第11話 義父の言葉

「・・・あなたは、故郷の人間を殺す事ができますか?」


ラニットが告げる現実にノクトは、凍りついた様に言葉を失ってしまった。


今回、故郷であるこの村の事件からノクトが外されたのは、『上』からの配慮であろうか。

そうではない。化者狩ケモノがりの世界はそんなに優しいものではないのだから。

ノクトでは、この事件の解決は不可能と判断されたのだ。


「明日からはボク1人で行動させていただきます。今のあなたでは、足手纏いになりますから。」


「・・・。」


今のノクトにラニットを引き留める言葉は見つからなかった。


「早々に街に戻り、今回の事は忘れた方がいいですよ。

この村のことはボクが解決します。

では、おやすみなさい。」


横になり、目を瞑るも眠ることはできない。

ラニットの言葉がノクトの内を木霊する。


「(オレはこの村の人間を殺す事ができるのだろうか。)」


その答えはノクト自身がよく分かっていた。

おそらくはできないと。

その理由は、ノクトの生い立ちにある。



ある事件から、全てを失った幼い少年。

この村に引き取られた幼子は、人を信じることができずに憎しみと絶望の淵にあった。

そんな幼子を救ったのは、この村の住民たちである。

人の温かさを与え、人を信じる事を教えた。

幼子は少しずつ心を開き、やがて自分も苦しんでいる誰かを救いたいと願うようになった。

そして成人した後、奇縁から人に紛れる異形を狩る組織へと足を踏み入れる事になったのだ。


そんなノクトが、大恩ある村の住民を手にかけることができるだろうか。

実際には、人の皮を被ったその中身は人ならざる異形ではあるが、それでもそのが見知った顔であれば躊躇ちゅうちょしてしまう。

故郷を守るためには、非情にならなくてはいけない。

だが、ノクトにはその覚悟はできていなかった。

その甘さを今、むざむざと突きつけられたのだ。


「オレは現実から目を背けていた。

この村の人間に化者ケモノがいると信じたくなかったんだ・・・。」


小さく呟くノクトは、己がどれだけ愚かで短絡的であったを思い知った。



結局、一睡もできず朝早くに部屋から出ていくラニットを空寝して送り出すことしかできなかった。


部屋に日が差す頃に身体を起こし、義母ははにはラニットは別行動で仕事を進めていると伝えた。


朝食後にノクトは村へ出た。

特に用があるわけではなかったが、気晴らしのようなものである。

村の中を歩くノクトは、自然とフィオナとリックの話を思い出し、考えにふけってしまっていた。


「(・・・半端者だな。オレは。)」


街に帰る事もせず、手を引けと言われた事件について考えを巡らせている。

ノクトは、思わず自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。

ノクトの心中とは裏腹に村は雲ひとつない晴天であった。


村の中をしばらく歩くも、ラニットの姿は見当たらなかった。

見かけたとしても今のノクトに合わせる顔はない。

ラニットと遭遇しない事は、ノクトにとっては幸運であったのかもしれない。


日が傾きかけ始めた頃に、古家へ戻ると義母ははは不在のようで、義父ちちが居間に座っていた。

何と無しに居心地が悪い気がして、早々に部屋に戻ろうとするノクトは、声をかけられた。


「ノクト、仕事がうまくいってないのか?」


「・・・あぁ、ちょっと行き詰まっていてね。」


義父ちち正鵠せいこくを射た問いにノクトは口を濁す事しかできない。


「言いたくないなら言わなくてもいい。今朝からのお前の様子でそう感じただけだ。

お前は昔から分かりやすかったからな。」

そう言って義父ちちは目を細めて笑う。

義父ちちには、しっかりと見抜かれていたのだ。


「・・・義父とうさん。ちょっと質問をしてもいいかな?」


「あぁ、構わないぞ。」


「この村に害を為す人間がいたらどうする?」


「うむ、簡単な事だ。徹底的に糾弾し、制裁を加えるな。」


「例えそれが、旧知の仲の相手だったとしても?」


「そうだな。見知った顔だからと言って見逃してしまえば、村全体が腐敗していってしまう。私が優先するべきは私の個の感情ではない。村全体のことを考える事だ。それが村長としての責務だからだ。」


「村長でなかったなら?」


「それでも、結果は同じだ。私はこの村を愛している。そんな愛すべき場所に害を為すなど、許せる事ではない。例えどんな相手であってもだ。

見て見ぬふりをするのは、優しさではない。それは臆病さだ。」


見て見ぬふりをするのは優しさではなく、臆病さ。

ノクトが、村の住民を殺せないと思ったのは、優しさからではない。ある事に気がつき怖かったのだ。

全てを奪われ、絶望し憎悪し幼かったあの日。

そういう誰かを今度は己の手で生み出してしまうのではないかと。

そして、これまでも気がつかずに、そうして来たのではないかと。


「ノクトよ、一つ言葉を授けておこう。どんな時でも一瞬の躊躇ちゅうちょは持て、だが臆病にはなるな。」


「どういうことだ?」


「己の責務に従い何かを行使する時、一瞬の躊躇ちゅうちょも持たないものは、いずれ責務の操り人形になってしまう。そうなってしまえば人間ではなくなる。だが、臆病さが過ぎれば成し遂げることはできない。」


「一瞬の躊躇ちゅうちょと臆病さか・・・。」


「そうだ。だが、己の臆病さを責める必要はない。人間は何度も臆病になり、失敗しながらも乗り越えて成長していくのだから。」


「・・・ありがとう。義父とうさん。」


「私はお前を信じているぞ、ノクト。」


義父ちちの言葉を噛み締めるノクトの瞳の奥には小さな光が灯り始めていた。




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