第16話 レッド・アンタレス

「――私は、この世界の人間ではない」


 艦長は、突然そんな事を告げた。

 それには俺も驚いた。


 艦長はラクシェネラの方を向き、無言で頷き、続ける。

「彼女の本当の名はラクシェネラ・フェン・エルドリン。今は滅びた西ペルシオン連合国の政治家の妹だ」

「政治家の妹!?」


「彼女の恋人の名前はロシェア・ロル・ホルスーシャ」

 シオンは目を見開き艦長を見る。

「……ということは……フック艦長は……」


「ああ、想像しているとおりだ」


 艦長は後ろを向く。

 彼が過去を振り返る時の癖だ。

「だが、その召喚は不完全なものだった」


「私には前の世界の記憶が完全では無いのだ……私が何故この世界に呼ばれたのかも、私がどんな世界に居たのかも」

 異世界からの召喚というのは代償だけでなく、失敗する可能性もつきものだったという。

 どうやら俺は偶然成功した事例だったらしい。


「私は転移者ではなくただの艦長として振る舞った」

 それは彼自身の贖罪の気持ちだ。


「フック艦長……」

 俺は言葉が出なかった。


 シオンは気になっていたことを聞く。

「でも、フック艦長は戦いの時あんなに頼りになるよ……?」


 それにはラクシェネラが答えた。

「そうね。おそらく、魂に染み付いた戦いの記憶よ。それだけ戦いとともに生きてきたという事なのよ」


「きっと、何かに導かれているのよ。わたしや草薙君達と同じように」

 その言葉はどこか引っかかるものがあった。






 それからの話は全て驚きの連続だった。


 艦長が召喚された時、彼はすぐに状況を理解して、ロシェアを蘇らせようとクリスタルを使おうとしたという。

 しかし、ホルスーシャ王族でない彼は、強い望みを抱きながらクリスタルに触れると、眩い光と共に腕が消し飛んだ。

 そして、ひよこ色に輝いていたクリスタルが、輝きを失って砕け散った。


 今までクリスタルにこの手で一度も触れたことがなかったのを思い出した。

 謎の忌避感を感じていたのは生存本能ようなものだったのだ。


 艦長のフック状の義手を見る。

 これは、彼自身が抱いてる罪の形なんだろう。


 最後に俺は聞いた。

「しかし……どうして今になってこんな話を」


 艦長はそれに答えた。

「今までは話す必要がなかったが、ここ最近、夢を見るんだ」

 その答えは艦長から出たとは思えないものだった。


「夢……?」

 俺とシオンは思わず聞き直す。


「ああ、何かに導かれ、近いうちに真実を知る時が来る……とな」

 シオンはその答えにハッとする。

「それは……クリスタルが見せているんだと思う」


「クリスタルが……か……」

 クリスタルとは一体何なのか、そして、導いている者とは誰なのか……。


 話が終わると、艦長は最後にこう残した。

「草薙、お前には私に成し得なかった事を成せる力がある。だから自信を持て」






 その後、ラクシェネラは一人、自室で泣いていた。

「わたしは艦長、貴方が憎い」

 その言葉には怨嗟が籠もっている。

「最後までわたしの復讐のために戦って……。それが最大の贖罪よ」

 その言葉には悲嘆が籠もっている。

「わたしを……罰して……わたしを……壊して……」

 その言葉には愛が籠もっている。


「あれ……わたしのこの気持ちは……?」

 これはわたし自身の言葉なのだろうか、それとも……。


 前々から渦巻くこの複雑な気持ちは……。


 別の誰かが自分の中にいるような……。

 それ・・は心の奥底で人形を作り、わたしに語りかけてきた。


――






 俺とシオンはいつもの甲板にいた。

「王女2人に政治家の妹か……すごいな……」

 全身で風を受けるシオンを見ながら、俺は思わず口に出した。


「翼君だって元の世界じゃ世界一位だったんでしょ?」

 シオンは手で銃の形を作りながら言う。

「いや、俺は空席に偶然座れただけさ」



「――俺、本当は2位だったんだよ」



 俺は思い出す、遥か昔の記憶を。

「俺にはバレット・ディフレクトがある。でもそいつは天才的な早撃ちの腕で同時に2発撃ったんだ」

 あらゆる場所に命中させるテクニックを持ってしても、速度には敵わない。

 そして、そいつにはもっと凄いテクニックがあった。

「2発目の弾丸が見えないように1発目の死角に隠して、な……」

 視覚的な隙や相手の心理を応用したテクニックだ。

 1発目を撃ち落としても、2発目が飛んでくる。

 俺のとっては天敵のような相手だ。


「そいつの名前は、2丁拳銃のラマル。そのテクニックの名前は、ヒドゥン・バレット」

 彼は他のゲームでも圧倒的な力を持っており、18才にして世界チャンピオンだった。

 勉学やスポーツでも優秀で、ありとあらゆる能力が優れていたのだ。


「でも、ある時突然行方不明になって、最後まで俺は勝てなかったんだ」






 ラマルは録画映像を見ながら、ずっと考えていた。

「しかし……あの顔……本物か?」

 それは、艦内で走っている草薙のもの、甲板でシオンを助ける草薙のものだ。

「似せただけの別人かもしれん……今はわからんな……」


「万が一、奴もあの意思・・に導かれたのであれば……な……」






「前回の襲撃の損傷がまだ完全に直ってないんですな」

 ヒラガは報告書を読みながら、計器を操作する。


 それを聞いて航海長のマルコはルートを算出する。

「では、ゾディアック級や敵艦隊との戦闘は避けねばならんな」


「現状では主砲が使えませんね……」

 俺は大きく焼け焦げた第一砲塔の後を眺める。

 第一砲塔は特に被害が大きいが他の砲塔も軒並みやられている。


 生き残っているのは艦首ビームアンカー、底部ロケット砲、右舷対空機銃くらいだ。

「あの大型ミサイルは対策を講じなくてはならんな」






 青く澄み渡る空、眼下には花畑が一面に広がる。

 イェルナート平野上空を飛ぶ。

「周囲に艦影なし」

 ラクシェネラがレーダーになにもないことを確認する。

 しかし、クリスタルは点滅していた。

「……クリスタル、反応あり!!」


 ラクシェネラはもう一度計器を確認する。

「レーダーに反応出ました、直下です!!」


 今まで反応がなかった。アクティブステルスだ。


 艦長はすぐに判断を下した。

「機関最大出力、この場から離れろ!!」






 花畑から突然火が出現し、地面が裂け、そこから凄まじい光芒が放たれた。

 その可視化された熱量はさっきまでアクエリアスがいた場所を薙ぎ払う。


 見えたのは巨大な光の手だ。


 シオンはクリスタルの反応の種類で艦種を特定した。

「ゾディアック級11艦、スコルビスです!」

 隆起した地表から飛び出すのはつつじ色のボディを持つ艦だった。

 アシンメトリーなその外見、左側面から飛び出す光のアームのようなものが何よりも特徴的だ。

 光る腕部の先端には鋭い爪のようなものがある。


「ヒラガさん、あの光の腕の正体は?」

 俺は聞く。


「ビームアンカーに近い粒子の収束体だ……。しかし、密度と熱量が高すぎる!! 奴に近接戦闘は危険だ」

 ラクシェネラは計器の数値を確認して驚く。

「あの周囲は6万セルシをゆうに突破しています!! あの光も空中原子がプラズマ化しているものかと」






 スコルビスを操るのは、暗い艦内でも目立つ鮮やかなオレンジ色の長髪を持つ女性だった。

 しかし、その表情はブルーネ将軍の凛々しく戦場慣れしたものではない。


「お姉さまの為に……今は……」

 焦燥、恐怖を抱きながら、リンネ・ナル・ホルスーシャは艦橋に立つ。


 モノリスには桃色のクリスタルが嵌め込まれていた。


 リンネは操作盤を軽く動かした。

「高エネルギー駆動腕部ミョルニル、砲撃モードへ移行」


『承認、砲撃モードへ』


 光の掌が開く。


『ターゲットスコープオープン』


 リンネの前に照準器が現れた。

「発射……!!」






 アクエリアスは全力でスコルビスから距離を取る。

 速力では勝っている、このまま逃げ切る他、助かる道はない。


 ヒラガはその最中にも考えを話す。

「見たところ、武装は光の腕だけだろう」

「何故わかる」


「あのエネルギー放出量から見て他のビーム砲などに回すほど残っていない。今までのゾディアック級もそうだったが、奴らも万能ではない。どんな武装を搭載していようと、エネルギー供給量には限りがあるものだ」


 見ると、ビームの類を放ってこない。

 距離を取っていれば安心……というのは束の間、激しい揺れが艦内を襲う。


「おわあああああああっ……」


「何が起こっている!!」

 艦長はすぐに工作班に状況確認を急がせた。


「艦尾に直撃、推力低下!!」

「敵艦からの砲撃です!!」


 スコルビスの方を見ると、掌から砲弾を放つ姿が見られた。


「圧縮プラズマ弾か……厄介だな」

 艦長は思い出したかのようになにか呟く。


「あてが外れたか……しかし、エネルギー効率が悪いなら必要なときだけ展開したら良いのではないか?」

 ヒラガはブツブツと考えをまとめる。

「そうか……始動には更に膨大なエネルギーが必要だからあの腕部の出し入れはできないのか……!!」


 敵艦の横幅を見て、ラクシェネラは言う。

「艦長、どこか閉所に行ってください、奴を足止めできるかもしれません」

 周囲を見回すと、近くに洞窟があるのを確認した。

「あの洞窟に逃げ込め!!」





 アクエリアスはジメジメした洞窟の中に避難した。

「これで一安心だな……」

 マルコは安堵する。


 俺はそんな彼を注意した。

「油断するな、敵の行動予測がたたないうちは慎重に事を運ぶのだ」


 シオンは周りの湿った状態を見て言う。

「なんか湿気が多いですね」


 マルコは周囲の地形データを見せながら説明する。

「上には湖があるからな。その水が滴り、この洞窟の生命を育んでいるのだろう」

「この湖はこの地帯の雨季に溜まったものだろうな」


 ラクシェネラは自動修復装置の状況を見た。

「G-バリアシステムの修復、25%に達しました。限定的ですが、使用は可能です」

「うむ、ご苦労」

 これで1度のみはプラズマ弾を弾くことができるようになった。


 洞窟の出入り口が遠ざかる。

 スコルビスは撒けたと誰もが思っていた。




『切り替え、打撃モードへ移行』




 スコルビスは岩を破壊して、強引に侵入してきた。

 その腕部は握り拳になっており、破壊された岩石片は高速の弾丸となってアクエリアスを襲う。


「うわあああああああっ!!」


『切り替え、斬撃モードへ移行』


 最初に見せていた、爪のような腕部に変化した。


 一閃。


 周囲の岩石が一瞬にして蒸発する。

 暗い洞窟内にも関わらずビームの腕と、それによって生じた岩漿のお陰で照らされて見える。






 スコルビスはアクエリアスをしつこく追う。

 光の腕を振り回しながら、徐々に距離を詰める。

 推力の下がったアクエリアスは逃げ切れない。


 次第に、腕を振って生じる熱風が近づいてきた。


 マルコは思わず俺に言った。

「このままだと死ぬぞ!?」

「ああ、死ぬ」

 俺は至極当然な答えを出す。


「人は誰だって死ぬ」



「――だが今じゃない……」



 俺には、1つの考えがあった。

 一か八か、博打打ちのようなものだったが、この期に及んで手段は選んでいられない。

「艦長、俺にはまだ1つ方法が残っています」


 艦長は深く考えた後、「うむ」とだけ返した。


「この艦の兵装はほとんど修理中だぞ!? 今の状況で奴を倒すなど不可能だ!」

 ヒラガも思わず指摘した。

 たしかにろくな兵装は残ってない。


 しかし、それでも奴を倒す可能性があるのはわかっていた。

 そう、この洞窟に逃げ込んだ時点で。


 艦長は言った。

「不可能かどうかは、我々が決めることかね」


 その一言で、ヒラガはハッとなった。

 今までも土壇場で危機を乗り切ってきた……。

 この状況での不可能は、ただ諦めた言葉である、と。


「ローリング、右傾斜角15!」

 俺はマルコに伝える。


 機銃の照準を洞窟の天井に向ける。

「撃てーーーっ!!」

 無数のレーザー照射が天井を焼く。


 すかさず俺は次の指示を出す。

「11時方向にビームアンカー射出!」

 洞窟の奥……出口付近の壁にアンカーを差し込んだ。


 それを確認するとマルコに急いで伝える。

「最大戦速で離脱しろ!!」


 呆気にとられたマルコだったが、すぐに指示通りにする。

 その様子を見たのか、スコルビスは砲撃モードに切り替えてプラズマ弾をこちら目掛けて放った。


「好都合だ」


 ラクシェネラは後ろから高速で飛んでくる熱源に対し、バリアで対応する。

「バリア展開!!」


 プラズマ弾はバリアに防がれて跳ね返り、天井へと命中した。

 それは先程のレーザー照射によって脆くなった岩盤に亀裂を生じさせた。


「ビームアンカー、巻き取れ!!」

 アクエリアスは引き寄せられるかのように洞窟を滑り抜ける。






「逃げるか卑怯者……そうはさせませんわ!」

 再びエネルギーを掌にチャージする。

 この距離なら外さない、そう確信していた。






 天井に生じた亀裂から水が噴き出し、徐々に崩れていく。

 底を失った湖の水が一気に洞窟内に流れ込む。

 その水は、スコルビスの腕の熱量によって急激に蒸発し、急激に膨張させた。


 瞬間、大爆発が生じ、洞窟の上から白い水柱が立ち上がった。

 つつじ色の船体は粉々になり、霧雨とともにあちこちに降り注ぐ。


 アクエリアスは間一髪で危機を脱し、先へと向かう。

 俺はスコルビスを破壊した現象を説明した。

「水蒸気爆発。あまりの高温に水が急激に膨張したんだ」


 割れて光を失ったクリスタルの欠片が目の前に落ちる。

 それは、敗者の末路を表していた。






 少し離れたゼンデル鎮守府には、帝国の艦隊が集結していた。

 艦種は様々、総数は5000を超える大規模なものだ。


 そこにブルーネ将軍が降り立った。

 並んで敬礼をして歓迎する。


「ブルーネ将軍、カプリコルンで出なくてよろしいのですか? 本国に要請すればゾディアック級の1隻や2隻、貸し与えてくれると思いますが」

 部下の一人が聞く。


「……あのような兵器、統率を取る必要がある本作戦には向かぬ」

 ブルーネは吐き捨てたように言った。


「それにカプリコルンでは機動性に難ありだ、相手はあのアクエリアスだ。ゼンデル湾の地形では100%の力を発揮できないだろう」

 その判断、今までのような兵装による力任せを主体にしていた王族とは違った。


「武器には得手不得手がある。戦車には戦車の、駆逐艦には駆逐艦の、爆撃艇には爆撃艇の役割があるのだ」

「なに。心配せずとも、奴が腑抜けでなければカプリコルンの真価を見る時も来るだろうさ」

 彼女の笑いは気高い戦士のものだった。

 その表情に、凛々しい立ち振る舞いに皆、ついていくのだ。


「将軍、準備が整いました」

 彼女は時間を確認すると、周りを見渡す。

「お話はこれくらいだ。さ、各自、持ち場につけ」



「――アクエリアス、お手並み拝見と行こうか」



――目標地点到達まで残り71,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

HBS-11 スコルビス

 開発:ホルシアン・インダストリー

 装甲:スーパーセラミック/耐熱特殊装甲

 全長:263メルテ

 全幅:145メルテ

 全高:50メルテ

 最大速力:82ロノート

 兵装

  高エネルギー駆動腕部ミョルニル

  アクティブステルスシステム

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