第2話 贄
で、転移した場所は牢屋の中だった。
「……まさか牢屋の中とはな。想像の斜め下だったよ……」
なんかこう、森の中とか平原のど真ん中とか、もっと転移させる場所はあったよな? なんで牢屋の中? まさか魔王城とかか?
戸締まりはしっかりしているようで、牢屋の鍵はしっかりとかけられており、ちゃんと油もかけられているようで錆びてもいなかった。
どこからか獣の鳴き声や人が啜り泣く声が聞こえてきて、なんかこれまでのことが冷静に見えるようになった。
牢屋の石のベッドに座り、背広の内ポケットからタバコを出して一服した。フー。
「……さて。どこから突っ込もうか……」
なんか状況を理解する前にリミット様の言葉に流されてしまったが、オレ、勇者なの? 選ばれちゃったの? 魔王とか倒せるの? 仕事はどうなった? オレはどう処理されたの? 今さらながら震えてきたんだけど!
確かにオレは特異体質だ。ゴリラでも余裕で殴り飛ばせるだけの力がある。いや、これまでの人生で殴り飛ばしたのは自動車三台と金庫くらい。壁に穴をら開けたのは数知れず、だけど……。
「もしかしてオレ、やっちまった?」
いや、オレの命で姪の愛華が助かるならやっちまっても構わないのだが、もっとこう、大事な情報はもらっておくべきだったよな? 魔王軍ってなんだよ? 魔王はどこよ? 敵の戦力は? ここはどんな世界なんだ? わからないことばかりだろうが。オレ、なにやなってんの?! 軽率にもほどがあるだろう!!
あっと言う間に一本吸ってしまい、二本目に火をつけた。フー。
「……どうしたものか……」
檻を破るくらい簡単だが、ここがどこだかわからないらい以上、下手に脱走するのは早計だ。せめてここがどこかくらいは知っておくべきだろうよ。
三本目に火をつけ、ゆっくり吹かしていると、檻の外を緑色の肌をしたバケモノが通りすぎていった。
「……ファンタジーだな……」
魔王と言っているんだからファンタジーな世界なんだろうとは思ってたが、ああもファンタジーな生き物を見ると、なぜか笑いが込み上げてくるよ。アハハ。
「……と言うか、なんで背広で異世界に転移させられたんだろう……?」
いや、営業に出かけところを呼び出されたのだから背広なの理解できる。だけど、魔王を倒す装備ではないよな? もっと動きやすいのはあったよね!
「いや、オレには背広が似合っているか」
背広は仕事着ではあるが、心を縛る拘束具でもある。常人ではない力を持つが故に力をコントロールするのは心だ。
心をコントロールできたら体もコントロールできる。だから、わざと高級なテイラーで、五十万も背広をオーダーメイドして、破ってはいけないと心理負荷をかけているのだ。
「確か、オレの全力にも耐えられるんだったな」
それならダンプカーに激突されても平気なんだろうよ。下手な鎧より防御力は高そうだ。
「なんだ、この臭いは!」
なにかドスの効いた声がして、緑色の肌をした鬼? 獣人? その中間のバケモノが現れた。
……なんだろうな。まるで恐怖を感じないよ……。
幽霊とかホラーとかあまり好きじゃないんだが、こんなバケモノに睨まれても平然としていられるとか、そんな自分のほうが怖いよ。
「なんだこの人間は? 誰が連れてきた!」
女神のような女性だよ。と言うか、リミット様ってなに? どんな存在? 異世界に転移させられりはんだからやっぱり女神なのか?
四本目に火をつけ、おもいっきり吸って緑色のバケモノに吹きかけてやった。
「猿がっ!」
この世界、猿がいるんだ。なに猿かな?
鉄格子をつかんでブチ切れる緑色のバケモノにまた吹きかけてやった。このくらいの鉄格子を破れないとか見かけ倒しかよ。
鍵を持ってないようで、発情したチンパンジーのように騒ぐ緑色のバケモノ。しゃべれるけど、知能はチンパンジー以下のようだ。
「マルンティ様!」
おや。チンパンジー以下のクセに様呼びされてんな。結構偉いヤツでした?
「遅い! この猿は誰が連れてきた!」
「あ、いえ、こんな人間、連れてきた記録はありま──」
マルンティ様とやらに頭を握り潰された豚頭Aくん。最後まで言わしてやれよ。酷い上司だ。
鉄格子の向こうで起こっている茶番劇をぼんやり眺めていると、鍵を持っている豚頭が現れた。
豚頭は雑魚戦闘員かな?
マルンティ様とやらに殴られながらも鍵を開ける豚頭くん。下っぱは大変だ。
鉄格子の扉が開けられ、緑色のバケモノが入ってきた。
「お前、どうやって入っ──」
最後まで言わさず、腹をおもいっきり蹴り飛ばし──たら、腹が吹き飛んでしまった。弱っ!
いや、全力を出せば自動車を蹴り飛ばせるんだから当たり前の結果か。こいつレベルなら手加減が必要だな。
「そうだ。魔石」
魔王軍の魔物には魔石がある。って、それはどこだよ?
まあ、それはあとだ。百六十センチくらいの豚頭Bくんの頭をつかみ、適当に放り投げてやった。こいつらが魔王軍なのはなぜか理解できたから。
なら、こいつらは愛華の命を繋ぐための贄。一切の情けなど必要ない。ここにいる者はすべて殺す!
血塗れになるのは困るので、加減して豚頭を殴っていった。
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