第13話 暗黒の使者

 皆は赤道祭の片付けに追われていた。

「昨日は楽しかったな」

「機関科なんかは夜までどんちゃん騒ぎだったぞ?」

「ロギータなんかはベロンベロンだったし、ありゃ昼まで起きないって」

「タカザキ君も大変そうだな……」

 各々が騒いだ分、通路や部屋などのゴミ掃除、モップがけ、装飾の撤去をしている。


 俺も航空隊と話しながら格納庫の掃除をしていた。

「船務科が特に大変らしいぞ。食堂のゲロ掃除に追われててな」

「そりゃ、ご愁傷さまだな……」

 久々に羽を伸ばせた気がする。

 ここからは敵の本拠地が近づくにつれて休みなどなくなるだろう。






 格納庫の掃除が一通り終わると、俺は艦内工場の掃除の手伝いに行く。

 昨日は工作班の方々が工業用アルコールを飲んで暴れてたらしく、食堂よりは多少マシ程度の惨状だった。


「いや、工業用アルコールってそりゃないでしょ……しかもナイトバードの燃料用じゃねえか……」

 猛毒のメチルアルコールやその他不純物も若干含まれているので、もちろん飲用ではない。

 しかし、俺も酔った時は何をするかわからないので強く言えないのである。


 俺は空になったエタノールの瓶をゴミ袋に入れていく。

「仕方ないだろう、ここまで純度の高いものってないんだから……」

 二日酔いでダウンしてる工作班の一人が答えた。






 片付けをしていると、俺はあるものを見つけた。

「この設計図は……?」

 それは戦闘騎の設計図のようだった。

 書かれている文字は、十二試空中戦闘騎計画。


「ドクトルと共同開発している新型の戦闘騎だな」

 突然、ヒラガが後ろから現れて答える。


「正式採用されれば零式空中戦闘騎と呼ばれるかもしれん、楽しみにしておけ」

 俺はドクトル……つまりフマン博士が関わっているという事で1つ心配がある。

「自爆機能はついてないだろうな」


 ヒラガは「そりゃ完成してみないとわからんな」と笑いながら答えた。






――ルーオプデン空中帝国 首都ラガードにて。


 大勢の人々が走って階段を下り、駆逐艦へと向かう。

 親衛隊がその後を追う。


 突然、走っていた人々が倒れ始めた。

 後ろから隊列を組んで追う親衛隊が発砲を始めたのだ。

 走っている人々は駆逐艦を占拠し、国外逃亡を企てているのだ。

 故に親衛隊が出動し、射殺する事態に陥っている。


 撃たれて苦しむ人、死体にすがりつく人、振り返らず走り続ける者、周りに押されてバランスを崩し階段を転げ落ちる者、と混乱した様相。

 ある人は銃撃から逃れようと物陰に隠れた。

 子供や老人も関係なく、次々倒れていく。


「繰り返す。これは国家反逆罪である。これに加担するものは家族含め射殺する」


 銃声が激しく鳴り響く。

 階段には夥しい数の死体が並び、地獄絵図と化していた。


 子供と母親が逃げていた。

 一発の銃弾がその子供を貫く。


「お母さん!!」


 振り返ると、腹から血を流して倒れている我が子が目に映る。

 彼女は絶叫した。


 誰もが目もくれずひたすら親衛隊の攻撃から逃げる。

 子供はその足元で踏まれ、蹴飛ばされた。


 居ても立ってもいられなくなった彼女は子供のもとに来る。

 彼女は動かないそれを抱え、階段を登り始めた。


 親衛隊は容赦なく前進を始めた。


「撃たないで!!」

「子供が……子供がいるんです!!」


 そんな悲痛な叫びは、周囲を無音にした。


 静寂。


 彼女は、子供を抱えながら親衛隊の前に立つ。

 影で見守る人々は「やめろ」と小声で言っていた。


 銃声。

 子供を抱えたまま、崩れ落ちた。


 親衛隊の前進は止まらない。

 規則正しく並んで歩き、次々と射殺しながら階段を下りていく。


 母を失いベビーカーのみが階段を滑り落ち、中に居た赤ちゃんも撃たれた。


 生きて駆逐艦にたどり着けた者は誰一人居なかった。






 宮廷道化師2人が皇帝の横を飛び跳ねる。

「西部での国家反逆者狩りは上々でござるよ!」

「うむ」

 青い方がココ・アサオ・ホルスーシャ、赤い方がアマ・アサオ・ホルスーシャだ。

 彼らは王族の血を引きながら、道化師に身をやつすことでより盤石な地位を確保している。


 ラマルは口角を上げてニヤけながら聞く。

「おや、陛下は見ていかないのですか」


 皇帝は玉座に座り姿勢を変えないまま答えた。

「親衛隊の遊戯など見るに耐えぬ」

「左様で」

 ラマルはそれだけ言うと、再び虐殺を映すモニタに目を向ける。


 皇帝はそんな彼を見て苛立ちを隠せずにいる。

 しかし、皇帝は思う。






――この気持ちは……なんだ。感情など、とうに捨てたはずでは……?






 朝焼けの空、ピンク色の平原が広がる。

 そんな優美な空を、アクエリアスは飛ぶ。


 要所要所にキノコのような形状のサイケデリックな巨大構造物が生えていた。

 柄の部分はバオバブのように太く膨れがあっており、アクエリアスくらいなら隠れられるようだ。

 よく見るとキノコの傘の部分からなにか泡のようなものが出てきている。


 俺は聞いた。

「ヒラガ、あの泡は何だ?」

「どうやら爆発性の物質のようだ。この状況では航空隊は出せまい……」

 周囲をよく見ると、空中には泡があちこち漂っていた。


「注意して操舵しないとこの艦も危ういな」

 マルコは泡が固まっている部分を避けながら進む。






「周囲に敵艦なし」

 俺は周りの地形の状況を見て判断を出す。

 周囲は変なキノコのような構造物があるのみで他には何もない。

 気になる点があると言えば、近くには900mを超える世界樹のようなキノコがあるくらいだろうか。

「砂漠ではないし対潜哨戒を出す必要もないな」


 艦長は緩みきっている俺達に言った。

「念のため警戒を怠るな。戦争はイレギュラーの連続だ」


「了解」

 しかし、その後すぐにラクシェネラは、その光景に目を疑った。


「待ってください、なんですか、アレは!?」

 その視線の先には謎の黒い球体が浮いていた。

 球体というのも不明な程、立体感のない、黒一色の丸が浮いていた。


 俺のいた世界では昔の特撮にある合成みたいな、明らかに違和感のある物体。

「レーダーに反応は」

 艦長は即座に重要な情報を聞く。


「ありません!! ……熱源、音紋共に反応なしです」

 ラクシェネラは即答した。

 視覚以外の反応が0だからこそ彼女は驚いている。


 そこにシオンが答えた。

「クリスタル反応あり! 艦種識別、ゾディアック級10番艦、リブラです!」


『総員、第一種戦闘配置。総員、第一種戦闘配置』






「目視での距離感と言っても、あれじゃわからねえぞ!!」

 アリエスの時とは違う、完全に黒一色の物体だからだ。

 周囲の光の反射、にじみ具合などもなく、ただただ空間が切り抜かれたようなそれは未だに大きさすら把握できない。


 ヒラガがそこにアドバイスを挟む。

「パルスカノンを撃て、熱源の位置でおおよその距離を測れるはずだ。対象の大きさはそれがあれば逆算できるぞ」


「了解……」

 俺は照準器を握る。


「主砲測的完了」

「撃ち方はじめ!!」

 艦長の号令の後に俺は復唱し、トリガーを引く。

「了解、撃ち方はじめ!!」


 砲塔から放たれたエネルギーは螺旋を描き、目標に向かって飛ぶ。

 しかし、黒一色の中に飲み込まれた。


 直撃したのではない、まるで消えたように、その膨大なエネルギーの塊は見えなくなった。

「パルスカノンが効いていない!?」


 ラクシェネラはコンピュータの叩き出した分析データと計算結果を報告する。

「概算出ました、距離2000、直径293メルテ!!」


 しかし、徐々に円の直径が大きくなってくる。

 こちらに近づいているのだ。


「敵速度、100ロノートを超えています!!」

 ラクシェネラのその報告で艦長は慌てて命令を出す。

「いかん、急速旋回、スラスターフル稼働、サイドジャンプだ!」


「間に合わん!!」

 ヒラガが諦めかけた時、咄嗟にマルコは逆噴射によって回避する。

「後退離脱!!」

 その時、衝角の一部が黒い球体に触れてしまった。


「衝角が電子的霧散していきます!!」

 巨大分子であるはずの衝角が削られ、残った部分も光とともに消滅していく。

 アクエリアスのシステムによって無理やり固定されていた巨大分子が、粒子へと還っていっているのだ。


「馬鹿な……」

 ヒラガは驚愕していた。

「巨大分子を壊しうる攻撃がこの世界にあるというのか!?」


 リブラはアクエリアスの衝角を削るとそのまま直進して通り過ぎた。






「勘づいたか、運のいいヤツだ」

 真っ暗な中、小さなモニタでアクエリアスの様子を見て人相の悪い少年は言う。

 艦橋中央にあるモノリスには、紫色のクリスタルが嵌め込まれていた。


「――このタマロン・アス・ホルスーシャ様が直々に手を下し、出世への礎にしてやろう」






「おそらく奴のバリアの正体は停滞空間だ」

 ヒラガは敵の攻撃の正体を突き止めた。


「ふむ、M理論に於ける複素多様体の余剰次元分を空間停滞領域に置き換えたもののようだな」

「あの状態ともなると、空孔理論による負のエネルギーに満ちた空間と言っても過言ではないか」

 相変わらず難解な説明が始まった。


「食堂で使われているシステムと同じものだが、それを防壁として張ることで別の作用を齎す」

「停滞空間の中では時間が停止しているが、それは別位相間における分子間力も0になる事を意味する」

「どんな強固な結合だろうと、空間外部と内部の繋がりは分子レベルで途切れるというわけだ」


 その説明をラクシェネラがざっくり噛み砕いて説明した。

「つまり、あの力場に触れたものはありとあらゆるものが粉々になるって事ね……」


「最強の盾は最強の矛を兼ねるというわけか……うーむ」

 俺は攻撃の通用しない相手をどう切り抜けるかに悩む。


 速力もアクエリアスを上回り、逃げることは不可能だ。

 考えることは2つ。まず、何故最初の突撃が回避できたのか。

 あれだけの速力がありながら、直進して通り過ぎた。

 そこには何か意味があるのではないのか。


 そして、本当にあの盾は万能なのか。

 真に万能など道理として存在し得ないはず、どこかに抜け道があるはずだ。






「4時方向、来ます!!」

 ラクシェネラが報告すると、艦長は命令を出す。

「今は逃げることに専念しろ!!」

 リブラがまっすぐ近づいてきた。






 機関室でも皆忙しなく動いていた。

 ロギータがタカザキに命令する。

「主機出力全開、圧力弁も全閉鎖、全て推進に回せ」

 タカザキはバルブを回す。


「エンジンが燃え尽きても構わん、自己修復機能があるからな。だが、あんな攻撃を受ければ皆揃ってあの世行きだぞ!!」






 アクエリアスは推進力を最大にして猛攻を回避した。

 球体は、さっきと同じように直進し続けて通り過ぎる。

 黒い球体の後ろには推進炎と赤い光の帯が見えた。


 しばらくすると、ゆっくりとこちらの方へと旋回する。

 俺は、赤い光の帯の正体がなんなのかを考える。

 あれは恐らく重要ななにかだ。

 敵は後ろを見られてからこちらに向かうよう旋回してきた、つまり、艦尾にがあるはず。


 俺はある結論を出した。

「次元バリアを展開できるのは限界があるはずだ」

「例えば推進エンジンの周辺。これがないとまず奴はバリアを展開しながら進むことができない」

「それに彼らは最強の盾と引き換えに目を失っている。電磁波をも分解するシールドなら光は見えない」

「ならば、どこでこちらの位置を把握しているか。バリアの張れない艦尾推進部」


「ここに勝算がある!!」


 あの速度ならば、次のチャンスを逃さなければ狙える。

 日が暮れ始める、もう時間はない。

 日没以降は奴の色が周囲に溶け込み回避すらままならなくなる。






 ガオン、とこの付近では最も高いキノコの柄の部分が大きく削られる。

 リブラが急接近。

「来るぞ!!」


 支えを失ったキノコのような構造物がバランスを崩してこちらに倒れてくる。

 その高さは900メルテを超える程で、倒れてしまえばアクエリアスも範囲内だ。

 それを見て艦長は即座に命令を下す。

「いかん、構造物が倒れてくるぞ、左へ回避!」

「取舵一杯! ヨーソロー!!」

 マルコは左へと舵を切る。

 しかし、それを見越したかのように、リブラはカーブしながら向かってきた。


「両舷停止、急速後退!!」

 艦長は急いで立て直そうとした。

「ああもう、進むのか下がるのかはっきりしてくれ!!」

 マルコは思わず毒づくも、リブラの誘いにかかっていたことに気づき、即座に逆推進を噴かす。


 間一髪でリブラは前方を通過。

 しかし、難を逃れたわけではなかった。


 倒れてきたキノコを避けきれず、直撃を受ける。

 傘から撒き散らされた爆発性の泡が主砲や甲板に直撃し、アクエリアスの表面装甲を破壊する。

 G-バリアを張る間もなく






「うわああああああっ!!」

 艦内が激しい揺れに襲われ、ブリッジクルーはバランスを崩して倒れた。






「皆、無事か……?」

 艦長は姿勢を立て直すと周りを見渡して聞く。

「平気です。しかし第一及び第二、第三砲塔をやられました」

 ラクシェネラは火器管制システムの様子を見る。

「ふむ、第四砲塔を使え。狙うは一撃必殺」


 マルコは航行システムが生きている事を確認する。

「航行システムも問題ない」

 しかし、問題があった。

「艦が生き埋めになっていることを除けば……だ」

 先程崩れた構造物の瓦礫が飛行を邪魔している。

 このままでは飲み込まれてしまう。


 リブラは旋回してこちらに向かってきた。


 俺は咄嗟に判断を出す。

「底部爆雷全弾投下!! 爆発の推進で船体を持ち上げろ!!」

 ヒラガは思わず指摘する。

「そんな事をしたら船体がボロボロになるぞ!」

 俺は反論した。

「奴に飲み込まれるよりはいい!!」


 艦長は「良い判断だ」と頷いて繰り返す。

「草薙の言う通りにしろ、船体を起こせ!!」






「消えろ、アクエリアス!! 我が出世の為に!!」

 瓦礫に埋まって動けないアクエリアスを消そうと、リブラは近づく。






「総員、底部より退避、繰り返す、総員、底部より退避」

「爆雷投下!!」

 アクエリアスの底部に無数の爆炎が生じる。

 船体が傷つきながらも瓦礫を勢いよく押しのけ、ギリギリの所で浮上した。


 リブラは崩れ去った瓦礫を削り去る。






 俺は言う。

「最強の盾を手に入れたがゆえの弱点は、その旋回力」

「例えば前面や側面に推進機をつけられない。それはバリアと干渉するからだ」

「背面の推進機のみでは旋回機動も緩やかなものにしかならないはずだ」

 突き出し型ベクタードノズルではある程度の機動力の確保はできる。

 しかし、それでは漏れ出た熱によって相手に探知されてしまう可能性が高まる。

「最強の盾……か。矛盾という言葉がある。最強の盾に最強の矛をぶつけたらどうなるか」

「俺は思うんだ、どんな最強の盾でも、生身の部分を攻撃してしまえば問題ない」


 俺は照準器を構える。

「その驕りも潰えるときだ……覚悟しろよ、たこ焼き野郎」

 通り過ぎたリブラはこちらに弱点を曝け出す。


「パルスカノン、照準、目標主機に合わせ!!」

 レティクルは推進炎と赤い帯を捉えた。

「主砲、撃ち方はじめ!!」


 第四砲塔から放たれたビームが螺旋を描きながらリブラに向かって飛ぶ。






「馬鹿なっ……この……タマロン様ぐわあああああっ!!」






 リブラの球体にビームが直撃した。前面に展開されている停滞空間で貫通しないにせよ、内部を破壊した。

 すると、黒かった球体は紫色の本体を露わにし、煙を上げながら落下した。


 辺りが暗くなりはじめ、夕日が地平の彼方に消え始めた。

 それを見て俺は呟く。

「間一髪、だったな……」






 墜落したリブラは、赤い火花を散らす。






 停滞空間制御システムが暴走し、リブラを中心に黒い球体を急速に広げる。

 それは、停滞空間だった。

「急速離脱!!」


 停滞空間が拡大し、周囲の空気を吸い込む。

 気圧差によって生じる現象だ。

 その影響でアクエリアスは引き寄せられる。


「最大戦速!!」

 エンジンをフル稼働、主翼が後退し、空間に飲み込まれまいと抵抗する。


 吸い込みとの拮抗。

 停滞空間は臨界点に達し、急に収束して消滅した。


 主翼の先端が削られるも、アクエリアスはギリギリで持ちこたえた。

「間一髪……だな」

 マルコは、クレーター状に削られた地面を見て汗を拭った。



 アクエリアスはミカーニの峡谷へと向かう。



――目標地点到達まで残り78,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

HBS-10 リブラ

 開発:ホルシアン・インダストリー

 装甲:スーパーセラミック/超ジュラルミン

 全長:293メルテ

 全幅:293メルテ

 全高:293メルテ

 最大速力:148ロノート

 兵装

  停滞空間展開機構ナベリウス

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