第17話 常勝将軍

 アクエリアスは花畑を抜けた。

 眼下に広大な海が広がる。

 空の青が反射して綺麗な色を映し出す。

 右を見ると陸地が見える。


 マルコはいつものように説明する。

「ゼンデル湾。昔ここは火薬が取れることから爆薬大国って呼ばれてたな」

 見ると、長く続く岸壁の上には建物の跡が多く点在している。


「なんでも、海底から流体フロギストンってのが取れたんだ」

 俺は聞き馴染みのない単語を聞く。

「流体フロギストン?」

 フロギストンというのは燃素仮説に登場する架空の物質と記憶していた。


「空気や水と反応することで爆発的なエネルギーへと変換され炎を生じさせる危険な物質だ」

 なるほど。つまり、この世界では加工されたりして火薬や燃料として使われるものだろう。


 艦長が時間を見て告げる。

「定時報告の時間だ」


「全ての兵装、修復完了しました」

 ラクシェネラは現兵装の状況報告をする。

「ご苦労」


 ヒラガは続けて艦長に報告した。

「オートマトンの解析の方は進行中、未知の技術故もう少し時間がかかるかと。例の兵器の方は近々完成するかと」


「それから、ナイトバードを5機も失ったのは大きい損失だ。ゼロの完成を急がなくてはならんな」

 ヒラガは草薙専用機、アン専用機、そして格納庫で巻き込まれた3機を失った状況を悔やむ。


「よい、下がれ」

 そうして、ラクシェネラとヒラガはいつもの位置についた。







「敵艦捕捉……数、5000!?」

 その報告は周囲の誰をも凍りつかせた。

「なんだって!?」


「大艦隊の歓迎か……ついてないな」

 俺は前方に黒い靄が見えてきたのを確認する。

 それは、靄ではない、艦が大量に集まり、1つの靄に見えているのだ。


 ラクシェネラはそれでも冷静に分析する。

「艦種識別、ハルピュイア級高速艇、アエロー級、シムルグ級水雷艇、フェネクス級ミサイルフリゲート、そしてアレは……」

 視界の先には周りの緑色とは違うオレンジ色の塗装が施された艦があった。

 全面を装甲で硬め、後方には3発の主機を備えた重装甲高機動タイプの艦だ。


「ネームドシップのお出ましか……」

 戦艦ほどの火砲は持っていないようだが、正面の装甲、砲門数を見ると駆逐艦の類ではないのは明らかだった。

 俺はクルーザーだと断定する。

「なるほど、データベースにはない新型のクルーザーだな……」


「ゾディアック級じゃないだけマシだろうな……」

 マルコはそう言って周囲を見渡し、回避先を探す。


「避けますか?」

 ラクシェネラはこの状況で敢えて聞いた。


 マルコが答える。

「迂回しようにも左右にも敵艦接近中だ。それに風向計を見ろ」


 俺はそれを見ると絶望的な状況に追い込まれてることを理解する。

「ああっ。左右に至っては向かい風だ……直進するしかないのか」


 艦長が現状の戦況分析を説明する。

「両翼はハルピュイア級を中心とした高機動艦隊が中心だ」

「ここで素直に左右から侵入したら回り込むように陣を展開される。おまけに向かい風で進路は取れない」


 その上で、突破方法を挙げた。

「敵は中央を固めている、しかしそれ故に本当に中央を突破するとまでは想定していないだろう……全速で奴の中央に突っ込むぞ」

 残された方法はそれしかなかった。



 艦長は目をつぶり、心を落ち着かせる。

 そうした空気を作ったことで、誰もが一度深呼吸した。



 艦内が落ち着くと、目を見開き、声を上げる。

「機関出力最大、第一戦速!」

 アクエリアスの4つある主翼が後退する。

「G-バリア、艦首に集中!!」


 相手は突っ込んできたアクエリアスに対し、ビーム砲で応戦するも、周囲の味方を巻き込んでしまう。

 1つの目標を集団で攻撃するため、どうしても同士討ちが生じてしまうのだ。


「密集して守りを固めたのが仇となったな」

 艦長は普段は見せない表情で笑う。


「トラックナンバー100から200まで同時捕捉、パルスカノン及び誘導弾、目標照準合わせ、撃ち方はじめ!!」

 アクエリアスもパルスカノンやミサイルを用いて周囲を攻撃しながら旗艦へと向かっていく。






――旗艦ブルーネⅡ世艦橋にて。


「陣を変えろ、間隔を開けて奴を包囲!! 敵左舷の部隊は距離を取れ、ミサイルフリゲートによる長距離ミサイル攻撃を敢行しろ」

 ブルーネは即座に陣を変化させる。


 ブルーネもまた、予想以上の強敵に武者震いが止まらない。

 この状況で密集した場所……そして旗艦へと突っ込んでくる、そんなフック艦長の胆力を評価していた。

「アクエリアス、侮りがたし!!」






「敵陣、変化していきます」

 左舷の敵が引いていく。


「敵の猛攻が来るぞ!!」

 俺は目の前から無数のビームが飛んでくるのを確認した。


「バリア、全面に展開!!」

 見えない方向からも攻撃を受けている。

 ビーム、ミサイル、レーザーが四方八方から飛んできてアクエリアスのバリアに命中する。

「バリア限界まで後30!!」


 艦長は深く考え込みながら敵陣の弱点を探る。

「マルコ、周囲の深度は」

「ざっと40といったところです」


 俺は艦長の考えを看破した。

 この深度ならば潜水艦もすぐに見つかるはず、故に安心して潜航ができる。


「本艦はこれより急速潜航を行う、海中から奴の懐に潜り込め。それからマルコ、周囲の地形で地下を探れ」

 艦長の命令が下り、アクエリアスの艦首が海面に向かう。


 マルコはレバーを動かす。

「了解、きゅーそくせんこー!」

 アクエリアスが海の中へと入っていく。


 その間もビームによる攻撃が飛び交っていたが、海中に入ると攻撃は収まった。


 ビームもレーザーも水の中では威力が減衰し、ミサイルは海中では推進力を失った。

 しかし、次に飛んできたのは爆雷だった。

 ドラム缶のような爆雷が水中に投下されている。

「おわああああああっ!!」


「深く、もっと深く……!! 必ずあるはずだ」

 艦長は冷や汗を流しながら敵艦の位置を見る。


 マルコは艦長に命じられた通り、地下を探していた。

「見つけた! 草薙、ポイント27に左舷アンカー撃ち込み!!」

「了解!!」

 海底にアンカーを勢いよく射出した。


 爆雷攻撃により激しく船体が揺れる中、冷静に狙い、ビームアンカーを目標地点に食い込ませた。


 俺はそれを見て、すぐに次の行動に移った。

「右舷ビームアンカー、上空の敵艦に撃ち込み!!」






「なんだぁ!?」

 突然ビームアンカーが食い込んだハルピュイア級の中は混乱した様相だ。






「アクエリアス、急速浮上!!」

 艦長は敵艦にアンカーが食い込むと力強く号令をかける。


 機関室のロギータが大声で命じ、タカザキがレバーを操作する。

「出力最大!!」

 アクエリアスは再び空中に出るために推進を全開にした。


「進路上の敵捕捉」

 ラクシェネラがレーダーで捉えた敵を全て俺に送る。


「捕捉完了、パルスカノンにエネルギー伝導終わる」

「自動追尾及び手動調整、終わる」

「測的完了。誤差修正上下角3度」

「撃ち方はじめ!!」

 パルスカノンが敵を撃ち抜いていく。


 アクエリアスが水柱をあげて海の中から姿を表す。


 すると、敵艦は一斉に集中攻撃を浴びせてきた。

「怯むな、この程度で戦艦が沈むか!!」


 アクエリアスは更に速度を上げ、アンカーを差し込んだ敵艦を前方の衝角で貫いた。

 勢いよく突き刺さった衝角によって、それは真っ二つに裂けた。


 艦長は大声で叫ぶ。

「振り下ろせ!!」


 アクエリアスの主翼は前進翼になり、不安定な空力特性が空中機動力を飛躍的に上昇させる。

 操舵をするマルコは叫ぶ。

「いけええええっ!!」

 真上に向いたアクエリアスはそのまま旗艦目掛けて衝角を振り下ろす。


 しかし、旗艦はサイドスラスターを噴射し、ギリギリで避けた。

「やるな……」

 俺は敵の動きを称賛した。


「両舷アンカー・オフ」

 アクエリアスのビームアンカーが消滅した。

 この間にも攻撃は絶え間なくアクエリアスを襲う。


 旗艦は側面からロケット弾を放ち、アクエリアスに命中させた。


「うわああああっ!!」


「畜生……!!」

 俺は思わず反撃しようとする。

 しかし艦長は制止した。

「構うな、全速で振り切れ!!」


「操舵なら任せろ!!」

 マルコは自身を鼓舞し、舵を切る。


 アクエリアスは舞うような軽やかな動きで敵艦の隙間をかいくぐりながら抜けていく。






「逃がすな、追撃だ!!」

 ブルーネの部下が命令した。

 その命令が降りると、一斉に方向を変えてアクエリアスを狙う。


 海底のアンカーが抜けた場所は掘り起こされていた。

 その部分が発光する。


 瞬時にブルーネは状況を把握した。

「何……海中に埋蔵されていた流体フロギストンだと!?」


「総員追撃中止、各艦、耐ショック姿勢。艦首を海に向けろ!! 機関推進全開!!」

 ブルーネⅡ世は装甲を備えた前面を海面に向ける。


 他の艦はそのような装甲が無いものが多く、ひたすら逃げることに専念していた。






 海中に流出した流体フロギストンは、水の中の酸素原子と結合し、それが連鎖的に反応することで膨大な熱量を生じさせる。

 そして、それによる体積の急激な増加は、爆発という現象で姿を表した。

 天にも届くかと思う程の巨大な水柱はブルーネⅡ世を含め、帝国の艦隊を軽く吹き飛ばす。






 ブルーネ達は無事だった。

 前面の装甲による防御に加え、海面に向かって飛び、艦体が吹き飛ぶのを抑えていたからだ。


「馬鹿な……3000を超える艦が……」

 ブルーネの部下はその様子に驚愕していた。

 周囲の艦が姿を消していたのだから。


 ブルーネはすぐに次の命令を下す。

「問題ない、この程度の消耗は想定の範囲内だ。第一水雷戦隊、奴にミサイルを叩き込め!!」

「こちらは突撃艇と共に最大戦速で奴に突っ込む。立体T字陣形T-5!!」

 流体フロギストンによる大損失にも関わらず綺麗に陣形が変化する。






 艦長は敵の陣形が流れるように変化するのを見ると、これまでの戦いとは違うことを感じつつ冷静に判断を下す。

「今までの敵とは明らかに違うな……。最大戦速。機関、最大出力!!」

 アクエリアスは主翼を後退させ、エンジンを勢いよく噴かす。

 そして、水柱を立たせながら高速で上昇していく。


 ラクシェネラがレーダーに熱源を捕捉する。

「艦後方より、大型カプセルミサイル、数12接近!」


 ヒラガが艦長に急いで報告する。

「艦長、対大型カプセルミサイル航空爆雷、完成しました!!」

 以前、カプセルミサイルにより敵兵に侵入された事から、大型ミサイル迎撃用の爆雷を開発していたのだ。


 俺は思わず聞く。

「試射はしたのか!?」

 ヒラガは即答した。

「馬鹿者、そんな時間あるか!! 実践あるのみだ!」






 アクエリアスが飛ぶ姿を見てブルーネは命じる。

「よし、第二水雷戦隊、発進!!」






「傾斜角45、最高速に乗りました」

 マルコは舵を取りながら言う。

 しかし、ミサイルは振り切れない。






 アクエリアスが第二水雷戦隊の射線に入る。

「第二水雷戦隊、大型カプセルミサイル、発射!!」






「艦前方からも大型ミサイルが6接近!」

 ラクシェネラの報告を受け、ヒラガは命令を下す。

「対大型カプセルミサイル航空爆雷発射用意!! 1番、4番、3番の順に撃て!」


 垂直発射管から手投げ弾のような形状をした爆雷が放物線を描いて飛んでいく。

 それは空中で爆発し、小さな弾丸をばら撒く。

 その弾丸同士の間は電気で結ばれており、電磁フィールドを形成している。

 フィールド内に入った5本のミサイルは破壊され、無力化される。


 次々、対大型カプセルミサイル航空爆雷が発射され、ミサイルを迎撃していく。

 その爆発が激しく輝き、周囲を彩る。


「すげぇ……」






「6時方向より敵旗艦と突撃艇、接近!!」

 ラクシェネラの報告に驚く。

 一軍の指揮者自らが突っ込んでくる。

 戦いのセオリーから大きく逸れた攻撃に度肝を抜かれた。

「速力、150ロノート、振り切れません!!」


 旗艦がこちらに接近し、ビームを放つ。

「バリア、展開限界!!」

 その一撃が、バリアを割った。


「畜生、こうなったらこちらも応戦だ。全砲門、開け!」

 垂直発射管からミサイルが放たれ、第四砲塔のパルスカノンが敵旗艦を狙う。


 ミサイルは敵の対空レーザーに撃ち落とされ、パルスカノンは正面装甲で弾かれた。

「パルスカノンを弾く!?」

 敵旗艦の接近を阻めない。


「急速回頭、敵に側面を向け、主砲一斉射!」

 アクエリアスは敵に対して側面を向け、パルスカノンを一斉に放った。

 しかし、その装甲には傷一つ付かない。


 敵のビームがアクエリアスの主砲を撃ち抜く。

「第一砲塔、大破! 射撃不能!」


 火力が下がったアクエリアスに対し、敵は側面を向ける。

 再び側面からロケット砲を放ってきた。


「対空迎撃!!」

 対空レーザー機銃でロケット砲を撃ち落とす。


 お互いに円を描くように旋回する。

「クルーザーが……このアクエリアスに機動戦を仕掛けるだと!?」

 俺はその狙いに思わず声が出た。






 ブルーネはアクエリアスの機動力を実際に見て言った。

「それはお互い様。戦艦がしていい機動じゃないわね」

 旗艦は元々戦艦クラスであった火砲を比較的控えめにすることで高い機動力を得た。






 俺は敵がビーム砲に光を収束させているのを見た。

 即座に第二砲塔をその射線上に合わせる。



 発射はほとんど同時だ。



 ビームは粒子の実体がある以上、実質的には実体弾と同じだ。

 レーザーとは違い同じものをぶつけさえすれば衝突による干渉が生じる。

 それを可能とする腕があればの話だが。




 そう、バレット・ディフレクトができる彼であれば……。




 風圧の影響を受けにくいビーム同士であればある程度砲弾は直進する。

 これはバレット・ディフレクトには好都合だ。


 ビーム同士の衝突により、激しい衝撃波が発生する。

 それは両艦を吹き飛ばし、距離を取らせるに十分な威力だ。

 ブルーネは冷や汗をかきながら称賛する。



「――やるな……」



「だが、貴様らはこの虎の牙に既に捉えられている!! 密集包囲陣形!! パターンDで広げろ!!」

 ブルーネは急いで体勢を立て直し、的確に指示を繰り出す。

「第一、第二水雷戦隊、単縦陣でアクエリアスに接近、後に旋回陣で交互射撃」

「ミサイルフリゲート部隊、敵右舷から長距離攻撃」






 バレット・ディフレクトを興味深く見ていたのはブルーネだけではなかった。

「ほう。アクエリアスに乗っていた彼はやはり本人だったか……」

 ラマルはモニタで映像を確認すると虹色のサングラスを輝かせる。



「――面白くなりそうだ」



 アクエリアスは圧倒的劣勢に陥っていた。

 敵の絶え間ない波状攻撃で主砲をほとんど失い、逃げるのがやっとという状況。

 そんな中、シオンはただ祈るしかできなかった。


「――皆を……助けて……!!」





 その願いが届いたのか、クリスタルは激しい光を放ち、シオンを包んだ。


 クリスタルの力がブルーネとシオンの意識を結んだ。

 そして、ブルーネの記憶とシオンの記憶が結び合わさり、ある映像を生み出した。

 ブルーネは、リンネがスコルビスに搭乗して戦死した事を理解した。





「馬鹿な……」


 そのイメージは、ブルーネの心を揺るがした。

「皆……どうしてリンネを止めなかったのだ……」


 部下は皆、その情報を意図的に隠していた。彼女の士気に関わるからだ。



 果たせるかな、彼女は戦意を喪失した。



 アクエリアスはその合間に、陣形の穴をくぐり抜ける。

『――将軍! 将軍! 指示を、指示を!!』


「陣が食い破られました!!」


 副長が重苦しく命じる。

「仕方ない、撤退だ。このまま続けても勝てる見込みは薄い。相手がいくらあの状態であろうと……な……」

 アクエリアスに勝ちうるのはゾディアック級かブルーネ将軍の力のみである、と副長は告げる。


「全艦に通達。不測の事態につき、本艦隊は撤退を余儀なくされた。繰り返す……」






「敵艦、引いていきます!!」

 ラクシェネラの報告に皆、安堵した。

「敵に何が合ったのかは知らんが、不幸中の幸いだ……」

 俺は汗を拭う。


 マルコは俺に向かって話しかけた。

「運がよかったようだな」


「運も実力の内だよ」

 俺は言った。


 再びボロボロになったアクエリアス。

 兵装のほとんどを破壊され、装甲も穴だらけという有様だ。


――目標地点到達まで残り69,000キオメルテ。

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