43――インターハイへと出発


 終業式の翌日、オレ達はインターハイに向けて出発した。男子とまとめて一緒に行くのかなと思ったら、別行動らしい。


 参加メンバーの中で唯一の一年生としては、先輩達より遅く集合場所に行くのは気がひける。そう思って集合時間の30分以上前に駅に着いたら、何故かすでにまゆが待っていた。


「あ、おはよう、ひなたちゃん」


 いつものまゆの笑顔なのだが、何故かすごくキラキラして見える。これは告白されて、オレがまゆをそういう意味で意識し始めたからなのか。それともただ単純にまゆがかわいいからなのかはわからないけど。じわっと頬が熱くなるのを感じながら、オレはペコリと頭を下げてまゆに挨拶を返した。


「おはようございます、まゆ先輩」


「ちゃんと眠れた? 眠いならちょっと細切れになるけど、移動時間が長いからウトウトできると思う。いつでも私の肩を貸すから、もたれかかってくれていいよ」


 今回のインターハイ、会場は北海道だ。オレ達バスケは開会式が行われる大きなアリーナが試合会場になっていて、新千歳空港からも結構距離がある。今回は空港に貸切バスを予約していて、会場まで大体1時間以上は絶対に掛かるらしいから確かにゆっくりできそうだ。


 実は飛行機の席もホテルの部屋もまゆと一緒なんだよね、この調子だと四六時中一緒にいるからドキドキしっぱなしになりそうでちょっと心配だ。でも案外慣れる方が早いかもしれないな、オレも一生違和感を覚えながら生きていくんだろうなと思っていた女子の体に半年ぐらいで慣れたし。


 ちょっとずつ部員が集まってきて、最後に監督が現れて全員集合した。監督から軽く道中の注意みたいなのを言われてから、ゾロゾロと移動し始める。ベンチメンバーの先輩方がボール

バッグやら色々な荷物を持っていたので、『私が持ちます』と1年生らしく荷物持ちに立候補した。それなのに『河嶋は持たなくていいよ』と素っ気なく言われて、ちょっとだけしょんぼりしてしまった。


「ふふ、ひなたちゃんがボールバッグ持ってたら潰れちゃいそうだもんね。大丈夫だよ。みんな、ひなたちゃんが荷物持ちしてないからって生意気だーとかは思わないから」


 まゆが頭をポンポンと撫でて慰めてくれたが、なんとなく納得がいかない。いや、わかっているんだ。先輩達はオレが病弱という話を信じているから、優しさでそう言ってくれてるっていうのは。でも元男としてはかなり悔しい、荷物持ちぐらいはこなしたかった。


 不満が顔に出ていたのだろうか。指を絡めるように手を繋いできたまゆの柔らかさに、ささくれ立ちそうになっていた気持ちが収まっていく。普段からよく手を繋がれているので慣れているはずなのだが、女の子らしい柔らかい手とぬくもりにちょっとドキドキしてしまう。まるで指先から自分への好意が伝わってきているみたいで、それが余計にオレの脈拍を早くしている気がする。


 しかしよくこんな風に手を繋いでいるとはいえ、オレのちょっとした変化でオレとまゆの間に何かあったのではないか、と先輩達に疑われたりしないだろうか。そんな風に心配したのは一瞬で先輩達はオレとまゆが手を繋いで歩いているのを見ても、『相変わらず仲が良いね』と微笑ましそうに言うだけだったからホッとした。


「んー……」


「どうしたんですか、まゆ先輩?」


 並んでホームを目指して歩いていると、斜め上から視線を感じたので反射的に尋ねてみる。


「ひなたちゃんは髪をのばしたりしないのかなって。似合うと思うんだよね、ロング」


 現在のオレの髪は肩より少し長いぐらいだ。これ以上長くなると風呂で洗うのもその後の手入れも大変だし、何より部活中に鬱陶しそうだからのばす予定はない。そう伝えるとまゆはちょっと残念そうな表情を浮かべた。そんなにオレが髪を伸ばした姿が見たかったのだろうか、髪なんて長くても短くても見た目はそんなに変わらないと思うのだが。


「あ、そう言えば髪を伸ばしていた頃の画像があったはず」


 ふと思い出してポツリとつぶやくと、まゆが『見たい!』とすごい勢いで食いついてきた。あの写真を撮ったのは女になってしばらく経った頃で、転院して入院生活にも慣れた頃だったんだよな。だから入院着だし表情も暗いしであんまり他人に見せるようなものでもないのだが、まぁまゆならいいか。


 電車に乗り込んでからスマホを操作して、目的の写真を探す。大学のバスケサークルでお邪魔していた時に、大学生の先輩達に構い倒されていた写真が結構あるな。この頃になると女子の先輩達に色々と教えてもらって、それなりの身だしなみができるようになっていたのが写真を見返すとよくわかる。


 そして目的の写真を見つけて、スクリーンに最大化して表示する。病室で姉貴と並んで撮った写真。この頃はまだまだ無気力気味だったから、姉貴に髪を梳いてもらったりしてもなすがままでボーッとしていた記憶がある。


「か、かわ……」


「川?」


「このひなたちゃん可愛い! 今よりも顔立ちがちょっと幼いし、ブカブカの服が余計になんか守りたいって感じがしてぎゅってしたくなる」


 早口でそう言って、キラキラとした視線をこちらに向けてくるまゆ。というか、そんなに幼く見えるか? 毎日鏡を見ているからか、写真の自分と現在の自分の違いなんてほとんどないと思うのだが。そんなことを考えながら自分の頬を触ってみたが、ぷにぷにとした感触しかわからなかった。


 まゆに画像を待ち受けにしたいから送って欲しいとねだられて、最初は恥ずかしいから渋ったんだけど結局押し負けて渡してしまった。自分の後輩の写真を待ち受けにする先輩って、女子の中でもめずらしいタイプなのではないだろうか。まぁ、それだけ想ってもらえているというのは正直なところ嬉しいけども。


 せっかくだしオレも自分のスマホの待ち受けはまゆの画像にしようかな。そう提案するとこのインターハイへの遠征中にふたりで写真を撮って、それを待ち受けにしようとまゆから逆提案された。でもさっき送ったオレの画像は消してくれないらしい。いや、変な写真じゃないし別にいいんだけどさ。


 ちなみに姉貴のことも聞かれたので、ちゃんと従姉妹だと説明しておいた。まゆからは何故か今度紹介してほしいと言われたのだけどその意図がつかめず、機会があればと無難に答えてやり過ごした。


 電車を乗り継いで空港へ着くと、今度は新千歳空港に向かう飛行機に乗り換える。中学時代にも遠征で飛行機に乗ったことは何度もあるけど、離陸する時のなんともいえないフワッとする感覚がどうにも慣れなくて苦手だ。1時間30分余りのフライトを楽しんだ後、飛行機は新千歳空港の滑走路に滑り込むように着陸した。


 飛行機を降りてゾロゾロとみんなで連れ立って歩くと、休む間もなく貸し切りバスに乗り込む。男だった頃はこれくらい移動したところで全然平気だったのに、女子の中でも体力が少ない部類に入る体になってしまった今ではもうすでにヘトヘトになってしまっている。正直空港内が広すぎてね、自分の荷物も持たなきゃだし疲労感がすごい。


 それに加えてボールバッグとか持ってる先輩もいるんだから、贅沢なこと言ってるなと自分でも呆れるけどこればっかりは仕方がない。部活ならもうちょっと動けるのに、きっと使うエネルギーが部活とは違うんだろうな。


 順番にバスの座席に座っていくと、窓際の席に当たった。バスに乗り込んだ順だから、もちろん隣はまゆだ。オレの隣に座るや否やまゆは優しくオレの肩に手を回して、それほど力を入れずに自分の方へと引き寄せる。オレはされるがまま流れに身を任せていると、ちょうど側頭部がまゆの肩に当たってもたれかかるような形になった。


「ひなたちゃん、疲れたでしょ。ホテルまでは1時間半ぐらいまで掛かるみたいだから、このまま寝てていいよ」


 表情には出してないはずなのに、何故まゆにはバレているのだろう。不思議に思ってチラッとまゆの顔を見ると、優しく微笑んで『いつも見てるからわかるんだよー』と言ってオレの右肩の上に置いていた手で頭を撫でてくる。


 それが気持ちよくてオレは『ありがとうございます』と辛うじてお礼を口にすると、あっという間に意識が眠りの世界に落ちていった。

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