エピローグⅠ Ending of another world

 

 轟音ごうおんが、別の轟音ごうおんを連れてあばれ回っていたビルから必死にい出したあたし達は、ほぼ半壊はんかいした状態で炎に包まれたそのビルを黒煙こくえんすすけた顔でただ見上げるしかなかった。

 鳴りまないサイレンがどれ位か辺りをめ、何台もの消防車による外壁がいへきに伸ばした梯子はしごによって懸命けんめいに行われていた消火活動・救援きゅうえん活動が、もうどの位続いていたのだろうか。

 あれから、どれだけか無我夢中で必死にり続けた脱出ので、煙の先にようやく見つけた1Fいっかいくずれた玄関口辺りにいた救護きゅうご活動中の自衛隊の人達があたし達を保護ほごしてくれてようやく外に出ることが出来たけれど。

 あたり一面は人だかりでくされて、それはくだんの報道やらマイクとカメラが、おびただしい程のマスコミや一般人や配信者はいしんしゃやら物見ものみが、さも事件にせまろうと現地から“リアリズム”に乗せて、でもそれは本当の真実とは程遠い彼等かれらが作り出した“フィクション”をこの世界にこれからいっそバラいていくんだろう。

 あたし達はこの状況じょうきょう神先かみさきさんはともかくとしても、あたしや教祖きょうそ、一緒にここまで行動してた数名の信者さん達にも大きな怪我けがはなかった。

「お前達はこっちだ」

 先導せんどうされた先までのこの大混乱の中、幾人いくにんもの自衛隊の人達にかこまれまぎれ、防護ぼうごフードをかぶせられたあたし達の中に教祖きょうそを見付けられた人達はマスコミを含めて誰もいなかった。 

「これって、まさか神先かみさきさんが……」

 数名の信者さん達と分けられ連れて行かれた先、かくれる様に乗り込んだのはイメージそのままにある様な護送車ごそうしゃではなかったけれど、8人程が乗れるワンボックスタイプの最後部座席に少年を抱きかかえるあたしと教祖きょうそめられ、中間の席には神先かみさきさんが座った。 

「この状況でこんな周到しゅうとう真似まねなんて俺が出来るわけがない。公安こうあんのもっと上だろうな……本当なら入口でマスコミにかこまれて、こいつが言ってたみたいに本来のシナリオに沿ったままアウトだったろうよ。もっとも、教祖きょうそも俺も、ましてやこいつまでこうなってるってことまではまさか予想も出来なかっただろうからな」

 疲れ切った表情で神先かみさきさんは、さっき自衛隊の人から無理矢理うばい取った救護きゅうごセットを使って何らか応急処置でもしてるみたい。

「ああ、俺は大丈夫だから、お前も現場に加勢かせいに行ってこい」

 取り出した警察手帳と、誰もがすくみそうになるようにらみを運転席の男性に見せながらそう言うと、その人は逃げる様にあわてて車をりていった。

「今の人と神先かみさきさんがそういう立場の力関係で“話”が付くってんなら、やっぱり神先かみさきさんだってそっち側の人間ってことじゃない」

 あたしのやり場の無い怒りの矛先ほこさきは、けれどそれを受けるたて神先かみさきさんだって分かってるからこその文字道理に矛盾むじゅんした、ただのひとごとみたいなもの……そうじゃないって絶対に分かってるからこその、ただの八つ当たり。

「そういう中で生きてるってのは確かだけれど、今はそういうことじゃない」

 神先かみさきさんが目を閉じて溜息ためいきいてそう言った。

 教祖きょうそはあたしの隣に座って、燃え盛るビルの凄惨せいさんさまをただ車の窓越しに見ていた。しばらくそうしてたのち、身にまと法衣ほうえを探ると、あたしの目の前に何かを差し出した。

「……これは私が力に目覚めた時、ほんのたったこの力を誰かに見せたくて小さな公園で浮いてみせた時に、そこを通り掛かった誰かが投げて寄越よこしてくれた百円硬貨だ」

 教祖きょうそは、その硬貨をせた両掌りょうてのひらごとあたしにそっと近づけた。

「そうだ……私は、ただ最初は楽しかっただけだったんだな……この力をて……どれだけ勉学にはげもうが、学問のとしてどれだけ声高こわだかに声を荒げても誰も私のことを見向きもしてくれなかった日々が。けれど……初めてこれを見せたことで誰かが私に対してようやく反応をくれた気がして……手品でも見た気になって投げて寄越よこしてくれたのだろう……けれど嬉しかった……その気持ちを忘れない様にと、この法衣ほうえうちい付けれていたこともいつのにか忘れて……私にとってはそれほどのことだった気持ちが、いつの間にか随分ずいぶん大仰おおぎょうな思い込みでこんなことにしてしまった……」

 教祖きょうそはただずっと下を向いていた。

「本当にすまなかった……だからこそ、たった今置かれているこの状況じょうきょうのことも理解しているつもりだ……私はこのまま出頭しゅっとうするよ。全ての責任を取るために当たり前のことを当たり前の様におこなおう。それが、私に今出来る唯一ゆいいつ正しいことのはず……そこにいる男の言う通りだ……私のやったことはただの奇術きじゅつぎなかった……そして、それで満足するべきだった」

 そう言って、教祖きょうそ神先かみさきさんに目をった。

「ここで身柄みがら拘束こうそくして逮捕たいほってことよりも、そのほうが上の連中の思惑おもわくが狂うだろうよ。このままれてかれて消される方が、もっと何もかも有耶無耶うやむやにされちまう」

 神先かみさきさんまさか、その為にさっき……!

 そして……教祖きょうそは持っていた硬貨を私の手ににぎらせた。

「たったの百円だ。これを渡したところで、お前にはどんな罪滅つみほろぼしにもならないだろう……それでも、お前にこれをたくしたい……また誰かをこれで勇気付けて欲しい……今度こそ誰かが間違わないように」

 いつしか希望は知らず知らずのうちに誰もの絶望ぜつぼうへと変わり、そこからまた堂々巡どうどうめぐりだけが、めくるめく円環えんかんの日々に悲しみを配っていた、そんな日々をもう二度とり返さない為に。

「……色んなことがあった。ゆるせない気持ちは正直消えない。でも、あの階段のこと……ありがとう。それだけは言っておかないと……後悔こうかいはしたくないから」

 教祖きょうそは黙ってうなずいた。

「最後に」

 教祖きょうそがそう言って。

「私の力を消してくれ」

 あの、黒煙こくえんに満たされた窓のそと、あの空を見つめながら教祖きょうそがそう言ったそのほおに涙が流れていた。


                  ◇


 しばらくの間、新聞やTVテレビやネットは事件のことについて連日れんじつを通しての大騒おおさわぎだった。けれど、現場において教祖きょうそなまの映像をスクープ出来なかったマスコミはネット上で揶揄やゆされ続け、あの時その場にいたネット民達も、それらを出し抜くこの事件の核心かくしんの映像をアップすることも出来ずに、次第しだいにどちらにもただの推測すいそく憶測おくそくのつまらない記事やら動画やらがおどるだけになった。

 あたしや信者さん達への事情じじょう聴取ちょうしゅ勿論もちろんあったけれど、教祖きょうそはあれからぐ“自首じしゅした”から(あのあと、“神先かみさきさん”が運転して教祖きょうそ最寄もよりの“交番”にれて行った)、警察による大々的な逮捕劇たいほげきにはならず――教団の教祖出頭きょうそしゅっとう――の文字があらゆる媒体ばいたいることとなった。神先かみさきさんは持っていた令状を“レシートと間違えて捨ててしまった”ので教祖きょうそ即時そくじ逮捕出来なかったと言い張ってゆずらなかったらしいけれど、いやいや……そんな無茶通すためにどんなトンネルったんだって、無理も道理どうりも上を下へのもうちょい下に堂々どうどうと生きめにしちゃったみたいな空々そらぞらしさだけど、『俺のてのひらのデカさ見てくださいよ。賞状だって鼻紙はながみですよね』なんてとぼけたのだって、たった一時いっときの感情に流されたわけじゃないってのもちゃんと分かってるから。

 一連いちれんの報道の渦中かちゅう、教団と関係を取り沙汰ざたされていた現職げんしょく大臣だいじんが、遺書いしょも残さずに自らの命をった。国民を巻き込んだ霊感商法のお金の流れに、一枚どころのさわぎじゃなかったみ方、選挙に関するその蜜月みつげつ関係までもが過去にさかのぼってあらわにされたばかりだった。

 そして、異例いれいの速さで教祖きょうそには死刑が求刑きゅうけいされた。教祖きょうそはあたし達しか知らない事件の全貌ぜんぼう仔細しさいついに隠し通したし、取り調べにおいて全ては自分の指示・行動が起こしたことが原因だとつらぬき、少年の事には一切触れず、また一切いっさいなんらかの教団における帳簿ちょうぼ類や関係書類・データ類ですら何もかも燃えてしまい、あらゆるクラウド上にもその全貌ぜんぼううかが証拠しょうこも全く残っておらず、一方その関連団体にるべきはずの関係書類さえも見当たらず、けれどおそらくはあの日その全てがあのビルに運び込まれていたのだとすると、どんな結末を知ってかあの堕天使だてんしごとき少年はあの日、この事件の何もかもを闇にほうむったのだろう。

 そして、信者達を巻き込んだ凄惨せいさんなこの事件を起こしたのは、まぎれも無い教団の教祖きょうそたる自分だと語った。

『死刑って言っても、まあそこまでにどれだけの時間がかるやら。一度位はあいつの顔でも見に行ってやるかな』

 神先かみさきさんが、それを伝えるニュースを見ながら静かにそう言った。

 あたしは、その言葉をどうとらえればいいのかなんて最後まで分からなかったけれどだまってうなずいた。

 事件後の現場検証に、あのビルから見つかった爆発物の痕跡こんせきも含め教団の重大な危険性が国会の場での論争ろんそうにまで発展し、ついに関連団体も含め教団への解散命令が早期に行使こうしされた。

 少年のことも含めたこの事件の裏側にある事情はあたしには分からないけれど、誰かにとっての教団の利用価値が無くなってしまったことは疑いようの無い事実だろう。

 あの男性信者さんもふくめ、残された元教団の人達とはそのに会う機会があった。

『私は、私達は……一般社会では生きていけません……またそこに戻っても、ずっとはぐれてしまう自分達を良く知っていますから……真実を知ってもそれをこの社会にえるだけの力もありません……それでも私達は私達なりに、神について考えることが大事だと思っています……私は、教団内では何も出来ませんでした。何か覚えた違和感いわかんに、けれど何も行動出来なかった日々が……あなた達には大変ご迷惑をおいたしました……』

 そう言って、自分達なりの宗教団体を新たに作って活動していくことをあたし達に伝えてくれた。

今更いまさら、“信教の自由”に甘える気もありません。何が正しくて正しくないのか、その境界線を自分達だけで勝手に考えるものではありませんし……奇跡が起きたところでそれで終わりじゃないことを教祖きょうそ様や、あなた達におそわりましたから』

 そう言って去っていった彼らも、これからまたきっと変わっていけるのだろう。

 あたし達が持つ自由の権利は、他者たしゃ自己じことのあいだでその尺度しゃくど解釈かいしゃくまでまるで違う“その自由”がまたいつか……誰かを苦しめたりしない様に……。

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