第19話 酸の風

――ゾディアック級1番艦 カプリコルン。

 周囲に3つの子機衛星を持つアダムスキーUFO型の小型艦。

 艦長はブルーネ・ナル・ホルスーシャ。

 モノリスには橙色のクリスタルが嵌められている。


「もうしばらく見ることのない故郷だ、よく拝んでおけ」


――ゾディアック級8番艦 レオ。

 巨大なメダルのような物を抱えた大型艦。

 全長は短く、横に大きい特徴的な形状だ。

 艦長は細長く痩せこけた顔が特徴的な軍服の男性、カルノ・デス・ホルスーシャ。

 モノリスには赤色のクリスタルが嵌められている。


「ゾディアック級、大集結……でありますか……」


――ゾディアック級6番艦 ジェミニ。

 細長く二又に分かれた先端を備えた小型艦。

 艦長はココ・アサオ・ホルスーシャ、アマ・アサオ・ホルスーシャの2人だ。

 モノリスには黄色のクリスタルが嵌められている。


「皇帝陛下のご命令でござる」

「うむ!!」


――浮遊航空戦闘母艦 アヴァロンの艦橋。

 中央にアングルドデッキを備え、側面に艦橋を持つ飛空艇。

 大きさで言えば3隻のどれよりも大きく、さらに横から突き出した大型の可変翼が存在感をより際立たせていた。

 可変翼には飛行甲板があり、有事の際には翼上からも発艦できる。

 しかし、この艦は旧式で、艦載機も一世代前のものである。

 誰よりも大柄で粗暴な印象を持つ艦長はアレクシオン・イデミリス三世。

 異世界から召喚された戦術家だ。


「レオ、スコルビス、ジェミニ。こうしてゾディアック級が並んでいるのは壮観な眺めですな」

「よし、本艦もあの端に着陸するぞ」


 こうして、ゾディアック級3隻と空母1隻が、首都ラガードの一角に集結した。


「北フォルザンド方面軍を任されておりました、カルノであります!」

 王族でありながら軍人らしくキリッとした敬礼をする。


「拙者らは宮廷道化師として皇帝陛下に使えてござった、ココと」

「アマでござる……」

 ココはアマを指差して言う。

「うむ」

 アマは一言、相槌のみを打った。


「アヴァロン艦長、アレクシオン・イデミリス三世だぜぃ。ヨロシクな!」

 軽薄なノリでイデミリスは挨拶をする。


 ブルーネは皆に向けて次の作戦の説明をした。

「作戦決行は明日。明朝、ラガード時間5時に帝都を出発、18時にはバルクーガー海域の所定ポイントにて待機だ」


「いよいよ久々にデカいドンパチが始まるんですなぁ……」

 イデミリスはシュッシュっとシャドーボクシングしながら楽しみな気持ちを抑えきれていない様子だ。

「はしゃぐな、イデミリス……」

 それを止めたのはブルーネの副官クロウだった。






 私はあの時の敵前逃亡で、副長ともども、軍事裁判に掛けられた。

 しかし、アクエリアスを沈められるのは私だけという事で無罪放免となった。

 帝国周辺に駐留している兵力はほとんどが親衛隊のものだ。

 私は国防軍の管轄である1隻の空母とゾディアック級3隻をなんとかかき集め、明日にはあの強大な敵に挑む。


 手に持っていた桃色の花束を墓石の前に供える。

「私達は王族だもの、戦死しようが病死しようがこの墓に埋められるのには変わらないのだな」


 彼女は戦場慣れしていなかった。

 しかし、それでも私は彼女の実力を悪くないと評価していた。

 それを手負いの状態で撃破したアクエリアスは並々ならぬ強敵だと改めて感じる。


 湧いてくる気持ちは不思議とアクエリアスに対する憎しみではなかった。

「もはや、復讐や名誉回復などではない。武人として奴らを討たねばなるまい」

 私は、そうリンネの墓前で誓った。


「行ってくるからな、リンネ……」






 アクエリアスは緑生い茂る丘陵地の上空を飛ぶ。

「ここはゴルデアの谷だな」

 いつものようにマルコが周囲の地形を見ながら説明する。


「わあ……ここが……」

 珍しくシオンが外の景色に目を輝かせた。


「シオン、ここがどうかしたのか?」

 俺はその様子が珍しくて聞いた。


「……私の故郷なんだ」

 シオンは一拍置いてから答えた。

「私は生まれて間もない頃、帝国兵にお父さんを殺されて、お母さんと一緒に連れて行かれたらしいの……」

 彼女は悲しげな表情で話し始める。


「らしい?」

 俺の問いに、彼女は頷いてから答えた。

「詳しいことは覚えてなくて、全部お母さんから聞いたんだ」


 マルコはそんな悲しい雰囲気を壊す。

「お二人さん、悲しい話をしてる所悪いけど、アノプス山を越えたらバルカール強酸湖だからな。故郷を通過するときくらいは笑顔でいるべきだ。いつか帰るぞって希望を抱きながらじゃないと前には進めないぞ」


「そうだよね……」

 シオンは前を向いて次の地点を見据える。






「――来たか」

 強酸の湖に竜巻が発生する。


 その中心で艦橋に立ち、アクエリアスを監視しているのは、眩い銀髪にメガネをかけた美形の青年、ヨッシート・ピ・ホルスーシャだ。

 モノリスには白色のクリスタルが嵌め込まれていた。






「クリスタル、反応あり、艦種識別、ヴァルゴ!!」

 シオンの一声で戦闘態勢へと移行する。


「総員、第一種戦闘配置につけ!!」

 目の前には強酸の湖に巨大な竜巻が発生している。


「あの竜巻の中に強力な熱源及び重力子反応!!」

 ラクシェネラがレーダーを確認してそれを報告する。

 それが示すのは、敵が巨大な竜巻を操っているという事だった。


「敵の武装は気圧変圧器のようだな」

 ヒラガはすぐにその仕組みを看破した。


「移動はゆっくりのようですね」

 ラクシェネラは敵艦の速度を見た。

 敵艦が全速を出していないだけかもしれないが、武装の都合上、低気圧を発生させるにはある程度留まらねばならない。

 この速度から急激に変わることはないと見た。


 周囲には酸性雨が降り注ぐ。

「湖のデータ計測完了しました。解析によるとこの艦も溶かすとの事です。いかが致しましょう」

 ラクシェネラは周囲の酸性雨や湖が危険なものだと分析結果を報告した。


 バリアが酸性雨によって徐々に削られていく。

「この雨ではバリアも1分持たんな……」

 艦長は思わず悩む。


 俺は攻撃を提言した。

「攻撃するしかない」

 それから俺は敵に有効な武器を考える。


「あの様子だと徹甲弾や誘導弾は効果がなさそうだ」

 敵艦は姿も見えないほどの物凄い風で守られている。

 パルスカノンかレーザーしかない。


「第一砲塔、エネルギー伝導回路繋げ」

「自動照準、及び手動調整、終わる」

「撃ち方はじめ!!」

 竜巻に向かってパルスカノンが螺旋を描いて飛ぶ。


 しかし、竜巻の途中で拡散した。

 ヒラガはその様子を見てビームが酸の分子によって妨害されていると判断した。

「パルスカノンはあの酸によって威力が著しく減衰しているな……」


 俺はすぐに切り替える。

「仕方ない、レーザー機銃だ!! マルコ、もう少し近づけるか?」


 アクエリアスはヴァルゴにゆっくりと近づく。

 強酸の勢いが近づくたびに強くなり、バリアを削っていく。


 射程ギリギリまで近づき、レーザー機銃を発射した。

 レーザーは竜巻の回転方向に沿って捻じ曲げられ、消えていった。


 ヒラガは再び攻撃が防がれた原因をすぐに推測し、それを報告する。

「酸の中のコロイドがチンダル現象を生じさせている。レーザーも駄目だ!!」






「艦長……これでは……」

 俺はお手上げだった。


「うむ、この速力であれば逃げられるかもしれんな……」

 艦長はひとまず逃げを選択した。

「バリア限界まで後10秒!!」

 ラクシェネラの報告が合図だった。


「……急速離脱、面舵一杯」

 艦長の号令の後にマルコが繰り返す。

「面舵一杯、ヨーソロー!!」

 アクエリアスは踵を返して迂回を試みる。


 そこに弾丸のように酸が飛んできた。

「何っ!?」


「バリア使用不能!!」

 今の一撃でバリアがしばらく使用できなくなった。


 上から降り注ぐ酸性雨が徐々に艦体を溶かしていく。


 酸の塊が降ってきた。

 それは甲板から下部の個室を貫き、艦底を抜けた。


「範囲外まで離脱だ、何をしている!!」

 艦長は思わず叫んだ。






 アクエリアスは主翼を後退させ、主機を全開にして範囲外まで脱出した。

「今は逃げられたが、このまま放置しておくわけにもいかんな……。竜巻の規模を大きくされれば酸性雨の範囲も拡大されるだろう」

 ヒラガは現状を分析する。


 俺もそれに同意した。

「ああ、竜巻ってのは下から物を吸い上げている現象だが、海上で発生した竜巻が魚を何キロも離れた場所に打ち上げるって事例もあったくらいだ……」


「しかし、あんな守りに守られている奴なんてどうやって攻撃したらいいんだ……」

 俺はそこで行き詰まる。


「どんな強固な守りでも、隙はかならずある。守りが硬いほど中は脆弱なものだ……。そこを見いだせれば勝ち目はある」

 艦長はそれだけを呟いた。

 彼の戦いの原則だ。


 ゼンデル湾での戦いを思い出した。

 中央に密集させた陣はその守り故に突破されることを考慮していない……。

 あの時は正面突破を選択し、その結果相手は密集時の混戦で同士討ちが生じ、それを避けるために攻撃を控えるものもいた。

 敵の指揮官は即座に陣形を変えて対応したが、それでも陣形を変えるのにはラグがあった。

 それを突いたのが彼の突撃戦法。


 中央の一点突破……。


 中央の一点突破か……。


 中央……。


 俺は何か見落としている。


「そうか!!」


 俺はこの窮地を切り抜ける手段を思いついた。

「おい、なにか浮かんだのか?」

 マルコは興味津々に聞いてくる。


「こうした気流の中心ってのは無風だ。おそらくそうでなきゃ奴のボディはバラバラ、あるいは強酸で溶けている」

 俺は今まで相手が平気であることを失念していた。


 マルコは思わず突っ込む。

「でも、中心なんて……どう攻撃すりゃいいんだよ!!」


 俺は金貨を取り出し、真上に投げる。

 それは重力に引かれ、地面へと落ちる。

「重力って凄くてな、例えば実弾を使って上に撃つと、撃った瞬間のエネルギーがそのまま帰ってくるんだ。こっちの世界じゃ何人も天国にぶっ飛ばした祝砲の話もあるくらいにはな!!」


「ほう……面白い」

 ヒラガはその発想を称賛した。






「仰角合わせ、上下角89度」

「主砲、91式徹甲砲弾に切り替え」

「重力誤差修正」

「交互撃ち方!!」

 俺が号令を出すと、左右の砲と真ん中の砲が交互に砲撃を開始する。


「角度上方、弾道計算入ります!」

 ブリッジクルーの皆は静かに見守っている。


「夾叉射撃。手前と奥に撃ち、その誤差を修正していく射法だ」

 俺はその攻撃方法を説明した。


 何度か砲撃と修正を繰り返した。


「次で決める……」

「10、9、8、7、6、5」

 その砲弾は重力によって曲線を描き、竜巻の上から中心部へと落下する。


「4、3、2、1」

 鈍い音が響いた。






「――見事だ」






 竜巻が晴れ、中から三角形の飛行物体が現れる。

 その飛行物体こそがヴァルゴだ。


 動力部に徹甲弾の直撃を受けたヴァルゴは重力制御を失い、強酸の海へと沈んでいった。






 空母アヴァロン、ジェミニ、レオ、カプリコルンの4隻がラガードの朝焼け空の中を飛ぶ。


 アクエリアスを沈めるために……。






 目の前に生じているのは、超大型ジェット気流。

 これは42000キオメルテを一気に短縮する。航海の遅れを取り戻せるはずだ。

 しかし、このジェット気流を超えた先は、魔の海域と恐れられるバルクーガー。

 当初の航海計画にこのルートがなかったのはこのせいだ。


 ここを超えればルーオプデン空中帝国。

 後少しだ、頑張れアクエリアス。

 しかし、バルクーガー海域にはブルーネ将軍が陣を張るのであった。


――目標地点到達まで残り17,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

HBS-9 ヴァルゴ

 開発:ホルシアン・インダストリー

 装甲:スーパーセラミック/超ジュラルミン

 全長:288メルテ

 全幅:152メルテ

 全高:26メルテ

 最大速力:54ロノート

 兵装

  気圧変圧器ボレイアス

  アクティブステルスシステム

  Gバリアシステム

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