異世界戦艦アクエリアス

冬見ツバサ

第1話 滅びの運命を向かう國

 青く澄み渡る大海原。

 不調和に黒く浮かぶ鉄塊が複数。


 清く大きく広がる晴れ空。

 不気味にも軽快に空を駆る謎の物体が複数。


「――最後通告、この領空から直ちに撤退せよ」

 空に浮かぶ謎の飛行艦はそれを無視するかのように直進する。


「無駄だ。彼らに話は通じない」

 キャプテンハットに黒い軍服、立派な口ひげを蓄え、鋭い目つきと褐色の肌が特徴的な老年の男性が発した。

 左腕はフックのような義手になっている。

 彼は艦長だ。

 その重厚な威圧感を持った一言で艦内は緊張感で包まれる。


 数度に渡る警告を無視した上空の飛行艦は何かを追うように去ろうとしていた。

 重い空気が包む艦内、沈黙を破ったのは艦長だった。

「――砲雷撃戦用意」

 今、戦闘が始まろうとしていたのだ。


「照準良し、弾道誤差修正」

 艦長はキャプテンハットを深く被り、重い声で一言。

「撃ち方始め……!!」


――三日月島沖海戦が始まった。






 主砲から放たれた徹甲弾が上空の飛空艇に命中。

 しかし損傷は軽微。

 命中……否、徹甲弾が直撃前に空中で粉々になったのだ。


「科学力が違いすぎる……」

「やはりバリアが……」

 敵艦の周囲には不可視にして最硬の防壁が張られていた。


 反撃と言わんばかりに上空から無数のビームが飛んできた。

 それは装甲で固めた水上の艦艇をいとも容易く貫き、アリを潰すかのように消し飛ばした。

「――ホンダ、アストラル、轟沈!」


 やがて、駆逐艦ホシゾラ、戦艦ワールウインドが大破と徐々に損害は大きくなっていく。


「やむをえん、試作87式対航空艦誘導弾を使用する」

 一つの決断。

 この艦はまだ実証実験すらしていない試作弾頭を搭載していた。

 駆逐艦ハルカゼは元々先進技術実証艦であり、前線に出ることなど想定していない。

 しかし物資は底をつき、兵力も僅かな今、この国最後の希望として刃となっている。


「87式対航空艦誘導弾装填、第2垂直発射装置展開」

「よし、撃ち方はじめ」


 轟音と爆炎とともに真上に飛び立つそれは、希望の矢の如く目標めがけて飛んでいった。

 煙を残しながら空中を駆り、目標に直撃する。


 その圧倒的な速度、そして弾頭に備えられた結晶がバリアを破り、敵艦の表面で爆発。

 弾薬庫に引火し、飛空艇は黒煙を上げながら空中より落下し始めた。


「敵艦の破壊を確認!!」

「これならやれるぞ!」


 しかし他艦の主砲による攻撃は通じず、ハルカゼの誘導弾も何度も撃てるわけではない。

 時間稼ぎにしかなっていないのだ。






「これまでか……」

 開始30分が経過し、巡洋艦アナスタシア、戦艦シブヤ、戦艦ワイリンガ、戦艦アドミラール・シュテルンを失った。


「艦隊損耗率48%!!」

「残存艦隊すべてを結集した一大反抗作戦のはずが……」

「新たに敵艦出現、数、4!!」


 エネルギー弾が巨大な戦艦に直撃し、真っ二つに裂け、大爆発を起こす。

 黒煙を上げながら沈んでいくそれは絶望を象徴としていた。

「アドミラール・ホルスト轟沈!」

「我々の国の誇りが……」

 かつて存在した大国の誇りとして建造された巨大戦艦がいともたやすく破壊された。

 そしてそれは、事実上の敗北を意味していた。


「全艦に通達。これより撤退する」

 急速旋回、艦首を基地の方へ向ける。


 その間も敵からの攻撃は続く。

 ビーム兵器が蜘蛛の巣のように放たれ、残り少ない艦船を次々と消し飛ばす。


「このままでは撤退もままならない……!」


「ツバサより入電」

「こちら駆逐艦ツバサ艦長、フラッガだ」

「我々第三艦隊が陽動に出る」

「貴艦はこのまま浜塚港へと帰艦しろ」


 思わずその言葉に息が詰まる。

「だが……フラッガ……お前は……」


「いいから行け。お前の貴重な知識と戦力、ここで失ったら未来はない」

「それに、元々お前はこの戦場に立つものではなかった。我々の勇姿を見届けてくれてありがとう」


 一拍おいて言葉を続ける。

「希望は託したぞ……」

「心配するな。この不沈艦ツバサ、今まで数多の戦争を乗り越えてきたんだ」


「すまない……」

「死ぬなよ」

「へへっ、ただじゃ死なねえって所、見せてやるさ」


 駆逐艦ツバサは巡洋艦ミライ、駆逐艦ペルソナとともに旋回し敵艦へと向かった。

「こっから先は一歩も行かせねぇ!!」

「この不沈艦ツバサが食い止めてやるぜ!!」


 それから、しばらくの間、ツバサの主砲が鳴りやむことはなかった。


「――フラッガァァァァァァ!!」


 ハルカゼの視界からツバサの姿が消えた時もしばらくは断続的な光だけが見えた。

 やがて、巨大な光ともに静寂が訪れた。


 船員は無言で敬礼していた。


 轟沈28隻、帰還は駆逐艦ハルカゼたったの1隻。

 ヤマタノオロチ作戦はこうして多くの艦の損失という形で終わった――

 しかし、それは、失敗ではなかった。


 地上に紅蓮の花が咲く。

「空襲警報発令。空襲警報発令。直ちに指定のシェルターに避難してください。繰り返します……」

 対空砲が火を噴き、けたたましいサイレン音が鳴り響く。

 隠れ里を見つけ次第、彼らは爆撃艇を出して焦土にしているのだ。


「――もう我々に攻撃を止めるすべはないのだ」


 強大な軍事力と古の科学力を持ったルーオプデン空中帝国。

 彼らによる侵略は瞬く間に広がり、次々と絶滅と奴隷化を迫っていったのだ。

 そして、遠い極東の島の隠れ里に逃げ込んだ彼らにも容赦ない無差別爆撃を行った。






――現実世界。


「チッ、またPMT-87かよ!!」

「やっぱりここはX-60で行かなきゃダメかな」

 手早くジョイパッドを操作する。

 その指捌きは常人には視認すらできないほどだ。

「熱感知されやすいオートレーザー銃はあまり使いたくないんだけど……」

 ふと、画面内に激しい閃光と轟音。

「フレアランチャーは読めていたぜ。馬鹿が!」

 余裕の表情。ゲーム内のキャラクターをまるで自分の手足かのように操る彼は天才プレイヤーだ。


 彼は草薙 翼、様々なゲームをプレイし、雑誌レビュー、攻略情報記事、大会出場、時にはRMTリアルマネートレードで稼いでいるプロのゲーマー。

 ジャンルは問わずパズルゲームから戦略シミュレーション、格闘ゲームまで幅広くプレイしており、その何れも好成績や伝説を残している。


 このゲームはRAM-TASという戦略FPSだ。

 近未来の荒廃した地球で光線銃などの武器を手に生き残りをかけて戦う壮絶なもので、世界大会では高額な賞金も出る。

 また、RMTリアルマネートレード制度も充実しており、電子スポーツ雑誌では定番になるほど人気だ。

 彼もその駆け引きの魅力に惹かれ、日夜、明日の生活を賭けて死闘を繰り広げている。


 かつて名を馳せていたトッププレイヤーが突如消えたため、現在は彼がトップだ。故に、その地位を盤石のものとするために最近はこのゲームに付きっきりだ。


 彼は真夏の炎天下の中、次の試合のために買いだめに行った。

 1週間ぶんの飲み物と食料をマイバッグに、焼けたコンクリートを歩く。

 あまりの暑さに視界がぼやけたのか、周囲が歪む。


――熱中症か? こんな馬鹿な。


――否、それは違う……のだが……。






 目覚めるとそこは木造の小さな小屋の一室だった。

「あっ、目覚めた!」

 視界がまだはっきりしない。

 目の前には青い長髪の女の子。

 白いワンピースに青い結晶のペンダント。

 陶磁器のように綺麗な四肢に思わず生唾を飲んだ。

 それはまるで天才芸術家が作り出した彫刻作品のような。

 しかし、そんな感動はすぐに消えた。


「誰だ!? ここはどこだ!?」


――至極真っ当な質問。


「私はシオン、シオン・リアル・ホルスーシャ」

「ここがどこかは……私も知らないけど」

 急いで一つしか無い扉から外に出た。


 外に出ても、そこは見覚えのない光景が広がっていた。

「どこなんだよ……ここは……」


 空はない。

 土のような天井が広がり、無数の白熱電球と提灯が灯りとなった、洞窟の中のような場所。

 異様なのは、その高さ8m以上はある天井を貫くような高層建築。しかしその見た目はまるで日本の昭和のようなものだった。

 このような街並みをレトロというのだろうか。それにしては蒸気機関のようなパイプやバルブが多すぎる。


 一種の異世界とでもいうべき光景が広がっていた。


――熱中症で夢を見ているのか?


 しかし、夢にしては現実的リアルすぎる。


「とりあえずさ、私たちは無事みたいだよ? 散策しようよ」


――このシオンとか名乗った女はそもそも誰なんだよ。






「河和清内の横丁……?」

 立体的な市場のような場所だ。


 大小様々、色とりどりの商店がズラッと並んでいる。

 建築や装飾も相まって派手な縁日のような景色だ。

「すごい!」

「ねえねえ、これ全部商品なんだって! 私、ずっと薄暗い部屋で暮らしていたからこんなの初めてで!!」

「あ、ああ……」

 俺はそれどころではなかった。

 突然こんな所に飛ばされて、夢じゃないと感じて、もう帰れないと薄々気づき始めている。


「ねえ、元気ないよ?」

「そりゃあな……」


「――そんな顔されると、私もちょっと悲しくなっちゃうな……」

 シオンは少し陰りを見せた。


「俺はお前とは初対面だろ……なんでそんなに……」


「うん、確かに初対面だけど……ね……」

 それは含みのある言い方だった。


「それよりさ、あっちには『エイガカン』があるみたいだよ! 私『エイガ』って見たことなくて、見てみたいんだ!」

 映画も見たこともない……どんな生活なんだろうという疑問を胸に秘めながら彼女に手を引かれながら向かった。






 映画館、ソフトクリーム屋、時計屋、水族館、喫茶店と様々な場所を巡った。

「楽しかったねー」


「ああ……」

 しかし、俺は家に戻れるのかという疑問が常に頭をよぎり、正直楽しめなかった。

 この薄暗く湿った洞窟に作られた綺羅びやかな町。


 水族館で見た手足の生えた魚やファンタジー世界にいそうな人魚、電気を放つイカその他諸々……。

 俺の知る世界にはなかったもの、それは間違いなくここが異世界である証であった。


「君達、失礼」

 軍服の男二人が目の前に立ちふさがった。


「な、なんだお前らは!!」

 俺は咄嗟に会ったばかりのシオンを庇う。


「抵抗する気なら力付くでも……」

 彼らは警棒のようなものに手をかける。

 思わず恐怖に怯むが退くわけにもいかない。


「待て、手荒な真似はするなと言ったはずだ」


 後ろから、重厚な威圧感を持った巨体がぬっと現れる。

 フックのような左腕の義手、キャプテンハットに黒い軍服、立派な口ひげを蓄え、鋭い目つきと褐色の肌。

 見るからに偉そうな出で立ちの老年男性が場を制した。


「私はフック・J・ワイルドギース。駆逐艦ハルカゼの艦長だ」


「すまない。君の事は我々で管理する予定だったのだが、色々と忙しなくなってしまってね、とりあえず彼女に任せたんだ」

「君はこの世界の見学もできたことだし、とりあえず里長が挨拶したいとの事でな、君たちを迎えに来た。ついてきてくれ」




 洞窟の中にそびえ立つ異質なもの、そう、大阪城のような巨大な城……。

 無数のサーチライトに照らされ、ただならぬ存在感を漂わせている。


「これは一体……!?」

「鉄秀城。この隠れ里の中枢だ」

「隠れ里って!? おい、説明してくれよ!!」


 シオンは目を反らし、無言。


「おかしいだろ! なんで俺だけ何も知らないんだよ!!」

「今知ることになる。君に起きたこと、そして私も知らぬことをな……」

 フック艦長と名乗った男の右腕の拳は握りしめられ、震えている。

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