第9話 双魚宮の尾

 魔女による電子攻撃を切り抜け、アクエリアスはリノアキア造山帯へと突入した。

 噴煙が常に立ち上り、昼でも空は真っ暗。

 下に煌めくのは溶岩だ。

 この地獄のような光景から、今も火山活動が活発である事がわかる。


「前方に溶岩洞確認」

 マルコが正面に赤々と光る洞窟を発見する。


 ゴーニィは冷静に対処する。

「迂回しろ。……危険だ、あの中で狙われれば逃げ場はない」






 レーダーが何かを捉えた音がする。

「左舷に敵機捕捉」

 3つの翼を合体させ、翼の先端にエンジンを備えた奇妙な飛行物体が旋回している。

「右舷後方にも同型のものを捕捉」

 ラクシェネラはその機体を分析する。

「データベース照合、SMt-156 フォボスと思われます。特に武装はありませんが……」

 SMt-156、武装は特に無いが高感度センサーを多数搭載しており、速力と旋回性能で広域を哨戒する用途で使用される。

 幸いにも向こうはこちらに気付いていない。

 アクエリアスのアクティブステルスにより、こちらのみが視認している状態だろう。


――挟み撃ち……というわけでもない。しかし偵察艇ともなればこちらの手の内を探られる可能性もある。


「いかが致しましょう……」

 ラクシェネラは周囲の意見を乞う。


 俺は状況を見て現状理解していることのみを伝えた。

「見え透いた誘いだな」


 艦長はキャプテンハットを深々と被り、落ち着いて答える。

「……誘いに乗ってやれ」


 俺はその言葉に思わず聞き返した。

「いいんですか?」


 艦長はそれに対し指示で返す。

「煙幕を洞窟入り口に展開だ」

「外では煙幕の効力がない。敵との接触は今後の事も考え避けたほうが良い」

 それは同じ意見だった。

 元々帝国にあったものであり、前回ハッキングを受けた以上、現在のアクエリアスの性能はほぼ把握されている。

 であれば残るは乗組員の技術や戦術。

 この辺りの癖を見破られてしまえば勝つ手段はないに等しい。

 艦橋の乗組員は肯定で返した。


 それを把握した艦長が告げる。

「入り口を塞ぐように煙幕を展開し、洞窟に突入する! 両舷増速、第一戦速!」






 洞窟の中は不思議な光景だった。

 重力に逆らうかのごとく天井にも、逆火山というべき構造物があった。

「信じられん……天井にも火山があるぞ……」

 俺は思わず驚きのあまり声が出てしまった。

 それはまるでシューティングゲームで見たようなもの。


 時折、天井から溶岩の滝が流れてくる。

「マルコ、周囲の地形データの把握頼む!」

「了解。この船を黒焦げにしたくはないな」


 マルコは地形データの変化を見守る。


 ふと、急に発生した火山活動を確認する。

「イレギュラー325、取舵15」

「取舵15、ヨーソロー」

 すると、先程向かおうとしていた先に溶岩が勢いよく落下する。


「イレギュラー773、面舵30」

「面舵15、ヨーソロー」

 危機を回避する度に汗を拭う。


「心なしか暑くなってきたぜ」

 ゴーニィは襟元をばたつかせた。

「艦外の温度は現在320セルシです」

 ラクシェネラは冷静に状況を報告する。

「ええっ!? 外に出たら丸焦げですね……」

 シオンが状況の記録をしながら会話に乗った。


 俺はこの状況を見て、このまま敵がでなければいいのだがと祈っていた。

 その祈りは逆の方向で叶ってしまう。






「前方に敵機12捕捉」

 ラクシェネラは敵の捕捉を確認すると、報告の後にすぐデータベース照合を行う。

「敵機識別。SAt-262 ガニメデです!!」

 それは深緑色のボディに後退翼を備えた戦闘機のような見た目をしていた。

 主翼半ばの下にエンジンがついている。


 俺は即座に進言した。

「ここではアクエリアスは分が悪い……航空隊で迎撃だ!!」


 マルコが天井や逆火山を柱が支えていることを指摘する。

「ここでは主砲も迂闊に使えないな……柱を崩したらペシャンコだぞ」


「俺もナイトバードで出る!!」

 俺はそう言った。

 それは艦の砲撃を任せられるものがいなくなる事を意味していた。

 誰もが驚く。


 しかし艦長は目的、理由を理解すると「よい」とだけ言う。

「自動防空モードに切り替え!」

「対空迎撃戦闘用意、対空迎撃戦闘用意」


 俺は走って格納庫へ向かうと、隊長機であることを示すトリコロールカラーのナイトバードに乗る。

 敵を速やかに殲滅しこの難所を切り抜ける事が目的だった。






 格納庫から発艦し、20機がアクエリアスの前を飛ぶ。

 部隊を4つに編成し敵編隊をそれぞれ分担で撃破することにした。

「あそこの敵は我々アルファ隊とブラボー隊が引き受ける」


「アン率いるパイレーツ隊はポイントE、ヤマダ率いるクロス隊はポイントFの敵の迎撃に当たれ」

「了解!」

 その命令を受けると編隊が散開する。






 俺は無線を使って周囲に通達する。

「アルファリーダーより各機へ、我々は溶岩流や柱の多いポイントAからBの敵の迎撃にあたる」

「これはシミュレータとは違う。少しのミスも許されんぞ。アクエリアスが足止めされないよう迅速かつ正確に任務を遂行しろ」

「了解!」

 4機からなるダイヤモンドが2機に分離する。

「アルファ2、遅れるなよ!!」

 俺はスロットルを全開にし、機体を傾けて敵の真上を取りつつ接敵する。

「3、2、1、エンゲージ!!」






 ツムギは相方と共に東から来ている敵の迎撃にあたった。

 相方のもう一機から離れ、2機の敵から集中砲火を受ける。

 柱と溶岩流を避けながら逃げるも中々離れない。

「くそっ……こうなったら……」

 そう考えている内に敵の1機は爆散した。


「ツムギ! あまり単独行動を取るな。ツーマンセルであたれ、エレメントを意識しろ」

「……了解!」

 もう1機も相方に張り付いた。

 こうなったら挟撃しかない。

 ツムギは敵を追い、後ろから機銃を発射してエンジン、主翼、尾翼を破壊し撃破した。






 敵を囲い込み、ブラックアウトギリギリの急速旋回と空中での制止を繰り返し正確に急所を撃ち抜く。

 相方が遅れているせいか、もう1機の敵が未だ来ない。

「アルファ2、遅れているぞ!!」

「すまない!」

 下方で敵機から逃げる相方をようやく視認した。

 彼が引き付けてそれを攻撃する作戦だ。

 俺は宙返りをして敵機の頭上から榴弾砲をお見舞いした。






『こちらパイレーツリーダー、敵機の撤退を確認』

「了解、速やかに帰還しろ」

『これより帰還する』


『こちらクロス1、敵機を殲滅した』

「了解」

 敵の数が少ないからか、他の部隊は迅速に任務を完了している。






 ナイトバードが柱を避けながら敵を追っている。

 スラスターを噴射し空中制動して岩を避け、敵をひたすら後ろから狙う。


 しかし、敵機に逃げられる。

 追おうとするところを俺は制した。

「アルファ2、深追いするな!! 俺達は露払いだ。本艦から敵を引き剥がせればそれでいい」

「すまん……」


 全ての敵機が撤退あるいは撃墜された事を確認すると俺は本艦に通信を繋げた。

「……状況終了! これよりアクエリアスに帰還する」






 全てのナイトバードの収納が完了すると、アクエリアスはようやく動き出した。






「誘導、ご苦労だった」

 全天周囲モニターとも言える内装の艦内。

 宙に浮いてるかのような不安定な足場。

 これがゾディアック級三番艦パイシーズの艦橋。

 モノリスには臙脂色のクリスタルが嵌め込まれていた。


「これで奴はこの位置に来るはずだろう。まさに罠にかかった薄汚いネズミよな!!」


 マッシュヘアーで三白眼の細身の男性が溶岩洞から抜けるアクエリアスを視認するとニヤリと笑った。

 彼はオーグスト・ヘイト・ホルスーシャ。

 ルーオプデン空中帝国の皇族にしてパイシーズ艦長だ。






 突如、噴煙の中から細長い龍のような生き物が飛んできた。



――違う……アレは生き物ではない!!



 節があり、その一節一節が無機物。

 先頭には艦橋のようなものがあり、生き物でなく敵の乗り物であるという事まで理解した。


 そこにクリスタルの反応を見たシオンは報告した。

「ゾディアック級、パイシーズです」



――魚座……!!



「総員、第一種戦闘配置、砲雷撃戦用意!!」

 VLSにミサイルを装填し、主砲にエネルギー伝導回路を接続した。






 龍のような細長くウネウネ動く敵は、こちらに向かって直進してきた。

「堂々と来ちゃってまあ……」

 その様子を見たマルコは気が抜けた声だ。


 しかし、艦長は警戒した様子だ。

「侮るな。恐らく奴にも何か秘密がある」


 同意見だ。

 俺も、ゾディアック級には一工夫凝らさねば勝てない程の力があると認識している。


 艦長はそこから続ける。

「しかし、まずは撃ってみなければわかるまい。敵の出方を見るべきだ」

「了解……」


「パルスカノン発射用意」

 ラクシェネラが火器管制を操作。

「了解、パルスカノン発射用意」

「第三砲塔及び第四砲塔にエネルギー伝導回路接続」

「自動追尾、および手動調整」

 俺は上空の敵にレティクルを合わせる。

「照準合わせ」

「測的完了。誤差修正、上下角3度」


「てーーーーっ!!」

 狙うは敵の艦橋。


 螺旋を描きながら飛ぶパルスカノン。

 いつも通り狙いは正確だ。



――しかし、パイシーズはその攻撃を躱した。



 側面からの爆発的な推進でジャンプするかのように避けたのだ。


「次弾装填急げ!!」


――次は外さない。


 次の攻撃準備が終わると即座にトリガーを引いた。

 しかし、その攻撃も難なく躱す。

「俺の射撃を2度も避けた!? なんだコイツ……!!」


 ヒラガは敵の兵装を冷静に分析する。

「なるほどな……奴の自慢はこの高機動というわけか」


 俺は回避パターンの予測を叩き出す。

「では……回避を予測して攻撃だ」

 こうなったら心理戦だ。


 敵の回避方向に合わせ、全砲塔による一斉射。

 第一砲塔は敵の上、第二砲塔は敵の左下、第三砲塔は敵の右下、第四砲塔は敵の中心に狙いをつける。

 おまけにダメ押しと言わんばかりに誘導弾も発射。

 高機動であれば誘導兵器と弾幕を張る他ない。


 その攻撃は失敗に終わった。

 長くうねる尻尾がパルスカノンや誘導弾を軽く弾き落とした。


 全て事前に弾道が予測できたかのように回避されている。

 ここから導き出せる結論は1つ。

「これは未来を見ているという事か……それしか考えられん!!」

「それにあの尻尾はパルスカノンを弾くほどの素材なわけだ」

 恐ろしいが事実という他ない。


「素早く硬い、おまけに未来予知か。それでは歯が立たないな……」

 ゴーニィはお手上げだと言わんばかりに白旗を揚げる。


 しかし、ヒラガはじっくりと映像を観察して、あることに気づいた。

「あの機動力を見ると全体を覆うほどのG-バリアシステムは搭載していない。艦橋を見ろ」

 パイシーズの艦橋には時折発生する火山噴出による細かいかすり傷がついていた。


「艦橋に攻撃を一発でも与えられればヤツを沈めることはできるわけだ」

「この距離で砲撃してこないという事は火器もないはずだ。弾薬や火器管制システムを搭載すると重量が増して機動力が下がるからな」

 工作班長だけあってその分析はかなり詳細だ。



――なら、この作戦しかないか。



 俺は航海士に伝えた。

「マルコ、周囲の地形データ取得頼む」

「了解……。草薙、君の考えがわかった……」

 マルコはそれだけで察してくれた。






 パイシーズの艦内は優勢なためか余裕の雰囲気が出ていた。

「よし、アクエリアスを溶岩の海に叩き落とし蕩かしてやれ」

 アクエリアスはパルスカノン攻撃に加え、対空機銃を発射し始めた。


「如何に巨砲を搭載していようと、そんなもの当たらなければ意味がない」

 しかし、全て弾き、躱し抜ける。


「それこそ、傲慢というものだよ」

 パイシーズのメインモニタには弾道がラインのように描かれている。






 パイシーズの尾が激しく振るわれる。

 艦尾に思い切り叩きつけられ、主砲が破壊された。

「第四砲塔大破! 射撃不能!」

「構うな、弾幕を張り続けろ、勘付かれるぞ!!」

 俺は全ての火器管制を最大にした。

 マルコが地形データを把握し終えないと、次の行動には移れない。






「オラオラオラァ! どうした、死ねぇ!!」

 パイシーズはアクエリアスを上から抑え込み、溶岩の海へと叩き込む。

 アクエリアスはついに溶岩に着水した。






「地形データ全取得あと70%……!!」

 乗組員は皆焦っている。

 現在艦は敵に頭上の有利を取られ、その上徐々に溶岩に沈められているのだから。

「艦底融解!!」


 ヒラガは急かす。

「早くしろ、アクエリアスが溶けちまうぞ!!」


 マルコは全地形データを取得した。

 急いで操作盤で処理する。

「地形データ、砲雷長に送信!!」


「受け取った。主砲、照準、手動調整。上下角調整」

 俺は貰ったデータを基に手動で狙いを定める。


「撃てーーーーっ!!」






「馬鹿め、何度やっても同じことだ!! 沈めてやるよ、ネズミ共が!!」






 そのパルスカノンは確かにパイシーズの艦橋に向かっていたが、狙ったのはそこではない。

 狙いは火山の岩脈。


 パルスカノンが岩盤を貫き、火山の奥深くを刺激する。

 膨大なエネルギーがマグマ溜まりの溶岩を上昇させ火口が煮立つ。






 衝撃波が周囲を揺らす。

 気づくと火山から炎が激しく噴き出していた。

「ここ一体は活火山地帯。大火山活動を誘発させれば、上からも弾幕を降らせることができるわけだ」


 轟々と黒煙が火口から立ち上り、空の黒を更に上書きする。

 火山雷が鳴り響き、地上には火砕流と溶岩流が襲いかかる。






「こんな火山弾如きで私を倒そうとは……実に、実に愚かだ!!」

「量子アンテナ最大出力、火山弾全てを補足できるようにしろ!!」

 オーグストは未来予知をフルパワーにし、無数の火山弾の動きを把握した。


 パイシーズには、全ての弾道が見える。

「こんなもの、全て叩き落としてやるわ!!」

 長く硬い尻尾を素早く振り回し、火山弾を次々弾いたり砕いて無力化してい。






 相手が火山弾を長い尻尾で正確に叩き落としているのを見て、俺は感じた。

「未来が見える……。たしかに強い力だ……でもな、結局は全て、使う人の腕に左右されるんだ」

 未来予知は無敵の力ではない。


 俺たちは今、火山弾に集中している相手にとって死角に位置している。

「上から抑えつけこの位置関係にしたことが仇となったな!!」


 その瞬間を逃さない。

「生きている機銃全てを稼働させろ!!」


 俺は宣言する。次は外さないことを。

「――自らが消し飛ぶ未来でも見ているんだな!」

「近接防空レーザー機関砲一斉射!!」

 側面の機銃がパイシーズを蜂の巣にせんとばかりにレーザーを連射する。






 火山弾を撃ち落とすため上方に意識を向けていたオーグストはようやくアクエリアスの狙いに気づく。

 しかし、遅かった。


「――こんな……こんなドブネズミ共に……!!」


 レーザー機関砲の斉射によって、装甲の薄い艦橋を貫かれた。

 一瞬で蜂の巣になり、オーグストは苦しむ間もなく消し飛んだ。

 制御を失ったパイシーズはそのまま溶岩の海へと落下し、発火しながら姿を消していった。






「バリア最大出力、この火山地帯を切り抜けろ!!」


 バリアは戦闘によって消耗し、狙いを逸らすのがやっとという程に出力が下がっている。

「……現状のバリア出力で防ぎきれません!!」


 火山弾がアクエリアスの甲板や主砲に数発直撃する。

 アクエリアスは黒煙をあげながら高度を下げ、ふらふらと樹海に向かった。


「主機ノズルに被弾!!」

「操舵が効かねえ!!」

 ゴーニィは舵を乱暴に切りながら言った。


 マルコは急いで主機の出力を上げる。

「サイドスラスターを最大出力! 燃料がなくなっても構わん!! 溶岩の海だけは避けろ!!」

 艦長は急いで艦内通信を取る。

「総員、衝撃に備えろ!!」


 強い衝撃と轟音にバランスを崩して転倒し、俺は気を失った。






 しばらくすると意識が戻った。


 目の前に広がる光景は、鬱蒼と生い茂る木々。

 ゼンマイやシダのような植物が多く、古生代や中生代といった感じだった。

 そこは火山から離れた所に位置する樹海。


――目標地点到達まで残り90,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

HBS-3 パイシーズ

 開発:ホルシアン・インダストリー

 装甲:超硬靭性エクストラカーボン/ゼラ合金

 全長:332メルテ

 全幅:45メルテ

 全高:45メルテ

 最大速力:93ロノート

 兵装

  量子アンテナネメシス

  硬質テイルウィップ

  アクティブステルスシステム

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