閑話――とある2年生部員から見た河嶋ひなたについて
すぅ、とひなたが寝入ったのを確認してから、まゆは声をひそめて言った。
「誰か、ひなたちゃんの寝顔撮って! ブレザーのポケットにスマホ入ってるから!!」
自分の肩に頭を預けて眠っているひなたを起こしてはいけないと、まゆは身じろぎひとつせずに周囲に訴えた。そうすると前の席に座っていた同級生が、座席の背もたれの上から顔を出して呆れ丸出しの表情をまゆに向けた。
「まゆ、あんたねぇ。ひなが可愛いのはわかるけど、もし自分が寝てる時に寝顔を写真に撮られたらイヤでしょ?」
『だからやめておきなさい』と言ったつもりだったのだが、どうやらこの程度の苦言では今日のまゆは止まらないらしい。同級生――ベンチメンバーの西岡瑠璃は小さくため息をついた。
その一方で去年1年間のまゆを見ていた瑠璃としては今年の活力あふれる彼女の姿に、喜びも感じていた。昨年のまゆはなんというか表面上はいつもと変わらない態度を取り繕いながらも、時間があると暗い瞳でここではないどこかに視線を飛ばしていたのを覚えている。
まゆが元気になった要因は、その隣で眠る小さくて華奢な1年生なのは間違いない。ふたりの間に何があったのかは知らないが、元気になりすぎて暴走しがちなのはどうにかしてほしい。
「どれどれ、あんた達ふたりを一緒に撮ったらいいの?」
「一枚はひなたちゃんだけで、もう一枚はツーショットをお願い!」
ヒソヒソ声なのに声の圧がすごい。瑠璃は『はいはい』と言いながら、カメラ越しにひなたの寝顔に視線を向けた。キメの細かい肌に整った目鼻立ち、目を閉じていてもわかるぐらいの美少女だと思う。去年まゆに出会った時もその可愛さにちょっとだけ嫉妬を覚えたものだが、この子は運動部女子が持ち得ない繊細さも兼ね備えていて手がつけられない。
普通はこれだけの美少女っぷりなら部内でも嫌われたり遠巻きにされたりするのに、この子は礼儀をわきまえているし時々シャイな男子中学生みたいなはにかみ方をするので私たちを含めた先輩部員の心をぎゅっと掴んでしまった。体が虚弱なのも手伝って最早女バスの妹ポジションに収まっているのだから、これが計算だったなら尊敬してしまう。
今や1年生部員にならって、ほとんどの2、3年生は彼女を愛称でひなと呼ぶ。河嶋と名字で呼ぶのはベンチメンバーで、未だにひなたが1年生にしてベンチに入っていることに納得できていない数人だけだ。
瑠璃自身は特にひなたのことを嫌ってはいない、むしろ好感の方が高いぐらいだ。高校に入るまで長い入院生活を繰り返していたという話を聞いて、女子として少しズレている性格はそのせいかと納得できる。ただそうなるとあの非常識なレベルで決定率の高いロングシュートは、一体どこで培われたものなのか。まゆからはひなたの従兄弟がバスケ部員で、たまに体力づくりでバスケを教えていたらしいという話を聞いた。
いつ体調を崩して入院するのかわからないような人間に、走り込みや筋トレをさせるのは万が一を考えれば危険だ。だからこそのシュート練習だったのだろう。手首や膝を使って打つシュートはある意味では全身運動になるのだから、体を動かすことに慣れていないひなたにもできるのではとその従兄弟は考えたのかもしれない。
入部してからひなたがコツコツと努力を積み重ねる姿を見て、瑠璃はそのシュート力の原点を知った気がした。おそらく従兄弟が帰った後も、ひなたは自分の体調と相談しながらシュート練習をできる限りやったのだと思う。その結果が今のこの神業レベルの決定率だ。県大会の決勝戦でチームを救ったひなたの武器。それを手に入れるまでの努力はとても尊いもので、それを成し得たひなたには好感を覚える。
かと言って目の前で自分とひなたのツーショット画像を見て、だらしなく目尻を下げているまゆと瑠璃は違う。瑠璃は純粋に先輩として、後輩のひなたを可愛く思っているだけだ。まゆの場合は先輩としての後輩愛だけではなく、下心が丸見えになっていてもはや部内全員が彼女の想いを認識している。合宿で一緒に風呂に入ったり、ひなたの布団に潜り込んだりしていたのがその証拠だと言えるだろう。
まぁ最近は女子同士でそういう関係になることへの偏見も少なくなっているし、ひなたが拒否しないのであれば後は当人同士の話し合いで決めればいい。やらないと思うけれど、ひなたが異性愛者でまゆを拒否した場合にまゆが強引にひなたに無体を強いることが万が一あれば、瑠璃をはじめとした女バス一同でまゆを止めて叱るべきだと実はすでにみんなで決めている。
「……そんな心配そうに見なくても、ちゃんとわかってるよ。私は気持ちを伝えたんだから、後はひなたちゃん次第。ただ、受け入れてもらえるようにアピールはするけどね」
「わかってるならいいよ。っていうか、もう告白済みだったの!? 一体いつの間に……」
瑠璃の表情から感情が漏れ出していたのか、まゆが苦笑しながら言った。それにしてもすでに告白済みだったことにびっくりした瑠璃は、少しでも情報を聞き出そうとしたが笑みを浮かべたまゆに秘密だとはぐらかされてしまった。周りで聞き耳を立てていた部員たちも、瑠璃と同じく話が聞けなくて悔しい思いをしていたに違いない。
自分のことが話題に出てもひなたが夢から覚めることはなく、結局会場に着くまでぐっすりと眠っていた。起きていたらきっとまゆの暴露に顔を赤くして慌てていただろうことを想像すると、その表情が見れないことがすごく残念だなぁとなんとなく思った瑠璃だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます