エピローグⅡ Ending of another world



「ひと思いにやってくれ」

 神先かみさきさんが近所の公園でそう言って、どっかと胡坐あぐらをかいて腕組みし目を閉じたあるくもり空に一斉いっせいにカラスが飛び去った木々の下。神先かみさきさんの傷は、あれからもなく恐るべき治癒力ちゆりょく発揮はっきしてあっという間に回復したけれど、どうやらそれは奇跡やら神先かみさきさんが持つ力とは全く関係が無かったったみたいだから、つまり神先かみさきさんの“外装がいそう”もその“内装ないそう”すら最初からどんな意味だとしても“規格外きかくがい”だったってことで。

 それにしてもさんざん話し合った結果だったし勿論もちろんその力はとても危険なものだから、きっかりやっぱり万が一金田〇迷宮入りする前に!!懐かしすぎて“うるうるずる”でしょ!←何もかもが苦しい

「ガッツだぜ!!」

 こんな大事な時にはさんだ、久々な小ボケのネタがぜつふる過ぎなんだってば!


                  ◇


 少年は神先かみさきさんが引き取ることになった。あれから目を覚ましたのちも、ただ無邪気むじゃきなままのふるいがずっと続いてるし、事件のことは全く何も覚えてないみたいだし、何一つ教団・そのほかについての話さえ聞くことは出来なかった。あたしのことは“お姉ちゃん”ってすっかりなついてはくれてるけれどね。当初神先かみさきさんの顔を見るなり、声をげて震えながらあたしの後ろに隠れて泣いていたけれど、それがまあごく一般いっぱんの大人も含むてんで普通の反応なんで何とも言いがたい。

 少年が辿たどったそれまでの過去のことも調べてはみたけれど、この子が言ってた通り当時の施設しせつは無くなってたし彼を知る者も結局あらわれなかった。

厄介やっかいだらけだな』

  って言いながらも、少年の頭を不器用ながらにでたり一緒に遊んだりする神先かみさきさんは全くもって微笑ほほえましかったし、ついに仲良くなれた(気がする)二人が一緒に暮らすのだってこれも何かのえんには違いない。

 例の力を失って以来、少年に何の片鱗へんりん兆候ちょうこうも見えないこともかんがみたり、近々近所の小学校に転入の形を取って通わせることになったけれど、実際それだって神先かみさきさんのはからいだ。“子供心”を目の前に、色々思うことがたくさんあるんだろう。

 毎日のご飯は、神先かみさきさんが少年と一緒に暮らすアパートにあたしが作りに行ってるし(神先さんの分も)、これからは送り迎えだってあたしがするからねって言ったら少年がき付いて喜んでくれた。

 たぐいまれなるそのけた違いな美貌びぼうの美少年にホントは何かたくらんでるんだろうって、神先かみさきさんを始め色んな人達にニヤニヤしながらあっちやこっち突っつかれたけれどそれこそ失礼な話で! 

 ……そう! 何一つ、何一つとしてそんなゲスいことだってそれ以上の不埒ふらちなことだなんて全く何にも全然さっぱりからのやっぱり!(ニヤリ……じゃなくて! 

 そ、それにあたしの好みのタイプってのは……!

 周りの人達には少年の事情は話してはない。どうせ誰も信じないだろうし、教団から行き場の無いところを引き取ったってことにしている。 

「結局、俺も“あいつ”と一緒だったんだろうな。自分の存在を、知らず知らずのうちに誰かの一段高みにずっと置いてたんだろう」

 自嘲気味じちょうぎみにそう力無く笑う神先かみさきさんが、けれど何よりも大きなめ息を深く。

 分かってる。もう神先かみさきさんに誰かを消させたりはしない。そもそもが、あたしのもらった力なんてそういう同じ様な存在がいなければなんにもどうにもなりやしないんだし。非常時のために押し入れにでも仕舞しまったままの防災ぼうさいグッズみたいな力の使い方しかないだろうし、教祖の様に人を集めてその場をにぎやかすみたいなことすら出来やしない。まして、他人を傷つけることなんて勿論もちろん、絶対に無い&無理。

 あれ? よく考えたらなんか損してない? なんかみんなずるくない? なに一つなんともならないんだけど? Y〇(せ)uTubeのなにかそういうチャンネルに呼ばれて「なんすごい力があるらしいっすね」って言われて「そうなんですよ! 他の人の力が消せます」「ゲキヤバすごいっすね! ひとつお願いします!」「じゃあ能力者呼んでください」「……どうやって?」って一休さんか!!! やっぱり一休さんじゃん!! “屏風びょうぶの虎を出せ。話はそれからだ”、みたいなあれじゃん!!

ゆうちゃんみたいな力は俺には与えられなかった。誰も傷つけないその力が」

 神先かみさきさんはそうつぶやいてぼんやりとあたしを見た。

 あたしは、両親を新興しんこう宗教にうばわれた。そしてあの日、そこで生きる人達と出会い、気が狂わんばかりの日々にとどめをそうとしていた感情にけれどいくつものくさびを打たれた気がした。それでも変わらなかったのは、誰かの心の闇を利用して人々を破滅はめつさせようとする欲得よくとくまみれる存在とそのつながりの狡猾こうかつさを一層にくむこの心だった。

 人々を救うために始まったはずのいつかの先人の知恵や教訓きょうくんいた行脚あんぎゃすえは、いつしか他人を恭順きょうじゅんさせる為だけのくさりにその姿を変えてしまったのだろう。

 それでも、決して許すことなんて出来ないと思ってた人達が、つか垣間かいま見せた優しさをあたしはそこで確かに見たから。

「もしも、俺一人で教祖を消してしまってたら……何もかもが終わってたんだろうな。たった独りで憎悪ぞうおつのらせ、取り返しのつかないことにしかならなくて、だから感謝してるよゆうちゃん」

 その行為がのち英雄譚えいゆうたんのほんの欠片かけらになったとしても、どれだけかの人達にその行為が賞賛しょうさんされたとしても、その人の悲しみはそこからもう二度と未来みらい永劫えいごういやされることは無いから。

 無責任な人達の口車くちぐるまのタネにされて、やがて咲き乱れたのち食い散らかされ、またいつか忘れられたあとに同じことが繰り返されるだけ。

「じゃあ……あたしの目を見て」

 あたしだって覚悟を決めた。これから先どんなことが起こるのかは分からない。あたし自身どこまで役に立つのかなんてそれこそ分からないけれど、それでも……それでも神先かみさきさんに誰かを殺させる様な真似まねはさせない。もう二度とそんな苦しみを背負わせたくはないから。

 だから、ここで……。

 神先かみさきさんが、神妙しんみょう面持おももちであたしの目をゆっくり見ながら。

ゆうちゃんのパンツさ」

 はい?

「実は俺さ、全然さっぱり分かんないんだわ」

 はっ?

「パンツ当て出来るって言ってたろ? あれ全部うそなんだわ」

 はいいいいいっっっ!? 

「そんなの分かる力なんて、ある訳ないよな」

 わははって笑う神先かみさきさん……わはは? じゃないわあああ!! ここに来てどういうことおお!? 何そのカミングアウト!?! 今言うことじゃないわよね!? いや違うわ! 何時いつ言ってもおかしいよね!! 何がどういう種類のドッキリなのこれって!? 

「当時さあゆうちゃん、何もかも宗教の教えとかで家で持ち物やら何やら色々厳しく制限されてただろ。だけど下着だけはさ、はたからじゃ見えないし母親もそこまではチェックしないからって、それだけでも自分の好きな物が欲しいってさ。でも、洒落しゃれたショップになんか行くお金も無いし、だから近所の商店街にある小さなお店になけなしの小遣こづかにぎりしめてそれだけを楽しみにして行ってただろ。あそこでいつも手伝ってる若い女いるだろ? あれ、俺の従妹いとこなんだわ」

 は……(はああああああ!!?)³⁸⁴⁰×(はああああああ!!?)²¹⁶⁰=天文学的はああああああああ!? ひとみお姉ちゃんが神先かみさきさんの親戚しんせき!?! え? じゃあなに、えっ? ちょっと? えっちょっと? しばら大分だいぶすこぶる待って? いやいやいやうそおおおおおおお!?

「スマホも持ってない漫画もゲームも買えないって、でも『お父さんとお母さんが幸せならいいの』ってさびしそうに笑ってたってひとみが言っててさ」

 いやいやいや!? ここにきての“過去へん”のメインキーワードがあたしのパンツって!!

「その話聞いてさ(←あたしの話全然聞いてねえけど!?)、実はゆうちゃんが下着買いに来るたびに俺とひとみでずっと一緒にほとんど金出し合ってたんだよ。で、いつも『これどう?』って瞳におすすめめされてそれ買ってただろ? 商店街の店らしくないやつをさあ」

 そ、そう言えば……今考えればあの当時のあたしって……ちゃんとした下着のお店になんて入れもしなかったし……商品のラインナップも値段もさっぱりだし、ミ〇キーパンツなんて全くもって縁の無い生活だったからJK♯1シャープいちでも嬉しかったし! 結局今だってだし、瞳お姉ちゃんのセンスは抜群だし! でも、そう言われて良く考えたらなんか“上下セットで300円でいいよ”とか!? 

「瞳がさあ、折角せっかくだからその位はあたし達で協力しない? って言うからさあ」

 そ、そんな……!!

「だけど、余計なお世話かもしれないって……でも、親が子供の何もかもをうばうなんて俺はゆるせなかったけれど……何の被害届も出てないと俺動けないんだよな……情けないんだけどさ……」

 神先かみさきさんは、なつかしい日々を思い出してあの頃に思いをせる以前にず目の前にいるあたしの目をちゃんと見ろおおお!! 

「だからさあ、パンツが分かるとか全部大嘘だったんだわ。ゆうちゃんがいてたパンツ、あれ全部瞳がゆうちゃんの為にゆうちゃんが一番可愛かわいく輝く為に(←どこよ! あたしのどこを輝かせようとしてんのよ!)愛情込めて仕入れたのを、そのままゆうちゃんがいつも買って帰ってたってこと」

 い話に見せ掛けたあたしのパンツ情報漏洩ろうえいの手口をたった今吐いたってことだよね? あれ? もう時効が来たからとかそういうこと?  

「だから、事前に全部聴いてたって話。瞳が仕入れたゆうちゃんの為だけの下着でさ。ゆうちゃんが持ってるパンツはその都度つど全部俺も教えてもらってたから《←それがおかしいってんだろうがあああ!》、まるで全部まったく知ってたってことだな。ゆうちゃん、今も当時もローテは規則正しく単純だからさ」

 やっぱりこれ全部事件だろうがあああああ!!!! お巡りさん達の中にお巡りさんはいますかあああああ!! ひとみお姉ちゃんはい! 瞳お姉ちゃんにはありがとう! だし勿論もちろんいけれど! おっさんが!! おっさんが事前にあたしのいてるパンツ知ってたとかおいいいいい!!

「まあ、そんなことだよな。世の中にある不思議な話ってのは案外あんがいこういうオチだってこと」

 これって結局パンツ代をいつもありがとうございました! って感謝すればい話なの!? 

 すこぶる動悸どうきとめまいが……って、でもそうか……この世界、ほんの少しの優しさがあたしの知らない何処どこかでずっとつながってたり……なんの先も見えない暗闇くらやみの地獄の底でとうにほんの少しの明かりさえもう二度とこの手ににぎることもないと思ってた日々でも……それでもそこには……!!

 ……いやちょっと待って? まさかのもしかでひょっとして、あんたの職場の人達も全部その話知ってたとか?

「ああ、俺隠し事嫌いだしな」

 嘘けえええええ!!! あんた公安こうあんの犬だって言われてたじゃああああん!!! わあああああああもうスパイ防止法をこのおっさんにだけ今すぐ適用てきようしてえええええ!!!

 うわあああああああああん!!! 警官の人達の中に本当の警官の人はいますかあああああ!!! 


「さあ、ひと思いに俺の力を消してくれ!!」


 あんたの存在自体消してやるからあんたの力をたった今寄越よこせえええええええ!!

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