44――ホテルにて
「ひなたちゃん、着いたよ」
ユサユサと揺らされて目が覚めると、そこは空港で乗ったバスの中だった。まだ起きたばかりで頭がぼんやりとしていたのだが、段々とうたた寝する前の記憶がはっきりとしてくる。
そう言えばまゆに寝てもいいと言われて、あっという間に寝ちゃったんだよな。
まゆに起こしてくれたお礼を言いながら、一緒にバスを下りる。北海道のことはよくわからないけど、こうして街の中を見回してみるとオレ達が住んでいる街とそう違いはないように思える。まぁ街の中に牧場とかがあったとしたら、牛にとっても人間にとってもストレスが溜まりそうだもんな。お互い住み分けが大事なんだろう。
ホテルに入って、指示された部屋へと入る。4人部屋なのだが、同室のメンバーはまゆと2年生の先輩ふたり。3年生がいないのはオレを気遣ってくれたのか、それとも先輩たちににストレスを与えないためなのか。まぁこのメンバーならゆったりと過ごせそうだから、オレとしてはこの部屋割には感謝しているのだが。
「ベッド、どこにする? 私は奥だとありがたいんだけど」
2年生のまとめ役である
1年生のオレとしては夜中にトイレへの行き来で人の気配を感じるであろう手前側を選ぶべきだとは思うが、もしかしたら夜のトイレに行く回数が多くて手前が良いと言う先輩もいるかもしれないし。成り行きを見守っていると、まゆはオレの隣なら他はどうでもいいと主張した。もうひとりの先輩――
負けるか優勝するまではお世話になる部屋なのだから、なるべく自分のテリトリーを早めに確保しておくのは大事だろう。特に思うところのない集団生活でも、ひとりで過ごせる時間がないとメンタル面に負担になることもあるからな。
「ああ、ちなみにまゆ。この大会中、ひなと一緒に寝るのは禁止ね。アンタはエースなんだから、一緒に寝て寝違えたりしたら大変だからね」
「ええっ、合宿の時は何も言われなかったのにどうして!?」
「合宿は練習、試合は本番なんだから当たり前でしょ!」
美希先輩がまゆを叱るのを聞きながら、オレは恵美先輩と顔を見合わせて苦笑を浮かべた。確かにシングルベッドにふたりで寝るとやっぱり狭いし、しっかり休めずに次の日の試合で100%のパフォーマンスを発揮できなければ本末転倒だ。
不満げな表情を浮かべるまゆをなんとかなだめて、オレ達はミーティングのために監督の部屋へと向かった。マネージャーと監督のふたり部屋に、これだけの人数が入るとかなり狭い。
内容としては明日が開会式で、オレ達の試合は明後日からだということ。今日は近くの体育館を借りているので夕食まで軽く汗を流して、夕食と風呂を済ませて早めに就寝するように言われた。
後は常識的な話でこのホテルには自分達の他にも宿泊客がいるのだから、騒いだり走ったりしないこと。他校のバスケ部と問題は起こさないこと。各部屋のユニットバスは、月の物が来ているか体調が悪い場合のみ使ってもいいけど基本は使用禁止なこと。最後のは謎ルール過ぎて何故なのかはよくわからなかったが、特に先輩達から不満が出なかったのでそういうものなのかもしれない。
ウォーミングアップ代わりに練習場所までジョギングで向かい、試合形式でフォーメーションの確認を行った。その他は筋トレやダッシュなど体を動かすことをメインとしたトレーニングをこなして、またジョギングでホテルまで帰る。
学校ごとに風呂に入れる時間が決まっていてオレ達はどうやらトップバッターだったみたいで、ホテルに着いてすぐに部屋に戻って着替えと入浴準備をして大浴場へと向かった。周囲に裸の女子高生が集団でいても動じなくなった自分に喜べばいいのか悲しめばいいのか、そんなことを考えながら服を脱いで先に髪や体を洗ってから湯船に体を沈める。
少ししてからまゆも湯船に入ってきて、雑談して温もった後で一緒に風呂から上がって脱衣所へと向かう。姉貴にドライヤーだけは持っていけと言われたので荷物になったけど、女子高生が備え付けのドライヤーを奪い合っている姿を見ると持ってきて正解だったなと思った。
「先輩、部屋にドライヤーがあるので水気だけ取って部屋に戻りましょう」
「おー、ひなたちゃん準備いいね。私は誰かしら持ってきてるだろうから、それを借りたらいいやと思って持ってこなかったんだよね」
パチパチ、と軽く拍手をしながらまゆがそう言った。去年もインターハイやウィンターカップに参加したメンバーは、この光景を見ているのだから持って来そうなものだが。まゆみたいに借りればいいや派の人も多そうだが、せめて各部屋にひとつずつぐらいは行き渡るように持参してくれた人がいれば不自由はしないだろう。
冬にウィンターカップの本戦に出場できたら、先輩達も巻き込んでドライヤー係を各部屋でひとりは決めるようにみんなに言おう。今は夏だから髪を乾かさずにいても風邪を引く可能性は低いけど、冬はそうはいかないもんな。
ジャージのズボンと女バスオリジナルのTシャツを着て部屋に戻り、順番に髪を乾かしたら今度は食事だ。バイキング形式だから、自分の食べられる分だけ好きな料理が選べるので都合がいい。男だった頃ならいざ知らず、女子高生になってしまった今ではそんなに量は食べられないからな。自分の胃袋と相談して、如何にして美味しい料理を選べるかが重要になってくる。
同じ部屋のメンバーで固まって食事を終えて、後は自由時間で午後10時に就寝という予定になっている。明日もこのジャージと部活Tシャツは着るので、ユニットバスで持ってきたパジャマに着替えた。適当なジャージでよかったのに姉貴の命令で、なんかカフェオレ色の生地に猫の模様があちこちにプリントされているファンシーなパジャマを着てユニットバスを出る。
「すごく可愛い! よく似合ってるよ、ひなたちゃん」
その途端、まゆがテンション高く声を上げてぎゅーっと抱きついてきた。まゆの肩越しに見ると、先輩方はそれぞれ持参したジャージにTシャツで過ごすらしい。オレから体を離したまゆを見ると、彼女もまたTシャツとジャージだ。なんかこの状況だと、オレだけ変に気合いを入れて準備したみたいでなんだか恥ずかしくなる。
「従姉妹のお姉ちゃんが選んでくれたんですよ、ドライヤーもお姉ちゃんのアドバイスです」
実際はアドバイスどころか姉貴の命令なのだが、そんなことを公にできる訳もなく。オレが若干苦笑気味に言うと、まゆは特に気にした様子もなく『そうなんだ』と頷いた。
「ひなの従姉妹、随分面倒見がいいんだね。いいの、まゆ? ひなのお姉さん枠取られちゃうよ?」
からかうように美希先輩がまゆに言ったが、まゆは心底不思議そうな表情を浮かべている。まゆから向けられた視線の意味を測りそこねたのか、美希先輩はほんの少し後ろに体を引いた。
「別に私はひなたちゃんのお姉ちゃんになりたい訳じゃないし。ひなたちゃんの家族とは仲良くなりたいから、争うつもりはないよ」
告白されたオレとしては、まゆがなりたい関係が恋人だと知っているので自然と頬がカァっと赤くなる。でも姉貴とまゆが本当に仲良くなったら今ですら姉貴に好き勝手に色々と口や手を出されているのに、本当に言いなりにさせられそうで本気で困る。
脳裏に浮かんだ外堀がすごい勢いで埋められていく光景を振り払うように、オレは頭をふるふると横に振るった。そうだ、気分転換に毎日のルーティーンである肌のお手入れをしよう。そう思い立って、オレは動揺が落ち着くまでペチペチと軽く頬を叩きながら化粧水をなじませるのだった。
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