第11話 熱砂の支配者

 俺は食堂で思い悩んでいた。

 この時間はシオンがいるかと思っていたのに、彼女の姿が見えなかったのだ。


「そういう時は食べて元気出すのがいいヨ。創作料理のニシンパンを作ってみたヨ」

 そこにあったのはニシンの頭が生えたパンだった。

 見るからに変な料理なのはわかるが、今はそれどころじゃない。


「戦ってないお前に何がわかるんだよ……」

 俺はボソッと毒づいた。


 それが聞こえていたのか、彼はこう返した。

「――ユー達は常に戦ってる。それと同じようにミーも常に戦っているんだヨ」

「――ミーの藝術と云う奴を探す戦いってのは此処にしかないんだヨ」

 そう言ってコックは食器を自動水洗機に入れ終わるとスイッチを入れた。


「……すまん、言葉が過ぎた。一人にさせてくれ」

 罪悪感を覚えた俺は部屋に戻る。


「……ユーはそうするのがいいヨ。でもそれはちゃんと食べてネ」






 争い、それはすれ違いから生じるもの。

 何故人々はすれ違うのだろう。

 それは他者の本心まで理解しているわけではないから。


 話し合えば分かりあえる、そんな甘い話はない。

 現に俺はここ最近シオンに避けられている気もしていた。

 親しい間柄でもこうだ。


 ましてや文化や歴史が違う初対面の相手だとどうなのだろうか、と。


 それでも諦めては無駄になる。

 今までの航路も、多くの屍も。


 俺はそう仮の結論をつけると、ニシンパンを齧った。

 あれ、意外と美味しい……。






 その頃、シオンはトイレの個室で自分の存在について考えていた。

「私は何者なの……」


 古代の墓所で見たのは戦争の記憶。


 火に包まれる人々。

 地上に咲く太陽。


「世界を焼き尽くす程の戦争を起こした、確かに言い伝えにはそうあるけど……」

「なんで……草薙君も記憶も出てくるの……?」


 記憶の中で見た彼は、地上に銃や爆弾を降らせていた。

 それは人々を争わせ、焼き殺し、支配を生み出した。

 ただ、1つだけわかることがある。



――私達が彼らを呼んだんだ。



 もう一つの青い星が見える。

 その星から呼ばれたんだ。


 私が側にいれば、草薙君が悪魔になるのだろうか。

 私は許される存在ではないのだろうか。


 アンは言った。私はわがままなんだと。

 そうかもしれない。

 運命というものがあるのであれば、それに逆らうのはわがままなのかもしれない。


 でも、不幸を運ぶよりはマシだと自分では思っている。


「そうね、私には今できることをしなきゃ……」






 俺はトイレを出たばかりのシオンと鉢合わせした。

「あっ」

 どこか余所余所しい態度。

「ごめんなさい!」

 シオンは走ってその場を去る。


「俺、嫌われたかな……」






 水に削られたような岸壁があり、その下には広大な砂の大地が広がっていた。

「ツサズ・ゲシー大砂海。ケルシュバク砂漠と同質の砂でできている大砂漠よ」

 ラクシェネラが現在進んでいる地域の解説をする。

 ケルシュバク砂漠、かつて通った液体のような砂に覆われた大地。


「ひょっとして、ここにも砂上船貿易で栄えてた国があったという事ですか」

 俺は聞く。

「ええ、そうね。この一帯は貿易船の出入りで港を中心に大都市が築かれていたそうよ」

 過去形。

 この辺りの大国はみな帝国の手によって滅びてしまった。

 資源も、人も、領土も全て搾取され、残るのは不毛の地だ。


 マルコがおっかなびっくり舵を切る。

 ゴーニィが戦死したことによって、マルコは航海長になったのだ。

「頼むぞ、航海長」

「やめてくれ……僕はそんなガラじゃない」

「お前の腕は俺が保証するよ。だから安心しろ」

 俺は彼の手を握る。


「草薙砲雷長、哨戒を始めるので持ち場についてください」

 他でもない、シオンがそう言った。

「なんか他人行儀みたいだな」

 マルコはそう言った。

「あんな事があった後だから仕方ないだろう……嫌われてなければいいけどな……」

 俺はシオンの方を向く。すると、わざとらしく目を背けた。






「砂中の深度、12メルテから70メルテに」

 地形データを観測していたマルコが、急に底が深くなったことを報告する。

 大陸棚みたいなものか、と俺は捉えていた。

 この報告を聞いて、本当に海だったんだとようやく思う。


「空を飛ぶ私達には関係のない話ではないですか?」

 シオンは俺を無視する以外にも、他人によく噛みつくようになった。

「シオン、本当にどうしたんだよ……」

 もちろん、俺の言葉は無視。


 俺は「時間が解決する問題だろう」と諦観を決めて外を見下ろした。

 見渡す限り、変わり映えしない砂の大海原。

 よく見ると砂の表面がわずかに揺らいでいる。

 波だ。

 風はほとんど無いため微小だが、海のようにゆらゆらとしている。


 やがて、深度600メルテを超える深い砂海の上を通過する。

「……とすると、ここは大砂海の中心付近か」

 俺はそう呟く。


「周囲に艦影なし」


「このままアクシデントなく通過できると良いのだが」

 マルコは縁起でもないことを言った。






「目標を発見した。戦闘を開始する」

 彼はンロソフ・トリガメイキン。

 元々は異世界から呼び出された地底海賊だ。

 厳つく古傷が目立つ相貌は数々の戦場を物語っていた。


「オッシャアァァ、静音推進、微速前進!!」

 そう号令を出す副長はミソガワ。

 ンロソフの荒っぽい無茶振りにも答えられる良き相棒だ。


 ンロソフは舵を握り、宣言した。

「この手で沈めてやるよ、アクエリアス!!」


 潜砂艇、元々は大砂海を掘り進み古代文明の調査をするための艦だった。

 後にホルスーシャ文明のテクノロジーを取り入れ、通商破壊用のステルス兵器へ改造した。

 サンドバラストの操作により浮上と潜航を使い分け、砂圧に耐えられるよう曲面を中心にした構造になっている。

 潜砂艇US-401、それは砂に潜む悪魔だ。






「本艦の真下から探信音あり! 数、2……砂中魚雷です!!」

 砂の中から魚雷が飛び出すと推進をサンドスクリューからロケットに切り替え飛翔する。

 その先は……アクエリアスだ。


「取舵15、サイドスラスター黒20、緊急回避!!」

 しかし、緊急回避は間に合わない。

 G-バリアを突き破り、艦の装甲に命中した。


 不意の一撃を受け、爆発と炎により底部が損傷する。

「艦尾に直撃、火災発生!!」

「ダメージコントロール!!」

 ラクシェネラは即座に艦内の隔壁を封鎖し、火災発生箇所の消火スプリンクラーを稼働させた。






 シオンはいつもとは違い戦闘中にも意見を発信するようになった。

 しかし、それはマイナスの方向に働いている。

「魚雷の発射から位置はわかったんですよ!? どうして撃たないんですか!?」

 俺はその様子を見て、宥めようと理性的に返す。

「罠の可能性がある。敵の深度がわからない以上、読みが当たるとは限らん」


「草薙砲雷長には訊いてない!! 私は艦長に訊いてるの!!」

 艦長は深呼吸すると低い声でゆっくりと言った。

「草薙と同意見だ。敵の数が1とは限らん」

 シオンはそれに納得したのか、それとも諦めたのか押し黙った。






「中々しぶといな、アクエリアス……面白い……久々に潰し甲斐のある獲物が現れたようだ……!!」

 ンロソフが喜んでいると、ミソガワが聞いてきた。

「艦長! 全艦で魚雷を撃てば討ち取れたのではないですか?」


「たわけ、敵は面白く狩ってこそ価値があるのだ」

 艦長はソナーの様子を見ながら愉しんでいた。






 ロギータは機関室でソワソワしていた。

「ったく……状況はまだ変わらんのか、フック艦長にしては珍しく臆病みたいだ」

「合図を待っているんだよ。勝負は一瞬。だからこそね」

 それに対し、タカザキは「これだから脳みそまで筋肉でできてるオヤジは」と呆れながら答えた。






 2時間近くの時間が経過した。

「膠着状態ですね……」


 俺はその膠着を見て、思わず呟いた。

「まるで西部劇のガンマンだな……」

「セイブゲキ?」

 マルコは聞く。

「ああ、俺のいた世界にはアメリカって所があって、銃の撃ち合いみたいな話があるんだよ」


 艦長はその状況を打破すべく、一つの手を打つことを決断した。

「……煙幕を展開しろ」






 潜望鏡でアクエリアスを視認している偵察艦から、連絡があった。

 アクエリアスの周囲が煙で包まれ、見えなくなったと。

「奴らめ、US-404観測艦に気付いたか」






「音響爆雷を放て!!」

 VLSからドラム缶状の爆雷が射出される。

「総員、耳を塞げ!!」

 それが砂の中に入ると信管が作動し、高周波を撒き散らした。


 ヒラガは反響のデータを取っていた。

「この反響は……」

 そこには奇妙な波形が描かれている。


「……了解」

 ヒラガから受け取ったデータを元に、俺は即座に作戦を立てた。


 艦長にその作戦を伝えると、二つ返事で承認された。






 相手も根気強くチャンスを伺っていた。

「音響爆雷か……つまらん小細工を……」

 こちらのソナーをかき乱し、視界を封じたつもりだろう。

 だが、移動範囲は限られている、移動方向を加味するとほとんど見えてるも同然だ。

「座標を左20ズラして撃て!!」


――いや違う……煙幕や音響爆雷で誤魔化したとして、数隻あると疑われているのであれば、逃げることなど不可能だと睨むはずだ……。


「まて、撃つな……これは奴の誘いだ」

 ンロソフは慌てて制止をする。

 しかし、他の2隻は既に攻撃を開始していた。






「高速推進音2、魚雷が来ました!!」

 ラクシェネラの報告を受け、マルコは即座に舵を切る。

「ローリング、70度!!」

 艦体を70度傾ける。

 側面に備わっている対空レーザー機銃を地上に向けて連射し、魚雷を破壊する。


「両舷、艦首ビームアンカー射出!!」

 俺は魚雷の発射地点目掛けてビームアンカーを放つ。

 艦首の光点から光で構成された錨が作られる。

 そして、2本の錨は物凄い速度で砂中目掛けて射出された。


 可変性ビーム滞留体。

 電子的な制御によって形状を変化させ、物理的な張力や特性すら持つそれは、威力や射程こそパルスカノンや実体弾に劣るものの、砂中でも減衰せずに攻撃できる。


 ビームでできた錨が潜砂艇のボディを軽々と貫く。

 潜砂艇はその特性上、G-バリアを展開できないため、この攻撃を防ぐすべはない。

「艦体破壊音を確認」


 もう1隻はより深い所を潜っていたのか、間一髪で回避した。

「1隻は外したか……」


 しかし、俺はそれを問題と思っていなかった。

 なぜなら狙いは……。






 ンロソフは撃沈する味方の艦を見て嘆く。

「言わんこっちゃない……」

「だが、今ので位置は把握した。逃さんぞ」

 ゆっくりと方向を変え、魚雷の狙いを定める。






「手応えあり!!」

 マルコがアンカーが海底に突き刺さったことを知らせる。

「アンカー、全速で巻き上げ!!」


 サジタリウスとの戦いの時、砂の海に隠れた俺達は底に船体をぶつけて姿が露呈した。

 今の状況はこの経験を活かせる。

 俺は説明する。

「恐らくこの一体はケルシュバク砂漠と同じく元々は海だったのだろう。端の岸壁が削られていたのは浸食作用によるものだろう」

 海底の地形を指差す。

「段々と変化する地形は俺の世界で言う、大陸棚だ。海の地形だな」

「そして、下の空洞は恐らく海底火山のマグマ溜まりだったものだ。高温高圧によって変性した厚い岩盤が砂の海を支えていたんだろう……」

 音響爆雷で捉えた奇妙な音は空洞がある事を示すものだった。

 そう、楽器が音を奏でるように。

「その岩盤を失えば……この大量の砂は……どうなる?」


 砂の海は底が更に深くなり、一気に流れ落ちる。

 それは巨大な蟻地獄のように……。






「急速浮上!!」

 派手に砂埃を撒き散らしながら潜砂艇が姿を表す。

 艦首が勢いよく飛び出し、重力に従って思い切り着水……否、着砂する。


 俺はその隙を逃さない。

 パルスカノンが浮上した潜砂艇を貫く。


 潜砂艇は轟音と砂埃の柱を立たせて散った。






「そこか、アクエリアス!!」

 US-401……ンロソフが乗る潜砂艇はアクエリアスの背後から出現した。

 他の艦に気を取られている間に仕留める作戦だ。

 魚雷を空中で発射した。

 砂の中ではないため、即座にロケット推進に切り替わり、アクエリアス目掛けて一直線に飛ぶ。






「右舷4時方向に艦あり!」

 俺は完全に油断していた。

「しまった、後ろを取られた……!!」

 この激しい流砂を渡り歩く操舵テクニック、間違いなく並々ならぬ修羅場を潜り抜けてきたツワモノだ。


 パルスカノンの向きを変える。

 その間にも魚雷は接近する。

「パルスカノン、撃てーーーっ!!」


 魚雷とパルスカノンが交差する。

 魚雷はアクエリアスの側面に、パルスカノンは潜砂艇の中央に風穴を開けた。






「――見事だ……」

 ンロソフはそう言い残し、潜砂艇は炎を撒き散らして砂の中へと消えていった。






「敵艦、他に反応なし」

 ラクシェネラのその言葉でひとまず安堵するも、戦闘態勢は崩さなかった。

「対潜哨戒を怠るな……」


 ヒラガはその様子を見て言う。

「ゾディアック級ではなかったが、手強い敵だったな……」






――ルーオプデン空中帝国 首都ラガードの宮殿内部にて。


 長い通路を歩み、皇帝直々に勲章授与を行う。

 勇ましい軍歌が流れ、周囲の大勢の兵がその様子を見守る。


 オレンジ色の髪をなびかせ、堂々と歩み足を続ける彼女はブルーネ・ナル・ホルスーシャ。

 ルーオプデン空中帝国最強の将軍だ。

 金色と紺色を主体とした軍服に赤いマント、胸にはたくさんの勲章が付いている。


「ブルーネ将軍、タリルニア連合方面戦線では見事な活躍だった」

 今また、勲章が増えた。

「フフ、もうこれ以上勲章をつけるところなどありません」

「それに私は戦場こそが生き甲斐であり死に場所だ。それ以外に何があろうか」

 ブルーネはそう言うと、皇帝はマントを翻し、歩きながら考えて言う。

「ならば次の戦場を用意せねばな」

 立ち止まり、再びブルーネの方を向くと、左手を左下に振り、力強く命じる。


「戦艦アクエリアスの破壊任務を与える」



「――全ては皇帝陛下のご意向のままに」



――目標地点到達まで残り81,000キオメルテ。

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