第4話 カリバーン、巖嶺を裂く

 ガシホズの枯れ谷。

 乾燥した風が吹き、水のないV字谷。

 雨季には雨が降り、その時だけは川ができるらしい。


「この谷を進めばジェット気流の入り口に差し掛かるぜ」

 ゴーニィがそう言い、メインモニターに地図を表示する。

「ここ一帯はかつてマベポスラン王国が栄えていた地だ。2年前にルーオプデン帝国に滅ぼされたと聞く」

「マルコ、周囲の地形データの取得を頼む」

「了解」

 マルコが機器を操作し、複雑な地形の立体図を徐々に投影していく。

「完了」

 ゴーニィは受け取ったデータを基にルートを作成する。

「よし。ルート算出完了」

「敵からの察知を避けるために谷の間ギリギリを通る。浸食でできた地形だ、かなり険しく大変だが自動航行を信じるしかねえ」


 ゴーニィが示したルートはかなり細い道も多々ある危険なルートだ。

 それでも敵と接触するよりはマシと判断したのだろう。

「艦長、このパターンで航行します。よろしいですね?」


 艦長は静かに頷く。それから、号令を入れた。

「微速前進、入力ルート自動航行」

 マルコが復唱し、自動航行モードに切り替えた。

「微速前進、入力ルート自動航行、ヨーソロー」






 険しく削られた谷の間ギリギリをアクエリアスが征く。

「大丈夫ですかね……」

「オレ達が舵を取るよりはマシだろうよ……」

 サイドスラスターによる微調整をしながら慎重に進路を飛ぶ。


 激しい揺れが起きた。

 削れた谷の一部が甲板上部に落下したのだ。

「大丈夫か!?」

 それによる多少のふらつきがあったが自動航行システムが即座に立て直す。


「アクエリアスは問題ないって言ってるぞ」

 敵に見つからないように……。

 順調に目標地点の近くまで進んだ。

「これで気流に乗れるぞ……」






――しかし、その希望はすぐに潰えた。






 突如艦橋のガラスに煙幕が焚かれる。

 それとほぼ同時に奇妙な大型のネットでアクエリアスは動きを止めた。

「艦が粘着性のネットで捕縛されました!! 航行不能です!!」

「敵襲か!?」

 警報が遅れて鳴り始めた。

「甲板上部に人が数名降下!!」

 敵が飛び乗ってきたのだ。

「緊急閉鎖! 艦内に入れるな!」


「――艦内に侵入者!!」


 左手にカットラスと右手にハンドバズーカを持った小柄で若い女性が先陣を切って走る。

 年齢はシオンとそこまで変わらないだろう。

 ドクロとクロスボーンの描かれた黒いキャプテンハット、赤い短髪に整った顔、動きやすいようヘソを出したベージュのブラウスに緩いベルトで纏められている黒いズボン。

 まさに女海賊といった出で立ちだった。

「お頭ァ! 待ってくだせぇ」

 その後ろからは下っ端が続く。

 おそらくこの女海賊がリーダーなのだろう。

 誰もが服装や身体のあちこちには傷がついており、一人一人が歴戦の猛者である事を表していた。

「総員、艦内の侵入者を阻止しろ!」






「お頭ァ! クリスタルと例の娘だ!!」

 彼らがブリッジにまで辿り着いた。

「奴らの目的はクリスタルとシオンだ!!」

 思わずマルコが叫ぶ。


――シオンが危険だ!

「フック艦長、俺が彼女とクリスタルを守る。後は頼みます」

「……うむ」

 アイコンタクトを取ると、シオンはクリスタルを回収してこちらに来る。


 彼らがいる方とは逆の扉から逃げ出し、裏から脱出を目指す。


――その後どうするかはともかく、今は彼らにシオンを渡さないことが最優先だ。






「このバカ男ども! さっさと来なさいよ!! 逃げられちゃうわよ!!」

 遅れて辿り着いた女海賊が叫ぶ。

 後ろから人間の倍近くはある背丈の大男が走ってきた。

 剃り残しが目立ち、凶悪な眼光を持つ彼の威圧感は、見るだけで数人が怖気づく程だ。



 ブリッジの乗組員が群がって阻止しようとするも、その大男が拳を軽く振るうだけでまとめて吹き飛ぶ。



 その目の前にロギータが立ちはだかる。

「男なら、ここから先は拳で通りな……」

 小柄なロギータと筋骨隆々の大男。

 もはや勝負は決しているようにみえる。


「アニキ! こんなやつらコテンパンにしてしまえ!!」

「ロギータさん! こいつらやっつけちゃって!」

 お互いに声援が飛び交う。


「……」

 寡黙な大男は突然筋肉を膨張させて服を破り胸元を露わにした。

「……フン」


 ロギータはそれを見て似たように力を込める。

「ふんっ!! ……んんっ」

 彼のシャツが胸元だけでなく肩まで破り、より強い力を見せつけた。


「――すげぇ……」


 ラクシェネラが一言。

「それを縫い直すのはシオンなのよ」

 その光景に大男はニヤリと笑う。


「……ふんっ」

 ロギータの腹に一発、強力な拳がめり込む。


 一瞬苦しむ表情を見せるもすぐに笑顔に戻る。


「へへへへへ……」


 お返しと言わんばかりに顔面に一発。

 その小柄な身体から繰り出されたとは思えない一撃は大男を吹き飛ばし後ろの海賊達を巻き込む。


「いいぞいいぞー!!」

 周りでは乗組員が応援していたがそこに海賊の下っ端が飛びかかり、さらにそこに飛びかかる乗組員。


 ブリッジは乱闘状態に陥った。


 壺やスパナを投げる者、バケツを振り回して殴る者、秩序もない状態だ。



「アンタ達、なにやってんのよ! もう逃げてるわよ!」



 意地でも行かせまいと足にしがみつく者たちを振りほどきながら、女海賊は逃げた方向に向かう。

「お頭ァ! 待ってくだせぇ!」

 一通り邪魔者を振りほどいた彼女は走りながら自分の胸元に手を突っ込み、瓶のような物を取り出しそれを勢いよく投げつける。


「しまった、閃光爆弾だ!!」

 瓶が地面に着くと衝撃で割れ、中に入っていた液体が空気と反応し激しい閃光を放つ。

 目の前が真っ白。


 そうして乗組員が目を瞑る間に彼女らは逃げ去った。





――戦艦アクエリアス外壁。


「急いで……追ってきてるよ」

「うん……でも……」

 谷間特有の強い風、少しでも足を滑らせたら落ちてしまう狭い足場、眼下は深く落ちたら助からない程の谷底。

 手を繋いで危険な崖際の綱渡りを助ける。

「後少し……」


 外に繋がる扉が勢いよく開けられた。


――連中がもうここに来た。


「くそっ……」


 彼らも自分たちが辿った危険な道を進み、こちらに肉薄してくる。

 海賊だからか自分たちよりも速いペース。



――こうなったら……。



「――シオン……跳ぶぞ……」

 そう言うと彼女の腰に手を回す。

「えっ!?」

「掴まれ!!」

 彼女を絶対離さないよう持ちつつ壁を強くけって向こう岸の足場……谷の岸壁に跳んだ。


 脆かったのか足元が崩れる。

「うわっ!!」


 急いで重心を移動し即座に高い所にある安全そうな足場に移動した。



――ここまで来たら安心だ……。



 女海賊は不機嫌そうな顔をして言った。

「ちっ、出直すわよ、アンタ達」


 俺とシオンは舌を出してやった。





 サバイバル用に持ち歩いてる折りたたみ式ナイフを使ってシオンを担いだまま登りきった。

「ここまで来たら流石に連中も追ってこれないだろ……」

「ええ……助かった……」


――ようやく腰を下ろして休める。


 シオンも俺も荒野の地面にへたり込むように座った。

「しかしこれからどうしようか、これじゃあ船には戻れないだろ……」


――まだ艦内に残ってるかもしれないし。


「それに奴らは一体何なんだよ」

「ううん、わからない。でも帝国じゃなくても私のクリスタルと血統を狙ってるのは間違いないわ……」

「とりあえず夜が明けるまであの岩場まで逃げて隠れていよう」

 そうして指を指した先にはお誂え向きの大きな岩。


「何イチャイチャしてるのよ!」

 気の強い声が谷の方から上昇するように聞こえてきた。

「イチャツイテンナ! イチャツイテンナ!」

 彼女の左肩に乗ったドギツい原色のオウムが言葉を繰り返す。

「うるさいっ!」



「なっ!?」



 驚いた。


 脚のない赤い馬のような……元の世界で言うならタイヤのないバイクのような機械。

 それに跨がる女海賊の姿がそこにはあった。

 その機械の底からジェットのような噴射が出ておりVTOL機を思わせるホバリングをしていた。





「このくらいでアタシ達から逃げられるとでも思ったのかしら!!」


 右手のハンドバズーカをこちらに向けてくる。

 腰の拳銃に手をかけ、素早く構える。


――狙いは……ハンドバズーカの砲身。


 少し躊躇ったが引き金に指をかけた。

 乾いた音とともに弾丸が発射され、狙い通りに飛ぶ。


 だがしかし、軽快な金属音とともに思い通りの結果にはならなかった。


 カットラスで銃弾を斬り飛ばした。



「――なっ!?」



 驚いている瞬間に、空飛ぶバイクから飛び降りてカットラスを勢いよく振り下ろしてくる。


――狙いは俺の右肩。


 崖を登るために使って刃が欠けたナイフで受け止める。

「やるねぇ」

 余裕な声での称賛。


――長距離の撃ち合いならともかく、近接ではおそらくこの女海賊には勝てない……!


 少女とは思えない強い力に思わず吹き飛ばされる。

 その時に通信機が転がっていき、谷底へと落下した。

 ナイフとカットラスで鍔迫り合いのまま、馬乗りにされるような姿勢に。


――深呼吸。


 次の瞬間、息を止め、空いた方の手を使って発煙筒を目の前で使う。

 思い切りその煙を吸い込んだ彼女は大きくむせた。

 そのままシオンの手を引っ張りその場を後にする。


「ゲホッ……ゲホッ……アンタ達!! 追うのよ!!」

「アイアイサー!!」

 背後から他の海賊たちも同様に空飛ぶバイクに跨って飛び上がった。

 彼らのものは女海賊のものとは違い、黒いベースに電撃のマークが入った塗装が施されており、機首にはシャークマウスのノーズアートがある。

 恐らく赤い彼女の機体は隊長機のようなものなのだろう。






――アエロー級浮遊戦闘艇内部。


「アヴィ・ユヴァ・シュトレハート指揮官に報告」

 指揮官は光のパネルでできた報告書を読み上げる。

「発煙を確認……それで、そこには例の海賊と例の王族がいた、そして重力子反応を検知した……と」

 ふむ、と頷く。

「良い、下がれ」


「強襲揚陸艇を出せ、戦車を用いて奴ら劣等種共を殲滅せよ」






 船がある崖からかなり離れた所まで来てしまった。


――もう逃げ場はない……。


 シオンだけでも逃がそうとしても完全に囲まれている。

 海賊達は完全に彼女を捕らえようと狙っている。

「草薙君……」

「どうしてお前らはシオンを狙うんだ!!」

「決まってるわよ。あの船は……アタシ達の敵なんだから」

 それは強い怒気を含んだ声だった。






 小型の白い箱のような飛空艇が飛んできた。

 位置は……こちらを狙っていた。

 あの空を飛ぶ船、黒いYのようなエンブレム。

 それは隠れ里で見た爆撃艇のものと同じ……。

 ルーオプデン空中帝国のものだった。


「こんな時に……さっきの煙幕で気づかれてしまったか!!」


 着地点に留まると徐々に下に降りてくる。


 ハッチが開くと巨大な砲塔を備えたトラクターのようなものが見えた。

「連中め……新兵器を出してきおったか!!」


――俺はこの兵器を見たことがある。


――そうだ。撃ち合いで相手を撃破し、陣地を取るゲームをやったことすらある。


「アレは……戦車タンクだ!!」


――形状を見ると所謂ティーガー戦車という奴だな。


 二連装砲になっていることを除けば、の話だが。



 まさか歩兵で戦車の相手をさせられるとは、軍人将棋では不利な状況だ。

 それも、4両が相手。



――しかし俺は諦めなかった。


 気づかれないよう岩陰を利用して戦車の近くに忍び寄った。


――上手くいくかはともかく、戦車に出会った時どうするかは昔妄想したことがある。


 円筒形の手榴弾を手に取り、即座にカバーを開いて信管を作動させる。


――底部の防御は手薄だ、グレネードを車体下に……。


 すぐに手榴弾を投げる。


 手榴弾は回転しながら放物線を描き、やがて火花を散らし始める。

 地面を転がり、車体の下に潜り込んだ後、それは爆炎を放ち炸裂した。

 履帯が切断され、内部の燃料などに引火して戦闘不能になった。


 1両を破壊したが、確実にこちらの位置がバレてしまった。


 岩陰に再び戻り、シオンに近づく。

「おそらく、自分と同じ世界からやってきた者が帝国側にいる」

「どうしてわかるの?」

「あの兵器は自分のいた世界のものにあまりにも酷似しているんだ……」


「とりあえず、底部か後ろのエンジンを狙うしかない……」


 しかし、もう手榴弾が1発しか無いことに気付いた。

「シオン、手榴弾は!?」

「私は持ってない!!」


 2両はこちらに向かう。

 しかし、もう1両の戦車はこちらではない方を狙っていた。


 岩の隙間から赤色の髪が見えた。

 そう、女海賊が隠れている。

「あの人を助けるの?」

「このまま見殺しにはできないだろ!!」

「……うん!」

 シオンはもちろんという顔で頷く。


「二手に別れよう」

「シオン、合図を出したらあっちの岩陰に移動しろ!」

 彼女は近くの岩場に、対する俺は遠くにある岩場に。

 女海賊を助けるには遠くの岩場の方に向かう必要があるのだ。

 シオンに危険な思いはさせられない。


 二連装砲の他には前方に二門の……恐らくレーザー機銃がある……。

 だが、それは狙いがわかりやすいという事だ。


 息を整える。


「……GO!!」


 シオンと俺は同時に走り出す。

 それを見た戦車は砲撃とレーザーの連射を開始した。


 岩まで後少し……。


 飛び込み、砲弾を掠める。

 間一髪だった。


 シオンの方を見ると彼女もうまく隠れたようだ。

「シオン、アクエリアスとの通信を頼む!!」

「わかった!」






 女海賊を狙う戦車の側面。

 狙うは後部のエンジン。


 しかし、先程飛び出したお陰でこちらが姿を出したら即座に攻撃してくるはず。


――ならば……。


 少し屈み、その場で跳躍をする。


 フェイント。

 ゲームにおいてよく使うテクニック。

 相手を撹乱し、確実に勝ちを狙いに行く。


 相手はうまく引っかかった。

 岩の前に飛び出したと思い、目の前に砲撃を行った。


 その隙を逃さない。

 岩の横側から飛び出し手榴弾を投げつけ、すぐに戻る。


「あぶねぇっ!!」


 ジュッと服の端が焼けた。

 あとコンマ1秒遅れていたら蜂の巣だった。



 投擲された手榴弾は女海賊を狙う戦車のエンジンの上で爆発した。


 俺はその爆発の瞬間を逃さない。

 一気に駆け抜けて女海賊の隠れる岩場に飛び込んだ。


「大丈夫か!?」

「アンタ、帝国側の人間じゃないの!?」

「話は後だ……それよりさっきの乗り物出せるか……!?」



 瞬間、戦車の砲弾が炸裂した。

 遮蔽物となっていた岩が消し飛んだ。



 激しい轟音と衝撃、礫により、俺は大きく吹き飛ばされた。

 女海賊達が隠れている岩場の方向に。


 一瞬、意識が飛ぶ。

 目が覚めると何か唇に柔らかい感触が。


 唇と唇が重なった。


――即ち、キス。


「ちょっと……こんな非常事態に何するのよ!!」

 俺は再び宙を舞った。


 彼女は異様なほどに顔を赤く染め、ふるふると震えている。

「すまん!!」

 目を合わせてくれない。

「とりあえず、さっきの乗り物を出してくれ、この窮地を切り抜けられるかもしれないんだ」


「……」

 彼女は少しの黙考の後に強気で言った。

「ナイトバードなら出すわ。その代わり、連中を残らず倒しなさいよ!! それから話は聞かせてもらうわよ」

「――ああ!」


 彼女は狙われる覚悟で2発の弾を真上に撃った。

 赤い光が2つ。

 色付きの曳光弾だ。


 その合図を見たからか、2つの機影が高速で飛んでくる。

 空を飛ぶバイクに跨る海賊。


 しかし、残りの戦車2両もこちらに向かう。

 曳光弾を撃ち何か合図を出した。先に始末しなければならない目標であると、砲塔の狙いをこちらに定めたのだ。






「ククク……フェイエス撃て!!」






 主砲の発射装置に手をかけ、電流が劣化ウラン弾を流れ、特殊な磁界を形成し、高速で射出される。

 それは彼らを遮蔽物である岩諸共吹き飛ばせるはずだった。


 2人共無事に、ギリギリの所でナイトバードの縁に掴まった。


「あちっあちっ」

 女海賊の方は後部の排気口に触れてしまい手を思わず離すも、急いでリアフェンダーに掴まり姿勢を立て直す。

 2人乗りのような状態に落ち着き、急いで状況を把握する。


 空中を取ったことにより戦車に対して有利な状態。






 女海賊は下っ端達にそう命じた。

「とりあえずこの子らとは今は停戦だ。あの帝国共を始末するわよ」

「アイアイサー!」


 武器はもう拳銃と刃の欠けたナイフしか無い。

 これでは奴らの装甲を貫通などできない、いくら手薄な部分を狙おうとこの程度の威力では弾かれるのが関の山だ。

 俺は聞く。

「ねえ、これには武器とかないの?」

 目の前で操縦する下っ端が答えた。

「20モアメルテ機関銃と56モアメルテ榴弾砲だな。後はお頭の持つハンドバズーカくらいだが……」

 お頭……というのはあの女海賊か。

 見た目は自分より若いのにこの集団を統率しているという事実に驚きを隠せなかった。


「奴の弱点は基本背面と側面だけど、空中からなら上部に対してなら榴弾も有効だと思う……」

「言われなくても、そうするつもりだったわよ!!」

 彼女の駆るマシンが急激に高度を上げ、頂点で狙いを定めると、一気に急降下。


 機体前方に備えられている榴弾砲から56モアメルテの一撃をお見舞いする。

 一撃で車体を貫通し、内部で弾丸が炸裂して派手に撃破。


「お見事……」


 こっちも殺るしかない。

「よし、俺が合図をする!」

「奴の上を取ってくれ……」

「ウイ!」


 そう言うと高度を上げる。

 しかしレーザーがこちらに放たれた。


 機体を掠める。

 

「急上昇!!」

 機体が思い切り上を向き、推進機から青白い炎が吹き出す。






 日光が戦車の砲手の目を一瞬遮った。






 頂点で姿勢を整える。

「その位置だ……」


 急降下攻撃。


 近づきすぎると衝突する。

 離れ過ぎるとうまく命中しないこともある、自分が狙っているわけじゃないからだ。

 だからこそ、タイミングが重要だ。


 急降下の風を受ける。

 目標は戦車の上面。


「今だッ!!」


 榴弾砲のトリガーを引く。

 高速で射出されたそれは戦車の装甲を貫通し、内部で炎を撒き散らし炸裂。






 今のところ確認できる戦車は全て撃破した……。

 シオンも無事のようだ。

「あの子も頼む……」

「ウイ!!」

 再び、高度を下げる。


 後部に捕まりながら、シオンの手を伸ばす。

「シオン! 掴まれ!!」

 岩を蹴り、シオンが俺に向かって跳ぶ。


 女海賊は口笛を吹いて称賛する。

「ナイスキャッチ」


 安心も束の間、シオンは慌てた口調で言った。


「アクエリアスから通信、本艦は敵の襲撃を受けているって……」

「何!?」

 急いで命令した。

「このまま船に向かってくれ。敵の攻撃を受けてるんだ!」


 横から女海賊が驚いた面持ちで聞く。

「アタシはアンタ達を狙った海賊なのよ?」


 シオンが咄嗟に答えた。

「でも、命までは取ろうとしなかったでしょ? だから見かけより良い人だって思ってる」

「だって、船の中で使ったのは催涙弾だもん」

 あの逃げる間にそこまで観察していたのか。

 しかし、思い返すと確かに彼女の剣はこちらの急所を明確に避けていた。


「お頭……やっぱりこの子には敵わねえな」

 少し間が空いてから彼女は答えた。

「……ふん、しょうがないわね」


「何か策はあるのでしょうね?」

「……この先にはジェット気流があるんだ、アクエリアスなら逃げ切れるはず。恐らくこれから増援が来るはずだから時間との戦いだよ!」

「もうここには戻れない、ってことね……いいじゃない、気に入った」

 女海賊はハンドバズーカを折り、その中に弾を幾つか装填する。

「んじゃ、行くわよ!!」

 真上に青の曳光弾を2発。

 全員集合の合図。


 そのまま戦艦のある谷へ向かう。


 崖に張り付き、アンカーを使って艦内に侵入を試みる緑色の軍服に身を包み悪趣味な虹色のゴーグルを装備した奴ら……。

 よく見ると腕の腕章で帝国兵だとわかった。

 乗組員は拳銃で抵抗を試みるも多勢に無勢、劣勢を強いられている。


 榴弾砲、機関銃、ハンドバズーカで群がる帝国兵を蹴散らす。

「煙幕展開! アイツらを近づけさせるな!」

「アイアイサー」

 アクロバット飛行のような複雑なマニューバを行い、煙でアクエリアスを包む。


 甲板には帝国兵が2名残っている。

 ロギータさんと張り合っていたあの大男が甲板に着地した。

 帝国兵2人を軽々掴み上げ、艦の外へと投げ飛ばす。

「ジャック!」

「お頭、こやんでよか?」

 寡黙な印象からの独特の方言。

 女海賊がそれを見て頷く。


「これでしばらくアイツらはこないよ、この船は出せるのかい?」


 答えたのは機関士たちだった。

「ネットの除去が終わらないんじゃ、どうにかしてくれ!!」

 艦の前方では皆で張り付いた粘着ネットを削ぎ落とそうとしていた。


 それを見た女海賊は甲板に飛び乗るとマッチを取り出して火をつける。

 すると、導火線のように火花を散らし燃え尽きていく。


「これでいいかしら?」

「ああ、助かった!!」

「よし、シオン、ブリッジへ急げ!」


 シオンは急いでブリッジに戻り、クリスタルをモノリスに嵌め込む。

「機関始動!!」

「動力炉主電源接続」

「グラビティコンバータ正常」

「主推進、副推進、共に問題なし」

「出るぞ!!」


「んじゃ、アタシ達はこれでお暇させてもらうわよ」

 女海賊達は去ろうとする。

「……」

 静止したのはシオンだった。

「一緒に来てくれない? 外はもう安全じゃないわ……」

 思わず俺も頼んだ。

「俺からも頼む」


 そっぽを向くがふと何かを思い出したようで顔を染めながらこちらを向いて言った。

「キスの分はまだ返してもらってないからね!!」






 時間が停止した。






「――なっ!?」

 シオンも顔を染めて口をパクパクさせながら動揺していた。

「キキキキキス……ススス」


「ナイトバードを格納庫に入れてくるわ。その間まではそっちでなんとかしてよ!」

 艦長が静かに答える。

「格納庫なら船体背面下部だ。誘導線はこちらで出す」

 それを聞くと彼女は急いでブリッジを出る。


「敵艦、新たに補足、ハルピュイア級1、アエロー級3、高速で接近してきます!」

「海賊達はまだか!?」


「ハルピュイア級が右舷より接近中」

 アエロー級とハルピュイア級は速度が大きく違う。

 前者と比較すると後者は倍以上で、高速戦闘艇と呼ばれている程だ。


「フック艦長!」

「格納中はバリアを展開できん、砲雷撃戦用意!」

 こうなると迎撃する他ない。

「了解」

 急いで俺は配置につく。


 左右は崖が邪魔で敵を攻撃できない。

 前方、上方、後方に青空が見えるのみだ。

 これではマトモに撃ち合うことも不可能。


――よし、置きエイムだな……。


 それはFPSで敵が出てくる位置を予測してそこに射線を合わせておくテクニック。

「パルスカノンで奴らを迎撃する」

「第三砲塔にエネルギー伝達」

「上下角プラス85、左右プラス5、重力誤差修正」


 ラクシェネラが状況を冷静に報告する。

「海賊から入電、機体の格納、全て完了しました」

「これより本艦は敵飛空艇の迎撃後にジェット気流へ向かいます」


 右から飛んできた敵艦が上空を覆う。

「今だ!!」


「てーーーっ!!」


 主砲から眩いラインが螺旋を描きながら飛び、敵艦を直撃する。

 熱量と物凄いエネルギーの奔流により、敵の装甲などいともたやすく歪曲させられ、風穴を開けられた。

 それにより各部に引火し空中に大きな紅蓮を咲かせた。


「敵艦、完全に沈黙!」






「アクエリアス、発進!」






「メインエンジン、出力上昇、上げ舵15」

 しかし、奇妙な揺れを数回起こすだけで全く艦が動かない。


 マルコは状況を確認し、思わず慌てる。

「主翼が岸壁に食い込んで飛び上がれないぞ!!」

「問題ない、メインの出力をあげつつ、可変翼を高推進モードにしろ」

「了解!」

 4つの翼が後退する。

 本来であれば高い速度を出すための機能だ。

 横幅が狭まることで岸壁の嵌まっていた状況から脱する。


「アクエリアス、脱出しました」

「両舷増速、黒10」

「両舷増速、黒10、ヨーソロー」


 更に増援が横から飛んできている。

「敵艦2隻、こちらに向かってきます!」

「振り切る、急速離脱!」


 ゴーニィが叫ぶ。

「このままジェット気流に乗るぞ!!」

「了解!!」

 マルコはエンジンの出力を最大に上げる。


 前方に風の渦が見えてきた。

「総員、対ショック防御!!」


 激しい揺れ、点滅する照明、速度計は異常な数値を示していた。

 地形データの取得が間に合わないため、モニタにも目まぐるしく変わる波のような立体図が映し出された。

 このジェット気流は乗れば50,000キオメルテを一気に突破することができる。

 お陰で航海日数を大幅に短縮できるのだ。






 海賊達は客人として迎え入れることになった。

 安全な場所まで連れていき解放する約束だ。

 居住環境は他の乗組員と比べると酷く劣悪で、独房のような個室だった。

 元々乗組員にする予定はなかったのだから仕方がないのだが。


 彼らは格納庫に他の乗組員含め集まっていた。


 赤い短髪を揺らし、ベージュのブラウスではなく艦内の制服を着込んだ若い女性。

 キャプテンハットはもうない。彼女は今は海賊ではないのだから。

 制服がキツイのか、彼女の豊満な胸が強調され、男性乗組員の視線を釘付けにしていた。

「アタシはアン・リード、お頭って呼ばれているわ」

 そう言うと彼女はカットラスを振り回し、ハンドバズーカを構える。

 そのかっこよさに思わず盛大な拍手が巻き起こる。

「カッコイイナ、カッコイイナ」

 ドギツい原色のオウムが肩にヒョイと飛び乗って喋った。

「ああ。この子がジョン。マベポスランオウムって鳥よ」

「オウムか、こんな鳥がいるのか」

「凄いなこの剣、こんなものを振り回すなんて力あるんだな」

 ざわざわと騒ぎが徐々に大きくなる。






 横に座ったのは俺達の2倍はあるだろう身長の大男だ。

 身体中が筋肉質で、剃り残しの目立ち凶悪な目つきの顔はそれだけで威圧感を齎す。

「……」

「アンタも黙ってないで喋りなさいよ!」


「ああ、おいどんは怪力ジャックって言うものやけん」

 その強面から放たれる独特な方言はなんとも言えない空間を生み出した。

「力が自慢やけ」

 そう言うと彼は乗ってきた空を飛ぶバイクのような乗り物、ナイトバードを片手で軽々と持ち上げた。

 下ろす時に少し地面に振動が伝わったことから、相当な重量があるのがわかる。


「コイツは無口で見た目はおっかねえけど実は泣き虫でな!」

「そ、そげん事……!!」

 突然のカミングアウトにどっと笑いに包まれる。






「アンタ、そんなところに隠れてないで自己紹介しなさいよ」

 物陰から引きずり出されたのは髪がボサボサで細身の男性だった。

 しかし、長い鼻にカイゼル髭とどことなく愛嬌のある顔だ。

 白衣に身を包んでいることから何らかの科学者なのだろう。

「フ、フ、フマン・グッチー博士……オ、オレは天才科学者だ……」


 さっきまでは表に出ていなかったが恐らく空中海賊のこのナイトバードを手掛けたのは彼だろう。

 それだけでもかなり優秀なメカニックであることが推察できる。

「そ、そ、それより、オレなんかにここまで自己紹介で尺を使っていいのだろうか……経費削減も大事だと思うのだけど……」

「何いってんだよ!! アンタ、変な所で卑屈なのは昔っから変わらないんだから……」

「そ、そ、そうだよね……あ、若い女の子がいたら後で連絡チョーダイね……ヒヒ……」


「すぐ不満をブツブツ呟くわ、若い女の子大好きでアタシについてきた時も最初はアタシ目当てだったし、経費削減を常に言う割に自爆スイッチとかBGM再生機能とか変な機能ばかりつけてくる困ったちゃんだけど実力は確かなのよ、よろしくしてやってね」

 なんかとても個性的な人だと思った。






「後は下っ端のチハ、チト、チヌ、チヘね……」

 そう言いかけた瞬間、銀色の光が彼女の顔の横を掠めた。


 緑色の軍服に虹色に輝く悪趣味なゴーグル。

 Yの字の腕章。

 腕には十字の形状のナイフ。


 帝国兵の残党だった。






 アンはすぐにカットラスを取り出し、ナイフを弾く。

「皆、逃げるのよ!!」

ザイル ホルスーシャホルスーシャ、万歳!

 帝国兵がそう叫ぶと動きが更に素早くなる。

 アンは咄嗟に足を引っ掛け、転倒させる。


 激しい攻防一体の戦い。






 数人が銃を構える。

 思わず下っ端が叫んだ。

「やめろ、お頭に当たるかもしれない!」

 激しい取っ組み合いになり、マウントポジションがすぐに入れ替わる。

 狙いが定まらない。

 飛びかかろうとするも相手はナイフを持っている……。


 誰もが動けない。

 そんな緊迫した状況の中、アンは一言。


「気にしないでいいわよ! 早く撃って!!」


 呼応するかのように乾いた発砲音が1つ。

 銃口から煙が立っているのは、俺の拳銃だった。


 見事なヘッドショット。男は即死だった。

 勢いを失い、その場に倒れ込んだ。


「俺は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない……」






 いや、命のやり取りなどとっくの昔にしていた……。

 RAM-TASは勝者には多額の賞金、敗者には1円も入らない。

 だからこそ、真剣な命のやり取りだった。

 しかし、それは現実に見えなかった。


 今まで工場を破壊し爆撃艇や飛空艇、戦車を撃破してきた。

 しかし、人を殺しているという実感がなかった。


 でも、今は目の前で生暖かい血を流して倒れている。

 1人の男が俺の引き金によって、死に至った。


 殺した。

 殺してしまった。






――俺は胃の内容物を吐き出した。






 医務室で精神安定剤を処方してもらい、ベッドで安静にしていた。


「アンタ、もしかして殺しは初めて?」

 静かに頷いた。

「アタシも、初めて人を撃った時は手が震えて目の前が真っ白になったわよ」

 遠くを見るような目で思い出したかのように語る。

「アタシは元々、マベポスランの王女だったのよ」

 そう言うと、豊満な胸の間から一枚の写真を取り出した。

 それは今の強い彼女とは程遠い、綺麗なお姫様だった。

「本当の名前はアン・リード・マベポスラン」

「家族は皆仲良くて、父は国民の幸せを願っていた名君だったわ」

「間違いなく幸せな日々だったと思うの」


「でも、あの時、帝国が突然攻めてきたのよ」

「兵士全てを出したけど皆殺されて、建物は燃やされて、女子供も容赦なく汚され皆死んでいった」

 隠れ里での爆撃を想起させた。

 あの光景……。


「炎の中でアタシは拳銃を手にしたの、帝国兵に殺された家族を見て、アタシは思わず引き金を引いたわ」

「乾いた発砲音、硝煙の香り、手にこびりつく生臭い血、今でも忘れない」

「今のアタシは不殺主義を掲げてるけど、それでも仕方ないときって何度もあるのよね」

「アイツらの輸送船を狙って通商破壊をする時ですら、抵抗してきて撃ち合いになって、仕方なく殺してしまうこともある」

「でも、それがあったから今のアタシ達がいる」

「それがなければアタシもアイツらも死んでたんだって……」

「なによりも、今まで犠牲になってきた家族や仲間が浮かばれない、今更、こんなところで死ねるかって……」

「アタシにとって、今の海賊は復讐でもあり、贖罪でもあるんだって……」

 そう続けると、彼女はこっちを振り向いた。


「最後にアンタが気負わないように言っておくわ」



「――助けてくれてありがとう」



「そ、それだけだから! 別に、他にはない!」

 そう言うと彼女は慌てて立ち上がり、耳を赤く染めながら部屋を出ていった。






「先の空中海賊から客人ではなく乗組員として参加したいと……」

 ラクシェネラが書類を纏めながら報告した。


「ふむ、戦力としての価値は十二分だ。胆力も技術力もある」

「艦長!? 正気ですか!? ……わたしは認めません」


 ブリッジにアンが入ってきた。

「あなたのブリッジ入出は許可してません!」

「別にいいじゃない。それより、アンタらもあの帝国と戦ってるって?」


「それならアタシ達は全面協力するわ」

 ついてきた俺も言った。

「俺からも頼む、彼女は信用に値する……だから、よろしく頼む」

 多分、ひどくやつれた顔をしている。


「……そうだな、航空部隊という新しい戦力にもなるやもしれぬ。制空権の確保は大きな一歩だ」

 彼女はそれを聞くとこちらを振り向きガッツポーズ代わりに微笑んだ。


 俺はまだ初の殺人によってできた心の傷が癒えていない。

 それでも、年相応で混じりっけのない彼女の笑顔はこちらまで少し元気にさせてくれた。

 きっと、これからの旅には彼女たちが必要だ。


「それより、さっさとあの独房のような牢獄からアイツらを出すのよ!! 待遇面は色々うるさく言わせてもらうかしらね!」

艦長はやれやれと言った表情、副長は納得できないとアンを睨んでいた。

心強い味方、空中海賊達を味方につけ、アクエリアスは征く、打倒帝国を目指して。


――目標地点到達まで残り130,000キオメルテ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アクエリアス乗組員の役職と大雑把な仕事について


草薙 翼

所属:砲雷科/砲雷長

主砲や誘導弾などの火器管制を行う


シオン・リアル・ホルスーシャ

所属:主計科/書記

クリスタルを扱う機動キー

航海記録・戦闘記録等をつける


マルコ・ロレンツォ

所属:航海科/航海士

地形データや周囲の風速などの確認


ゴーニィ・アラギノル

所属:航海科/航海長

アクエリアスの操舵を行う


ジェネンター・ヒラガ

所属:機関科/工作班長

艦内の設備や兵器の補修、開発、量産などを担当する


ロギータ・セルメネフ

所属:機関科/機関長

メインエンジンの状態確認、修理を行う


リー・タカザキ

所属:機関科/機関助手

ロギータのサポートを行う


コック・ドゥーヂィ

所属:補給科/給養員

艦内の食堂の運営、食事の提供等


ドクター・シノノメ

所属:衛生科/衛生長

怪我人の治療、精神ケア等


ラクシェネラ・ハヤモーケン

所属:船務科/副長/船務長

通信・電子制御、船内の規律や艦長の代理等


フック・J・ワイルドギース

所属:艦長

全ての意思決定等

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る