第7話 ケルシュバク砂漠での戦い

 中世ヨーロッパのような街並みが広がるこの国は、今まで帝国の属国として従順にしてきたリンダリーノだ。

 ヒトレス皇帝の像が先端に彫られた4つの記念塔がその歴史を表している。

 その国が騎兵を中心に移動式の砲台を構えて帝国に抵抗している。

 城壁の上には厚い装甲に身を固めた列車砲が5両。

 籠城戦の構えだ。






『リンダリーノへ告ぐ、これ以上の抵抗は国家の連帯責任とする』






 その大砲の先にあるのは、ルーオプデン空中帝国の大艦隊だ。

 アエロー級、ハルピュイア級、ルフ級、大型爆撃艇が陣形を組んでいた。


「将軍、彼らは勧告を無視し続けています。アレは籠城戦の構えかと」

「よし、構わん、全艦、突撃陣形。撃って撃って撃ちまくれ。奴らの城など木端微塵にしろ!」

 そんな雑な命令を受けた艦隊は陣形を組み直す。


エブレス総員 サルテメリア索敵陣形 アブパーシから アルツメリア突撃陣形へ!」






 まず、ハルピュイア級と大型爆撃艇が先行する。

 ビーム砲と爆弾が民間人問わず命を奪い、建物を壊していく。


 1機の爆撃艇が遥か高高度から急降下した。

フォルド大型誘導 オルドグリンツ気化爆弾メザボルテ投下……エステス良し!!」

 機体下部に懸垂していた大型の爆弾が勢いよく投下された。


 狙いは4つの記念塔に囲まれた官庁。

 爆弾は空中で傘を開き、サイドスラスターを噴射して狙いを定める。

 上空100メルテといった所で信管が作動して爆発した。


 小さなキノコ雲が立ち上り、リンダリーノの人々に絶望を与えた。

 中心部ではあまりの高温と高圧で岩が溶け、建物は跡形もない。


 爆撃艇のパイロットは思わず嘆く。

「チッ……我々に皇帝陛下の像を破壊させやがって。これだから恩を仇で返す輩は困るんだよ」






 続いてアエロー級による正確な射撃で残った大砲を破壊していき、最後にルフ級による地上の一掃だ。

 空中に浮く大型の円盤の中心部が発光し、巨大なビームが地上向かって放たれる。

 女子供老人すらも巻き込む制圧攻撃。

 情け容赦のない天の光が地上を薙ぎ払う。






 もはや地獄としか呼べない光景を、ゴルモド将軍は司令室で笑いながら見ていた。

「ゲハハハハ、リンダリーノなど、恐れるに足らん!!」

 周りの部下もその様子をやれやれといった表情で見つめていた。

 然し口に出す者はいない。

 彼は非常に短気で怒りっぽく、少しでも反発するとすぐに射殺されるからだ。


 黒電話が鳴り響く。

 部下がそれを取り、将軍に渡す。

 すると将軍は「はやくせんかい」と殴り飛ばした。

「もしもしもしもしぃ!?」


 電話越しのその声は将軍にとって苛立ちを隠せないあの人だった。

「私はラマル宰相だ。こちらの潜砂艦がアクエリアスがケルシュバク砂漠を進行中との情報を得た」

 慇懃無礼な態度の声の主はラマル・シコルスキー。

 ルーオプデン空中帝国の宰相。

 30年ほど前に若くして皇帝に取り入った謎多き男である。

 そして、古代ホルスーシャ文明の遺跡を発掘・調査する特務機関『発掘者ザーゲンヴェルゲ』を束ねている。


「ラマル……貴様はこの私がこんなゴミ掃除をさせられている事に何も思わないのか」

「だからですよ、閣下」


「アリエスを損失したことは取り戻すことのできぬ失敗だ。我々の科学力ではゾディアック級は生み出せぬ。そんな損失がどこからかその情報が伝わり、各地でレジスタンスが活発化している」

 淡々とラマルは説明した。

「閣下がリンダリーノと戦う羽目になったのもアリエスを失ったからですよ」

 それは事実だったため、ゴルモド将軍はただ怒りに震える事しかできなかった。

「2つの意味で国を裏切ったのです。未だにそのマヌケ面を晒している事自体が陛下の懐の広さ故なのだよ」


「閣下に対して名誉挽回のチャンスを与えてくれたのです。しかし、ゾディアック級を使うのは控えていただきたい」

 しかし、ついに我慢にも限界がきた。

「ムググググ……ラマルゥ!!」


「私は将軍だぞ、戦争はこちらの仕事だ!!」

「皇帝陛下ももはや閣下には何も期待してない。今まで通り我々の指示通りに軍を動かしていただければ良いのです」

 ラマルは更に火に油を注ぐ。


「私は勝手にさせてもらうぞ!! ……ケルシュバク砂漠か……サジタリウスだ!!」

「アクエリアス如き、サジタリウスで木端微塵にしてやるわい!!」

 ラマルに対する意趣返しと言わんばかりにゾディアック級を出すことを宣言した。






 玉座にふんぞり返り腕を組む皇帝と宰相はその様子を聞き、一つの決断をした。

「切り時……だな……」


「――ああ」






「ここがケルシュバク砂漠か……」

 一面に広がる砂地、カンカンと照りつける太陽、白い雲、青い空以外は何もなく、進んでいることすらわからなくなる景色だった。


「ここの砂粒はすごく細かくて水のような性質を持つんだ」

「昔は砂上船ってのを使った貿易があったらしいぞ」

 ゴーニィは世界中の地理を把握している。

 そのため、こうした新しい場所に来た時は彼が頼りになる。

「外の気温は40セルシ。長時間の船外活動はキツイだろうな」


「こんなだだっ広い砂漠だと、敵への先制攻撃を仕掛けられるチャンスかもな」

 俺は思ったことを呟いた。


 それにマルコは冷静に反駁した。

「相手もそれは同じだろう」

「おまけに蜃気楼が発生してる、地表の裏側に隠れても見つけられるはずだ」


「相手もこちらも遮蔽物がないぶん、純粋な艦の性能と乗組員次第ってことか……」

「それはいつもの事だろ」

「それもそうだな……」






 ラクシェネラが奇妙な物を視界内に捕捉した。

「蜃気楼でしょうか……進路上に敵艦見ゆ!!」

「モニターに拡大投影します」


 そこには緑色のラインが入った矢じり型の物体が宙に浮いている姿があった。

 周囲には4つの鏡のような小さなパネルが回転している。

 その不可思議さから、空中帝国の兵器という事はすぐに理解した。


 続いてシオンも反応する。

「クリスタルにも反応があります……。サジタ……リウス……」


 俺はサジタリウスという単語を脳内の辞書から引っ張り出した。

 おそらく黄道十二星座の1つ、射手座という意味だったはずだ。

「サジタリウス……射手座という事か……。名前からして遠距離攻撃を持っている可能性があるかもしれない」


「避けるべきか、先制攻撃するべきか……」

 ラクシェネラが悩んでいた時、艦長は答えた。

「様子見だ」


「様子見……ですか……」


「恐らく向こうもこちらにすぐに気づくだろう。向こうが遠距離を攻撃する術を持っていた場合、逃げた場合は攻撃を受ける」

「逆に先制攻撃は向こうが何を持っているかわからない時にすることではない」


「アリエスの時を思い出せ。何にせよ、命とアクエリアスは1つしかない。用心深いに越したことはない」


 艦内は暫く沈黙に包まれた。


 それを破ったのはヒラガだった。

「ではアクティブダミーを使う」

 ヒラガは新しい機能を実装していた。


「アクティブダミー?」

 艦の底部が開き、そこから小型のビットのような機械が射出された。


 それがやがて空中でアクエリアスの姿となり、直進した。

「これがアクティブダミーという奴だ。小型のホログラム装置を転用したデコイだな」


 その姿は本物のアクエリアスよりは少しだけ小さい。

「かわいいアクエリアスだねぇ」

「サイズは僅かながら小さいが電磁波、熱源、視覚、ソナー、重力子反応を欺瞞できる」

「すげぇ……」


「本艦にはアクティブステルスというシステムも備えられている。基本的にこいつは効果的に使えるはずだ」

 アクティブステルスとは、一定範囲内の敵艦に特殊な電磁波を送り込んでレーダー情報を欺瞞するタイプのステルスだ。


 これにより視界の外でアクエリアスが発見されることはまずないだろう。






 アクティブダミーが目標に向かってゆっくりと飛んでいく。


 ラクシェネラは計器を操作していると、急に増大するものを確認し報告する。

「目標内部に高エネルギー反応確認!!」

「なんだと!?」


 敵の艦の先端から光のラインが射出された。

 それはアクティブダミーを貫く。

 内部のホログラム投影装置や推進機などが一瞬で融解し、消滅した。

「アクティブダミーの破壊を確認!!」






 サジタリウスの艦橋は広く薄暗い。

 地面にはケーブルのようなものが無数に張り巡らされていた。

 モノリスには緑色のクリスタルが嵌め込まれており、そこから漏れ出す光がケーブルを伝い、どこかへと運ばれていく。


 メインモニターには消滅するアクティブダミーの映像が大きく表示されていた。

「囮か……」


「随分となめられたものだな」

「このマナイボーナ・フェン・ホルスーシャが直々に天誅を下してやろう……」

 その長い髪を持つ褐色の肌の男は、如何にも黒幕かのような低く渋い声でそう宣言した。






「高圧電流の次は超強力なレーザー兵器か……」

 俺は思わず呟いた。


「レーザーっていうのはレーザー機銃ではないのか?」

 ヒラガは思わず訊いてくる。


「ああ、レーザー機銃は出力を弱める事で連射性や燃費の向上、装置の軽量化を図ったものだ。本来のレーザーはこういった必中の強力な兵器だ。俺のいた世界でもまだ実験段階で、アレほど強力なものは見ないが……」


「だが、弱点はある……」

 レーザーは砲弾と比較すると標的に光の速度で届き、重力に影響を受けずに直進する。



――つまり地表の丸みに隠れれば……勝ち目はある。



「艦長、地表の丸みに隠れて奴を攻撃します」


「うむ」

 艦長は静かにうなずいた。


 それから一呼吸した後、号令を出した。

「航海長、ギリギリまで高度を落とせ」

「了解、下げ舵30、高度600にて停止」


 ヒラガが思わず立ち上がる。

「しかし、この状態ではこっちも攻撃できんぞ……」

 それにはマルコも乗っかった。

「目標が遠すぎて狙いなんて定まらないだろ。お前の射撃は確かにピカイチだが」


 しかし、艦長には作戦があったのだ。

「弾着観測射撃を行う。航空隊は直ちに出撃準備」






 後部の格納庫が開き、そこから27機が出撃する。

「頼むぞ……」






 ナイトバード隊はすぐに敵を視認した。

 先頭を飛ぶアンが通信機を使用する。

「目標、視認。座標ポイント1025,382,662」

「1025,382,662送れ!」






 艦長は目を瞑り、心を落ち着ける。

「諸元きました」

「第一、第二砲塔、91式に切り替え完了」

「諸元入力」

「測的誤差修正」

「いつでも行けます!!」

 艦長の目を見開き、自身の心に喝を入れて言う。


「主砲、交互撃ち方!!」

 交互撃ち方。

 三連装砲の左右と中心の砲を交互に撃つ事だ。


「主砲、交互撃ち方」

 俺は艦長の号令を繰り返し、トリガーを引く。


 激しく砂を揺らすほどの轟音と衝撃。

 砲身から広がる黒煙。


 放物線を描いて徹甲弾が目標目掛けて飛んでいく。






「アクエリアスから高速で飛翔体接近中!」

「たわけが、フェイルノートの弱点など既に把握済みだ……」

 慌てる部下に対し、冷静なマナイボーナ。


「マビノギオンを使え。周りに飛ぶハエ諸共撃ち落とせ」

「了解、マビノギオン射出!!」

 すると、サジタリウスの周囲を回転する4つの小さなパネルが勢いよく飛んでいく。

 パネルには複数のスラスターがあるのか、空中で姿勢制御をしながら空中で急停止・急加速を繰り返し遠くまで飛んだ。


 それを確認するとマナイボーナは告げる。

「フェイルノート、発射準備。これが最後だ。アクエリアス……!!」


「キャビティ正常動作確認」

「発射カウントダウン開始します」

テンス10ノイエ9

 確実にアクエリアスを沈めるための秒読みが始まった。


「主機のエネルギーをフェイルノートへ」

「超電導回路開きます」

エヘト8ゼブン7

「マビノギオン、座標入力完了」

「プイス、ブランウェン、マナウィダン、マース。所定の位置に固定」

「目標及び目標の放った砲弾の座標予測確認、フェイルノート効果軌道自動検索」

「マビノギオン、角度調整」


 周囲を飛び回っていた小さなパネルが急に空中で止まり、細かい空中制動で角度を調整した。






 そのパネルはある一人のナイトバード隊の前に飛んできて静止した。

「おわっ、なんだなんだ!?」


「なんか嫌な予感がするわね……その飛行物体から離れなさい!!」

 アンはふと危険を察知し周りに呼びかける。

 皆はホバリングから推進に切り替え、瞬時に離脱した。






「電圧上昇、冷却装置6番から8番開放」

「エネルギー準位、なおも増大」

シルス6フィオス5フェア4

「艦首、上空のマナウィダンに合わせました」

「フェイルノート、エネルギー充填150%!!」

「総員、対閃光防御!!」

トリー3ツウェン2インス1……」

「最終安全装置解除」

 マナイボーナは目の前にある操縦桿のような物を握る。

 そこにはトリガーが備わっており、船の操舵ではなく射撃に使うものだと一目で理解できる。


「フェイルノート、フェイエス発射!!」

 彼はニヤリと不敵に笑んでそのトリガーを引いた。






「敵艦、上空にレーザーを発射!」

 物凄い閃光と共に敵艦は上に向かって光線を発射する。


「なんだなんだ?」

 アクエリアスの乗組員はその意味を未だ理解していない。


 反射したレーザーが砲弾の弾道を塞ぐように照射される。

 それにより、砲撃は全て撃ち落とされた。

 なんという精度……。


「こちらの砲弾が次々破壊されていきます!!」

 ラクシェネラは驚愕の表情で状況を伝える。


 それには艦長も動揺を隠せなかった。

「馬鹿な……」






「――撃ち落とすのが目的ではない……まずは1つ取ったぞ……アクエリアス」






 レーザーは何度か反射すると上方に再び伸び、はるか上空にある反射板を再び跳ね返る。

 こちら目掛けて。


「高エネルギー反応、まっすぐこちらに向かってきます!!」

「いかん!!」


「急速離脱!!」

 ラクシェネラは叫ぶ。


「いや、バリアを展開しろ!!」

「しかし……あのエネルギー量は防ぎきれません」

「構わん、バリアを真上に最大展開、直撃を避けろ!!」


 艦内が薄暗くなり、隔壁も全て閉鎖した。

『総員、対ショック、対閃光防御!!』


「レーザー、来ます!!」






 強力なエネルギーの奔流がバリアーと衝突した。

 エネルギー衝撃波が周囲に砂埃を舞わせる。


 異常なまでの熱量が砂を徐々に溶かしていく。


 バリアが膨大なエネルギーに耐えられず破壊された。

 それはむき出しになったアクエリアスを直撃する。


「右舷に直撃!! 底部装甲融解!」

「第7ブロックで火災発生!!」

「G-バリアシステム、大破!!」

 激しい揺れが乗組員を襲う。


「ううっ……!!」

 照明が明滅し船体の揺れと相まって身体が死を感じた。


 レーザーの照射は止むが、アクエリアスは空中でのバランスを崩して煙をあげながら落下する。

「本艦は現在下降しています!!」

 ゴーニィがそれを告げた。


「構わん、そのまま砂海に着水しろ。着水後は操舵から手を離せ」

「了解!!」


「総員、衝撃に備えろ!!」

 再び揺れが艦内を支配した。


 激しい着水の後、アクエリアスはバランスを崩し、艦首が空を向いてそのまま沈んでいく。

 砂の飛沫をあげながら徐々にアクエリアスは砂の中に姿を消した。






「船体を戻せ。消音潜航だ」

「了解。もどーせー」

 砂の中に入るとすぐに船の姿勢を戻し、エンジン出力を落として移動する。


 やがて照明が復旧し、皆はやれやれといった感じで汗を拭う。

「危ないところでしたね、バリアを張ってなければ一撃でしたよ……」


「流石、艦長だ。あの土壇場にあの判断……」

 俺は思わず称賛した。

 俺は確かにルールや状況、敵を把握しきった場合の戦いや常識に合った戦いは得意だが、こうした未知の領域が多い戦い……アドリブが必要なものには滅法弱いと実感した。

 そう考えるとフック艦長は自分とは経験が違う。

 この咄嗟の判断力、只者ではないと感じた。


「どうしよう、あんなのをもう一度撃たれたら……」

 シオンは不安そうに呟く。

「本艦は本当に砂の海の底って訳だが……」

 ヒラガは容赦なく言った。

 その事にシオンは余計に怯える。

「大丈夫。艦長とアクエリアスがなんとかする。俺もいるんだし」


「しかし、どうしたらいいんだ……」

 俺も今は手詰まりだ。

 それを見たシオンは「頼りない」って思わず呟く。


「今はこうして、轟沈したように見せかけて砂中を漂うことしかできまい……それが最善だろう」

 ゴーニィは現状静観を決め込む。


「あの反射板が厄介だな」

「攻防一体の空中要塞。まさに手の出しようもない訳ですな」


 艦長は周囲の状況を把握し、ラクシェネラに伝える。

「うむ、ではナイトバード隊に連絡しろ。奴の反射板を破壊するんだ」






「アクエリアス、沈黙」






「油断するな。奴は直撃の寸前にバリアを張った。恐らく機を伺っている」

 あくまでも念には念を押すといった感じで冷静に対処するマナイボーナ。


「フェイルノート冷却次第、再発射の準備をしておけ。浮上した瞬間を叩く……」


「周囲を飛び回っている飛行物体は依然健在です」

 女性オペレータがレーダーで補足している情報を報告する。

「ハエは相変わらずといったところか……まあいい、フェイルノートの反射攻撃は飛び回る奴らには向いてないからな」

「あのような連中なぞ捨て置け、ついでに処理しておく程度でよい」


「は!」


「フェイルノート、冷却完了」

 それを聞いたマナイボーナは再び笑みを浮かべた。

「相手はゾディアック級だ。慎重すぎるくらいがいいのだ……」






「しかし、ボク達にできることはねえのか」

 マルコは苛つきを抑えきれず操作盤に握り拳を叩きつける。


「今はナイトバード隊からの吉報を待つしかないな……」






 ナイトバード隊の空中戦は予想以上に苦戦していた。

 榴弾砲で撃ち抜こうと狙うも、瞬間的にすぐ横に空中を跳躍するように移動して避けられた。

「あんな動き、反則だろ!?」

 反射板は急停止と急加速を繰り返し、常に位置を変えている。

 急に直角に曲がる等、明らかに空力特性を無視した機動に翻弄されていた。


「これじゃあまるで埒が明かない」

「おまけに太陽がギラギラしてて暑い、喉が渇いた……」


「泣き言言ってんじゃないわよ! 一度駄目なら二度目、二度駄目なら三度目! 今はそれしかないわ!!」

 アンはそんなグダグダ言う男に呆れ、果敢に反射板を撃ち落とそうと狙う。






「アン達、遅いな……」

 俺は思わず呟く。


「あの反射板、恐らく機動力がかなり高いんだろう」

 ヒラガは分析データを表示した。


「8つのパワースラスターに12のサブスラスター。これに加え高感度ジャイロセンサーと補正ユニット」

「ならどうやって撃ち落とせば……」


「ヒラガ工作班長、例の作業の進捗はどうだ」

 艦長がふと何かを聞く。


「残り20%といったところです」

「早急に仕上げたまえ」






 突如、揺れが発生した。

 しかし先程の攻撃を受けたときや着水時よりは遥かに弱い。


「なんだ!?」


「水底の岩盤に接触!!」

 その報告で思わず攻撃ではなかったと安堵した。


「おい、マルコ、何やってんだよ!!」

「悪いな……ここの地形データは周囲の砂が邪魔で把握しづらいんだよ……」

 不慮の事故であったが、特に問題はなかったようで皆は落ち着いた。

 しかしそれは、大きな間違いだった事にすぐ気づく。


「周囲に流砂発生……発生源は……先程衝突した岩盤のポイントです!!」


 おそらく先程の岩盤に衝突で穴ができ、周囲の大量の砂が地下空洞に流れ込んでいるのだ。

「このままだと船が穴に引き込まれて動けなくなるぞ!! 最大船速で離脱しろ!!」

「駄目です、流れが速すぎます!!」

 航海長と航海士が慌てふためいている。


「やむを得まい、急速浮上……!!」

「了解、急速浮上。ヨーソロー」


 アクエリアスは再び砂の中から姿を表した。






「レーダーに反応あり、アクエリアスです」

「そこか……!!」

「座標入力、マビノギオン角度調整……」


「フェイルノート、フェイエス発射!!」

 予めチャージしていたフェイルノートを発射する。


 再び激しい閃光が周囲を包む。






「この光は……またレーザーが放たれたぞ!!」

 光が反射板を何度も反射しながらアクエリアスの方に向かって飛んでいく。


「こんな複雑な軌道計算……それに答える反射板もなかなか凄いな……」

 思わず未知のテクノロジーに感心するパイロットもいた。


「感心してる場合じゃないわよ! もたもたしてるとアクエリアスがやられるわ!!」

 結局、ナイトバード隊は反射板に一度も攻撃を当てられず、見ていることしかできなかった。






「高エネルギー、こちらに向かってきます!!」


「対レーザー金属粒子煙幕、間に合いました!!」

 ヒラガが急いで報告した。


「よし、準備急げ!」

「前方に対レーザー金属粒子煙幕弾頭を放て!!」

 VLSからミサイルが4発発射された。

 それは前方に向かって飛んでいき、空中で爆発して銀色の煙を散らす。


 艦の前方は銀色に包まれた。


 レーザーが煙に突入すると乱反射して威力を大幅に減衰させる。

 周囲の砂が溶けるも、アクエリアスには傷一つ付かなかった。

「すげぇ……」

「間一髪、だな……」


「しかしこの弾頭はもうないぞ!! 航空隊からの連絡はまだか!?」






 アンは焦っていた。

「しかし……動きが止まった時……止まった時……」


 動きが止まるタイミングは急加速・急停止の他に何かあったか。

 記憶を辿る。

 確か、レーザー射出時には動きが停止している……。

「……!!」



「――照準固定した時は複雑な軌道計算結果を乱さないために動きが止まるわ!! その時を狙うのよ!!」



「ナイトバードリーダーより各機へ、レーザー射出時に反射板を破壊しなさい!!」


「……了解!!」

 ナイトバードが再び反射板を撃墜するために空を駆る。






「小癪な……」

 銀色の煙から無傷で出てきたアクエリアスを見て爪を咥えて苛つくマナイボーナ。


「フェイルノート、冷却完了」

「次で終わりだ……アクエリアス!!」






 再びアクエリアスに狙いを定めたのか、急に反射板の動きが止まった。

 そして、角度の微調整を行う。


「反射板の動きが止まった!!」

「今だ!! 榴弾砲……発射ァ!!」

 次々と反射板を撃破していく。






「ブランウェン、マナウィダン、信号消失!!」

「マースとプイスも信号途絶!!」


「なんだと!?」

 思わず動揺するマナイボーナ。


 そして、アクエリアスから数発の砲弾が飛んでくる。

 周囲に砂埃が立ち上がった。

「艦砲射撃です!!」


「ちっ……こちらが先に奴を仕留めればいいだけのこと……」


「高度を上げろ!! 高度を上げれば丸みに隠れようと当たるはずだ!!」

 サジタリウスは高度を上げ、アクエリアスに直接狙いを定めた。


「エネルギー充填150%」

「角度よし……」

「そこだ!!」

 艦首から光線が放たれる。






「高エネルギー、接近!!」

 誰もが直撃するかと思った。


 しかし、レーザーは直上ギリギリを掠める。


 艦長はニヤリと笑って呟く。

「その狙いは蜃気楼だ……」






 弾着観測を行っているナイトバード隊がサジタリウスの座標を確認する。

「修正、右80後ろ20。目標15ロノートで上昇中」






「修正諸元来ました。右80後ろ20。目標15ロノートで上昇中」

 通信のラグの差や上昇中である事を考慮すると……もう少し後ろか……。


「了解、座標修正入力完了。装填急げ!」

「主砲、装填完了!!」



「――味わいな、46セロメルテの鋼鉄の雨を」



 46セロメルテの徹甲弾がサジタリウスの装甲を容易く貫き、狙いを逸らした砲塔から放たれたレーザーが雲を裂いた。

 綺麗に裂けた雲がその威力の凄まじさを物語る。






――ルーオプデン空中帝国 首都ラガードの宮殿にて。


 皇帝はいつになくご立腹だった。

 ゴルモド将軍は平伏しながら汗を垂らしている。

 その様子を見ている2人の小柄な道化師が横でクスクスと嗤う。


「ゴルモド将軍、貴様は二度も私の気分を害した」



「――ルーオプデン帝国に無能は要らない。万死に値する」



「そ、そ、そんな……チャンスを……もう一度チャンスを……」

 酷く狼狽えるゴルモド将軍。


「駄目だ」

 返答は死刑宣告のみだった。


 ゴルモド将軍の足元に円形の穴が広がり、彼は情けない声を上げながら落下していく。


「しかし、連中め……アクエリアス1隻でここまで我々の邪魔をするとはな……」

 皇帝はアクエリアスの次の通過点、ゼンタルヴーラを眺めていた。


――目標地点到達まで残り95,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

HBS-12 サジタリウス

 開発:ホルシアン・インダストリー

 装甲:スーパーセラミック/超ジュラルミン

 全長:402メルテ

 全幅:42メルテ

 全高:75メルテ

 最大速力:25ロノート

 兵装

  高出力レーザー発振装置フェイルノート

  無人飛行反射板マギノビオン

  アクティブステルスシステム

  Gバリアシステム

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