第10話 知らせ

木こりの夫婦の家を後にし、2人が古家へたどり着いた頃には、太陽はすでに沈み始めていた。

歩みを止めたノクトは、「では、ここで。」といった雰囲気で立ち去ろうとするラニットを引き留めた。


「この村には宿なんかないし、行くアテもないんだろう?ウチに泊まっていったらどうだ?」

「いえ、結構です。」

「・・・ハァ。あの2人の話から事件の糸口が全く掴めなかった。お前が何か気がついていれば、教えてくれないか?」


ノクトは、ため息をつきながらも『大人』としての対応をとった。

事件の糸口が掴めないのは事実であるし、いくらラニットが化者狩ケモノがりであるとは言え、この状況で『子供』を夜の闇へ放り出す事はできなかったからだ。


「それが人に物を頼む時の態度ですか?」

「・・・ッ!お前なぁ!」


ノクトは、つい声を荒げてしまった。

『子供』相手ではあるが、これまでのラニットの態度と事件の手掛かりのなさから来る苛立ちが原因である。


「・・・ッ!?」


ノクトの急な怒声に、ラニットは甲高い悲鳴にも似た可愛い声をあげて驚き、頭を下げた。


「・・・すいませんでした。」

「あ、いや・・・。こちらこそ、大きな声を出してすまない。驚かすつもりはなかったんだ。」


そんな反応に、ノクトの方が面食らってしまい、少し顔を赤らめノクトを睨みつけるラニットの顔には、『拒絶』の色が浮かんでいる。

だが、そんなやり取りが中まで聞こえていたのであろう。義母ははが顔を出し、2人を出迎えた。


「声が聞こえると思ったら、帰ってたのね。さぁさぁ2人とも入って、入って!もうすぐお夕飯ができますからね。」

「いえ、ボクは・・・。」

「ラニットくん、悪いんだけど寝るところはノクトの部屋で構わないかしら?狭い家でごめんなさいね。ほらほら、早く!」

「・・・はい。ありがとうございます。」


ラニットは、捲し立てる義母ははの勢いに負けてしまい、引き攣った顔で礼を言った。

常日頃、義母ははに感謝しているノクトであったが、今は言い表せないほどの感謝の気持ちで胸が溢れていた。



夕飯の後、ラニットは「先に休ませていただきます。」と言って早々に部屋へ戻り、これまでとは違った様子を義母ははうれいていたが、疲れてしまったんだろうと言いくるめておいた。


部屋に戻るノクトの足取りは重い。

なんと声をかければいいのだろうか。

答えを出す間も無く、部屋の前へ辿り着き扉を叩く。


「入るぞ。」


返事はなかったが、ノクトは中へ入った。

不機嫌なラニットに何を言われても、とにかく謝ろうと腹を決めていた。

仏頂面で不貞腐れていると思っていたが、窓際に腰掛けるラニットの表情は神妙なものであった。


「さっきは本当に悪かった。大人げなかったと反省してる。」


第一声に謝罪の言葉を述べた。どんな罵倒が飛んでくるかと身構えたが、ラニットの返答はノクトの予想したものとは別のものであった。


「先ほど、ボクの『虫』からこれが届きました。」


ラニットがノクトに見せたものは赤い液体が入った小瓶。

『知らせ』が届いたのである。


「『知らせ』が届いたのか!それは・・・?」

「血です。ボクの『虫』はを発見したら、その血液を『知らせ』として、ボクの元に運んでくれます。」

「血液?お前の『虫』は、一体何なんだ?」

とは当然、化者ケモノの事である。

だが、血液を運ぶことに何の意味があるのだろうか。

そんなノクトの疑問を解くように、ラニットは続けた。


蝙蝠コウモリです。夜にしか行動できませんが、これを持ってくる事と同時に化者ケモノへある目印を付けてきます。」


蝙蝠がつける目印。吸血痕である。


「小さな傷ですので本人は、『虫に噛まれた』と思う程度でしょう。つまり、身体のどこかに吸血痕がある人物がいれば、それが化者ケモノです。」


化者ケモノの血。ラニットの『虫』が運んできた『知らせ』によって、この事件が化者ケモノの仕業であることが確かになった。

だが、それで終わりではない。むしろ、化者狩ケモノがりとしての本領が始まったと言ってもいい。

迅速に対処しなければ新たな犠牲者が増えてしまう。


「一刻も早く事件を解き明かして、終わらせなければ・・・。」


決意を言葉に出し、己を奮い立たせる。

そんなノクトを見るラニットの面持ちは冷淡なものへと変わっていた。


「ベスティアさん、一つ言っておきたいことがあります。」

「ん?なんだ?」

「あなたは、故郷であるこの村で起こった事件の全ての謎を解き明かし解決させることが目的なのかもしれませんが・・・ボクにとっては違います。

ボクにとって重要な事は、『化者ケモノを殺す』と言う事です。」


その口調は、ノクト畏怖いふしてしまうほどに冷ややかなものであった。


「もっとハッキリと言えば、この事件が化者ケモノ絡みの事件である事が明確になった時点で、失踪者達の生存は絶望的でしょう。

死人の為に時間をいても無駄な事です。

明日からは、化者ケモノの捜索のみに専念します。」


ラニットの言っている事は、『化者狩ケモノがり』としては正しい。

だが、正しいからと言ってすんなりと受け入れる事ができるかと言えばそうではない。


「・・・ラニット、たしかにお前の言う事は正しいよ。だがな、人間には情があるんだ。

オレが化者狩ケモノがりになったのは、化者ケモノが憎いからだけじゃない。

化者ケモノの犠牲になっている人々を助けたいと思ったからだ。

そして、犠牲とは何も直接襲われた人間だけじゃない。残された人間も犠牲者なんだ。

オレは今日、フィオナさんの涙を見た。

そして約束したんだ。この事件を解決すると。

全てを教える事はできなくても、せめて納得がいくようにはしてやりたい。」


自分の化者狩ケモノがりとしての信念を語るノクトに対し、ラニットの反応は変わらず冷たいままだった。


「あなたがどんな理由で化者狩ケモノがりになったのかは興味がありません。

一応、一宿一飯の恩がありますから言わせてもらいますが、あなたは今回の件から身を引くべきです。

あなたが人間の情を大切に思うなら、なおさら。」


「何を言っているんだ?今更見過ごせるわけがないだろ。」

自らの故郷が、化者ケモノに狙われていると分かっていながら引き下がれるはずがない。

だが、ラニットが告げた言葉は、ノクトにとって残酷な現実であった。


「今回の事件が、化者ケモノの仕業であると言う事は、この村の人間に紛れていると言う事です。」



「・・・あなたは、故郷の人間を殺す事ができますか?」

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