレも一瞬ポカンとして、それから思いっきり吹き出した。監督は『なんだよ、本気なんだぞ』と不満そうにしていたが、どちらかというと肩に力が入っているオレたちの緊張をほぐすために言ったセリフなんだと思う。突然笑い出したオレたちに対戦校や周囲の観客は何事かと訝しげにしていたけど、すっかりリラックスしてコートに入っていく部長やまゆを見て何かを納得したように頷いていた。


 対戦校と向かい合って主審の短い注意事項を聞いてから、合図に合わせてお互いに礼をする。やっぱり部長と相手校のノッポの人が頭3つぐらい抜けていて、かなり目立っていた。


 そんなふたりがセンターサークルの中で向かい合って立っていると、ベンチから見ていてもかなりの迫力だ。試合開始のブザーが鳴ると同時に、主審の手からボールが空中に上がっていくのを見ているとすばやく相手選手がそのボールを奪い取った。そしてまるでその場所にいるとわかっているように、ノールックで味方にパスを出した。


 これはやられたな、多分何度も練習してこの状況をシミュレーションしていたんだと思う。ジャンプボール直後なら想定している位置から、それぞれのポジションも離れていないので精度の高い練習ができただろう。相手校のフォワードが、誰もディフェンスに戻れていないうちのゴールにまるでお手本のようなキレイなレイアップシュートを打って、この試合の初得点をゲットした。

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