第8話 ゼンタルヴーラの魔女

――かつて、魔女と呼ばれた者たちがいた。


 彼女らは民衆から石を投げつけられ、罵りと嘲笑を受け続けた。


 彼女らは帝国の機械を狂わせる。


「――お目覚めかい、美しい娘よ」


 それは、いつものように酷い暴行を受け続けて疲労で意識を失った後。

 声に気づき、目覚めると、白髪に白髭の大柄な老年男性が立っていた。


 それは帝国中で見る姿……皇帝陛下その人だった。


「何、心配はいらない。君は今日からここで暮らすのだから」

 その声は優しさに満ちていた。


 彼は私の価値を認めてくれた。


 彼は私を望んだ。



――魔女ですが、幸せになってもいいですか。



 彼女の瞳は恋慕、親愛、情欲、敬愛と様々な感情を秘めていた。






「皇帝陛下直々のご命令ですもの……フフ……」






 ゼンタルヴーラ。

 眼下に生い茂る森、切り立った大地。

 恐らく俺のいた世界での武陵源に近い風景だ。


 桃色の霧が立ち込めており、幻想的な雰囲気をしている。

 いかにも幻獣やクリーチャーの類が出てきそうな雰囲気だ。






――俺達は食堂に集まっていた。


「しかし、砂漠の突破は大変でしたね……」

 シオンは先程の戦闘を振り返る。


 高出力レーザーと反射板を用いたサジタリウスとの攻防。

 それはギリギリの瀬戸際だった。


「本当に一時はどうなることかと……」


 俺はアンを称賛する。

「アン、それに航空隊様々って感じですよ」

 航空隊長であるアンは照れていた。


「べ、別に褒めてほしいとかそういうわけじゃないからね」

 彼女はそう言ってそっぽを向くが、見えない尻尾がブンブン振られているように感じた。


「ドクトルの協力もあってナイトバードも戦力として強力になったわけだ」

「まさに我々の科学の勝利ってわけだ」

 唐突に、ヒラガは空気の読めない発言をした。


「違う、皆のこの世界を救いたいって意志の力の勝利だ……」

 俺は大人気なくそれを否定する。


「意志の力など曖昧なもの……もっと理屈に基づいた物質的な物事を見るべきだ」

 ヒラガはあくまでも冷徹に言い放つ。

「人間性に欠けている……」

 それに対し俺は反駁する。

「感情など不安定なものに流されたり頼ったりするのは、軍人としてはナンセンスだよ」

 シオンはオロオロし始め、アンは「まったく……アンタ達は……」と呆れる。


「軍人である前に俺は人だ。ヒラガさんも人ならそういう考え方をしたらどうだ!」

 そう言うと、俺はそっぽを向いて運ばれてきたカレーを食べる。


「おやおや、ミーはおじゃま虫でしたかネ」

 カレーを運んだコックはささっと引き下がる。

 アンは「それを大丈夫、ここ最近はいつものことだから……」と彼を慰める。


 ここ最近、マルコとは喧嘩しなくなった代わりに今度はヒラガと火花を散らす事が多くなった。


 アンはここである提案をした。

「アンタ達さ、ここで1つ、腕相撲で決めるとかどう?」


「……やらないぞ……」

 ヒラガはその一言。


「なんだよ。ビビってるのか?」

 俺はそう言ってテーブルの上に腕を構える。


「……」

 彼はその挑発に一瞬乗りかけるもなんとか留まる。


 ゴーニィが横から彼の腕を掴み、無理やり組ませた。

「機関長……君ってやつは!!」


 それを見たニヤッとしてアンが合図をする。

「はい、よ~~~い、ドン!!」


 彼が呆気にとられている間に、俺は全力で彼の手の甲をテーブルに叩きつけてやった。

 すると、その痛みで悶え飛び跳ねる。


「……もう一度だ」

 しばらくして落ち着くと、彼は張り詰めた顔で再戦を懇願してきた。






 結果としては圧倒的だった。

 俺は元々ひ弱だったが、偵察用グライダーにも乗る事もありここ最近は艦内のジムで鍛えている。

 対してヒラガは工作班長という立場もありあまり戦場には立たずにいる。

 筋力の付き方からして、彼に勝ち目がないのは明白だった。

 しかし彼も中々の負けず嫌いなのか、何度も再戦をしてくる。

 断ると逃げたと言われそうで、断れなかった。


 そうしていると周りには野次馬が大量に集まっていた。

 挙げ句には同じように腕相撲を始める者まで。

 こうなると、もう止まらない。


「機関長……。この前の決着、つけちゃるけん……」

「おう、負けんがな!!」

 ついに怪力ジャックとロギータさんの頂上対決まで始まってしまった。


「艦長……!!」

 ラクシェネラはそれを見て「止めないのですか」と聞く。

「たまにはいいじゃないか……」

 艦長は笑いながらこの騒ぎを許容した。


 そうして優しく見守るなか、仲良く騒いでいた。






 魔女を置いて、輸送艇はゼンタルヴーラを後にした。


「しかし、魔女一人でいいんでしょうか……」

 一人の将校がボヤく。


「バカモン、奴に関わるとろくなことがないぞ。それに、アクエリアスを仕留めるには魔女が集中できる環境を作らねばならん」

「周りに他の艦が飛んでると足手まといになるだけだ」

「そういうもんかねぇ……デンシセンだかなんだか知らんが、ご苦労なこった」


「あれでも陛下に首ったけですからな……昨夜なんかは……」

 彼は輸送艇の中で衝撃的なものを見たようだ。


 うげぇと露骨に嫌悪を露わにした表情で言った。

「まじかよ……相手は爺だぞ……」

「こら、不敬だぞ!? どこで秘密警察が聞いてるかわからないんだから慎めよ!!」






 俺達はやがて艦橋へと戻る。

「まったく……ジャックとロギータさん強すぎねえか!?」

 結局彼らには誰も敵わなかった。


「いや、アンも女だというのにあの強さはありえねぇ。フマン博士なんか吹っ飛んでたぞ」

 そう語るゴーニィは見た目の割に腕っぷしはそこまで強くなかった気がする。

 否、アンが強かっただけの話だろうか。


「僕もまたジムで鍛えないとな」

 マルコは腕を振り回しながら言った。


 俺はあれからヒラガを始め他の面々とも戦ったため、しばらくは筋肉痛になりそう。






 突然、艦内のモニターが真っ赤に染まる。

「なんだ!?」


『警報発令、警報発令、アクエリアス起動システム改竄確認』


「システムに侵入者です!!」

 ラクシェネラさんは信じられない、といった面持ちで叫ぶ。

「くそ……逆探を急げ!!」

 ヒラガが忙しなくシステムに防壁を展開しながらラクシェネラさんに向かって言う。


「逆探完了、ポイントE-382、796の岩場です!!」

 ラクシェネラさんが逆探を終わらせた。

「最大望遠で写せ!!」

 そこには銀髪の女性が手を広げて立っていた。






 エルフ耳に不気味なほど白い肌を持つ長身の女性。

 彼女は魔女だ。

 名はベリリューヌ・ローライ。

 200歳を超えている。






「……このままではこの艦は奴に支配される……。撃て」

 艦長は低い声で冷酷な命令を下した。

 命令だった。

「しかし、人を砲撃なんて……」

 それでも、俺は反駁した。


――艦砲射撃で人を直接攻撃なんて……。


「艦長の命令だ。砲撃準備……復唱はどうした」


――これは……戦争なんだ。


「……はい!! ポイントE-382、796に主砲合わせ……」

 射撃の態勢に入り、後は引き金を引くだけだ。



――俺は意を決してトリガーを引く。



 しかし、パルスカノンは発射されなかった。

 そしてラクシェネラさんの一言。

「火器管制システム、乗っ取られました!!」


 安心していいのか悪いのかよくわからない。

 そんな複雑な気持ちを抱きながら状況を整理する。


「第一砲塔、自爆!!」

 恐らく砲塔の制御を奪い、内部で自爆させるように動かしたのだろう。

 他の砲塔や発射管も同じように自爆される危険性がある。


 ヒラガは早急に手を打つ。

「仕方あるまい、全砲塔及び発射管の回路を物理切断!!」

 自身の手元の操作盤にある、黄色と黒の警告色に囲まれた赤いボタンを押す。

 すると、艦のあちこちで火花を散らし、火器システムの機能が停止した。


「これでなんとかなりましたね……」

 シオンは安堵する。

 ひとまずメインモニターに表示されているエラーメッセージは全て消え、警報も収まった。


「これだけで終わってくれると助かるが……」

 マルコは状況を飲み込めないながらも周囲を見て息をつく。

「航行システムも切っておけ。ここがやられるとオーバーロードで自爆しかねん……」

 ゴーニィはそんな状況でも冷静に判断を下した。






「クラッキング……か……」

 艦長は気になる単語を呟くと、キャプテンハットを深くかぶりこみ考え込む。






 再びエラーメッセージが復活する。

「侵入再開、バックドアから重力制御コマンドを手繰って来ています!!」


 俺は嫌な予感に冷や汗を流す。

「いかん……このコードは……」

「エンジン制御システムに侵入するつもりです!!」


「くそっ、主機が支配されたらそれこそ終わりだぞ……」

 ロギータさんが通信を介して焦りを見せる。


 俺は即座に事前に組み上げたセキュリティプログラムを立ち上げる。

「旋風式乱数パスガード、間隔3毎で起動。46層を同時展開」

「これで恐らく1時間は耐えられる。この間に状況を立て直すぞ」


「でかした!!」

 マルコは状況を理解できないままとりあえず俺を褒める。


 ラクシェネラさんは静かな様相に目を向ける。

「しかし……敵艦は来ないようですね……」


 俺はその理由になんとなく見当がついていた。

「恐らく敵の攻撃はワイヤレス接続……遠隔操作によるものだ。複数の精密機械があると干渉するのだろう」

 ヒラガはワイヤレスを知らずとも高い理解力でその理由を察した。


 状況を軽くまとめるとヒラガは部下に指示を出した。

「侵入に対抗できる技術班で電子戦部隊を編成、残った者は主砲の修理にあたれ!!」






「工作班長、何か策はあるのか?」

 艦長は訊いた。


 ヒラガは答える。

「奴の接続は恐らくダイレクトなものだ。自壊コードを即席で組み上げる」

 自壊コード。

 電子戦を繰り出してくる彼女に対してその接続を経由して脳に過負荷を掛けさせて反撃するためのコードだ。

 アクエリアス艦内の図書館にて、人造奴隷ヤプーとその制御の本に記載してあったもの。

 このコードが有効かどうかはわからないが、状況証拠を察すると最も可能性が高い手段だ。

「しかし、プログラムの送信には防壁の解除が必要だ。寸分たりともズレればこの艦は完全に支配されてしまうだろう」


 その残酷な回答に俺は思わず言葉を抑えられなかった。

「自壊コード……あの子を殺すのかよ……!!」


「これは戦争だ。何度も経験しただろう」

「それでも、感情には割り切れないものがあるんだよ!!」

 俺はどこまでも冷淡な彼に怒りを隠せない。


「感情に流されるのは軍人としては論理性に欠けているな」

「人間性を欠くよりはマシだ!! この機械人間」


「2人共落ち着け。焦りと不和はいい結果を齎さない。頭を冷やせ……」

 艦長は場を制する。






 編成された電子戦部隊はノートパソコンのような機械を使い、ひたすらプログラムを打ち込んでいた。

「ヒラガさん……さっきはすみません……」


「いや、私の方もすまなかった」


 俺は缶コーヒーを渡す。

「助かる……」


「ヒラガさんもそこまで科学にこだわるのにはなにか理由があるんですか?」


「ああ、対して面白くもない話さ」






――ジェネンター・ヒラガの大学時代。



「――ちゃん!!」

「――ちゃん!!」


「――お兄ちゃん!!」


 ヒラガには年の離れた弟がいた。

 彼はヒラガの作ったロボットのおもちゃをいつも楽しんでいる。


「これはどうやって使うの?」

「いいか? ここのゼンマイを巻くと音が鳴るんだ」


「わーーっ、すごーいっ!!」

 研究の合間にこうして趣味でおもちゃを作っていた。


 そんな幸せな日常はふいに奪われた。






「――科学の力ってのは人を幸せにするためにある。そう言い残して弟は空襲に巻き込まれた」






「私は科学が人を幸せにすると思えなかった。でも、科学を捨てられない。だから論理的思考を以て事実のみを見る、機械に徹するしかないんだ」

「別に復讐したいわけではない。ただ、そうすることが合理的だと断じただけだ……」


「でも、心の力ってのは科学を超える!! だって、今までここまで皆で力を合わせてきたって……草薙君は言った。私はそれを信じたい」

 シオンは涙ぐみながらそう叫んだ。


「――ああ、そうだよ、シオン。俺達は、どんな強い敵にも正義を愛する心で勝ってきた!!」


 しかし、俺の声は今のヒラガの心には響かなかった。






「――敵の攻撃、再開しました!!」






「防壁展開」

「防壁突破。早すぎる……」


 主機をロックするシステムが完全に相手に奪われた。

「主機ロックシステム、リプログラミングされました!!」

 俺はそれを報告した。


「動力計測システム、30、50、80……」

「なんてことだ……動力計測システムも完全掌握されました!!」

 ヒラガは焦った表情で手を動かし続ける。

「残るは主機制御だけか……急ぐぞ!!」






 土壇場でシオンは目を瞑る。

 今の彼女には祈ることしかできない。

「神様……翼君……皆を……守って……」

 その瞬間、クリスタルは眩い輝きを放ち、艦内の回路を物凄い速度でエネルギーが駆け巡る。

 回路が複雑に変化し、その得体の知れない力によって、ベリリューヌは意識を一瞬吹き飛ばされかけた。






「何……このコードは……アクエリアスが……私を拒んでいる……否、何かを守ろうとしている!!」






「今だ……!! 防壁を解除したぞ!!」

 この一瞬のみがチャンスだ。

 僅かでも遅れれば、敵の侵入を許してしまう。


「せーの……」


「――3」


――呼吸を整える。


「――2」


――誰もが息を呑む。


「――1」


 一斉にエンターを押し込む。






『自壊コードを送信しました』

 その電子音声は、ベリリューヌの死を意味していた。






 岩の上で彼女は目を見開いた。



「――あああああああああああああああああああああああああっ!!」



 脳内にかんしゃく玉が炸裂するような激しい痛みとともに人のものとは思えない絶叫、そしてこの世全ての苦痛を詰め込んだかのような表情で暴れ、苦しみに悶えたまま岩から転がり落ちる。

 落下の途中、彼女は涙を流しながら呟いた。


「皇帝陛下……お返事をください……私は……貴方を愛して……ま……」






 シオンが涙を流しながら俺を抱きしめた。

「草薙君!!」

 そんな彼女に対し、俺は「ありがとう」と小声で言う。


「――意志の力が科学を超える……か……」

 ヒラガは天井を見上げながらそんな事を呟いた。






「魔女がやられたようだな……所詮は人造奴隷ヤプーもその程度だったか」

「古代に造られし抑止力なぞ宛てになどならぬな……」


 ラマルは報告書から目を離し、彼に聞いた。

「彼女は陛下を愛していたようだが……?」


 皇帝はそれを鼻で笑う。

「下らん。古代ホルスーシャの王族に恋慕を抱くよう、マインドコントロールされているだけの話だ」

 ラマルは「左様で」といった感じの表情をするとそのまま皇帝の話を聞く。


「かつて栄華を誇った古代ホルスーシャとやらも、相当臆病なようだ……度し難い」

「生命を作る技術など、所詮はまやかしに過ぎん。心を持つという時点で機械に劣るのだからな」


――目標地点到達まで残り92,000キオメルテ。

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