第5話 人の力

――ルーオプデン空中帝国 首都ラガードにて。


 金色に輝くロンドンのような街並み。

 ルーオプデン宮殿と呼ばれる巨大な建築物の前に広がる中央広場には多くの民衆が集まっていた。

 宮殿の展望台には白髪で長い白髭を蓄えている大柄な老年男性の姿があった。

 上空にはホログラムがその姿を投影している。


 その姿に歓喜する者、感動のあまり涙する者、祈る者、その反応は様々であったが誰もが彼を讃えていた。

 彼はしばらくの無言の後にゆっくりと語り始める。


『――我々は科学という強き力を得て、獣から人となった』


『――かつて我々は狼に襲われる身だった……あの鋭い牙には太刀打ちなどできまい』


 徐々にペースを上げ、言葉に感情を乗せていく。

 それにつられ、一人、また一人……とその演説の虜になる。


『――しかし、今ではどうか、狼を飼うどころか、作り出すことすらできるのだ!!』


『――そして今や重力すらをも超越した。地べたを這いずる下等生物とは一線を画すのが我々だ!!』


『――愛する臣民諸君よ! この科学をより強め、より世界を支配し、本物の神の誕生を共に見届けよ!!』


 盛り上がりが最高潮に達すると握りしめた両手を上げて高らかに宣言する。


『――偉大なるルーオプデン帝国に命を捧げよ!!』


ザイル ホルスーシャホルスーシャ、万歳



――ザイル ホルスーシャホルスーシャ、万歳!!



 民衆は一気に沸き立つ。

 誰もが拳を握り、力強く上に掲げる。

 美麗なローブを翻し、宮殿に戻っていく。






「皇帝陛下、見事な演説でした」

 褐色の背広に身を包み茶色のオールバックで虹色のサングラスをかけた小太りの中年男性が、拍手をしながら称賛した。

 パチパチと、白い手袋から出ているとは思えない小気味よい音を立てている。


 それをやめとけ、という表情と仕草で制止する。

「所詮はつまらん茶番劇だ」


 皇帝陛下と呼ばれた白髪白髭の男はヒトレス・トチキ・ホルスーシャ。

 ルーオプデン空中帝国24代目皇帝その人である。

 背広の男は帝国宰相のラマル・シコルスキー。


 宮殿内部の作戦会議室には将官が集まっていた。

 彼らは世界地図を広げ、その上にマーカーを置いて戦線の状況を確かめあっていた。


「今の戦況はどうなっている」

 皇帝は先程の演説とは打って変わって冷静な声で聞く。


 その質問には、長年のストレスからか毛根が枯れた厳つい顔の、如何にも偉そうな軍人が答えた。

「現在、タリルニア連合方面では極ベルギナック国、ガルデブーキ大公国、ドトメ朝、西ボロゾンによる連合軍が結集しているようです」

「また、旧ネーマル共和国ではレジスタンスが活発化しているようです。籠城戦を仕掛けているところもあり、こちらの戦線も停滞気味かと」

 彼はゴルモド将軍。

 由緒正しき戦術家を輩出してきたメモーラウ家に生まれ、自他ともに将軍となることを運命づけられた男の一人だ。


 ラマルが答える。

「タリルニア連合方面にはブルーネと1個師団を出しておけ。旧ネーマル方面はレオを出すのが無難な選択かと」


「は、直ちに部隊を動かそう」

 ゴルモド将軍はそこからバツの悪そうな顔でこう続けた。

「……それとガシホズ駐屯軍の報告では隠れ里方面からアクエリアスが来ている模様です」

「ペユサ工場を破壊し、現在はラスバンガル大陸のジェット気流に乗ってまっすぐこちらに向かっているようなのですが」


 彼はサングラスを光らせて言う。

「……では私の方から直属部隊を派遣するとしよう。ゾディアック級ともなれば我々の管轄だ」

「閣下はいつも通り戦争に目を向けていれば良い」


 ゴルモド将軍は青筋を立てながら体を震わせる。

「特務如きが……調子に乗るなよ……」

「私のほうが軍の階級では上だぁ! 文句あるのか!?」


 単純な男だ、とラマルは意に介さず冷静に答える。

「……閣下、お言葉ですが」

「閣下の怠慢がアクエリアス1つ逃して敵の手に渡る結果になった事お忘れず」

「それから、この国では私が宰相であり、皇帝の密命を受けている立場であることをお忘れなく」

「……ぐぬぬ」


 皇帝がラマルの肩に手を当てて宥める。

「ラマル、やめたまえ。戦争は国防軍の管轄だ。彼らに任せておけば良い」

「……それでは、今回は閣下におまかせしよう。閣下のご活躍をお祈りしてますよ」






 会議が終わった後、ラマルは皇帝に率直な意見を述べた。

「皇帝陛下、なぜあのような無能が将軍なのか」

「ラマル大佐、人間は時には血筋というものに従う時があるのだ」

「度し難いな……それこそ衰退の一途だというのに」

「そうかな、私のようなホルスーシャ人も血筋によって受け継がれているものではないのか」


 思わず自分の発言が無礼であったことに気づき訂正する。

「は、これは御無礼を、申し訳ない……」


 皇帝は慈悲深い笑顔で言う。

「かまわんよ。私もあの男には呆れている部分もある。11のおもちゃで戦争ごっこに興じている餓鬼とでも思っておけば許せるであろう」






「現在アルバスカ山脈上空を通過中、速力120ロノート」


 マルコが後ろからその航海士に話しかける。

「そろそろ交代の時間だぞ。お疲れ様」

「ありがとう」


 以前までは自動航行中はブリッジに数名を残して休憩を取るなどしていたが、想定外のトラブルや敵襲に備えてある取り決めを作った。

 12時間毎にブリッジにいる人員を入れ替えるという方法。

 所謂2交代制という奴だ。

 こうした仕組みが整備されていなかったのは他の事で手がついていなかったからなのだが、航海に出てから1週間ともなれば整ってくる。


 マルコは労いにペットボトルの飲み物を手渡して手を振る。

 このペットボトルは草薙翼の助言によって誕生したものの一つだ。

 草薙の事は気に入っていないが、こういった成果だけは認めている。

 今ではすっかり受け入れられた艦内自販機の開発も、彼のおかげだった。

「しかし、あいつは今日もいないのか……」


 ゴーニィが横からからかってきた。

「おう、アイツの事が心配なのか」


「べ、別にそんなわけじゃねえよ!! 張り合いがないってだけだ」

「素直じゃねえなあ」

 そんな日常のやり取りをしている中、レーダーが何かを捉えた。


「前方に強力な磁気反応確認」

「まっすぐ吸い寄せられています!!」

「なんだと!?」


 突然の衝撃で船が大きく揺れた。

 艦内には警報が鳴り響く。


「状況を確認しろ」

 計器には多くのエラーコード。

「……無数の磁鉄鉱の持つ磁力に捕まってしまいました。幸い航行に支障はありませんが、ジェット気流からは投げ出されてしまいました」


 もう一度ジェット気流の中に入るのが望ましいが、恐らく外側の渦で投げ飛ばされるのが目に見えている。

 一度出てしまったものはもう戻れない。このまま進むしか無いだろう。


 目の前には巨大な洞窟があった。






 そこは、磁鉄鉱の豊富な巨大空洞だった。

 アクエリアスが余裕で通れる程の縦幅があり、壁面に付着した砂鉄が長い年月の経過で固まり黒々と輝く結晶化したものががあちこちに点在している。

 また、特有の磁場があり、それを利用する生物も少なくはない。

 周囲には光が一切ないのでサーチライトを灯し、ソナーを利用して進む。


「磁力大空洞か……ここではパルスカノンの威力も減衰してしまうかもしれんな」

 ヒラガはそう嘆く。

「レーダーも異常数値を示しています。恐らくこの洞窟内では使えないと思ったほうがいいかと」

「ここで敵に襲われたら大変ですね……この地形だと逃げ場はないですし……」

「この強力な磁場は外にも影響を及ぼしている以上、洞窟内を通るほうが安全だ」


「磁石なんてこれだけあっても何に使うんだか……方位針を大量に作ってもこの時代じゃ売れねえだろ……」

 ラクシェネラとヒラガが真面目な話をしている中、ゴーニィは相変わらず軽薄な話で盛り上げようとしていた。

 そこにシオンが答えた。

「草薙君のいた世界では磁石が色々な所に使われていて、ガラクタを集める機械とか音楽を奏でる機械、すごく速い乗り物にだって使われているんだって!!」


 ヒラガは興味深そうに話題に乗っかる。

「それは面白いな……すごく速い乗り物か……どういう原理で磁石を用いるのだろう……興味深い!」

 ゴーニィが大声で笑いながら周囲を眺めて言う。

「ってこたぁ、あと100年もしたらここはまさに宝の山ってことだな」






――目の前がぼやける。


 血に染まった格納庫。

 泥に汚れた手が、俺の足を掴む。

「コロシタナ……ニガサナイゾ……」

 割れた虹色のゴーグル、その眼孔は虚ろで奥からは強い憎悪を感じた。

 頭から血を流しながらゾンビのように襲いかかるそれは俺の精神を追い詰めるのに十分だった。


 景色は変わって焼ける荒野になった。

 穴の空いた爆撃艇から、戦車から、そして廃墟となった和風の建物から、帝国兵だけでなく老人や子供まで出てきた。

 身体中をボロボロにしながら。

「ナゼ……ワタシヲタスケテクレナカッタ……」

「キサマアアア……ユルサナイゾ……」

 無数の死者が近づいてくる。

 醜く腐った手で俺の首を締めてきた。

「ナンデオマエダケガイキテイル……」






「うわああああああああああああああああああああっ!!」






 目が覚めると、そこは医務室だった。


――俺は今も悪夢に苛まれていた。


「戦争経験者によくある神経症ね」

「ひとまずはこの薬を飲んで安静にしておきなさい」

 船医のシノノメから錠剤と水を出された。


「俺はこの罪を……どうしたら……」


「それに悩むのは貴方が人間だからよ」

「殺人マシーンになってしまえば、人を殺すことに躊躇はなくなる」

「でも、そうなってしまったら戻れなくなる。それこそ良くないことだと思うよ」


「誰かを守るという事は、別の誰かを助けないという事、それは難しい問題よね」






 大広間のような広大な空間に出る。

「広いですね……」

「洞窟の中とは思えません……」

 天井からは要所要所に穴が空いており、僅かな昼の光が漏れている。


 突然、モノリスに嵌め込まれたクリスタルが強く点滅する。

「な、なんだぁ!?」


 シオンは呟く。

「この反応……きっとアクエリアスの姉妹艦だわ……」

 クリスタルから記号が浮かび上がる。

 それはある言葉を指していた。

「アリエス……」


「恐らくこの船を沈めるために来たんだわ」

 シオンが怯える。


「ソナーに艦補足!!」


 艦長が立ち上がった。

「総員、第一種戦闘配置」


「アリエスを視認……距離、25000」

 上部に青白く輝く円盤を乗せた細長く小型な飛空艇を視認した。

 その機体の各部の境目からは水色の光が漏れ出ている。

「……砲雷撃戦用意」






 艦内に第一種戦闘配置の警報が鳴る。


「……また殺し合いか……」

 俺はベッドに横たわりながら俯きながらそう呟いた。






――アリエス艦橋。


「――高圧電流発生機構ケラウノス、始動」

 アリエスに搭載されている重力子反応エンジンからエネルギーがタービンを回転させて発電する。

「フライホイール回転開始」

「高電圧開放素子、展開」

 長い金髪に赤と金を基調とした貴族服に身を包む青年が指揮をしている。

 彼の名前はヘルマトン・メオ・ホルスーシャ。

 艦橋のモノリスには黄緑色のクリスタルが嵌められていた。

「皇位継承者の身でありながらこの狼藉……我は貴様を許さぬぞ、シオン!!」






「第一砲塔、全自動射撃」

「エネルギーを第一砲塔に伝達」

「測的完了、重力誤差修正」

「これで大丈夫なのでしょうか……」

 砲台を操作しているのはいつものように草薙 翼ではない。

 実戦経験のない彼は不安がっているが、そんな彼に対しゴーニィは優しく諭した。

「彼だって元々は戦いの場に立つ人間ではなかったんだ。案ずるな、この船は機械の力も優れているさ。自動照準を信じろ」

「主砲、撃ち方はじめぇ!!」

 その言葉に安心したからか、トリガーを引く。

 しかし、その攻撃はあらぬ方向に曲がってしまった。

 それを見て彼は落ち込んだがゴーニィは「お前はよくやった」と責めはしなかった。

 事実、このパルスカノンの歪曲は周囲の磁力によるものだった。


「やはりパルスカノンは磁力の影響で威力が減衰しているか……」

 ヒラガはビームの特性から原因を瞬時に把握した。

 その分析を踏まえ、艦長は攻撃を切り替えることを提案した。

「では攻撃を誘導弾と徹甲弾に切り替えろ」

「了解。主砲、91式徹甲砲弾に切り替え」

「VLSに87式対航空艦誘導弾装填完了」

 徹甲弾と誘導弾を装填する。


「照準合わせ、撃ち方はじめ!」

 巨大な黒煙が主砲から勢いよく飛び出し、轟音によって周囲の洞窟が震える。

 砲弾は目標目掛けて放物線を描いて飛んだ。

 しかし……。

「徹甲弾、目標手前500で弾道を反らしました」

 砲弾の方向は無理やり捻じ曲げられたように明後日の方向に飛んでいった。


「次、87式、撃ち方はじめ!」

 艦橋の後ろにある垂直発射管から誘導弾がロケット推進によって勢いよく飛び出した。

 操舵翼を動かし、サイドスラスターから噴射することで向きを変え、アリエス目掛けて飛んでいく。


「対空誘導弾、目標に接近……目標手前1000で自爆しました!」

「……中の信管が強制的に作動させられたみたいだ」


 ヒラガは状況から冷静に分析する。

「やはり、奴にはバリアとは違う得体の知れない何かがあるな……警戒を怠るな!」






「アクエリアスはこちらに攻撃をしているようです」

「奴に近づくのは得策ではない……。ならば機能を止めるほかあるまいな。総員、EMP用意!」

 ヘルマトンは艦内に命ずる。

 それを合図にオペレーターが皆電子機器を操作する。

「送電回路接続、電熱コンバータ展開」

 艦の上部にある円盤のようなものが更に青い光を放ち、高速で回転し始める。

 そこから紫電が迸り攻撃の準備が整った。

「高電圧発生装置、出力上昇」

「第一から第三までのエネルギー充填確認」

「外部放電回路に接続開始」

「超伝導電力制御システム、正常」

「出力最大120%!!」

「指向性電磁パルス、放射!!」






 眩い閃光が艦橋を支配したかと思うと、一瞬で真っ暗になる。

 その後に襲う物凄い衝撃。

 乗組員は皆戸惑っていた。

「何だ何だ!?」

「何が起きている……」


 照明が全てダウンしている。

 見えるのは今も変わらぬモノリスに嵌め込まれたクリスタルの青い輝きだけ。


「くそっ、携帯用点灯棒も非常灯も機能しない……!!」

 艦長は落ち着いてライターで火を灯す。

 ラクシェネラがそれを見てブリッジクルー全員に言う。

「こういう時こそアナログの道具を使うべきね。至急、状況確認よ」


 ヒラガは機器を調べ、瞬時に状況を推察した。

「敵艦の高圧放電により発生した電磁波によりサージ電流によって本艦の電子回路がやられたようです」

 ゴーニィとマルコは航行システムを操作盤調べるも反応すらしない事で状況を理解した。

「航行システムダウン、航行不能」


 艦長は拳を艦長席の机に叩きつける。

「EMP……電磁パルス攻撃か……やられた……」


「デンジパルス?」

「我々は電気を使うもの全てがやられてしまったという事だ……」


 ヒラガは声色一つ変えずに推測を話した。

「つまりヤツは高圧電流を放つ力を持っているということか」


「しかし……艦全体の電子回路が焼ききれている……このままだと機関科総動員してもよくて丸10日……」

 それは、事実上の敗北だった。


 艦長は冷静に敗北を認めるヒラガを抑える。

「諦めるのはまだ早い……。クリスタルが輝く限りこの船は沈まない、そうだろう、シオン」

「……はい!」






「アクエリアス、完全に沈黙しました」

「まだ油断するな。まずは磁力砲弾で攻撃せよ」

 この艦には高圧電流発生機構ケラウノス以外の攻撃兵装は存在しない。

 放電という武器の性質上、他の兵装に干渉する可能性があるからだ。

 それ故に電磁力を操って周囲の岩を飛ばす、EMPといった多彩な攻撃手段を編み出した。


 アリエスが周囲に放った電撃が岩や砂鉄を持ち上げる。

「ポイント273、発射!」

 巨大な岩の塊がアクエリアス目掛けて高速で飛んでいく。






 再び激しい揺れが艦内を襲う。

「なんだ!?」

 艦橋の前方の窓からは何も見えない。

 辛うじて光を発して視認できたアリエスが姿を消したのだ……。

 否、巨大な岩がそれを遮った。


 ゴーニィはそれに気付いた。

「恐らく、岩の塊を弾丸のように飛ばしてきやがる……」

 ヒラガはいつもと変わらない口調で説明した。

「ああ、電気を操るという事は巨大な電磁石も同然だ」

「電流と磁力と運動量はそれぞれ結びついている、という奴だな」






「これでよろしいのですか!?」

「ああ、まずは視界を封じた。万が一、ということもあるからな。念には念を入れるのが戦闘の基本原則よ」

 もっと攻撃と進言する部下たち。

 しかし、ヘルマトンは冷静をそれを遮る。

「あのスーパーセラミックにはこの攻撃では決定打にならんよ」


 マイクを手に取り、館内放送を行った。

「総員傾注。本艦はこれより奴の懐に行き最大出力の高圧放電を浴びせる」

「両舷全速、目標、戦艦アクエリアス!!」

 アリエスの主機はアクエリアスのものと比較してもかなり弱い。

 それは放電を行うために熱に弱い絶縁装甲を張らねばならないからだ。

 しかし、その機動力の無さはEMPで補う。

 これがヘルマトンの戦い方なのだ。






 暗闇になった医務室。

 自動ドアを無理やりこじ開け、火を灯しながら近づいてくる人影が1つ。


 その影が近づくにつれ像がくっきり見えてくる。

 長髪、主計科の制服。

 シオン・リアル・ホルスーシャであった。


 彼女はライターを近くのデスクに置き、俺の眠るベッドに座りこんで話しかけてきた。

「ラクシェネラさんから聞いたよ」

「草薙君は相手と話し合いをするために、戦うって言ってたのに……」


――俺はもう殺したくないんだ。


――放っておいてくれ。


「こうやって大事な時に、ウジウジウジウジ……」


「ここで諦めるのは草薙君の勝手かもしれないけど。そのために犠牲になった人は無駄になるの?」

 思わず黙る。

 しかし、その静寂がよくなかった。



「ふざけないでよ!!」



 彼女の平手が飛んできた。

 頬が真っ赤に腫れ、強い痛みを覚える。

「草薙君は確かに巻き込まれただけだと思う」

「でも、そんなの皆同じなんだよ、あなた一人だけが悲劇のヒロイン気取って、そんなの滑稽だわ」

「何が話し合いをするために戦う、よ。そんなの口だけならなんとでも言えるわ」

「そうやっていつまでも平和ボケして、それでおしまい?」

「あなたには私にはない戦う力があるじゃない!!」


 そう感情を爆発させた彼女は涙を流しながら顔を真っ赤に染めて訴えかけてきた。

「私のお母さんの思いを無駄にしないで……こんな所で……諦めないでよ……」


――そうだ、俺はもう既に多くの屍の上に立っている。


――マルコの兄や、シオンの母だって……。


――それに……。


――俺はまだ……。


――世界の答えを聞いていない!!


「――悪かった、行くよ。俺は」






 暗くなった艦橋で緊急の作戦会議をしている。

「恐らく至近距離による高圧放電で確実にとどめを刺しに来る」

「パルスカノンは動力炉がやられた今使用できないだろう」

「ミサイルでは信管が作動され恐らく空中で爆破される。あの出力では距離300で恐らく本艦も高圧放電の餌食だ」

「ここは91式徹甲砲弾による一点突破しかない」

「先の攻撃によると最低でも500メルテってところだ」

 工作班長のヒラガが皆にそう説明する。


 艦長が重々しく口を開く。

「我々に残されている手段は唯一つしかないな」

「人力で照準を目標に合わせ、そのタイミングで発射するのだ」

 ラクシェネラが驚愕した。

「人力で……ですって……!?」


「現状我々にやれることをやるまでだ。こうしている間にも奴は刻一刻とこちらに近づいてきている」

「幸いにも、クリスタルの反応が最初とほとんど変わらないのを見るにアリエスの速力はかなり遅いようだ」

「恐らく発電機関や絶縁体の関係で重量が増し、推進機の出力も限られているのだろう」


 ゴーニィも若干困惑していた。

「だがよ……周囲の視界が封じられた今、どう相手を視るんだよ……」

 現実味があまりにもなさすぎる。


 ヒラガが自信作を見せびらかすかのように話し始めた。

「艦載してあるグライダーの出番だ。元々は高所の哨戒用だったのだが今こそ活躍の時だろう」

「幸いここは洞窟の出入り口、内外の温度差によって風を掴めるはずだ」

「まさに、備えあれば憂いなしって奴だな」

 それは確かに解決の糸口であった。

 唯一、ほぼ人間業ではないという点を除いて。

 そんな当たり前な事は皆わかりきっている。

 それでも尚奇跡を起こせると信じて諦めず足掻いている。

 そんな現状にマルコは一言呟いた。

「誰がそんな目視で距離を図りつつタイミングよく合図を出すなんて高度な事するんだよ……アイツじゃあるまいし」




「――俺がグライダーで合図を出す」




「草薙少尉!?」

 誰もが驚愕の声を上げた。

「この艦の砲撃を指揮するのが俺の仕事だ……」


「それに、俺がいる船は沈ませない」

 俺はこれまでにないほどの勇気を込めて高らかに宣言した。


 ゴーニィは茶化す。

「さてはシオンにひっぱたかれたな? 暗闇の中でもその紅葉ははっきりと分かるぞ」


 艦長は再び号令を行う。

「では総員、動ける者は第三砲塔に集まれ」

 正にアクエリアスの存亡を賭けた戦いだ。






 第四砲塔の隣の格納スペース。

 そこには鋼鉄ワイヤーで結ばれたグライダーがあった。


 しかし、それは隠れ里で使った立派なものではなく、折りたたまれたビニールの翼に車輪を外された自転車のようなボディ。

 余り物で作られたものという感想が相応しいものだった。


「本来レーダーやソナーを使えない時の哨戒用途という、極めて限定的な運用を想定しているんだ。そこまでコストを割けないだろう」

 こうなったのも、極めて合理的な判断のもとであった。

 今回は使えればいい。窮地を脱出するにはどんなものを使ってでも生き延びるという結果が大事だ。


 ヒラガはハンドルを取り出し説明する。

「翼の展開はこのハンドルを回せ。これは電気を使わないから特に問題ないはずだ」


「格納庫のハッチを開くには右のハンドルを回せ」

 指示通りにハンドルを回すと、ハッチが少しずつ開いた。


「敵が射程内に入ったらそこの伝声管を使って合図を送れ」

「動力付きグライダーと基本操作は一緒だ。試運転などする時間はない、実践で覚えてくれ」

「了解」






 大の大人が数人がかりで扉をこじ開けようとする。

「くそっ、装薬庫の扉が開かねえ!!」

「装薬庫が爆発した時に周囲にダメージが及ばない工夫なんだよ……」

「だからこそ電気が切れればこうなるってわけか……」

 全くびくともしない扉を前に、折れそうになっていた。


 そこに現れたのは赤髪の少女。

「アンタ達、なにやってんのよ……」

「おい、女のガキは呼んでねぇぞ!」


 彼女はやれやれといった面持ちで呆れる。

「戦場に女も子供もないわよ。アタシはアンタらより力持ちなのよ?」

 そう言うと、彼女は蹴りの一撃でハッチをこじ開けた。

 周りの男性陣からはおおっと思わず歓声が上がった。


「ゴリラオンナ、ゴリラオンナ」

 オウムのジョンが彼女をからかう。

「うるさいっ!!」






 洞窟内には灯りは殆どない。

 見えるのは天井に点々と存在する穴から漏れ出す日光とアリエスの放つ不気味な青白い光のみだ。

 俺の距離感は3Dのゲーム由来のものだ。

 まずは距離100を意識する。

 それから、その距離を基準に見ていく。


――目標との距離は……目視で1000ってところか……。


 否、周囲の空間が暗くて相対的な物体比較ができず、正確な距離は読めない。

 しかし、自分の勘と目を信じるしかない。


「――距離1000!!」






 装填エレベータにロープを引っ掛け、無理やり歯車を動かさせる。

 弾庫、装薬庫にある砲弾と薬嚢を上部に運び、旋回砲塔の砲身に装填し、ようやく発射できると言うわけだ。

 多くの人員が呼吸を合わせてロープを引き、エレベータを手動で動かす。


「91式徹甲砲弾、主砲に装填完了!」


「次は薬嚢だ」

「くそっ、機械がなきゃこんなに面倒くさいとはな!!」

「大口径砲ってのが余計にな……」

「俺達は機械の力に頼りっきりだったんだよ」

「電気がなくなればこのザマさ」


「男ってのはこれだから嫌になるのよ……ウチのバカどももそうだけど、小言が多いのよ……ふんっ!」

 アンが力を入れると一気に装填エレベータが一気に上昇する。






 迸る紫電が磁鉄鉱を焼く。


 接近するアリエス。

 不気味な青白い光が徐々に大きくなる。


「――砲弾の装填はまだ終わらないのか!?」







「尾栓固定完了!」

 いよいよ最終段階へと移る。


 しかし敵が迫ってきている。

 目の前だ。



「――距離600!!」



「最後、仰角27……いや、26だ」


「せーのっ」

 呼吸を合わせる。

「いっちに、いっちに」

 砲身は全く動かない。


「ぜぇ……はぁ……」


 ジャックの血管が赤く発光する。

「おいどんはオーガとヒトの混血やけん……この程度ォォォ!!」

 一気に砲身が持ち上がる。

「おおおおおおっ!!」

「角度……26、問題なし!」






「――今だ!!」


「撃てーーーーっ!!」

 ロギータは金槌を振り下ろし、無理やり尾栓に備えられた火管を起動する。

 砲塔から黒く巨大な煙が勢いよく噴き出した。


 尖ったゼラ合金の塊が風を切り、アリエス目掛けて一直線。

 絶縁板、耐熱装甲を容易く突き破り、内部の発電機関を破壊した。

 行き場を失ったエネルギーが艦内中にスパークとして放出され、あちこちに火災を齎す。


 やがて、アリエスは黒煙を上げながら地上へと落下し、大爆発を引き起こした。


「やった……アクエリアスと同等の艦を撃破しちまったぞ……」


――ごめん……。


 彼は顔も知らないアリエスの乗組員達に心のなかで謝罪した。






 艦橋に馴染みの顔が戻ってきた。

「砲雷長、草薙 翼。ただいまを以て戦線に復帰しました」


 マルコはいつものように嫌味を言った。

「……フン。この程度で精神をやられるような奴いなくても、僕がいれば十分だったさ。勘違いするなよ、今回は偶然だったんだよ」


 ヒラガはほんの少しだけ口角を上げて言う。

「やはり、この船には君が必要だ」


 シオンは何も言わないまま、俺に抱きついた。

「シオン、ごめん……俺は守るって約束したもんな……」

「ううん、ありがとう……」


 フック艦長はキャプテン帽を深く被り頷く。

「では、航行システムが復旧次第、出発するぞ……」


 アクエリアスには自己修復機能がある。

 それにより、艦全体の焼ききれた電子回路も半日で元に戻り、航行を再開した。

 まるで生物のような機械とはヒラガの言葉。

 知れば知るほど、古代ホルスーシャ文明の科学力というものが恐ろしくも思えてくる。






――ルーオプデン空中帝国 首都ラガードの宮殿にて。


 皇帝が玉座にふんぞり返りワインを優雅に飲んでいる所、急いでラマルが走ってくる。

「皇帝陛下、アリエスが轟沈しました」

「ふむ……アクエリアス……中々やるようだな」


「ラマル。詳細を報告しろ」

「は、電磁パルス攻撃により目標を活動停止にするも、奴らは人力で主砲を起動させたようです」

「人力……か……ふむ、原始的で素朴な発想には恐れ入った。私の名で称賛を送れ」

「は!」


 皇帝は去り際に一言付け加える。

「それからゴルモドに伝えておけ、二度目はないと」






 ラクシェネラは通信が入ってることを確認する。

 その送り主は……。

「ルーオプデン帝国から長距離通信でメッセージが入ってます」

「読み上げろ」

「アクエリアスの諸君、此度の戦い、まことに見事だった。ルーオプデン空中帝国24代目皇帝 ヒトレス・トチキ・ホルスーシャ」


 俺は拳を握りしめていた。

「ヒトレス……俺達の敵……」






 シオンは甲板で星を眺めていた。

「ここにいたか」

「草薙君!!」


「今、夜風にあたってたの」

 空を見上げると、見渡す限りの星空。

 天の川のような星の集まりがあり、様々な色彩の光があった。


「敵艦の名前はアリエスって言ったか……アクエリアス、アリエス……黄道十二星座の名前ってことだな」

「黄道十二星座?」

 彼女は不思議な面持ちで訊いた。

「ああ、俺の世界では、星を線で結んで、それを動物や人、物に見立てていたんだ」

「なんだか、ステキね……」

「例えばアクエリアスは水瓶座、アリエスは牡羊座って意味だな」

「ふぅん……」


「恐らく、帝国には俺と同じ世界から来た奴がいる」

「そしてそいつは多分今の帝国を操っている」

「だから、1発ぶん殴らないと済まないだろうな。この程度でへこたれてるわけにはいかないんだ……!!」


「――やっぱり、草薙君はお母さんじゃないんだなって思った」


「え? そりゃ当然だろ……」

「ううん、そういう意味じゃないの」

 頬を赤らめながら、彼女はそう呟いた。


「――草薙君は、私達の救世主なんだって……」


 俺は故郷の星を想いながら行くべき道を見定めた。

 恐らく険しく長い旅路になるだろう。


 それでも、彼女と一緒に、この世界の答えを見つけたい。

 そして、平和を齎すんだ。


――目標地点到達まで残り100,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

96式空中戦闘騎 KN-96 ナイトバード

 開発:フマン・グッチー博士

 装甲:超ジュラルミン

 全長:2.7メルテ

 全幅:0.4メルテ

 全高:1.2メルテ

 最大速力:228ロノート

 主機:パルスジェットエンジン E-12

 兵装

  20モアメルテ近接格闘機銃

  56モアメルテ榴弾砲


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

HBS-4 アリエス

 開発:ホルシアン・インダストリー

 装甲:スーパーセラミック/絶縁特殊鋼

 全長:222メルテ

 全幅:85メルテ

 全高:32メルテ

 最大速力:22ロノート

 兵装

  高圧電流発生機構ケラウノス

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