第8話 ティア

「……ハァー。疲れた……」


 魔物を殺すより人を相手にするほうが疲れるとか、異世界でも人が一番厄介だよ。


 玄関先でしゃがみ込み、ドア──じゃなくて壁に背を預けて一服する。フー。落ち着く……。


 とは言え、さすがにこの体勢で眠るには辛すぎる。せめて横になれるスペースを作らないとな~。


「その前にシャワー浴びたい」


 体は拭いたとは言え、熱い湯を浴びてさっぱりしたい。いや、湯に浸かりたい。そして、ビールを飲みたいぜ。


 酒は嗜むていどだが、たまには飲みたいときもある。それが今なのだ。


 冷蔵庫は買ってコンセントには差し、飲み物類と冷凍食品は要れておいた。


「そういや、電気や水ってどこからきてるんだ?」


 なんて考えても仕方がない。きっと神的な力が働いているのだろう。どうでもいいことに頭など使ってらんないよ。


「そうだ、魔石」


 革袋三つ分なら横になれるくらいには拡張できるはずだ。


 ダストシュートみたいなところに魔石をジャラジャラと入れていくと、なにか右斜め上に数字が表れ、凄い勢いで増えていった。


 革袋三つ分で約二十四万か。それは多いのか? 少ないのか? どっちなんだい!


 よくわからんし、とりあえず全部使って部屋を前後左右に拡張してみた。


「……六畳が十畳くらいにはなったか……?」


 感覚的なものだが、横になるくらいにはスペースができた。


 荷物を拡張したスペースに移動させ、風呂場のものも移した。


「ふぅー。疲れた」


 まったく、人の疲れとは精神のほうからくるほうが大きいのかね? 疲労感がハンパないよ。


 でもまあ、がんばったお陰で風呂に入れるようになった。風呂、マジサイコー! たっぷりの湯に浸かると疲れが抜けていく感じだ。


「……風呂がこんなにいいもんだとは知らなかったよ……」


 いつもは五分もしないで上がってたのに、今日は一時間も入ってしまった。この世界にも温泉あるかな? あったら入りたいものだ……。


 誰もいないのですっぽっぽんのままで風呂から出て、冷蔵庫からビールを一缶。これまで当たり前のものが素晴らしく思えてならないぜ。


 カァー! 美味い! もう一杯!


「この分じゃ、一月で飲み干してしまうな」


 ビールサバーとか造れるかな? もし造れたら風呂上がりの楽しみになるかも。そう考えたらなんかちょっと元気が出てきたよ。


「とにもかくにも魔石を集めないとな」


 ビールくらいじゃ酔ったりしないのだが、自分が思う以上に疲れていたんだろう。横になったら意識がなくなり、起きたら朝……かどうからわからない。だってセフティーホームに窓はないんだもん……。


 腕時計を見れば午後十一時過ぎ。たぶん、腕時計は地球時間で動いているんだろうよ。


 夏のボーナスで買った、ちょっと高級な時計だが、使えないのならしてても仕方がない。地球の思い出として飾っておこう。


 棚がないので、とりあえず冷蔵庫の上に飾っておいた。


 シャワーを浴びて眠気を覚まし、脱ぎっぱなしにした背広を着た。


「食欲ないし、コーヒーだけでいっか」


 お湯を沸かし、インスタントコーヒーで朝食を済ませた。


「異世界にきて一番いいことは時間に追われないことだな」


 車通勤だったが、工場団地付近を通るから六時半に出ないと間に合わなかった。通勤で四十分とか酷でしかなかったよ。


「さて。いくか」


 ネットもテレビもなく、娯楽品はなにも買わなかった。


 時間に追われなくなったが、時間を持て余すようになってしまった。まったく、上手くいかないものである。


 姿見を掘り出し、身嗜みチェック。シワもなく汚れもない。無駄に高性能な背広になったものだ。


「血みどろの戦いに背広ってのも変だけどな」


 まあ、それも今さらか。他に着るものがないんだから諦めろ、だ。


 外に出ると、少し体つきがよくなった兵士たちが槍や剣を持って並んでいた。え? オレが出てくるの待ってたの?!


「ソレガシ様」


 どうしたもんかと佇んでいたらロイズさんがやってきた。


 なにやら衣服が立派になっている。取り上げられたものが返ってきたんだろうか?


「お待たせしました」


「いえ、大丈夫です。こちらに。陛下がお待ちです」


 ロイドさんのあとについていくと、女王様もちょっとよさげな戦装束っぽい格好をしていた。


 ……ほんと、どこから調達してきたんだろうな……?


「女王様。遅くなり申し訳ありません」


 ロイドさんは大丈夫だと言っていたが、完全に進軍ができた状態。明らかに遅刻でしょう、これ。


「ソレガシ様。これからわたしをティアと呼んでください」


「ティア、ですか?」


 えーと。女王様、そんな名前でしたっけ? なにかもっと長い名前だったような気がしたような?


「はぁ。わかりました、ティア様」


 よくわからないが、宰相さんや宮廷魔導師さんも嫌な顔してないのなら問題ない、のか? あとで不敬罪とか言ったら全力で逃げさせてもらいますからね。


「はい」


 なにか嬉しそうな女王様──ではなくティア様。十代の少女じゃないんだから名前を呼ばれて嬉しいってわけじゃないんだろうが、女性と付き合ったことがないオレには想像もつかん。まあ、機嫌がいいってのはわかるし、深く考えるのは止めておこう。


「ソレガシ様。わたしの横に」


 と言うのでティア様の横に。ただ、近づき過ぎないよう一メートルくらい離れます。


「全軍、進め!」


 城下町にいくのに大袈裟な、とは思ったが、この国のやり方に口を出せる身でもなし。黙ってティア様の横を歩いた。


 ───────────


 次はまだ書いてないです。

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