第12話 赤道祭
――ルーオプデン空中帝国 首都ラガードの公園。
草花で囲まれ、ドームに包まれたそこは、夜でも昼の空が投影されている。
緑の中で鮮やかなオレンジ色の長髪をたなびかせるのは、ベージュのロングコートに身を包んだ女性……。
オフのブルーネ将軍だ。
ブルーネは自分と瓜二つな女性と抱擁を交わす。
リンネ・ナル・ホルスーシャ。
ブルーネの実の妹だ。
「お姉さま……」
リンネは尊敬の眼差しを向けながら、勲章に目をやる。
「また勲章が増えているようですわね」
リンネは新たに増えた勲章を指でなぞった。
ブルーネは照れくさそうに右を向きながら前髪をいじる。
「何、ただの政治パフォーマンスに過ぎないさ」
「ねえブルーネ、戦いはいつまで続くのかしら」
そう言うと、彼女はブルーネの胸元に顔を埋める。
「なに、リンネ。この戦いを必ず終わらせてお前たちと暮らせるようにするさ」
そんな心配そうな彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「ホルスーシャの王族というのは、この国では重要な軍事力以外の意味を持たない。だから……お前たちの代わりに私が戦うまでの事」
そう宣言するブルーネの顔はどこか儚げだった。
「お姉さま、死なないで」
「死なないさ。私は常勝無敗将軍、ルーオプデンの虎、ブルーネだからな」
ブルーネは腕時計を確認する。
「時間だ。それではまた会おう」
ボディガードのような黒服とともにブルーネはリンネの元を去った。
「死なないで、は私が言われるべきなのかもね……」
彼女の手には桃色のクリスタルがあった。
――もう、お姉さまには戦ってほしくないの……。
――戦争の道具になるお姉さまを見るのはとても辛いわ。
出港してから2ヶ月が経とうとしている。
ようやく帝国までの航路160,000キオメルテの内、80,000キオメルテを過ぎたところだ。
大幅なスケジュールの遅れが目立ち、船務科は忙しなく走り回っていた。
俺はロビーでくつろぎながら故郷を想う。
「俺のいた世界では今頃ハロウィンかな……」
いつものように航空隊の人々が格納庫で盛り上がる。
「最近あいつら仲悪そうだよな……」
「ブリッジクルー同士の不仲は士気に直結するしなんとかしないと」
「俺達で何かできないかな……」
その話題は草薙とシオンの不仲の件だった。
その時、艦長が後ろを通りかかる。
「あっ、艦長。あの2人のこと、何かできないか考えているのですが、何か案はありますか?」
艦長は少し考えてから答えた。
「そうだな……丁度、航路の半分という事にちなんで艦内で盛大に赤道祭をやる、というのはどうかね」
その答えは航空隊を大いに盛り上げさせ、次々に何をやるか、という話題に移る。
俺は格納庫の方からドタバタとした音が聞こえたので見に行こうとする。
「何か騒がしいな」
すると、見張りをしていた航空隊の一人が制止してくる。
「な、なんでもないよ……。草薙さんには関係ないので、ささ、戻ってー」
「あ、ああ、草薙さんには関係ない話だ」
他の乗組員にも聞いてみるもはぐらかされる。
露骨に避けられているようだった。
「俺、シオンだけじゃなくて皆にも嫌われたかな……」
とぼとぼと歩いていると、シオンがいた。
この状況で話しかけるのは少し気まずいが、彼女の表情のほうが気になった。
「シオン……?」
さっき以上に俯いており、何かあった様子。
「……」
俺に降り掛かった状況を鑑みると、シオンも皆に弾き出されたようだ。
ふてくされた顔で椅子に座り、足をぶらぶらさせている。
お互いに話を切り出せない。
俺は、艦内で初めて一緒に色々回った事を思い出す。
「――なあ、一緒にこの船の中を探検しないか?」
シオンは一瞬だけ笑顔になったが、すぐに戻る。
それは、彼女自身の自責の念からだ。
「私とでも……いいの? あんなに迷惑かけたのに……」
それはさっきの戦闘中や樹海での出来事の事だ。
「シオン、今はお前と行きたいんだ……」
無意識に出たその言葉は、彼女の顔を赤く染めさせた。
「……」
アンは海賊の仲間と一緒に赤道祭の準備をしていた。
フマン博士がバテて持っていた木箱をおろして座り込む。
「フマン博士、体力ないわね……」
アンはそれを片手で抱えていく。
「草薙とシオンが来よるぞ!!」
ジャックがそう伝えると急いで作業を切り上げ、ビニールシートを被せて隠す。
「ア、アタシ達になにか用か?」
アンはぎこちなく俺達に聞く。
「なあ、俺達になにか隠していないか?」
シオンも疑惑の目を向ける。
「い、いや、別にないけど……?」
いかにも何かありますといった顔だった。
元々悪党やってたのに嘘はとてもヘタクソだと感じていたが、あまり彼女を問い詰めても可哀想なので、俺は彼女の言うことを信じた体裁を取った。
「それならいいけど……ここ最近なんか避けられてる気がしてな……」
「気のせいじゃないかしら……アタシ、やることあるから!」
アンは慌てた様子で急いで走って去っていく。
アンは影に隠れると、シオンと草薙がいい感じの雰囲気であることを見て喜びの反面、少し心に何かドロッとしたものを感じている。
そんな様子から、下っ端からある提案があった。
「お、お頭……いい作戦がありやっせ!」
ジムも映画館も、工場も閉鎖中の札が貼られていた。
「しかし、どこも閉鎖中って……本格的に俺達嫌われたかもしれないな……」
シオンは不安そうに俺に聞く。
「やっぱり、私達はもう要らないのかな……迷惑をかけたから……」
「そんな事はないと思うぞ、あの艦長ならシオンをこの艦の安全区画に避難させるはず」
俺は彼女の頭を撫でる。
俺達はどこにも行く所がなくて艦橋へと向かった。
スライド式の自動ドアが開くと、艦橋の中は真っ暗で、クリスタルや計器が光ってる以外は黒一色だった。
「そりゃ、今はオートモードだもん、誰もいないよな……」
俺はそう呟きながら彼女の手を引き、艦橋の中に入り電気をつけようとする。
しかし、自分が照明操作パネルに触れるよりも先に電気がつき、思わず目を伏せた。
パンパンと小気味よいクラッカーの音。
「サプラ~~~イズ、大成功!!」
艦内の通路を見ると池袋のハロウィンほどではないにせよ、百鬼夜行のような形相だった。
こちらにはハロウィンという文化はないようで、怪物の類ではないが、各地の英雄を扮した仮装をしている。
「まーまー、お二人さんもとりあえずこれを着て着て」
渡されたのは青いドレスと猫耳だった。
こちらの世界にも猫耳というものはあるんだな……エルフ耳のラクシェネラさんがいるからなくはないか……と少し考えながら渋々着替えた。
「ペアルックじゃん、おそろいーーー」
シオンはともかく、俺に青いドレス着せるのはどうなんだろうと思った。
「おい、俺達をからかってんのかよ!!」
しかし、シオンは満更でもない表情で頬に手を当てていた。
「お前らいつまでも喧嘩別れでもしたのかってくらいお互いを遠ざけてたからよ、これくらいやって見たけど、案外平気だったみたいだな!!」
そうからかってきたのは航空隊のヤマダ。
それから俺は、シオンと一緒に青いドレス猫耳という異様な姿で艦内を練り歩く事になった。
こっちの世界ではそういう英雄がいるという話だそうで……。
しばらく魑魅魍魎の軍勢と共に歩くと、今度は映画館の控室に連れて行かれた。
そこで渡されたのはまたもやドレスだった。
今度はご丁寧にティアラやペンダント付き。
しかもドレスも真っ白でフリフリという、まさにメルヘンのお姫様って感じだ。
「おい、また女装かよーーっ」
砲雷科の連中が日頃の鬱憤晴らしからか、ここぞとばかりに襲いかかってくる。
「いいじゃん、華奢で似合うんだからさ! 砲雷長はコーディア姫の役だぞ! ささ、それっぽく演技してくれよ!!」
無理やり着替えさせられ、俺は舞台の上に立たされた。
「無茶言うな!!」
しかし、俺が逃げる前に劇が始まってしまう。
――こうなりゃヤケだ。
ナレーターが舞台前で語る。
「その昔、ブリリアント王国とガリアス王国がありました」
「ブリリアント王国の姫君コーディアとガリアス王国の王子エイドの間には恋が芽生えました」
いつ用意したのかわからない、それっぽい大道具が後ろを動く。
照明がつきはじめ、俺達がスポットライトで照らされた。
「しかし、両国は戦争中、ブリリアント王国の女王リザはそれを良しとしませんでした」
アンが扮するリザ王が現れ、俺を掴んで舞台端へと向かう。
「あ、あーれー!! お助けをーーー」
リザ王が剣を持ち立ちはだかる。
「ハハハハ、コーディア姫を返してほしくば、この私を倒して通るがいい!!」
対するエイド王子はシオンが演じていた。
彼女の男装は似合っており、今にでも感想を言いたいくらいだ。
しかし、おどおどと辺りを見渡す。
「えっと、私、どうしたらいいの?」
「お芝居お芝居! カンペ見て!!」
舞台袖から小声で合図を出す裏方。
指さした方向を見ると、大きなパネルを持った人がいた。
シオンがセリフを言おうとすると、アンが突然割り込んだ。
「シオン……アンタ、草薙君の事が好きなんでしょ?」
「なら、アタシと一戦やりなさい!!」
「アタシだって、彼の事が好きなの、これは譲れないわ、決闘よ!!」
そう言うと、アンはシオン目掛けて手袋を投げつけた。
アンは剣をくるくると回して構える。
直後、天井に触れるくらいの高さまで跳躍して斬りかかる。
シオンは咄嗟の事でびっくりし、尻もちをつくも、慌てて武器で受け止める。
強烈な打撃音のような、小道具にはあるまじき音が鳴り響く。
「だ、大丈夫だよね??」
俺は心配そうに裏方に聞く。
「問題ないぞ、あの剣は一応木製だから」
何が問題ないだ、あたれば大惨事だろ。
「あちゃー、ひでぇ劇だ……」
観客として見ていた人々は誰もがメチャクチャだと感じ始めていた。
でも、それが面白いとも。
アンの凄まじい剣さばきに、シオンは終始圧倒される。
「この戦いで、勝った方が、草薙君と、デートする、で、どう!?」
「本気で彼が好きなら、死ぬ気で勝ち取る気で来なさい!!」
圧倒しながらデートの約束を強引に結びつける。
「アタシは馬鹿だった、奥手だから、遅れを取ってた、でも、今は……アンタには負けないって、確信できる!!」
アンの強い横薙ぎの剣がシオンを遠くに吹き飛ばした。
シオンは大道具の城に激突し、それはバランスを崩して崩れた。
「勝負あり、ね……」
アンは剣をしまって余裕の笑みを浮かべ、髪を払う。
しかし、崩れた城の中から、シオンは飛び出してアンの背中を狙った。
「私だって……負けない!! 彼を好きな気持ちは、私が一番強いから!!」
アンの反射神経なら避けられた。
でも、その声を聞いた時、すぐに理解した。
自分の気持ちは、きっと亡き家族に対するものの埋め合わせだったのだと。
いや、自分でも気付いていた、ただそれを認められずズルズルと引きずって、自分の生来の奥手さがそれを助長させたんだと。
そして、アンは色々な意味で踏ん切りがついた。
アンはシオンに背を向けたまま動かない。
鈍い音が響く。
「……アタシの負けね」
両者、その場に崩れ落ちた。
「さよなら、アタシの初恋……」
彼女は涙を流す。
アンはドクター・シノノメの処置によって、軽い打撲で済んだ。
「いいの? あんな男、滅多にいないわよ?」
シノノメは聞く。
しかし、アンはさっぱりした表情で答えた。
「アタシはもう吹っ切れたわ」
小休憩として食堂に集まった。
いつもとは違う装飾、そして様々な匂い。
見ると、普段よりも豪華な食事が並んでいた。
コック・ドゥーヂィがおたまとフライ返しを打ち合わせてリズムを取りながら次々料理を出していく。
「ゴレムシュプリームのアヒージョに春野菜のおひたし、ピリ辛フォーナス炒飯から、パパナッツカレーもあるヨーじゃんじゃん食ってくれヨ」
俺はパパナッツカレーというものに興味が湧いて自分の席に運ぶ。
見た目は普通のカレーのように見えるが、パインのような黄色い果肉が少しだけ入っている。
俺はスプーンで果肉を含めて一口分掬う。
それを口に入れた瞬間、最初はまろやかで食べやすい馴染み深いカレーだった。
しかし、すぐにその味が激しい辛味へと変化した。
辛味の元は果肉だ。
俺は火を噴きながら慌てて走り回り水を求めた。
「ひひひひふ~~~~~っ!!」
マルコが水を手渡してくれた。
「大丈夫か?」
「さてはパパナッツをまるごと食べただろ」
大正解だ。
「激辛のパパナッツを少しずつ崩しながら食べてくんだよ。そうすることで風味が広がるんだ」
俺の世界ではああいう果物は甘いものだと……な。
突然、食堂の電気が暗くなる。
「おっと、そろそろ始まるようだ」
何が始まるんだろう。
食堂にある小さなステージのライトが点灯し、幕が上がった。
そこには、腹部や腰をくねらせて踊り、下着同然の煽情的な衣装に身を包んだシオンがいた。
動く度に金色のパネル飾りが鳴り、その度にチラチラと色々な部分が見えそうになる。
こちらの世界風に言えば、ベリーダンスという奴だ。
俺は思わず噴き出した。
シオンはそんな気もしれず、俺の方を見るとウインクしてきた。
「お前な……」
更に、アンが恥ずかしがりながらステージに出てきた。
「こ、これって本当に踊る衣装なの!?」
普段とは違うより煽情的な衣装。
彼女のいつもの露出の多い服装は動きやすいからしているだけで、こうした異性へのアピールのためではないのだ。
もじもじとする仕草は男性乗組員の心を掴む。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「ガンプクダナ! ガンプクダナ!」
オウムのジョンも翼を広げて飛び跳ねる。
「何見てんのよッ!!」
アンが司会からマイクを取り上げ、ジョンに勢いよくぶん投げた。
ジョンは飛んでそれを間一髪で回避する。
そのいつものやり取りに皆は笑顔になる。
「ゴーニィ航海長がいればきっと喜んだろうな……」
マルコはふと呟いてしまった。
もういなくなった人の事を……。
「……やめろよ、そういうの」
俺も辛くなった、もしもを想像してしまったからだ。
「わりぃ……」
しんみりした空気になってしまう。
シオンが突然、その露出度の高い衣装のまま、体を押し付けてダンスに誘ってきた。
「翼君も一緒に踊ろうよ! ベリーダンス、楽しいよ?」
目のやり場に困りながらも常識的にツッコミを入れる。
「明らかに無理だろ!! 俺男だぞ!?」
そこにラクシェネラさんが割り込んできた。
「あらあらあら、いつの間にか翼君なんて下の名前で呼んじゃって……」
「えっ、あっ!!」
シオンは言われて気づく。
顔が急に真っ赤になり、そのまま舞台袖へと消えた。
「わかりやすいわね……」
――ベリーダンスが終わると、映画館に再び戻り、乗組員一人一人の隠し芸大会が始まった。
俺は、控室の壁に立てかけてあったギターが目に入った。
「ギターか……。この世界にもあるんだな」
マルコが軽い手品を終わらせると、控室に入って「次の番だぞ」と伝えに来た。
次の出番の人はその合図を受けてステージに出る。
それを横目で見ながら、俺はギターの音を調整する。
「それ、弾けるのか?」
音を合わせているとマルコは俺に聞いてきた。
「昔、友人の誘いで少し教えてもらったくらいだが。人に聞かせられるレベルじゃないさ」
そういうアニメが流行っていた時期がある。
その影響でギターを始めた人が続出し、友人もそういう人間だったのだ。
「僕は興味あるがな」
隠し芸など特に持ち合わせていなかった自分は、適当に腹踊りをしようとおもっていたが、これでもいいなと今更思った。
「やるか」
俺は衣服の一部を自分で破き、腹踊り用に持ってきたフェルトペンで、軽く目の周りにジグザグのペイントをする。
鏡を見て舌を出して「よし」と頷く。
その様子を見たマルコは心配そうな目でこっちを見る。
「まあ、見てなって」
俺はギターを担いでステージに出る。
俺はギターで強いビートを奏で始めた。
ハイテンポで激しい強烈なリズムは乗組員を圧倒させた。
艦内でたまに流れる音楽から察するに、今まで軍歌やクラシック等しか聴いてこなかったのだろう。
「すげえ音楽だ!!」
舞台袖を見ると、マルコは唖然としてこちらを見ている。
――まだだ、俺はあの伝説のギタリストみたいな事もできるはず……!!
盛り上がりが最高潮になった時、俺は右手の指でフィンガー・ボードを高速でタッピングし始めた。
すると、観客は目を見開く。
しかし、先ほどとは少し違う意味合いで。
その後は背中にギターを背負って弾き、そのまま地面に座り込んだ。
俺はアンプを蹴り飛ばし、叫びながらギターを地面に叩きつける。
ギターはその衝撃でへし折れ、使い物にならなくなった。
間髪を入れず俺は観客に向かって飛びかかる。
ダイブというやつだ。
それを見た観客は一斉にその場から離れる。
俺の飛んだ先に受け止める人などいるはずがない。
俺の背中は地面と勢いよく衝突をした。
「いてて……」
俺は後頭部を抑えながらステージ上に立ち、マイクを持って言った。
「皆にはまだ早かったみたいだな……いや、いずれハマる時が来るさ」
控室に戻るとマルコは心配そうに駆け寄ってきた。
「君、本格的に頭おかしくなったかと思ったぞ」
艦長は、この世界の人間ならばあるはずのない記憶を、一人で思い出していた。
「……懐かしい音楽だ」
シオンは甲板にいた。
隠し芸大会が終わると艦内は社交パーティのような雰囲気になり、俺にはとても馴染めなかった。
どんなに艦内で一緒にいても、皆は同郷だったりと親しい友人の繋がりで集まるものだ。
艦内工場員と仲がいいヒラガや、空中海賊のお頭であるアンはもちろん、マルコも他の航海科と仲良く談笑しており、俺が入っていける場ではなかった。
フック艦長に至っては見当たらない。
そういう意味では、シオンだけが自分と同じ立場だった。
「シオンもここにいたんだ」
「うん、私、ああいうのは苦手で……」
「……出身が皆と違うから疎外感感じちゃうんだ」
彼女は他でもないルーオプデン空中帝国の者だ。
幼馴染や同郷という友人はいないだろう。
「それは俺も同じだな」
俺はそもそもこの世界の人間ではない。
話題がなくなり、言葉に詰まっていると彼女は聞いてきた。
「あの音楽、最後の方はよくわからなかったし詳しい感想は言えないけどとにかくすごかった。あれが翼君の世界の音楽?」
あの音楽、さっきギターで演奏したロックの事だ。
「ああ。そうだ」
「翼君の世界には、あんな文化もあるんだね」
戦争と支配しか知らない彼女たちからは程遠い世界だろう。
「そっちは平和なの?」
彼女はこんな事を聞いてきた。
俺は悩んだ。
「そうとも言えるし、そうでもないとも言えるかな……」
それが俺の出した結論だった。
「この世界よりも科学技術は発達して、快適な暮らしをしている」
「でもその技術を戦争に使う人もいて、世界のどこかには殺し合ってる所もある」
「こっちの世界じゃ、核兵器って一度に何万人と殺せる兵器もあるしな……」
すると、シオンが暗い顔をしていたのを見て思わず話を切った。
「悪い、暗い話してしまって」
「ううん」
シオンは星空を見上げながら言う。
「私ね、翼君が世界を炎で包む爆弾をこの世界に持ち込むような夢を見たんだ」
「それを召喚したのは私の手で、本当はクリスタルも王族の血もそんな血塗られた歴史で作られたものなんじゃないかって」
シオンの見た夢は、俺の感じていた嫌な予感と一致している。
帝国に俺と同じ世界からきた人が悪さしているという予想。
いや、古代文明自体が俺の世界と繋がっているのだろう。
それでも俺は俺達の平和を愛する心を信じている。
「それはきっと夢だし、運命なんてものは自分の力で覆せる」
「シオンの母親は帝国の運命に逆らって隠れ里まで逃げたんだし、シオンも同じ意志でここまでついてきたんだ」
「――俺達が何者だろうと今の帝国は許せない、そうだろ?」
俺はシオンの手を握る。
シオンは静かに涙を流していた。
「シオン、お前もゴーニィさんが命をかけて守るほど大事なんだから、もっと自分を認めていい。俺達が運命を覆せないほど弱いなら、アイツもそこまでしない」
夜空を見上げると、満月が静かにただ光を湛えていた。
――目標地点到達まで残り80,000キオメルテ。
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