第14話 プレデター
「まさか、このカラソーミン・フラ・ホルスーシャが見張っているとも知らずにな。しかしこれも運命の悪戯か、まさかこの手で同じ祖を持つ者を葬り、同型艦を沈めよとは。それとて何があるわけでもない、目的は目的、私情を挟むなど軍人にはあるまじき感情だ。ただ我々は与えられた使命を全うすればよいのだ」
陰気な男は透明感のある艦橋の中でブツブツと呟く。
モノリスには黒色のクリスタルが嵌め込まれていた。
ミカーニの峡谷。
荒涼とした大地に大きな裂け目のような物があちこちに奔っている。
上空からでは底は見えず、俯瞰してみるとひび割れたようにも見える。
荒れ果てていながらも珊瑚のように色づいた枯れ木が生えており、彩り豊かだ。
マルコは地形データとにらめっこしながら、この地の話を始める。
「ここは陸の海と言ってな、砂漠地帯とは別の意味で海のような所なんだ」
アクエリアスは雲の上を行く。
上には澄み渡る青い空が広がり、下には雲が流れる。
今進んでいるところは、低い高度ほど気流の流れが激しいのだ。
昔は空潮と呼んでいた。とマルコが語る通り、ここは危険地帯でもある。
しかし、生物たちにとっては風に乗って気生プランクトンが繁殖し、それを捕食しにくる生物、さらにそれを狙う高次捕食者、と生態系のパラダイスだ。
「ブオオオオオオオン」
何か不気味な鳴き声がした。
ふと横を見ると、クジラが空を飛んでいた。
しかし、そのクジラには翼が生え、表面は鱗のようなもので覆われている。
「あれはソラクジラだ。卵生の大型飛行爬虫類だな」
マルコはこの地固有の生物について説明する。
「つまり収斂進化って奴か」
俺の知るクジラとは全く違った。
まず、クジラは爬虫類ではない。
「ああ、海棲哺乳類のクジラではないが、クジラと呼ばれている」
別の場所を見ると、人間の大人くらいなら掴んで攫ってしまいそうな程大きい巨大な猛禽類がソラクジラを襲っていた。
生命の営みを見ていると、突然、炎を身体から吐き出し大爆発した。
「卵を抱えたソラクジラは身の危険を感じると、体内のバラストガスを引火させて自身の命と引き換えに、広域に卵を散らばせて身を守るんだ」
よく見ると卵は炎では燃えず、そのまま彼方に飛んでいく。
「卵は耐熱性があって遠く離れた地で孵化する。生命体というのは思っている以上に力強いぞ」
しかし、俺にはもっと気がかりなことがあった。
「それよりさ。何か、見られている気がする……」
「草薙……君はちょっと疲れてるんじゃないか?」
マルコは苦笑いしてそれに答える。
ラクシェネラの報告によると、20キオメルテ以内に敵艦はない。
マルコは気流が弱い場所を見つけた。
「このあたりは気流が比較的弱いようだな」
その朗報の最中、敵艦の出現をラクシェネラは知らせる。
「前方1時方向に敵艦発見、アエロー級数4捕捉」
艦長は判断を下す。
「丁度いい、気づかれない内に谷底に隠れてしまおう。谷底を進んでやり過ごすのだ」
「これより本艦は潜航を行う、各員、シートベルトを装着!!」
雲を突き抜け、高度を下げていく。
艦内は物凄い揺れに見舞われる。
「うぐぐぐぐぐ。物凄い浮遊感だ……」
「これでも気流が弱いってのかよ!!」
主翼を後退させ、谷底へ降下する。
「降下終了。これより、ルートB-3を使い、目標敵艦を切り抜けます。微速前進」
マルコは舵を切り替えた。
谷底は太陽の光すらほとんど届かない。
地上とはうってかわって、ジメジメしており、陰鬱な雰囲気だ。
敵に気づかれないよう、前方数メルテのみを照らせる程の弱いライトで進む。
透ける頭部に2つの光がある、大型の鳥が横切る。
クリーチャーと形容できるような見た目だった。
「あれはデメサギだ。ミカーニ底生生物の一種だ」
マルコは操舵をしながら生物の説明をする。
左右の岩盤を観察していると、光る鎖のような植物が生えていた。
「これはヒカリクサビ。灯りで虫をおびき寄せて捕食する植物だな……」
そこにはヒカリクサビを食べようとワラジムシやハサミムシのような生き物が集まっていた。
「深度を下げるぞ、下げ舵15、ヨーソロー」
更に底へと向かう。
底の地面はサラサラとした白い砂だった。
「これは谷底に落ちた生物死骸が分解された後のものだな。ここにはソラクジラの死骸が落ちてきて、それを中心に生態系ができている」
周りを見ると、白骨化したソラクジラが大量に散乱していた。
ふと、俺は誰かの視線を感じた。
やっぱり、誰かに見られている気がする……。
ラクシェネラがレーダーで敵艦を確認した。
「本艦は現在、アエロー級の真下を通過中です」
「照明落とせ」
艦内は真っ暗になる。
昼間でありながら、光の届かない谷底では夜同然だった。
上空には敵がいる。
気づかれず、そのまま過ぎ去ることを祈るのみだ。
空から何かの落下音が聞こえる。
「爆雷だ!!」
ドラム缶状の爆雷が大量に降り注ぎ、アクエリアスの上部を攻撃する。
「いかん、G-バリア展開!! 緊急浮上!!」
生物が腐敗したことによって生じるメタンガスやソラクジラのバラストガスに引火し、大爆発を引き起こした。
「やったか!?」
アエロー級の艦内では帝国兵達が浮かれていた。
『油断するな。連中とてただではやられぬ、用心することだ。これがこうも簡単な仕事では皇帝陛下や宰相も苦心はせぬ、爆雷ごときで遺物戦艦が沈まぬ事を理解せねば不覚を取るぞ。念入りに攻撃を仕掛けるのだ』
通信相手のカラソーミンは相変わらず長々と続ける。
しかし、その後の言葉を聞く事はなかった。
パルスカノンがアエロー級を貫通する。
「艦体破壊音を確認。全艦撃破しました」
ラクシェネラの報告により、戦闘が終了する。
「やれやれ、結局こうなるか」
艦長は汗を拭う。
ヒラガは計器を確認して慌てる。
「どうして位置がバレたんだ……アクティブステルスは正常に機能してるはずだ……」
俺は感じた、運ではないなにかがある。
ここまで感じてきた見張られている感覚は、確信へと変わりつつあった。
「偶然、というわけではないな……。何かに見られている気がするんだ」
「何かってなんだ? こんな所に潜砂艇があるわけないだろ!?」
マルコは感情的に怒鳴る。
不自然な状況に不安を抱き、お互いにぶつかりあう。
艦長は落ち着いて注意した。
「やめんか、草薙の意見を聞いておこう。しかし、かと言ってどうする。こんな気流の場所で哨戒騎を出すわけにもいかないだろう」
「……」
俺は何も言い返せなかった。
「やはり雑兵では話にならぬか、この手でなければ遺物戦艦を沈められぬと。まったく皇帝陛下も無理難題を言う。しかしこれはこれでやり甲斐もある。私は兵器に過ぎぬ。任務を請け負い、その達成で報酬を得る、その日々の積み重ねが私という存在を定義づける。これは私の試練なのだ。私が直接出向こう」
カラソーミンは現状を見ながらブツブツと呟く。
アクエリアスは火の海となった谷底を後に、飛び上がる。
「別のルートを行くしかない……気流を見つつ、谷のルート検索。F-32に移行します」
マルコは操作盤を高速で動かしつつ、気流を探る。
アクエリアスは地上低空を飛ぶ。
枯れ珊瑚に当たるスレスレの高度。
そこで、シオンが突然叫んだ。
「クリスタルに反応あり!!」
しかし、その反応は微々たるものだった。
「随分と薄い反応だな……」
艦長は冷静に言う。
「遠くにいるんだろう。油断するな、遠距離攻撃を行う敵かもしれぬ。艦種は?」
シオンは答えた。
「ゾディアック級5番艦、トーラスです!!」
「目標の位置、未だ特定できず。目視、レーダー及びソナー、熱源に反応なし」
谷底にでも潜んでいるのだろうか。
俺の予感はそんなものじゃない、なぜならば上空を飛んでいる時も感じていたからだ。
突然、艦体に何かが突き刺さる。
激しい揺れが生じて俺達はバランスを崩した。
「なんだ! 何事だ!」
艦長は大声で状況を確認させる。
「右舷に細い砲弾のような物が突き刺さっています」
銀色の細長い砲弾。
それは空中で形状変化し、シャープに研ぎ澄まされているものだった。
弾頭に備えられたゼラ合金の結晶によって、アクエリアスのバリアを貫き、装甲にしっかりと食い込んでいる。
「砲弾内部に火薬反応あり、至急、Bブロックから退避を!!」
遅延信管による爆発。
爆炎がアクエリアスを包み、内部が露呈する。
「クソー、一体どこから攻撃してきたんだ」
俺は周囲を見渡す。
硝煙らしきものは見当たらない。
再び、今度は別の方向から攻撃を受ける。
「うわああああああっ!!」
だが、攻撃してきた方向がわかった。
「左舷、10時方向、照準合わせ、撃てーーーっ!!」
パルスカノンが攻撃した方向を正確に狙うも、手応えがない。
「移動している可能性もある、弾幕を張り続けろ!!」
俺は珍しく冷静さを失っていた。
それをマルコが静止する。
「まて、無駄だ、一旦冷静になれ」
その言葉で俺は攻撃の手を止めた。
トーラスの攻撃は、超張力分子ワイヤーを利用したクロスボウによるゼラ合金弾攻撃。
火砲による攻撃は位置が悟られるため、このような方法を取っている。
砲弾において風の影響は初速が重要であるため、超高速で射出されており、砲弾の形状も空気抵抗を最小限に抑えるものとなっている。
「哀れなものだ、自身がどんな敵から攻撃を受けているのかも理解できないとは、この光学迷彩機構タルンカッペと超張力クロスボウの前にはどのような敵とて撃沈を免れたものは存在しない。それが道理だからだ。砂の中に潜る、水の中に潜る、ステルスの話ではない。完全に姿を消しているのだ」
俺は一旦冷静になって周囲の観察をしていた。
先程攻撃してきた方向を見ると、明らかに何かによって穿たれた岩山があった。
「跳弾か……」
――跳弾を使って狙うというテクニックもあるが……そういうシステムがあるゲームは珍しい。
完全に不覚を取られた。
「潜砂艇とは別の意味で厄介だな……」
俺は頭を抱える。
姿を消している敵と仮定して倒しうる方法を考えた。
「煙幕を張れ!! 物質として存在している以上、煙幕で姿を露わにできるはずだ!!」
煙幕を展開するも、乱気流によってすぐに流れ、かき消されてしまう。
「無駄なことを……愚か者は自らが愚かだという事に自覚がないから愚かなのだ。自身の状況を的確に判断し、身の丈にあった行動を取ることこそが最善、それが戦いの基本原則。自らが陥っている状況も理解できぬ戦術家は、三流でしかないのだ。故にここは既に王手を取ったも同然。哀れな兎は煙幕の範囲外からの攻撃で撃沈する他あるまい」
「煙幕弾、残数3!!」
ひたすら煙幕を展開するが一向に敵を発見できない。
「敵は遠くにいるのか……厄介だな」
その間にも絶え間なく攻撃が飛んでくる。
方角は完全にバラバラだ。
「まったく……どこから攻撃しているんだ!!」
ヒラガが思わず突っかかる。
「どうするんだ草薙、エネルギーを戦闘に回してるから煙幕弾の生産も追いつかないぞ」
「そんなこと言ってもどうしようもねえんだよ!」
俺も感情的になってしまった。
その怒りの矛先が間違っていると気づくと、お互いに黙った。
「クソ……熱も電磁波も音も駄目とは……どうやればいいんだ……」
俺は悩んでいた。
「熱……熱……」
何か見落としている。
「そうだ!!」
俺は大声で叫んだ。
周りのブリッジクルーは突然の事にびっくりしている。
「なあ、ソラクジラの死骸からはバラストガスや腐敗ガスが出ている」
「これに引火さえすれば奴の場所を割り出せる。遠くにいようとこの峡谷一帯にいるならな」
「どんな偏光機構でも、風や熱の流れを変えることはできない。そうだろ、ヒラガさん」
「ああ、そうだな」
彼の表情に余裕が戻ったようだ。
アクエリアスを上下反転させ、谷底に向かってパルスカノンを放ち続ける。
マルコが谷底のガス濃度データの収集、そして俺がパルスカノンによる着火を行う。
「ポイント20から40にパルスカノン発射、次」
「ポイント1200から3000」
大地の切れ目から次々と炎が噴き出す。
「Gバリアを最大展開!」
峡谷に沿って誘爆していく。
その爆発は乱気流をも上回る風圧を生み、周囲を高温にする。
「谷底に私がいると睨んでの出鱈目な攻撃か、ふむ、運任せはもはや作戦とは呼べぬ……否、違う……これは……不味い、戦線を急速離脱!!」
カラソーミンはその目的を察した。
これでは確実に居場所がバレてしまうと理解したのだ。
「マルコ、周囲の気流データと赤外線データを!」
「了解!!」
全ての機能をフル稼働。
気流が周りとは違う場所、熱の伝達が不自然な場所を探る。
「見つけた! 9時の方向!! データ送る!」
「パルスカノン、目標へ照準合わせ」
螺旋を描くビームが、不可視の艦を貫通する。
光学迷彩が解かれ、クロスボウ型の艦が出現し炎を噴出して爆発した。
燃える峡谷を見る。
ヒカリクサビが燃え、ソラクジラが焼けながら谷底に落ちていく。
俺は取り返しの付かないことをしてしまったのだろう。
失われた自然は元には戻らない。
慰めではないが、悲しげにその光景を見る俺に対し、ヒラガは後ろから声をかけた。
「戦争とは得てしてそういうものだ……時に周りの環境までも失ってしまう……早く終わらせねばならんな」
――目標地点到達まで残り75,000キオメルテ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
HBS-5 トーラス
開発:ホルシアン・インダストリー
装甲:スーパーセラミック・光学変異合金
全長:332メルテ
全幅:55メルテ
全高:92メルテ
最大速力:53ロノート
兵装
光学迷彩機構タルンカッペ
超張力クロスボウ
Gバリアシステム
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