第2話 救世主と希望の方舟

 謁見の間。


 それは、28畳ほどの広い畳、襖や掛軸などよく見る和室的な大広間そのもの。


 よく時代劇で目にするような光景だった。

 しかし、周りを囲むのは武士などではなく、軍服に身を包み銃剣を装備した者たちだった。


「そうだな、いずれは話さねばならなくなる、ならば今話してしまおう」

「君がどんな存在か、そしてヤマタノオロチ作戦の意味、そして全てを話そう」






「まず我々、ここ隠れ里に住む人間についてから説明しよう」


 里長は俺の世界と似たような世界地図を取り出し、指し示しながら説明を始めた。

「巨大な空中帝国ルーオプデンが軍事力をつけ、周囲を侵略し続けた」

「我々は彼らの強大な技術になすすべなく逃げ延び、今こうして地下に都市を築き上げている」

 空中帝国、ここが地下であること、地下に都市を築いている事、脳が理解を拒むほどの情報量に時間が止まったかのような錯覚に見舞われた。

「他の国家も抵抗を続けているが、おそらく時間の問題だ」

「これが世界の大まかな情勢だ」


「先週、ヤマタノオロチ作戦があった」

「残存兵力を集めた一大反抗作戦、これはこちら側に多くの損失を齎して失敗に終わったな……」


「……本当のことを言ったらどうなんだ」

そう口を開いたのはフック艦長だった。


「ああ……君の前では嘘をつけないね」

「最初から失敗の目に見えている作戦などするはずがない」






「――結論から言う、ヤマタノオロチ作戦は時間稼ぎだった」

「馬鹿な……たかが……時間稼ぎのために彼らは……私の戦友フラッガは犠牲になったのか……」

 フック艦長は怒りを露わにした。


 しかし、すぐにそれを抑えた。

「いや、薄々気づいてはいた……」


「だろうな……はは……」

 里長は自嘲気味に笑う、否、笑ってはいない、それは罪悪感を極限まで押し殺した末に出たものだった。

「ヤマタノオロチ作戦の真の目的はコードネーム・クサナギ」


「それは奴らに唯一対抗できうる戦力、戦艦アクエリアスとその起動キーとなるクリスタル、そしてそれを扱える血筋の者」

「それから異世界より呼ばれし切り札、草薙 翼君。君なんだ」


 それを聞いたフック艦長は苦い顔をしながら深く俯いた。

 俺は話についていけていない。


「ある時、帝国から逃げるアクエリアスの電波をキャッチした」

「急遽我々は迎え入れ、秘匿するために部隊を編成した」

「それがヤマタノオロチ作戦の真実」


「反抗作戦としてのヤマタノオロチ作戦は失敗したが、本来の意味での作戦は成功していた」

「それによって、二人のホルスーシャ人がこちらに来た」


「そのうち一人……シオンの母にあたる者は君を召喚する魔法を使用して亡くなった」

「召喚魔法……?」

「ああ、クリスタルの力で異世界から人や物を呼び出すには使用者の命を代償にせねばならない……」


 俯いて聞いていたシオンに聞く。

「シオン……全て……知っていたのか」


「ごめん……草薙君には笑顔でいてほしかったんだ」


 俺は思わず感情を露わにした。

「なんで俺なんだよ!!」

「なんで……なんで……」


「そ、それは……」

 言葉に詰まるシオン。


 里長が続けた。

「シオンの母、リサ・リアル・ホルスーシャが君を選んだ。そちらの世界で最もこの世界を救えると信じてな」

 急にプレッシャーがのしかかる。

 俺はどんな犠牲の上に成り立っているのか。


――俺は多数の船員の命、そしてシオンの母の命を……。

「俺は……お前らの命を使ってでも来るべき人間じゃない……」


「だって……俺を喚ぶために……お前の母も……」


 シオンは涙を拭い、優しく言った。

「そんな顔しないで。あのままだったら、遅かれ早かれ私もお母さんも殺されてしまうところだった」

「あの帝国は裏切り者には容赦しないから……」

「だからね、生き残るため、最善を尽くしたんだよ」

 そこでフック艦長が言葉を挟んだ。

「だから、戦わねばなるまい、戦艦アクエリアスを使って」

「フック、貴方は理解が早いな」

「我々には時間がない……余裕もない……だから、希望を託すしか無いんだ」

「アクエリアスは1ヶ月後には出港、ルーオプデン空中帝国の中枢に向かって航行する」

「これが、我々に残された最後の希望だ」

「フック、アクエリアスの乗員選定と航行スケジュールの調整を頼む。こちらは各工廠に頼み修理、兵器開発を間に合わせる」

「――そうだな、こちらには時間がない……」






 部屋を出る際、フック艦長は俺に向かってこういった。


「不安か……うむ、そうだろうな。だが、今はそれでいい」


――わかってる、俺には戦うしかないこと。そうでなきゃ、帰れないんだろ?


――それは、半ば諦めだった。






俺は1人の軍人として訓練をしている。

1ヶ月という期間はあまりにも短い。

サバイバルゲームをやっていた経験があり、射撃の腕は文句なしではあるが基礎体力、軍人としての礼儀作法、軍規はからっきしだ。






――柞気村。


 中肉中背の見た目にはなんとも特徴のない、だがただならぬオーラのような雰囲気を漂わせる青年が話しかけてきた。

「君が噂の別の世界から来たという……ふむ、興味深い。艦長から話は聞いている」

「おっと、これはあまり他言してはいけないようだったな」


 彼はジェネンター・ヒラガ。

 アクエリアスの技術主任として抜擢されると噂の天才科学者だ。

 30歳にして数多の発明を残し、書いた論文は数知れず、この地下都市の建築にも貢献したという。


 彼は巨大な黒い弾丸を見せびらかした。


「これがゼラキニウム、アダマンタイト、タングステンを一定比率で混ぜたゼラ合金」

「そしてこれを利用して開発されたのが既存の徹甲弾を遥かに凌ぐ破壊力を持つ91式徹甲砲弾」

「これなら奴のバリアも貫通することができるだろう」


「んで、こっちがラムジェットパルスエンジンで飛行する小型のグライダーだ」

 白いボディのカモメのような見た目のグライダー。

 中央部には2基のエンジンがあり、始動機、そして掴まるための手すりがある。

 おそらくうつ伏せで掴まって重心移動で旋回するんだろう。

「電気が発明されてから数年でここまでの技術躍進があるとは私にも予想外だったよ、ハハ」

――電気が見つかってから……。この隠れ里の風景を踏まえるとおそらく20世紀頭といったところか。


「こっちはなんだ?」


「こらああああ、触るなあああああっ!!」

「わっ、びっくりした」

「まったく、これだから素人は困るんだ」


 彼はロギータ・セルメネフ。

 ドワーフのような小柄で髭を蓄えた見た目をしている。

 元々は炭鉱夫でアクエリアスの機関士を務めるそうだ。

 フック艦長とは長年の付き合いらしく、実験艦として開発された駆逐艦ハルカゼの整備などにも携わってたという。


「ごめんなさい。親方はエンジン愛が強くて……」


 そう謝罪した金髪の少年は機関助手のリー・タカザキ。

 戦争孤児でロギータに育てられているんだとか。

 13歳ながらその腕は確かなもの。

 アクエリアスに同乗すると言っているがその都度、ロギータに説教され断られているんだとか。

「こらああっ、タカザキィ、はやく3番ボルトを持ってこんかぁぁぁ」

「はいっ、親方、今っ」






「こっちでは航路の策定を行っている」

 褐色に渋い顎髭、サングラスという軽薄な出で立ちの男。

 彼はゴーニィ・アラギノル。

 女と酒が好きで潔い性格をしている。

 豪快で不真面目そうな雰囲気とは裏腹に請け負う仕事はしっかりとこなし、部下からの信頼も厚い。


 なにやら世界地図に線を引いている。

「おそらくルーオブテン帝国の首都はこのあたりだ。ここからの距離は160,000キオメルテってところか」

「本来ならばアクエリアスの推定巡航速度でこの距離は5ヶ月はかかる計算だな」

 得意げに計算機を弾く。

 異世界の計算機ということでそれがどういうものかは理解できないが、きっとすごい計算をしているのだろう。

「んで、ここがジェット気流と呼ばれていて、ここに乗ることで大幅に航行スケジュールを短縮できるんだ」

「おそらく帝国の首都に3ヶ月とちょっとあればって所だな」


 へ~っと頷きながら歩くと思わずぶつかってしまった。

「いてっ」

「悪い、大丈夫か?」

「ああ……」


 いかにも平凡ですといった感じの男。

「君は砲雷科の……」

「僕はマルコ、マルコ・ロレンツォ。航海士さ。主に地形データ、気流や気温の測定の担当だ」

 この人は普通に話せそうだ……。


「――ああ、俺は草薙 翼だ」


 空気が一変した。


「今、なんて?」


――俺は草薙 翼だ。


 そう言い終わる前に、拳が飛んできた。

「貴様が……貴様があぁァァァ!!」

 殴り飛ばされたあと、俺の上に馬乗りになり何度も顔を殴打してくる。

「マルコ! やめろ!!」

 強い力で抜け出せない。


「貴様が……兄を!!」


「貴様なんかの……貴様なんかのために……なんで兄は死ななきゃならねえんだよ!!」


「僕の兄は……フラック・ロレンツォ……ヤマタノオロチ作戦で戦死したんだ」

「よりにもよって……それで得たものが貴様のような凡人だとはな……ふざけるな……!!」


「やめろ!! それ以上殴ったら……」

 目の前がぼやけてくる。

 痛みと怒号だけが理解できた。

 そして騒ぎを聞きつけた大勢の人が駆け寄ってきた。






「――マルコ少尉、一級機密抵触、および草薙一等兵に対する暴行の処罰は追って行う。覚悟しておけ」






 ゴーニィがコーヒーを片手に、ベンチで横たわる俺に近寄る。

「彼が言ってた通り彼の兄は以前の戦い、ヤマタノオロチ作戦で亡くなった」

「きっとその怒りの矛先が迷子なんだと思う」

「だから、こう言うのもあれなんだが、あまり彼を責めないでやってくれ」






――訓練が始まり半月。


 対人戦闘訓練だ。


 片手で投げられるサイズの爆弾……まあ手榴弾の類なのだが。

 水筒にも見える円筒形で、開いて信管を起動させると火花を散らしカウントダウンを始める。

 その後に爆発するという仕組みだ。


 物陰に隠れて人形を模したダミーターゲットに向かって、訓練用に火薬を減らした手榴弾を投げる。


 次はライフルでの戦闘訓練。

 その次はナイフを持った相手から身を守る格闘術。


「こんな対人戦……なんの意味があるんだ……俺達は戦艦の乗組員だろ?」


「あら、上官の指示に疑問を抱くのは構わないけど従わないのは困るわね」

 彼女はラクシェネラ・ハヤモーケン。

 妙齢の女性の副長兼船務長。

 エルフ耳に長い金髪、スラッとした細身に出るところは出ているスタイルの良さ。

 気品を感じる仕草、澄んだ声。


「あなたも軍人なのよ、これからは規律・上下関係・命令には従ってもらわないと、命を落とすわ」

 彼女はそう言うとフッと姿を消し、背後から模擬戦用のナイフを首元に突きつけてきた。


「それも、あなただけじゃない、他の人も巻き込むの。心得ておくように」


――見えなかった。


――俺の動体視力には自信がある。おそらく油断を突かれた。


 このままでは負けた気分がするのでナイフを跳ね除け逃げようとするも……。

 景色が回転した。


 一瞬何が起こったか理解が追いつかなかった。


 手でナイフを弾こうとする僅かな動作をする前に足を払われた。

「対人戦の訓練にも意味はあるわ。例えば、艦内に敵が乗り込んできた時」


「それだけじゃない」

 ナイフを投げ渡してきた。

 思わずキャッチした時、彼女は俺の腕を掴み彼女自身の首元にナイフを向けさせた。

「あなたはもし同じ人間を相手にした時、殺せる?」


「以上。あなたはまだまだ未熟よ。戦術、射撃技術には才能はあっても、軍人としては一人前以下だもの」






――相手を殺せるか……か。


――人殺しの経験はもちろんない。だからこそ、それは痛い指摘だった。


――そもそも、俺はやりたくてやってるわけじゃない……。






 噴水のある広場。苔の生えた地べたで寝そべり、思いに耽っていた。

 元の世界のこと、今頃ランキングは塗り替えられているか、シオンはどうしているか。


「サボり?」


「シオン!? どうしてここに!?」

「私は休憩中よ? それよりさ、あなたは訓練があるのではなくて?」

「イマイチ乗り気になれない……んだよな……」

「へぇ……まあ、仕方ないよね、いきなりこんな世界に呼び出されて、いきなり戦わされるんだもん」

「でも、私だって一緒だよ? なんて言えばいいのかな。生きるために戦う……違うかな」


――解せない。


 俺の世界では戦争なんて、少なくても俺のいた国ではほとんど無縁だった。

 だから、他者を害して、踏みにじった上で生きようなんて考えはない。

 何より、抵抗しなければ死ぬという事はなかったからだ。

 そんなのはゲーム上での出来事でしかない。

 だから、俺には実感がないんだ。


「これでも、私も主計科として、書記として、誰かの役に立ちたいなって思ってるの」

「クリスタルを起動するだけならそんなこと必要ないけど、それでも少しでも人の役に立ちたくて……」


「そういうのじゃ……だめかな?」


「――わからん」


 ふと、手に持っていたパンをちぎり、辺りに撒く。

 何かが飛んでいたからだ。


 すると、ピンク色の鳩が数羽降りてきてパン屑を啄む。

「この世界にも鳩がいるんだな……」


「これはね、コウモリバトっていうの、この世界中、どこでも生息していて、洞窟にいることが多いの」

「コウモリバト……」


 ふと、見ると目が小さく匂いを嗅ぐ動作をしている。


「ここは多分地下空洞って奴だったんだろうな」

「どうして分かるの?」


「パッと見る限りでは目が退化している。おそらく嗅覚や超音波でものを見ているんだろう」

「生き物がこうなるには長い歳月が必要なんだ」

「それに、この地形を今の時代の技術で作るのは無理がある」


「あなたの住む世界では……」

「……それでも大変だろうな……お金がかかる」


「きっとここは戦争がなければ今頃広い地底空洞でコウモリバトも生き生きと暮らせたんだろうな……」

 それでも、今は平穏だった。

 それが仮初のものであることは、すぐに知らされる。






「空襲警報発令。空襲警報発令。直ちに指定のシェルターに避難してください。繰り返します……」






 天井が破壊され、岩の雨が降り注いだ。

 その穴からは星空が見え、敵が侵入してきた事を示している。


 全翼機のような形状の爆撃艇が集落に狙いを定める。






――爆撃艇内部。

「降伏のサインを出しています」

「フン、民間人の降伏など無視しろ。マスタード爆弾投下用意」






 容赦なく降り注ぐ爆弾。

 その爆弾は建物を用意に破壊し、爆炎を撒き散らし、周囲に広がる毒ガスで辛うじて生き延びた者の命を容赦なく刈り取った。


「敵はこちらを焦土にするつもりだ……」

「対空砲はどうした!!」

「対空砲、現在稼働中が2、修理中が7、修復不可能が12……」

「絶望的な状況だな……」


 上空……空洞の中を優雅に駆る2機の爆撃艇が旋回し、鉄秀城に爆弾を投下する。


「住民の避難はまだなのか!」

「はやく舞羅に行くんだ! 壇の道を封鎖しろ!」






「おそらくあれは大型爆撃艇 SFt-229 ハーフムーンだな……」

「見ての通り爆弾を大量に搭載可能で制圧戦に使用されるものだ……」

 ジェネンター・ヒラガが呟く。

「……何をやっている、はやくシェルターに避難したまえ」


 そう言っている間に爆撃が行われ、容赦なく女子供すらも殺戮された。

 その攻撃にやり場のない怒りや悲しみを感じてしまう。


――これが戦争……なのか……。


――俺は何もできないのか。


 俺は何を思ったのか、あの爆撃艇を落とせないか考えた。

「……爆撃機ってのがこちらの世界にはあった、ああいった大型であれば機動力は低い……!!」

 そうだ、アレがあった。


 避難所とは真逆の格納庫へと走っていく。

「何をするつもりだ……」


「あれを撃墜しに行く!!」

「無茶だぞ」


 格納庫の中でビニールシートを被った白銀の翼を見つけた。

「これ、飛べるんだろう?」

「自分のしていることがわかっているのか!? まずは論理的に分析をして行動を……」


「時には論理よりも感情や勘に頼ったほうがいい時もあるんだよ!!」


 少し考えて、ヒラガはこれだけ言った。

「……どうなっても知らんぞ」


 俺はすでにグライダーにしがみつき、始動機を動かした。


 まったく操縦が解らない、それどころか起動の仕方すら勘だ。

 それでも天才的な勘はよく当たるのか、不安定な音を鳴らしながらも首尾よく発進した。


 ……格納庫を吹き飛ばしたことを除けば。






 この機体は予想通り体重移動で旋回するものだ。

 一応手すりにトリガーがついており、それで動翼を動かすこともできるが、それはピッチングに使うものだと直感的に理解した。

 残りの燃料は十分。


 武装確認。

 手に持っているのは手榴弾2発分。

 やることは1つ。タイミングを見計らい敵機の至近距離で爆発させて撃墜。

 しかし訓練用だからか火薬が少なく、なおさら至近距離でなければならない。


――やるしかないか。


 手榴弾を開き、信管を作動させる。

 火花を散らしカウントダウンを始めた。

「この手榴弾の感覚は……8.4秒……ってところか」

「なら、タイミングを測って……」


 敵機がこちらに気づいたか、旋回する。


――残り7秒。


 こちらは急上昇を行い、天井ギリギリで戻す。

 敵の上を取った。


――残り3秒。


 あのタイプの全翼機であれば翼を狙ったところでこの威力では効き目は薄いだろう。

 狙うは弾薬庫かエンジン。

 弾薬庫……おそらく機体下部、重力がある以上、手榴弾での狙いは難しい。

 つまるところ、エンジン一択。


 狙いを定めた。


 エンジンの方向にめがけて急降下を図る。


――残り0.6秒。


 急降下爆撃。

 正確にピンポイントの敵を狙う方法。


 爆発寸前に手榴弾を手放した。


 トリガーを引いて思い切り機体を戻す。


 敵機の後ろに手榴弾が直撃、僅かな火薬ながらエンジンを破壊した。

 そして推力を失った爆撃艇は情けなく失速し、そのまま壁に激突し大爆発した。



――もう1機!!



 もう1機は後方から勢いよく飛んできた。

 ブーストによってさっきとは大違いの速度で飛ぶ。


「全翼機の癖に……そんな速度ありかよ……」

 あれだけの速度をだして、よく機体が分解しないものだ。

 この世界の帝国とやらはおそらく元の世界と比較しても桁違いの科学力を持っているのだろう。


 こちらもエンジン出力を上げる。


 しかし、振り切れない。


 敵機の前面下部にあるレーザー機銃がこちらを蜂の巣にしようと狙ってくる。

 こういう時は宙返りで敵の背後を取る……。


――しかし、それを読んでいたかの如く同じ動きによって対応される。


「こうなったら、ゴリ押し……ってやつだな」


 最後の手榴弾の信管を作動させる。


 タイミングを合わせて追われている時に手榴弾を後ろに投下、そのまま敵機底部を爆破し弾薬庫に引火させる。

 もはや神業の域でしかないが、俺はかつてRAM-TASの世界大会で手榴弾をこうして使って優勝するという奇跡を成し遂げた。


「運も実力の内……いや、運要素をなるべく減らすのが、真の実力者だ」


 敵機はひたすらこちらをレーザー機銃で殺さんとばかりに狙ってくる。

 それを勘と相手の心理を読んで、時に裏をかいて回避し続ける。


――残り4秒。


 その時、ジュッという音と共にグライダーの主翼が焼き切られた。

 レーザー機銃の1発が命中してしまったのだ。


 翼の中には燃料もあり、その燃料が燃え、エンジンの一つも失った。


「こうなったら一か八か……」


――残り2秒。


 重心移動と動翼の細やかな調整でなんとかバランスを保つ。


――残り1秒。


 もう片方の主翼もレーザーによって焼き切られた。


――残り0.3秒。


 今だ!!


 爆発寸前の手榴弾を後ろに投下する。

 それはくるくると回転しながら敵機の真下へと行き……。


 爆発する。


 そこは弾薬庫の真下。

 誘爆を引き起こし、派手な爆発の後に敵機は真っ二つになった。


 しかし、墜ちるのはこちらも同様だった。

 そのまま翼を失い黒煙を上げながら錐揉み回転しながら落下していく。

 異世界生活はここで終わってしまうのか。

 しかし、驚くほどに死を間際にして何も感じるものがなかった。


――それは俺の空虚さ故か。


 自転車で駆けつけたマルコが間一髪で抱える。

「ったく……無茶するな……」

 その光景を見て、意識がフッと消えた。






「2機だけか」

「おそらく威力偵察ってところだな」

「連中が本気を出したときはルフ級も出してくるはずだしな」

「これは出港準備を1秒でも早めねばなるまいな……」

「生存者の確認、瓦礫の撤去、そして対空砲の修理だ」

「しかしあの新人、まさかグライダーと爆弾でアレを落とすとは……予想以上だ」






 目が醒めた。

 どうやら3日も眠っていたらしい。


 あの時を振り返ると自分でも自分の行動がよくわからなかった。


――気づいたら、俺はグライダーで空を飛んでいた。

 なぜあんなにも操れたかは知らない。

 否、おそらく体感型ゲーム機であの操作に慣れていたのだろう。


 しかし、手榴弾で爆撃機を撃墜というのはどう考えても無茶だったと思う。

 特に2機目の時は……神業であることを考えると、まさに博打というやつだ。


「全く、男の子は無茶をするんだから……」

「エンジンが爆発したのに火傷しなかったのだけは奇跡ね。幸運という奴?」

 そう言って俺の包帯を巻き直すのは地下大学病院の女医、ドクター・シノノメ。

 この3日間、満身創痍の俺を治療してくれていた。


「運も実力の内、というやつですよ……」


 ふと目をやると、そこにはマルコがいた。

「……フン」

 彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「彼が救ってくれたのよ?」



「ど、どうも……」



「勘違いするなよ、僕は貴様を許したわけじゃねえ……」

 不機嫌そうに彼は言った。


「けどな、貴様に目の前で死なれるのは困るんだよ。まだ、殴りたりねえからな」


「それと……町を守ってくれたことには感謝してる、それだけだ」

 そう言って彼は医務室を出ていった。


「素直じゃないわね、でも、いい子ね」


――ああ。






 焼け爛れた廃墟。

 家屋や電柱が軒並み破壊され、凄惨たる光景だ。


「ここはまだマシな方だ。汚染区域と言って奴らの投下したマスタード爆弾で毒ガスに満ちた不毛の地となった所もある」

「まだ復興できるだけマシってことだよ」


「それに……」


「お兄ちゃん、ありがと」

 小さな子供がこちらに向かって感謝を述べた。

 その子の母親も何度も頭を下げている。


――ああ、俺は、この子たちを守ったんだ。






――出港の日。

 家族との最後の別れを済ませる者、恋人との抱擁を交わす者、ただ軍人として私情に囚われぬ者、それぞれがそれぞれの形で故郷に挨拶をした。

 戦うために、皆を救うためにこれから途方もない旅へと出るのだ。


「――かつての友を失い、そして武器、資材、領土さえも僅かだ」


「――だが、そんな中、一人でも多くの勇士が、この希望の船の乗員として、帝国との戦いに臨む……」


「――その覚悟と決意を抱いてくれたことに、私は敬意を表す」


「――我々は勝たねばならない」


「――そうでなければ未来はない」


「――多くの犠牲を無駄にしない、着実な明日を歩むため、この船に命を賭けるのだ」



 フック艦長の宣言の前に、俺は一人の軍人として立った。



「ラクシェネラさん、俺、覚悟を決めました」

「でも、相手を殺すためじゃない、皆を守るため、平和を齎すため、そして、相手と話し合いをするために、俺は戦う」

「ええ、それがあなたの覚悟なのね。期待してるわ」


 俺は空襲での活躍で表彰、驚きのスピードで昇進した。

 もっとも、兵員が少なく、なまじ過酷な環境ゆえ実力が評価されやすいこの世界ではスピード昇進がよくあることらしい。


 今の俺は少尉。

 そしてブリッジクルー、砲雷長として配属となった。






――格納庫。

 青色と白、銀色を中心としたカラーリング。

 巨大な刃のような衝角、4つの翼を持ち、無数の砲塔を備えた巨大な戦艦がそこにはあった。


――これが……救いの方舟、戦艦アクエリアス。


 その巨大な戦艦は地に埋まっていた。

「しかし、船だというのに、水がないな……」

 答えは後ろから来た。


「この船には水は不要だ」

「ヒラガさん!?」

「重力子反応炉により発生した反重力力場がこの船体を持ち上げる……つまり、空を飛ぶってことだ」


「艦長がブリッジでお呼びだ」


――艦内、第一艦橋。


「ここが本艦の第一艦橋だ」

 薄暗い近未来的な内装。

 しかし要所要所には古代遺跡にあるような幾何学的な模様があり、不思議な発光をしている。

 中央には黒曜石のような何かでできたモノリスがある。

 クリスタルのくぼみがあり、明らかにシオンのクリスタルを嵌め込むためのものだとわかった。


 ブリッジクルーとして呼ばれたのは副官のラクシェネラ、技術班長のヒラガ、書記兼アクエリアスの起動に必要なシオン、航海長のゴーニィ、そして……。

「マルコ、お前もどうして!?」

「彼は素行に問題こそあれど能力は類を見ない。だからこうして監視も含めてブリッジクルーとして配置したのよ」

「……っ、言っておくが貴様とは違って僕は優秀だから選ばれたんだ、勘違いするなよ」






 激しい地響きがした。

「空襲警報発令。空襲警報発令。直ちに指定のシェルターに避難してください。繰り返します……」


 上方から降り注ぐ光線に町が巻き込まれる。

 電柱が、瓦礫が、家屋が、犬が、人が消滅した。

 その光線は徐々に近づく。


「連中め、もはやここを潰しに来たか……予定よりも早いな……」


「シオン少尉、クリスタルをここに」

 ラクシェネラ副長がシオンに催促した。

「はい……」

 そのままクリスタルをモノリスに嵌め込んだ。

 すると、艦内の灯りが増し、モニタや計器が七色に輝き始める。


「動力炉主電源接続」

「グラビティコンバータ正常」

「航行システム稼働確認、問題なし」


「艦長、まだ出港できないのか!?」

 おそらく向こうに位置は知られていない。しかし、知られてしまうのも時間の問題。

 そして、その時がこの艦の最期。

 ならばこの窮地を一刻も早く脱したいはず。


「慌てるな。こういう時こそ、怒りを鎮め、慌てず、冷静になるのだ」


「主推進、副推進、共に問題なし」

「重力子反応炉臨界点突破」

「ガントリーロック解除」

「行けます!」


 艦長はようやく目を見開く。

「……アクエリアス、浮上!!」


 辺りを暗くしていた岩の天井を破壊する。

 土埃を巻き上げ、地面を震わせる。


 隆起した地面から巨大戦艦が姿を表す。

 そして、上空へと一気に舞い上がる。

 上に待つのは2隻の円盤型戦闘艇だ。


「敵艦補足、直上、ルフ級2隻」


――アクエリアスの初陣だ。

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