フィエスタとのお出かけ

 真っ青のキャンパスのような晴天の空。

 白の絵の具でもちょいと垂らしたように雲が浮かんでいる。

 今日のピース・シティは名実共に、平和な町だ。

 僕の隣を歩くフィエスタも、心地良さそうに伸びをしている。


「良い天気〜。晴れて良かったですね!」


 そうだね、と彼女を一瞥し、僕は再び前を向く。


『さて、どこから行こうか。時間はたっぷりあるよ』


 腕時計に目を遣ると、短針は10時を指している。

 今日は特に重大な依頼でも無い限り、大抵の物は断るつもりでいる。ストレイとはいえ、息抜きと休日は必要な物だ。


「えーっとですね、まずはお洋服を見て……その次はお昼ご飯でしょ? そしたら、何しよっかな〜……あ、まずは弾薬とか買わなきゃですよね」

『そっちは急ぎじゃなくていいよ』


 今は仕事の話はナシだ。それでフィエスタがまた沈み込んでしまいでもしたら、本末転倒になってしまう。


「そうですか? じゃー、あっちの洋服屋さん行きましょ!」


 この子の良い所は、割と単純で明るい所だ。

 深読みせず、ただ楽しい事に突っ走ってくれる。

 そのお陰で僕も、言葉選びに慎重になり過ぎなくて済んでいるのだ。

 自動ドアが完全に開き切るのも待たずして、フィエスタは店の奥へと駆けて行く。その姿は年頃の少女そのものだ。


「いらっしゃいませ。ふふふ、お連れの方、元気一杯ですね」

『少し迷惑かける』


 入り口付近の女性店員に笑われてしまった。


『よかったら、あの子に服を見繕ってやってくれないか? 服にこそ興味はあっても、知識は無いらしくてな』


 そう。あの子は知識もないのに、オシャレをしたいという好奇心だけで突っ走っていったのだ。

 流石に人前に出れる服では居て欲しい。こういう時は、店員に任せるのが一番だろう。


「かしこまりました。楽しみにお待ち下さいね」


 僕は二人が会話を始めたのを確認し、辺りを見回してみた。

 大きめ、小さめ。男性向け、女性向け。大人向け、子供向け。体格に合わせた分類ですら目が回る程にあるというのに、その中でもデザインの面で多種多様な商品がある。

 一般人は、こんな膨大な量の中から自分好みの物を選んで購入しているのだろうか。それも毎シーズンごとに、何着も。

 ストレイの中にも身だしなみに気を配る者は多く存在はするが、そのほとんどは見た目を売りにしているか、ただのナルシストだ。普通の奴はそんな事に気を配ったりはしない。


『服、ねぇ……』


 姿見に目を遣る。

 ありがちな白のTシャツに、ありがちな黒のパンツ。特段良くもないし、特段悪くもない。

 まぁ、特に困る事も無いからいいが。

 アピールしたい異性も居なければ、同性と馴れ合う事すらもほぼ無い。

 そんな僕が、服装に困る事などあるはずがないのだ。


「何かお探しでしょうか?」


 ここぞと言わんばかりに、端正な顔立ちの男性店員が視界にフェードインしてきた。

 背はほどほど、整った服装と髪型。俗に言うイケメンという奴だ。


『連れを待っていてな』

「よろしければ、お待ちの間に色々と試して見てはいかがでしょうか?」


 ついつい自分と見比べ、無意識に勝っている部分を探してしまう。

 だが、粗探しはあえなく失敗に終わり、飼っているのは身長くらいだった。


『いや、服は足りてる』

「それは失礼致しました」


 謎に対抗心を燃やして突っぱねてしまった。

 まぁ実際問題、先程も述べた通り本当に服には困っていない。

 普段から対Gパイロットスーツか着心地の良い寝間着の二択。私服なんて極稀に着るのみで、何種類も要らないのだ。


「今の服はカジュアルでさわやかな印象を受け、非常に好印象なのですが……」

『……?』


 こちらの服装をちらりと観察すると、男性店員は手際よく黒のセーターを引っ張り出してきた。


「こちらのアウターなど、羽織ってみてはいかがでしょうか?

 雰囲気は崩さず、よりオシャレ感を演出出来ると思いますよ」


 無地の黒いアウター。値段も手頃で、派手な服に抵抗がある僕でも着やすそうだ。


「そちらの姿見でお試し下さい」


 言われるがままに羽織ってみると、案外悪くない感じがする。

 手玉にとられた感はあるが、悪い気分ではなかった。


『……なるほど』

「とてもお似合いですよ。お連れの方にも見ていただいてはいかがでしょうか?」


 そういうと、彼は早歩きでフィエスタの方へと歩いていった。

 その背中を追うように僕もついていく。


「えーっと、もう一セットくらい欲しいですねー」

「でしたらでしたら! ……あ、フィエスタさん。ノマさんがいらっしゃいましたよ」

「あ、ノマさん!」


 跳ねるように近寄ってきたフィエスタは、僕をまじまじと見つめる。

 あっちに行ったりこっちに来たり、中々忙しい奴だ。


「それでは私は失礼します」


 男性店員がいなくなったと同タイミングでフィエスタが第一声を発した。


「おおー、良いじゃないですか! めちゃめちゃカッコいいですよ!」

『そ、そっか』

「ノマさんらしさ出てますねぇ〜、ザ・二十代の若者って感じです!」


 照れ隠しで鼻の頭を掻いてしまう。そうまで褒められると、喜ばざるを得ない。

 だがフィエスタの猛攻は、止まることを知らなかった。


「でもー、首元とかにキラキラ感欲しいですね」

『キラキラ感?』

「ほら、あっちにあるネックレスって奴ですよ! これ可愛くないですか?」


 フィエスタは完全に店員に乗せられてしまっているようだ。

 楽しそうなら何よりではあるが。


「アクセサリーでアクセントを入れるのは良いアイデアですね! このネックレスは主張も少なく、とてもお似合いですよ」

『うぅむ、そこまでは……』

「しかもペアルックじゃないですか! ノマさん、これ買いましょ!」


 最近はLBのお陰でまぁまぁ稼げている。このネックレスを買う位は朝飯前の事だが……正直、恥ずかしさが勝ってしまうというのが本音だ。


『ペア……』

「ダメ、ですか……?」


 コイツは案外上手い女だ。

 この上目遣いの角度、そして目の潤み。眉毛の傾きも口の窄みも、天然でかつ完璧だ。


『だ、ダメではないけど……』

「……いや、わがままばっかり言ってごめんなさい。ちょっと、調子に乗っちゃいました」


 なんてことだ。

 今それを言われて引き下がれる者がいるだろうか。


『違うんだって! ちょっと、恥ずかしかったっていうか……』


 気付けば周りには、半ベソ状態のフィエスタしか居なくなっていた。

 もはや撤退の二文字は許されない。僕は勢いよくネックレスを手に取った。


『何でも買ってあげるよ。ペアルックでも何でも!』

「いいんですか? やった!」


 一体今日だけで何度跳ねるんだ、という位に跳ね回るフィエスタ。

 軽やかな跳躍はまるで、ウサギというより小鳥のようだ。




 もう一セットの服を選ぶ事数十分。

 僕たちは予想を遥かに超える量の買い物袋をもって、貸ガレージへと一時帰還していた。

 というのも、店員は二人の時間を作るついでに買い物カゴをレジに運んでいたのだ。

 手元にあった分だけだと油断していた。何でも買ってやるなどと意気込んだ事は、少し後悔している。


「いっぱい買っちゃった! ノマさん、本当にありがとうございます!」


 だが、そんな後悔は笑顔のお陰で吹っ飛んでしまった。


『いいよ。せっかくだから着替えて見せてよ』

「はい!」


 フィエスタが着替えている内にランチの場所をリサーチ。

 今日はガッツリしたものよりも、雰囲気を楽しむ所がいいだろう。例えば……カフェのような。

 ピース・シティで有名なカフェといえば"ガレージ・サイド"だが、あそこはメカ好きの為のスポットであってデートスポットではない。

 となると、山程ある他の選択肢から探し出さなければいけない訳だ。


『お、多すぎる……』


 同じくらいの評価の店ばかり。どれも入ってみないと分からない、そんな所か。

 頭を捻る数分。すると貸ガレージの中から、可愛らしい衣装に身を包んだ女の子がひょっこりと顔を出してきた。


「お待たせです!」


 白のパフスリーブと黒のキャミワンピース。店員が僕の色使いに合わせてくれたのだろうか。

 やはり、元の素材が良いと服も映えるというもの。まるで人形のような愛らしさだ。


『新しい服、似合ってるよ』


 気の利いた言葉は出せなかった。だが、これは僕の本音だ。


「えへへ、ありがとうございます」

『一つ言う事があるとすれば……タグ、取り忘れてるよ』


 タグをカッターナイフで取ってあげると、フィエスタは恥ずかしそうに顔を手で覆った。


「え、こんなの付いてたの!? し、知らなかった……」

『新しい服はタグを外すところから、だよ』

「もう……最初に教えて下さいよ」

『ごめんごめん。さ、行こうか』


 不機嫌そうに膨れながらもついてくるフィエスタ。

 しかし、歩き始めたはいいものの行き先はまだ未定だった。


「次はお昼ですかね? もう場所とかは決まってるんですか?」

『うん。あっちの方にオシャレなカフェがあるんだってさ』

「おおー、いいですね!」

『(こうなったら、一番近くの店でも行こうか……)』


 我ながら見栄っ張りなものだ。仕事柄、その気になればポーカーフェイスも知ったかぶりも上手くできてしまう。

 チラチラと携帯端末を見てマップを確認。おおよその道を把握し、会話を楽しみながら向かっていった。




 数十分歩くと、目的地が見えてきた。

 落ち着いた雰囲気の外観。窓の中には、忙しそうに歩き回る店員の姿も見える。

 どうやらランチタイムで大忙しの様子だ。


「ブリスタイム? カッコいいお店ですね」

『ここいらでは人気な場所らしいよ』


 満杯の駐車場を見る限りは人気店のようだ。

 少し期待に胸を膨らませながら、綺麗に磨かれたガラス扉を開ける。


「一番テーブル片付けしといて! ……あ、いらっしゃいませー!」


ドアベルの音に反応し、店員が元気よく挨拶をする。慌ただしい店内は、どうやら満席のようだ。


「空いてないっぽいですね」

「今お席を用意いたしますので少々お待ち下さいーっ!」


 小走りで駆け回り続ける天印を眺める事数分。僕達は新品同様に掃除されたテーブル席へと案内された。

 ごゆっくりどうぞ、とメニュー表を渡されたフィエスタは、目を輝かせている。


「うわぁ、サンドイッチとかスープとか、どれも美味しそう……」

『(しまった、コーヒーの豆とかサッパリわからない……)』


 よりにもよって何故今日、こんなにもコーヒーに詳しい店を選んでしまったのか。

 知ってる風を演じたばかりに勝手に追い詰められてしまった。コーヒーなんて眠気覚ましにインスタントを飲むくらいの僕が、そんなに詳しく知っている訳がないのだ。


「ノマさん、飲み物どれが美味しいんでしょうね〜。コーヒーとか苦くて好きじゃないけど、美味しい所のコーヒーは美味しいって聞くし……」

『んぇ? そ、そうだねー』


 変な声が出た上に棒読みになってしまった。もはや何がポーカーフェイスだ、と突っ込まれても文句は言えない。

 しかしその時、追い詰められた僕は、この状況を打開しうる必殺の一言を思いついたのだ。


『今日のオススメ聞いてみよっか。豆の鮮度とかもあるだろうし』

「そうですね!」


 注文が届く頃には、店内の賑わいはいつの間にか去っていた。

 嵐の後のような静けさ。時々届く笑い声と食器の擦れる音。

 内装にもかなりのこだわりがあるようで、程よい明るさと観葉植物が生み出す涼しげな空気が非常に上品な空間を作り出している。

 そうして雰囲気を堪能していると店員がオーダーを取りに来た。


「えーっと、この野菜サンドと……飲み物どうしよっかな……あんまり苦くないコーヒーってありますか?」

「ございます。こちらなど、苦味も少なく香り豊かで、とても美味しいですよ」

「あー、やっぱり苦味は付き物なんですね〜……」


 何としても苦いのは避けたいらしいフィエスタ。僕も人の事は言えないが、子供の舌なのだろう。


「でしたら、こちらのミルクティーは如何でしょうか? ふんわり甘くてサンドイッチにも合いますよ」

「じゃあそれで!」


 では次、と言わんばかりに僕に視線が向く。

 ここは先程の作戦の延長線でいくしかあるまい。


『この生ハムサンドで』

「お飲み物は如何がなさいますか?」

『コーヒー、今日のオススメありますか?』


 でしたら、といくつか案を出される。

 僕は一瞬考えた振りをして、適当に中間ぐらいに提案された物を頼んだ。


「では少々お待ち下さいませ」


 店員が去ったのを確認するや否や、フィエスタはワクワクで体をくねらせる。


「美味しそうだなー、早くこないかな!」

『すぐ来るよ。ゆっくり待ってな』


 数分もすると、僕達の前には瑞々しいサンドイッチとドリンクが並べられた。

 今にも飛びつきそうなフィエスタを静止し、手を合わせる。


『いただきます』

「いただきますっ!」


 僕が手を付ける前から、豪快かつ上品にサンドイッチを一齧りするフィエスタ。

 心地よい咀嚼音が止むと、すぐさま不慣れに小さな取っ手をつまみ、ミルクティーをすすった。


「美味しぃ〜……絶妙な組み合わせですね」


 続いて僕もサンドイッチを一口。

 カリカリのパン、塩気の効いた生ハムと、ほんのり酸味とコクのあるクリームチーズが最高のハーモニーを奏でる。

 そこにコーヒーの優しい苦味と酸味が加わり、口の中をまっさらな状態にリセット。そしてサンドイッチが再びハーモニーを奏でた。


『こりゃ美味いね! 流石は人気店だ』


 思わず本音が漏れてしまう程の美味しさは、正直想像以上だった。

 僕は笑顔と少しパンくずをこぼすフィエスタを眺めながら、ただ食事を楽しんだ。



 楽しい時間というものはあっという間だ。望んだ訳でもなく日差しは傾き、少しばかり辺りは暗くなり始めている。


「あーお腹いっぱい! 服もたくさん買ってもらってありがとうございます!」


 フィエスタは時間経過を感じさせないくらいに元気一杯のままだ。

 しかし、僕は慣れない一日だったせいかあくびが出てしまう。


「あら、眠くなっちゃいました?」

『満腹だから眠くなったのかも』


 今は色々な意味で満たされている。

 単身のストレイ稼業ではこんな休日など想像もしなかったし、思いついても実行はしなかっただろう。

 こうして隣に誰かが居るからこそ出来ることだ。

 まぁ、今までの収入では誰かが隣に居たところで贅沢は出来なかっただろうが。そう考えれば、フィエスタローズにも感謝だな。

 にこりと笑う彼女を一撫でし、ふわりとした髪の感触を確かめる。


「えへへ〜」


 尻尾があればブンブンと振り回していただろうと想像しながら、帰路につくのだった。

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機動兵器・レッグベース @bellbell1031

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