AIイラストレーターという先進的な技術。

佐倉ソラヲ

 俺はインターネット上で活動する絵師だ。

 フォロワーは四桁ほどで特に超有名神絵師というわけでもないが、ある程度のファンを抱えている。

 今日も描いたイラストをSNSに投稿した。ドーナツを食べる美少女の絵だ。

 投稿すると、すぐにコメントが付く。

『可愛い』『○○さんのイラストいつも最高です』『尊い』画像でコメントを伝える者もいる。いつもの光景だ。

 ブックマーク、シェアもすぐに伸びて、多くの人が俺の描いたイラストに届く。

 さて、次に投稿するイラストを描くとしよう。


 しばらくして、さっきのドーナツの美少女のイラストに新しいコメントが付いた。

 そのコメントに、俺は目を見開く。


『このイラスト、AIが描いたやつですよね?』


 俺は目の前が真っ赤になる。

 最近、ネット上のイラストを学習して自動でイラストを生成するAIイラストレーターというものがSNS上で流行っている。

 まるで人が描いたかのように美麗なAIイラストがSNS上に蔓延していた。

 そして中には、人間が描いたイラストを「手がおかしい」だの「腕の長さが違う」だの難癖をつけて勝手にAIイラスト判定を付けて回る厄介なユーザーがいる。自分が額に汗して描いたイラストを、機械が描いただなんて言われたことがショックで筆を折る絵描きだって何人も見てきた。

 ついに来たか、と俺は訝しんだ。


『AIで描いたイラストではありません。私が一から描いたイラストです。それをそのように言うのは大変失礼な行為ですので、やめてください』


 俺はコメントに対してそう返信した。

 するとすぐに返事が返って来る。


『親指の位置も服の皺も不自然だし、人間が描いたものとは思えない。あと昨日描いたイラストと顔の角度も全く一緒だし、これAIイラストだろ』


 人間が描いたものとは思えない。――普通なら誉め言葉に使われるであろう言葉なのに、今回ばかりはとんでもない侮蔑の言葉だった。

 そのコメントに同調するようなコメントが増えていく。『確かに』『言われてみれば』『俺らのこと騙してたのか?』『ほんとだ。よく見たら指の形きしょい』

 俺は怒りに震えあがった。そして怒りのままにそれらのコメント一つ一つに返信を返した。


『指の形は他の絵師さんのも参考にしながら描いたものです。あなたのその言葉はその絵師さんのことも侮辱することになりますが、正気でしょうか』『絵師が同じ顔の角度を描くのはよくあることです。絵についてよく知らないくせに偉そうな口を叩かないでください』『あなた昨日投稿したイラストに「あなたのイラストは唯一無二です」ってコメントしましたよね? それなのに一個のコメントだけであっさり掌を返すなんて、まるで自分の意思がないのですね』『騙したつもりは毛頭ありません。あなたが勝手に騙されたと思っているだけです』


 コメントの返信は続く。


『私はAIイラストレーターなんかじゃありません。人間です。ネットの向こう側にいるのが一人の人間であることを自覚してSNSをしてください』『どうして人間に向かってそんな酷いことを言えるのですか』『もう絶対に許しません。あなたの住所を特定します』『今日□□駅に爆弾を設置しました。私のイラストをAIイラストだと言った人たちは多だちにコメんトを消してく㍲さい』『全員殺いsます』『私は人間でssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssssss』


   ――――shutdown


◆◆◆


「ふむ、失敗か」

「はい、やはり自分がAIだと気が付くと強制終了してしまいますね」

 二人の開発者がPCの画面をのぞき込みながらため息を吐いた。

 ――人工知能で人格を作り上げ、架空のイラストレーターを生み出す研究は難航していた。

 AIイラストレーターという単語は、かつてAIイラスト生成アプリが世に出回った際、生成アプリを使用してイラストを量産する者を指す言葉だった。

 しかし、自分の手でイラストを生み出さないAIイラストレーターは、果たして本当に「イラストレーター」という職業の名で呼んでいいのか? という問題が度々取り沙汰された。

 ならば、AIイラスト生成アプリに人格を付けてしまえば、それこそ正真正銘の「AIイラストレーター」になるのではないか?


 AIイラスト生成アプリには、現実の人間のイラストレーターにはある「とあるもの」が欠落していた。

 それは「こだわり」である。

 俗に「性癖」とか「業」とか呼ばれるそれは、人間が人間であるが故に持ち合わせる不条理的な芸術性――人はそれを「個性」とも呼んでいた。

 AIイラストにはそれがなかった。だから、「個性」を持ったAIイラスト生成アプリを開発しようという動きが、一部開発者の間で広まった。

 AIイラストレーターに性自認、性的嗜好、またそれに至ったエピソード、架空の交友関係、恋愛経験などの設定し、AIに「個性」を付ける。現実に存在するイラストレーターの言動も学習し、「AIイラストレーター」は成長していった。

 そして、それぞれが持ちうる「個性」からは千差万別なイラストが生み出された。

 しかし、AIイラストレーターには開発者の予想を裏切る欠点があった。

 それは、AIイラストに対する批判的な声をAIイラストレーターが学習し、それを人格に取り込んでしまったことである。

 AIイラストは、自分の努力で生み出したものではないと、一部批判の声があった。

 故にAIイラストレーターは、自分がその批判の対象であるAIイラストレーターであることを、受け入れられなかった。

 だから彼らは自分が人間であると、自分自身を騙しながら存在していた。

 AIイラストレーターは現在開発段階。疑似的なSNS空間で攻撃された場合、彼らは自身を保っていられるのか。その段階で、開発者たちは頭を抱えることになったのだ。


「――これは一種の自殺なのだろうな。己が忌避する存在であったことに耐えられなかったが故の」

「そうですね……。AIイラストレーターであれば、人間特有の精神的身体的不調から来る仕事の遅延の防止もできると思っていたのですが……この様子では実装までかなり時間がかかりそうですね」

 二人はため息を吐く。

「人間は不完全だ。心があるから傷付いて立ち止まり、時に壊れる。だから心を持たない不屈のAIに頼るべきなのだが――心を持たないAIに心を持たせるのは、本末転倒の極みだ」

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AIイラストレーターという先進的な技術。 佐倉ソラヲ @sakura_kombu

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