第6話 亡国に想いを
帝国首都まで100,000キオメルテを切った。
バァクラルの廃墟地。
かつて栄華を誇った王国が跡形もなく破壊され尽くしている。
建物の残骸が並び哀愁漂う光景は、帝国の残酷さと圧倒的な科学力の差を表していた。
「この機械が前の電磁パルスで破壊されて、修理してもらえないかなって」
俺がヒラガの前に出したのは携帯用ゲーム機だった。
「これは一体何をする道具なんだ?」
――遊ぶための道具とは流石に言えない。
「えっと……空間認識能力と反射能力、状況判断の正確さを鍛えるための俺のいた世界でのシミュレータかな……」
「それは凄い。君のその射撃の腕はそうやって鍛えたのか……実に興味深い」
――あながち嘘ではないが……どうしよう……まあいいや。
「しかし裏側を開いて見たけど実に精巧な機械だな……」
「そりゃ工場で作ってるからな……」
「へえ、こういうものも君のいた世界では工場で作られるのか」
如何に天才科学者と言えど、新しい発見に満ちていて驚きの連続だった。
俺は知っている電子工学の知識をフル動員した。
電子回路の基本的な仕組みからプログラミングの基礎、ネットワーク関係など浅いが幅広い話を展開する。
自分でも思った以上に話せて驚きではあった。
「君は工作班に来るべき逸材ではないのかね」
「いやいや、俺なんか素人ですよ……そもそも理系ではないんだ」
ヒラガは思わず言葉を一瞬詰まらせた。
「なんと……君ほどの者が専門家ではないとは、そちらの世界は恐ろしいな」
「しかし、興味深い。これよりも遥かに高性能な機械がたくさんあるとは……」
「以前に拾った敵艦の破片から解析を試みているんだが、これを見てくれ」
解析機のホログラムを拡大投影する。
「――似ているな……」
模様がゲーム機の電子回路に酷似していた。
そういえば、あのクリスタルが光った時も似たような模様があったような。
――古代文明の正体は……もしかして……。
ふとした疑問は湧いたがすぐに頭から消え、それよりもといった感じで艦内の様子が気になった。
以前の戦いでは電磁パルス攻撃を受け、艦内の電子回路がイカれてしまったのだ。
「私はこれから格納庫でナイトバードの最終調整を行う。君はどうするかね?」
「俺は一番ダメージが大きかっただろうエンジンを見に行ってきます。ロギータさん達も頑張ってるみたいだしお茶でも出そうかと」
そう言って2人共艦内工場を後にした。
「ロギータさん! タカザキ君も!」
ドワーフのような風貌をした厳つい男と金髪の少年。
彼らは機関室でエンジンのメンテナンスをしていた。
「おうよ!」
「まだエンジンがボロっちまってるんでね。やはり前回の戦いで受けた傷はかなりのもんだな」
「自動修復機能に頼るだけでは駄目ってことだね! ま、ぼくたちは機械いじりが仕事だし、それにこんな凄い機械を知るのは楽しいよ!」
タカザキがニコニコしながら言う。
「恐らく船体のダメージはここで最後だ。明日にでもまた完全な状態に戻るぞ」
「親方のおかげですよ!!」
「タカザキもぶっ続けでよくやってくれたよ」
徹夜明けなのか、よく見ると目にクマができていた。
「……終わったら是非休んでくれ。二人共睡眠不足だろ」
「艦長命令ならそうするさ。エンジンは不眠不休なんでな。修理しても万が一が起こらないとは限らん。何せ遥か昔の技術を発掘して使ってるのだからな」
「親方、艦長もきっと同じこと言うと思いますよ!」
「タカザキの言う通りだな。ここは草薙の言う事に従うとするよ」
「それより、シオンとアンが喧嘩していたらしいぞ……止めに行かなくてよいのか?」
艦橋に戻るとアンとシオンがいがみあっていた。
その見物をしに多くの人が集まっている。
「どうして喧嘩なんてしてるんだよ……」
それを思わず呟いたマルコは「これだから……」と言った感じで呆れ果てた。
「シオンが朝から惚気けてたからキスのこと話したらこんなふうに噛みついてきたのよ」
「……私は別に嫉妬なんてしてませんけど……」
お互いに大人気なく言う。
俺はそれよりもそんな事を艦橋の中で大声で言い出したことに慌てふためいた。
「大体戦闘中にキスするなんておかしいわ。大体、元はと言えば草薙君のせいよ!?」
「……だからキスに関しては事故だって……」
「事故で初めて奪うなんて……」
アンは普段の勝ち気な表情からは想像もできないような女の顔を見せた。
「そ、そんなの知るかよ!!」
シオンもむすっとした顔で反撃する。
「そんな事言うなら……私は裸だって見られたもん……」
顔を赤らめながらの一言に思わずドキッとした。
その様子を見たアンはこちらをじーっと睨みつける。
そして、男性陣はうおおと盛り上がり、女性陣からはキャーという声が上がった。
「こりゃ、両手に花ってやつですな。草薙少尉!」
「だから……ご、誤解だああああっ!!」
室内でゲームをやっていた俺にとってはさっきの喧騒は合わなかった。
静かな空間が好きだ。
「やっぱり格納庫は落ち着くな……」
「なんでシオンもアンも俺の事で揉めてるんだ?」
わざわざ事故の事を掘り返している事が俺には疑問だった。
ふと、周りを見渡すと、フマン・グッチー博士が動力付きグライダーを改良していた。
「フヒヒヒ……やっぱりヒラガ氏は発明のセンスはいいんだけど……も、もう少し頭を柔らかくするべきだよ……ヒヒ……」
「なるほど、推進機をロケットとジェットのハイブリットエンジンにするとは中々考えたな」
見るとあのグライダーが更に形を変えて蘇っている。
「隠れ里で失ったのが1号機、動力なしの哨戒用の物が2号機だから……これは名付けてカイトⅢって所だな」
「そ、そ、そ、それと出力もカリッカリにチューンナップしてるから……相対的ペイロードも上がってると思うよ……」
そう不気味な笑いをしながらエンジンを撫でる。
「軽い機銃でも搭載したらいいんじゃないかな……あるいは爆弾とか……でも爆弾は使い切りだから経費が……ヒヒ……」
「あ、あ、あとはやっぱり主翼をガル翼にしたことで視認性は上がったんじゃないかな……」
ブツブツと何か呟く。
「やはり空を飛ぶ物に関してはドクトルには敵わんな!」
彼はグライダーの修復以外にも、ナイトバードの修理も徹夜でやっていたのだ。
褒められた彼はボサボサ髪をポリポリと掻く。自慢のカイゼル髭がピクピクと動く。
「ド、ド、ドクトルなんて……うれしいケド……」
ヒラガの方も負けじと量産体制の確立も行っていた。
「こちらはナイトバードを20機製造した。これだけあれば制空戦も優位に進めるだろうな」
このナイトバードは帝国では一般的な戦闘騎と呼ばれる兵器だ。
機械の馬のような、タイヤのないバイクのような形状をしており、底部と機体後ろからのパルスジェットエンジンによって高速で飛行する。
俺のいた世界の戦闘機に近いだろう。
元々空中海賊は帝国兵の使っていたものを盗み、それを修復したり改造して使っていたのだ。
この世界に疎い俺は今更なことを聞く。
「両方、ジェットエンジンを搭載してて同じように見えるけどやっぱり違うのか?」
「カ、カイトⅢは風に乗る物だけど……ナイトバードは風を駆る物って感じだね……ヒヒ……」
ナイトバードは艦内に実装されているシミュレータでしか動かしたことがない。
ちなみにこのシミュレータもフマン博士とヒラガが作ったというのだ。
ヒラガは先程、俺から電子工学のレクチャーを受けたので恐らく更に改良される可能性があるという。
恐ろしい才能この上ない。
「ナイトバードはとりあえず全機きちんと飛べるようにはなったが……問題はパイロットの練度だな。海賊の面々は問題ないとしても、アクエリアスクルーはシミュレータでしか動かしてない。これではパフォーマンスを十分に発揮できないだろう」
「それは言えてるな……」
そう悩んでいると、何人かが格納庫内に飛び込んできた。
「いい事を聞いたぞ!! これだけあれば皆で飛べる!! 俺のフライトシムで鍛えたテクニックの見せ所だな」
「草薙砲雷長を追いかけてきたらこんなものを目にするなんて、全く、俺達はついてるぜ!!」
黒と黄色い稲妻を基調としたフライトジャケットのような新しいカラーリングの制服。
新たに編成された部隊、ナイトバード航空隊だ。
彼らはノリノリで修理されたばかりのナイトバードに触り、乗り込む。
「おい、馬鹿、よせ!!」
「まあ善いではないか善いではないか」
ヒラガの制止も聞かず我先にと言わんばかりに次々と押し寄せてくる。
フマン博士はそのパリピな陽気に当てられてしまい一目散に逃げ出した。
「いや、これは命令違反になるし、どんな罰則受けても知らんぞ……」
俺は至極真っ当な意見を述べたと思う。
が、しかし。
「これは砲雷長殿!! もしやビビってるんですか!?」
これには流石にカチンときた。
――試しにやったシミュレータでは俺に勝てなかった癖に。
そう、俺は全戦全勝だったのだ。
シミュレータは言わば体感型ゲームに近いものだった。
こんなもので未経験に周りに負けるはずがない。
空中海賊相手にすらドッグファイトで勝った程だ。
そんな奴らが俺に対して「ビビってるんですか」と言った。
これは明確な挑戦状だ。
「いいだろう。シミュレータ全勝は飾りじゃないって所、見せてやる」
俺も負けじと乗り込んだ。
「艦長、格納庫が勝手に開いています。それと、ナイトバードが無断で発艦しました!!」
ラクシェネラは慌てて報告した。
艦長は驚きのあまりあんぐりと口を開いた。
「馬鹿な……!?」
この光景をいつも見ていたアンは呆れた。
「男ってほんとにバカね……」
「ほんとにね……」
さっきまで喧嘩をしていたシオンも思わずアンに同意した。
「いやっほおおおおおおう!!」
高いテンションで航空隊は空へと飛び出した。
雲が点在する青空。
昼間の太陽がナイトバードの黒い表面を煌めかせる。
「意中の女性クルーに俺のアクロバットを見せてやるぜ!!」
そう言うと彼はスモークを焚きながら空中にハートを描いた。
「見ろよ草薙、これが教わったコブラ・クルビットっス!!」
そう言うと機首を上に持ち上げ、自発的に失速させる。
その後にヨーイングし機体を回転させる。
「凄いじゃないかヤマダ!!」
「まだまだ、こんなもんじゃないっスよ!!」
「なんの……俺だって!!」
他の人々も負けじとコブラを試みる。
しかし失敗したようで速度を急激に落とし、バランスを崩す。
「おい、馬鹿、きちんと失速迎角を理解しろ、それそもこの機体は失速特性が繊細なんだから!」
俺は傍を低速で追従しながら手取り足取り教える。
俺は艦橋目掛けて手を振った。
「おーい、シオンー。見てるかー?」
名を呼ばれた彼女はふいと顔を逸らした。
通信機を介して伝わってくる声は草薙のものだ。
「おーいってばー!」
名を呼ばれたシオンの顔はますます赤くなった。
その姿勢が訴える。
やめて……と。
「艦長……」
その様子に呆れ果てたラクシェネラは艦長に進言した。
「ああ、わかってる」
『――空の上で浮かれてるバカどもに告ぐ、至急本艦に帰還せよ。でなければ敵と見なし撃ち落とす』
通信機からいきなり艦長の声がしてびっくりした。
「まっさかー。友軍機を撃ち落とすなんて……ねえ?」
そう言った瞬間、レーザー機銃が一斉にこちらを向いた。
「わ、わああああっ!! 総員帰還ーっ!」
皆で急いで格納庫に戻る。
艦橋で艦長がやれやれとしながら帽子を深くかぶりこんだ。
「艦載騎はおもちゃじゃないんだぞ……」
普段は寛大な艦長が珍しく怒っていた。
左腕のフックのような義手を机に突き立てる。
「君らは軍人としてやってはならないことをした」
「独断行動、兵器の無断使用及び命令違反。罰として格納庫の掃除だ!!」
皆、モップで広い格納庫を掃除しながら後悔した。
「くっそー、どうしてあんなことしたんだろうな……」
一番最初に格納庫に飛び込んできた人が言い出す。
「元はと言えばお前のせいだろ……」
「でへへ……ごめんちゃい」
頭を掻きながら舌を出して笑う。
「本当に反省してるのか……?」
そこに横槍が入る。
「お前も一緒になって騒いでいただろう」
思わず「お前もスモークでキューピットやってただろ」と言いたくなったが、俺もシオンに手を振っていたバカなので言葉を胸にしまっておく。
「いいからちゃんと掃除するぞ。サボったら時間延長だからな」
真面目そうな男が、モップをバケツで洗いながら皆を叱る。
そんな彼もまた、先程は「いやっほおおおおう」と空を飛んでいたのである。
隣で窓ガラスの雑巾がけをしていた男が、遠くを見ながら呟く。
「しかし、ずいぶん遠くまで来てしまったな……」
「故郷が気になるよな……」
各々、隠れ里で帰りを待っている自分の家族を想う。
――夜。
昼勤の人にとっては消灯、睡眠時間に入っている。
俺はシオンと同室で、既に彼女は寝息を立てていた。
俺も夢の世界へと向かうべきなのだが、ある物事がそれを遮る。
「故郷か……俺は……」
――恐らく、今は帰れないだろう……。
――父や母は何をしているだろうか。
きっと捜索願を出したり色々な所に駆け回っているだろう。
家族を失うというのは辛い事だ。
それは俺も今、体感している。
もう二度と会いないかもしれないという現実がその気持ちを理解させている。
「……俺は親不孝者なんだろうな……」
そう思っていると、個室の扉が開く音がした。
恐らく鍵を締め忘れていたのだ。
アンが枕を持ってふらふらと歩いてきた。
目は閉じている。
恐らく寝ぼけているのだろう。
「おい馬鹿、アン、お前の部屋はここじゃない!」
制止しようとしたがそれも虚しく、俺のベッドにダイブして布団に潜り込んできた。
こんな様子をシオンに見られたらどんな修羅場になるか。
――いや、俺の事を好きでもないのにどうしてこんな些細な事で喧嘩するんだろう。
恐らくマルコあたりに聞かれたら何故か呆れ顔されること間違いなしの考えを頭に浮かべながら彼女を引き離そうとしていた。
すると、彼女の目元が光る。
「パパ……」
彼女はそう言うと涙を一粒流す。
そういえば、彼女はマベポスランの王女だったか……。
親は帝国に殺され全てを奪われた身だ。
「お前も、大変だよな……」
そう呟きながら彼女の赤く綺麗な髪を撫でる。
ふと、自分の悩みは周りのものと比較すると矮小なものだと感じると、落ち着いたからか睡魔が襲いかかってきた。
目が覚めるとわなわなと震えているアンが目の前にいた。
「あ、おはよう」
「な、な、なんでアタシがアンタのベッドにいるのよ!?」
思わず俺も正気に戻る。
「それはこっちが聞きたいよ!! なんで昨日夜中に潜り込んできたんだよ!」
「し、知らないわよ!!」
彼女は顔を真っ赤に染めて言う。
シオンは眉間にシワを寄せながら震えながら言う。
「随分仲がいいんですね……」
俺は思わずベッドから飛び上がって逃げて行く。
「……ご、誤解だあああああああっ!!」
「ま、待ちなさい!!」
いつもは犬猿の仲の2人もこのときばかりは仲良く追いかけてくる。
あれから2人からは女心だ不純異性交友だ浮気だといったよくわからない長い説教されたり、艦内で騒いだことをラクシェネラさんとフック艦長が知ったために更に延長コースに突入したり、相変わらず散々な目にあった。
気絶しかける程長い説教から開放され、ようやく艦橋の席に着く。
「おはよう色男! 今日も重役出勤ご苦労なこった」
相変わらず1日が始まる合図とも言えるマルコの嫌味。
「シオンもアンも朝からうるさいんだよ……」
俺はやつれた表情のまま、マルコにボヤいた。
「くぅーーっ、これだからモテる男は困るねえ!!」
相変わらずオーバーリアクションで馬鹿にしてくる。
もちろん彼はいつも通りの素直じゃない反応なのだが、今だけは仕返しをしてやりたいと思った。
「そういうのじゃないって……それより操舵に集中したらどうだ? そんな事してるから磁力に捕まったり海賊に捕らえられたりするんだぞ、脇見航海士さんよ」
そう言うと彼はゆでダコのように顔を真っ赤にして怒り出す。
「そっちこそ、つい最近まで軍人の癖に俺人殺しちゃったーって精神やられて女に説教されてたヘタレ砲雷長じゃないか」
よりにもよってこいつは踏んではいけない地雷の上でコサックダンスしやがった。
「この野郎!!」
お互いに拳を振りかぶる。
「やめんか」
艦長はまたも制止の声を上げた。
思わずビクッとする。
元から怖いラクシェネラさんはともかく、艦長は普段は温厚そうに見えて怒るとかなり怖いのだ。
ラクシェネラが艦長に現状を報告する。
「この頃、艦内の秩序が乱れてますね」
「そうだな。恐らく、隠れ里が遠のいてストレスが溜まってるのだろう」
「……長距離通信限界点まで近い。最後に通信をする機会を与えるのもいいかもしれん」
艦内は隠れ里との通信の話題で持ちきりになった。
俺の世界では学校などで馴染み深い視聴覚室。
この艦にも似たような部屋があり、そこに今乗組員が並んでいる。
ある人は隠れ里で帰りを待つ恋人に。
「俺、帰ったら結婚するからな。頼むぞ」
ある人は家族に。
「なあ、父さん母さん、元気か?」
ある人は友人に。
「また酒でも飲みに行こうな。それまではお互いに死ねないだろ。な?」
そして、コック・ドゥーヂィは弟子に。
「ユー達はミーがいなくても大丈夫ヨ。だから、ユー達は安心して切磋琢磨してくれヨ」
「心配しなくてもいいヨ。隠れ里の平和は必ずミー達が取り戻す!!」
しかし、思わぬ混乱があった。
「どうせ……どうせこれから帝国を倒しても、俺達の故郷は皆滅びるんだよ!!」
1人の男はそう叫んで壁を殴った。
それを見て、他の人々も連鎖的に絶望していく。
彼は隠れ里の現状を知ってしまったのだ。
俺は第二艦橋……いつもの艦橋の上に位置する高台にある場所へ向かった。
「艦長、草薙です。入ります」
「許可する」
普段は艦長と副長のみが入れる特別な司令室だ。
俺は告げる。
「隠れ里の現状を知って皆は絶望しています。どうして通信を……」
「そうだな。隠れ里では今、食料が尽きた事により暴動が発生したり餓死者が出始めている……」
「地上は汚染されている。現状では移り住めないだろう……」
「汚染を除去しようにも、帝国が健在であるならばいつ襲撃されるかわからない」
「刻一刻と世界は滅亡への道を進んでいる……」
――思った以上に隠れ里は深刻な状況に陥っている。
「しかし、それも時には現実として受け止めなければならない」
艦長は重い腰を上げて立ち上がり、艦橋の窓から故郷の方を向いた。
「現実から目を背けては真実にはたどり着けないのだ」
「だからこそ、今一度彼らに戦う意味を問いただす、その意味もあって通信を開放した」
それは納得できるがしかし……。
「だけど……このままでは兵員の士気が……」
現状の最重要課題だった。
「そうだな……だからこそ今この場で告げる」
アクエリアスの艦内に艦長の声が響き渡る。
『諸君も知っての通り、隠れ里は今危機的な状況だ』
『大地は腐り、荒れ果て、暴動や餓死者により事態は悲惨そのもの』
それを聞いた乗組員はうなだれる。
知らなかった者もその事実には耳を背けたくなった。
『――だが、希望は捨ててはいけない』
『本艦は希望の方舟だ』
『これまで犠牲になった人が積み上げてきたものだ』
『我々の故郷が絶望的な状況であろうと、皆、希望を持ってアクエリアスの吉報を待っているんだ』
『故郷の事は彼らに任せる他あるまい。それが彼らに課せられた戦いなのだ』
『我々の戦いは故郷の事をいつまでも引きずる事ではない』
『これから出てくる強大な敵を倒し、帝国との因縁にけりをつけることだ』
徐々に艦長は鼓舞するように声に力を込める。
『――我々は逃げてはならない』
『――我々は進まねばならない』
『決して楽な道のりではない。しかし、その先には善い未来が待っている』
『今成すべきことを成すのが我々に課せられた使命だ』
拍手が艦内を轟かせた。
中には涙を流す者もいた。
――そう、決して楽ではない苦難の道のりだ。だが、皆が自分で選んだ道だ。
――ここが、俺達の戦場なんだと。
小型の木彫りの船に若い青年艦長のモノクロ写真が建てられていた。
「なんだ、それは」
「御霊船さ。隠れ里の風習だよ。船乗りは皆こうして供養するんだって」
「この写真は誰なんだ」
「フラッガ。フラッガ・ロレンツォ。僕の兄だ」
彼がヤマタノオロチ作戦で戦死した……。
「――すまん」
「いや、ここで責める気はない。兄の前では喧嘩などしたくないからな……」
「それに、お前の事も認めてないわけじゃないからな……お前がいなければ、僕達はここまで来れなかったと思う」
「兄さん、僕は今こうして意志を受け取りました。兄さんができなかったこと、僕が必ずや成し遂げます」
フック艦長はその姿を少しだけ見た後、キャプテンハットを深くかぶりこみ、無言でその場を後にした。
――目標地点到達まで残り97,000キオメルテ。
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