第10話 漢
「どうやら皆、無事のようだ」
俺達はパイシーズとの戦いの結果、未知の樹海に不時着した。
丁度物資が底を尽きており、修理している間に周囲の調査をすることになった。
マルコは辛うじて生きていたシステムを使い、周囲の地形データを取得する。
「位置情報によるとここはゲゼナズの保護地域のようですな」
「航行システムがイカれているみたいだ。修復には半日掛かりそうだ」
ヒラガは頭を抱える。
溶接作業や資材の運搬、システムの修復で皆忙しそうにしている。
そんな中、いつものように女の尻を追いかけている男がいた。
声をかけられたラクシェネラは呆れ果てて思わず説教する。
「航海長、お言葉ですがわたしはあなたのように遊んでる暇なんて無いんです。一刻も早くアクエリアスを飛ばさなきゃならないのに何をしてるんですか」
俺はその様子からすぐに事情を理解した。
「またナンパですか?」
「そりゃあな。女と酒はオレの生き甲斐よ」
反省するどころか開き直った航海長ゴーニィ。
「時にはこうして気をほぐすのも仕事の一貫ってわけだ」
俺は、彼のこの癖は治らないだろうなと思いつつ、話に乗っかることにした。
「やめとけって。あのおばさんは怒らせると怖いぞ。俺なんか隠れ里で何度も投げ飛ばされたんだから」
俺はふとラクシェネラと初めて出会ったときのことを思い出す。
今でもあの痛みを忘れちゃいない。
「違いねえ」
ゴーニィはウムウムと頷く。
ラクシェネラは無視を決め込もうとしたが、流石におばさん呼ばわりは逆鱗に触れたらしい。
「おば……聞こえてるわよ。また格闘術の個人レッスンがしたいのかしら」
ラクシェネラはそう言うと運んでいた工具を置き、拳を構える。
すると、フック艦長が後ろで噴き出した。
「遠慮しておくよ」
と俺は即答。
「おっかねぇおっかねぇ。眉間にシワばっかり作ってるから老けて見えるんだってな」
ゴーニィはわざとらしい大仰なリアクションを取る。
「なんですってぇ!?」
「って草薙が言ってるぞ」
突然、俺に矛先を向けさせられた。
「あなた達……!!」
「俺は何も言ってないってばああああああっ!!」
「おばさんって言ったでしょ!? 待ちなさい!!」
アンはその様子を見て呆れた。
「これだから大人って……」
俺とゴーニィが、ラクシェネラに関節技をキメられてノックアウトしている頃、シオンはクリスタルが不思議な点滅をしている事に気づいた。
「こんな光り方、初めて……」
「古代ホルスーシャ文明が関係するものがあるのか?」
俺はよろけながらもなんとか立ち上がり、シオンのクリスタルの様子を見に行く。
「多分、近くにクリスタルに反応する遺跡があるの……」
シオンは人智を超えた直感で何かを察している。
艦長はそれを聞いて静かに言った。
「シオン、クリスタルを持っていけ」
「艦長!!」
それがなければアクエリアスは飛ぶことすらできなくなる。
ラクシェネラは続けてそう言おうとした。
しかし、それを艦長は制した。
「これはシオンの問題だ」
「草薙 翼、ゴーニィ・アラギノル、シオン・リアル・ホルスーシャ、マルコ・ロレンツォの4名は、反応の出処を調べるべく周囲の調査にあたれ!」
鬱蒼と生い茂る木々。
泥濘によって長靴は一瞬で色を変え、顔には蜘蛛の巣が張り付き、熱帯のような蒸し暑い気候により軍服の中は汗で湿っている。
「!? 痛え! 痛え!」
突然、マルコが痛みを訴え始めた。
彼の軍服の袖から黒く大きいサソリが出てきた。
「ああっ、なんてことだ、大きなサソリだ!」
ゴーニィはサソリを手刀で叩きのめし、マルコを木の根元に座らせる。
「心配するな、大きいやつなら問題はない」
「この種類であれば1日経てば腫れがひく。シオン、保冷剤が食料箱に、包帯と抗ヒスタミン剤が救急箱にあるはずだ」
「はい!」
シオンはすぐに食料箱と救急箱を持ってくると、手慣れた様子で処置を行う。
「よし、歩けるか?」
「ああ、迷惑かけたな」
この後も底なし沼に当たったり、毒草地帯を避けたり、巨大食虫植物に食われるもナイフで引き裂き内部から脱出したり、ネコ科の肉食獣に襲われかけるも、クリスタルを翳すと何故か助かったり……等と色々な出来事があった。
まさに自然の驚異というものを思い知らされる。
そうして2時間ほど歩くと、ツルで覆われている巨大な黒曜石の壁があった。
なにか文字が刻まれているが、風化しており読めたものではない。
もっとも、その文字が読めるとは限らないが。
「反応が強くなってる。ここだと思う……」
シオンはペンダントとして下げているクリスタルの反応を見て確認した。
「これは……遺跡……?」
俺はその古代の遺物感を見て、思わず声が出た。
「これは古代人の墓よ……」
普段とは違う雰囲気で彼女は言い切る。
シオンの目はいつもの明るい表情とは違う、冷めきった機械のようなものだった。
ゴーニィは周囲の調査を一通り終えると爆弾を取り出した。
「入り口はねえな……仕方ねえ、爆薬で破壊するしかない」
白いプラスチック状の塊に信管と線を繋げる。
「下がってろ……!!」
ライターを取り出して導火線の先に火をつける。
離れたこちらにまで衝撃波が届くほどの爆薬。
煙に包まれ、何が起こったのか確認するまで時間がかかった。
遺跡が再び姿を露わにすると、黒曜石の綺麗な表面には傷一つなかった。
「駄目だ、びくともしねえ」
ゴーニィに代わってシオンがクリスタルを向けると、文字が光りだし、壁は自動ドアのようにゆっくりとスライドし始めた。
「……」
シオンの顔はさっき見たのと同じ機械のようなものだった。
中は暗く、ランタンに火を灯して進んでいた。
外とは真逆の乾燥して冷えた空気が身を包む。
恐らく死体の保管を行うためだろう。
遺跡の中からは強い悲しみと怒りを感じる。
「この文字は読めないけど、きっと何か酷い災いがあったんだ。きっとそれの集合墓地なんだよ」
俺は他人事のようにそれを言う。
シオンはその事に静かに頷く。
「ここは、かつて戦争で亡くなった人達の慰霊碑。この文字の一つ一つが名前」
すると、彼女は急に頭を抱えだした。
「シオン!?」
「頭の中に……情報が入ってくる……」
「ねえ……古代ホルスーシャ人って一体なんなの!?」
「答えてよ!!」
「私は……一体……何者なの……」
シオンはそのまま意識を失い、その場に倒れ込んだ。
俺たちは遺跡の一角で、持ってきた乾燥木材を使って焚き火をしている。
アクエリアス本艦の修理は終わったようだが、ここまでの簡単な調査報告を上げると、調査続行を命じられた。
ホルスーシャの秘密を知ることは敵の打倒に繋がるとの艦長判断だ。
ラクシェネラさんはこれには猛反発していたが艦長命令には逆らえず……といったところ。
しばらくするとシオンが目を覚ます。
俺は彼女に声をかけた。
「大丈夫か。しばらく気を失ってたぞ」
「私、何してたの……? あの扉に入ってから、記憶がなくて……」
ゴーニィは豪快に「心配するな」と言いながら食料箱から白米の入った飯盒を取り出す。
「そういう時もあるさ」
シオンは彼の手際の良さに驚く。
「意外にサバイバルスキルあるんですね……」
ゴーニィはハハハと笑いながら次々と野菜を刻んでいく。
「こうやって生き残れなければ軍人は務まらん」
「ジャングルではお世話になった」
マルコはサソリの時に手際の良い対処をしてもらった恩を感じている。
「それに、結構筋肉質だよね」
シオンはそう言うと彼の二の腕をペシペシと叩く。
俺はその姿にモヤッとしたものを感じた。
「見た目だけっすよ」
「お、言ったな……?」
ウリウリと彼に弄られる。
マルコは今の会話からふと提案した。
「艦内マッスルコンテストなんかやったら盛り上がりそうだな」
俺は率直な感想を述べた。
「でも、人気票になったりしませんかね」
ゴーニィはさっきの仕返しと言わんばかりに笑いながらからかう。
「案外草薙なんかがトップに食い込んだりしてな」
「俺なんかが好かれるわけないだろ……」
その瞬間、俺以外の目線が凍りついた。
「……オマエはもっと自分を知ったほうがいいぞ」
ゴーニィは珍しく低い声で呆れたように言う。
「そうか? 避けられてる気がしてならんのだが……絡まれてもアンに小言言われるくらいしか……」
「特にアンはあれでもオマエにゾッコンだぞ」
その辺りがよくわからないのだが……と思った。
マルコも頷きながら言う。
「草薙、いい加減鈍いのもなんとかした方がいい。君のそれはただの欠点だ」
「まったくだな」
ゴーニィはそれに同意した。
「それにそいつもオマエに惚れてんだからな」
急に名指しされたシオンは取り乱し、顔を真っ赤にして俯く。
「……」
「本当なのか、シオン!? こいつらのからかいとかじゃないよな!?」
マルコもゴーニィも「本当にこれだから……」と呆れの極み。
「でも、俺を好きになるきっかけなんてなかっただろ」
「キザなセリフ散々吐いておいてよく言うわ」
マルコが反駁する。
ゴーニィは今までのふざけた表情とは打って変わって、真面目に話し始める。
「恋にきっかけだの運命だのありゃしねえよ。あれはただのフィクションだ。そんなものに憧れてるうちはガキなんだよ。本当の恋ってのは、気付いたらいつの間にか惚れてるもんだ」
「すぐ一目惚れして口説き始める航海長が言うと説得力ありますねえ」
俺は仕返しと言わんばかりに彼をからかう。
「言ってろ」
飯盒から白い煙が出てきた。
「そろそろ飯ができたぞ」
蓋を開けるとモワッと湯気が広がる。
「なんです? これは」
その横には奇妙な料理がある。
「ローリップルの中身をくり抜いた所に野菜を詰め込んでソースで味付けをした、ローリップルサラダってんだ。旨いぞー」
比較的温暖な地域に生息しているローリップルという果物らしい。
俺が見る限りだとパイナップルにしか見えないが……。
「こう見えてオレもローリップルサラダだけは作れるからな。昔、アイツに教えてもらった」
ゴーニィは思い出したかのように語り始めた。
「アイツ?」
「ああ、昔話になるけどいいか?」
「元々オレはサーファーでな。今では地上生活ができなくなってしばらくやってないな……」
隠れ里はその昔、島国だったという。
「波に乗っているとよくアイツは俺を見ていた。オレはそんな彼女から逃げ続けていたんだ」
「こうしていつ死ぬかもわからない状態で本気の恋なんかしてしまえば、お互いに不幸になる」
「オレは臆病者なんだ」
「そんなの、いつ死ぬかわからないなんて平和になっても同じですよ!」
俺は言い返した。
「俺が言うのはおかしいかもしれないけど生きてるからこそ本気にならないと……。ゴーニィさんはいつ本気になるんですか!?」
俺は続ける。
彼ほどそういう経験はない、説得力はないかもしれないけど、今の彼には何かが欠けていると感じた。
彼は少しの間熟考した。
それから、決意を固める。
「それもそうだな、故郷に帰ったらキチンとアイツに告白する」
「だが、まずはアイツが安心して暮らせるようにこの世界を平和にするんだ。女を守るのが男の仕事。そうだろ」
「そこは初めから揺るがない」
それが彼の漢としての誓いだった。
夜が明けて、俺たちは再び遺跡の奥に歩み始める。
「かなり奥深くまで続いてるようだな……」
大広間のような開けた空間に出た。
中央にはモノリスに似た石版がある。
「ここにクリスタルを嵌め込むのかな……」
シオンはそう聞いた。
俺は何もわからない。しかし、無言で頷く。
シオンは恐る恐るクリスタルをモノリスに嵌め込む。
眩い光と熱量が辺りを包んだ。
――核戦争のような光景。
――ガラス化した石。
――青いアクリルと金で構成された摩天楼。
――空を飛ぶ大陸。
――血濡れた手と足元に散らばる骸。
『――これは、汝に与えられた運命なのだから』
俺達にも見えた。
一瞬だが、そんな光景が脳に直接入ってきた。
シオンは他と比べて酷いものを見たのか、明らかに目を見開き、膝をついている。
「なんで、私にこんなものがあるの……」
彼女の身体が震えている。
「アクエリアスもクリスタルもホルスーシャも皆皆皆嫌い!!」
「こんな悲劇を生むのなら、いっそなくなってしまえばいいのに!!」
シオンはクリスタルを遠くへと放り投げた。
俺とゴーニィとマルコの三人は止めようとしたが遅かった。
「シオン!!」
それがなくなれば俺達はこの樹海で孤立したままだ……。
そんな思いも虚しく、クリスタルは暗闇の彼方へと消えていった……。
はずだった。
クリスタルは光を放ちながらシオンの手元へと戻ってきた。
その光景を見て、シオンは涙を流しながら笑っていた。
「なんで……捨てられないの……あの人が言っていたように、運命なの……?」
「運命なんてないさ。そんなもの、俺がなんとかする」
俺は優しく彼女を抱きしめる。
しかし、彼女は強く拒絶した。
「どうして、草薙君がそんな事言えるのよ!!」
「シオン……?」
「ごめん……今は一人にさせて……」
それからは重苦しい空気のまま、俺たちは艦に戻ることにした。
シオンは余所余所しそうに後ろをついてきている。
一体、何を見たのだろう。
突然、激しい揺れが俺達を襲った。
「これは……!?」
「エネルギー衝撃波だ……ここまで届くなんてただ事じゃないぞ!?」
俺は即座に危険を理解した。
間違いなく、近くで戦闘が起こっている。
「アクエリアスがまずいぞ!!」
俺達は急いで外に出た。
ゴーニィは無理やり俺とマルコの頭を押さえつける。
「伏せろっ!!」
ロケット弾が頭上を掠め、遺跡の中で爆発した。風圧で吹き飛ばされる。
俺はすぐに姿勢を立て直すと、ライフルを拾って周囲を見渡す。
特徴的な虹色のゴーグルは帝国兵だ。
「奴らめ……アクエリアスを奪取しに来たか……」
「地上部隊だけだからまだしも、ハルピュイアやアエローが出されたらまずいぞ……」
マルコは空を見上げる。
霧が立ち込めており視界は悪いが、大きな影の有無から飛空艇が来ていないことを確認する。
「狙いはシオンだろ、だから迂闊にアクエリアスを攻撃できないんだ」
ゴーニィは現時点での推論を述べる。
「いままで散々船ごと破壊しようとしてきてよく言うな!!」
「帝国も一枚岩じゃないって事だ。あの腕章を見ろ」
ゴーニィが指を指した先には、いつもとは違う奇妙な文字が描かれたヤギの頭のマークがある。
「ザー……ゲン……ヴェルゲ……?」
「シオン、読めるのか!?」
「子供の頃にホルスーシャ文字の読み書きは教えてもらったから……」
シオンは元々ルーオプデン空中帝国の宮殿に幽閉されて暮らしていた。
その辺りの教育だけはされているのだろう。
「意味は発掘者、盗掘家、歴史研究家みたいな意味だったはず……」
それが表す奴らの目的は、古代ホルスーシャ王の血筋……シオン、そしてクリスタルだろう。
「なるほどな。シオンの血とその石が目当てで間違いなさそうだ」
俺はライフルに銃を装填する。
「そんな……どうして私は……こんなクリスタルも、王族の血も要らないのに……」
「しっかりしろ!!」
ゴーニィが失意に暮れる彼女の肩を揺さぶる。
「クソ……草薙、マルコ、露払いを頼む……!」
彼は一向に立ち上がらない彼女を抱える。
「一気に来た道を戻るぞ!!」
「了解!!」
銃弾を避けながら森林を駆け抜ける。
朝の霧が辺りを包み視界は悪い。
「数が多すぎる……キリがない……」
俺は銃弾を使いすぎたのか、自分の持っているマガジンが最後であることに気づく。
「こちら、ラストマガジン。マルコはどうだ」
「僕は弾切れだ……こうなりゃ石でも木の枝でも武器にしてやるよ!!」
「馬鹿、よせ!」
危機的状況に判断能力が鈍っている。
彼は元々航海士だ、実際の戦場に立つ人間ではない、だからこそこういう場の雰囲気に慣れていないのだろう。
自分も慣れるまではパニックになっていたこともある。
マルコが前に出ると、潜伏していた敵兵に囲まれた。
複数のレーザーサイトがマルコの頭を捕らえる。
「マルコォォーーーーーっ!!」
間一髪で巨大な影が周囲の敵兵を吹き飛ばした。
元々は空中海賊のメンバー、怪力ジャックだ。
敵を掴み、片手で振り回して投げ飛ばしている。
「ジャックさん!!」
「話はあとやけん……まずはこっちだ!!」
ジャックがシオンを抱える。
すると両手が自由になったゴーニィはライフルを構える。
「ではオレが後方を守る。オマエらの尻は任せな」
急いでアクエリアスの方に向かって走る。
ようやくアクエリアスの近くまで戻ってこれた。
皆、甲板などから大型の狙撃銃を使い、籠城戦を決めている。
ゴーニィは敵兵の数が少ないことに違和感を覚える。
そして、周囲に紫色の煙が漂っているのを確認した。
「いかん、毒ガスだ!!」
「奴らめ、シオンを巻き添えにしてでも、アクエリアスとクリスタルだけは確保しようってか……傲慢だな……」
ゴーニィは俺やマルコ、シオンを抱えたジャックを突き飛ばし、無理やりアクエリアスに押し込む。
彼も後から続こうとするも、後ろからガスマスクをつけた兵士が数人現れる。
「くそっ……厄介だな、ここから先は通さねえぜ!!」
ライフルを片手で撃ちながら命令する。
「ハッチを閉めろ! この数は対処できねえ!」
何発か被弾しているのを見る。
血を流し、毒に体内を蝕まれ、次々出てくる兵士。
絶望的な状況でも彼は敵兵から逃げはしなかった。
一人でも通さないために。
ハッチを急いで閉めた。
「おい、ゴーニィさん!?」
「彼の命令だ……」
マルコは涙を流しながらハッチの開閉ハンドルを操作していた。
――そう、ゴーニィが外にいる状態のまま。
『草薙。漢ならシオンを守ってやれ』
『それと』
『マルコを……よろしくな……アイツは案外寂しがり屋だ。なに、オマエなら任せられる』
「ゴーニィさん!!」
俺は閉じたハッチに拳を叩きつける。
『オレは……もう……』
『――いいからさっさと行け!!』
艦長は無言で頷き、一言。
「アクエリアスを飛ばせ」
しかし、艦橋は暗いままだ。
クリスタルをモノリスに嵌めてアクエリアスを起動させていないのだ。
ラクシェネラは聞く。
「シオン。なぜ起動させないの」
「……」
シオンは俯いたまま返事はしない。
「シオン、このままだといずれ艦内に侵入されるわ、早くしなさい!! これは命令よ」
怒気を含んだ彼女の叱責、それはシオンの感情を爆発させた。
「ゴーニィさんを生き返らせてよ、艦内に早く入れてあげてよ!」
「アクエリアスの科学は無敵なんでしょ!?」
ヒラガが口を挟む。
「科学は万能だが、無敵でも神でもない……」
「もう彼を助ける手段はない。このままハッチを再び開ければ、敵兵と毒ガスが流れ込んでくる」
シオンはここぞとばかりにわがままを言う。
「イヤ! 人殺しになんてなりたくない!! 今からでも間に合うよ、きっと!!」
アンはそんな彼女に早足で近づき、頬を思い切りひっぱたく。
「馬鹿、アイツの思いを無駄にする気か!?」
「そうやってわがままばかり言っても何も変わらないのよ!」
「今ここでやらなきゃいけないことは何!?」
シオンは前に草薙が殺人への葛藤に対して思いをぶつけたことがある。
しかし、対象が違うだけで彼女も誰かの死にちゃんと向き合えてないんだと。
「……わかった」
シオンは涙を拭うと、クリスタルをモノリスに嵌め込んで起動させる。
「機関始動……」
「動力炉主電源接続」
「グラビティコンバータ正常」
「航行システム稼働確認、問題なし」
「アクエリアス、浮上!!」
アクエリアスが浮上し始め、登ろうとしていた兵士たちが落下する。
周囲の木々が風圧で揺れる。
ゴーニィは飛び去るアクエリアスを眺めていた。
彼はあちこちに銃弾を受け、それでもなお生きていた。
彼らが飛び立つところを見るまで死ねないと。
「行ったか……」
「最後にローリアのローリップルサラダを食べたかったな……」
故郷の想い人の事を走馬灯に、彼は息絶えた。
俺は無意識に彼の方に向かって敬礼をしていた。
それを見たマルコは思わず訊いた。
「その姿勢は?」
「俺の故郷で言う、敬礼ってやつさ……尊敬できる人にはこうして意思を示すんだよ」
「なるほどな……」
マルコも真似をする。
彼は涙を流していなかった。
それは、もう枯れる程流したあとだったから。
ゴーニィ・アラギノルの死は多くの人に深い闇を落とした。
艦橋の乗組員全員が敬礼したまま、アクエリアスは次の場所へと向かう。
――目標地点到達まで残り86,000キオメルテ。
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