関係

 サポロイドは非常に人間に近い構造をしたアンドロイドだ。

 LBにも利用されるナノマシン技術を生物工学に応用して開発されたバイオ・ナノマシンを人間の細胞に割り当て、脳以外の臓器から筋肉、血管や体毛までもを再現しているのだ。

 そして、感情を持っている。僕もその話は聞いたことがあるが、所詮は作り物だと思っていた。

 だが、あの反応を……生々しい感情表現を思い出してしまう。


「はぁ……はぁ……ひ、人を……私が……!

 違う、やらなきゃ殺される……から……!!」

「やだ……手が、気持ち悪いよ……」


 本当に、感情を持っているのだと認識せざるを得ない。

 今までは、表面上は優しくしていても、全く感情を込めずに接してきてしまった。

 まるで愛玩動物ロボットでも見ているような、僕自身も驚く程に冷たい対応だったと思う。

 だが、感情を持つ仲間である以上、もっと良い関係を築けるように努力したいと思い始めていた。


『お疲れ様、フィエスタ』

「お疲れ様です……」


 LMを降りてくる彼女の足取りは重い。

 やはり落ち込んでいる様子だ。この暮らしをする以上、慣れるしか無いのだが。


『ごめんね、人殺しなんてさせて』

「いえ、謝らないでください……私はサポロイド、マスターの足を引っ張るなんて事あってはいけないんです」

『でも、フィエスタが頑張ってくれてるお陰で助かってるよ。僕は上手くないから、フィエスタのサポートが無いと今日の依頼だってこなせなかったかもしれない』

「そう……ですか、なら、良かったです」


 実際、フィエスタの援護は隙をカバーしてくれるのでとても助かっている。

 LBに乗り始めて一週間は経ち、少しは上達もしているが、まだまだ荒削りでLM相手にも手こずってしまう。

 そんな時にフィエスタのアドバイスや援護が、助けになっているのだ。


「でも、こんな事あっちゃ……ノマさんのサポロイド失格です」

『……今日は、もう休もう』


 本音を織り交ぜ、必死に励ますも、彼女の表情は陰ったままだった。

 駄目だ、自分にはどうすればいいか分からなくなってしまった。


「……はい」


 フィエスタローズとLMが止まる貸ガレージ。

 ここ最近、この空間の空気はとても重苦しい。僕は逃げるように、LMの居住スペースに入っていった。


「ご飯の準備をします。ノマさん、シャワーでも浴びててください」

『僕がやるよ、フィエスタは先に入ってきて』

「私、お風呂すごく長いですけど……いいですか?」

『気にしないで。大丈夫だよ、ゆっくり入ってきてね』

「ありがとうございます、それではお先に」


 長くなると言い残し、LMに備え付けられた浴室に消えていく背中。パイロットスーツのチャックを下ろしながら閉じる扉、僕はそれを眺めて少しほっとしてしまった。

 恥ずかしい話、一人になれる時間を手に入れられた、そう感じてしまったのだ。


『どうすれば、いいかなぁ』


 久しぶりに独り言が溢れてしまう。

 まさか戦闘外でここまで悩まされるとは思いもしなかった。

 しかも、戦闘ならば解はあるし、最悪フィエスタのサポートがあった。

 だが今は解が無い上に、完全に自力で何とかしなければいけない状況なのだ。

 肯定しても駄目。こういう時にやるべき事はもう、ひたすらご機嫌取りしかない気がする。

 だが、ご機嫌取りとは……具体的に何をすべきなのだろうか?


『明日は、買い物でも行くか……』


 夕飯の支度をしながら、考えを口に出して整理する。

 いくらサポロイドとはいえ相手は女性、お出かけでもするのが得策なのではなかろうか?

 ここにきて、女性経験の無さが足を引っ張る。19年も生きて来て、ここまで経験不足が露呈するとは……


『いやぁ、こんな生活じゃ恋愛なんて無理だから仕方ないんだって……』


 自分の中で経験不足の理由を探しながら、一時間程時間を潰していると、フィエスタが浴室から顔を出す。

 その格好は入る前と同じく、パイロットスーツのままだった。


『おかえり』

「ふぅ、さっぱりしました」


 少しは気分も良くなったらしく、表情が明るくなったフィエスタ。

 ……これだ、この流れだ。この流れを利用して一気に盛り上げるしかない。


『じゃあご飯にしようか。今日もレトルト温めただけだけどさ』

「いえいえ、これ美味しいから大好きですよ」


 世界で最も美味とされるレトルト食品メーカー"グッドテイスト"。

 その本社はピース・シティから東、"技術都市マキシ"に構えられており、旧時代のデータを参考に次々と新作を生み出している。

 その数あるレパートリーの中でも僕のイチオシは、シンプルに中辛カレーだ。


「今日はカレーライスか! やっぱり良い香りですね〜♪」


 これをライスにかけて頬張るだけでも絶品なのだが、僕は更にトッピングを欠かさない。


『フィエスタ、ここからだよ』

「まさかそれは……!」


 ピース・シティの隠れ名産品である、究極の豚カツ。

 衣の厚さ、揚げ具合、肉の柔らかさ……どれをとってもグッドテイストですら遠く及ばないとされる天下一品。

 そんな品が、冷凍食品として販売されているのだ。

 これを等間隔に切り分け、カレーライスの上に大胆に乗せる。


「カツ……カレー……!」


 まさしく最強だ。


『さ、食べよっか』


 疲れた体はエネルギーを……カツカレーを欲している。

 唾液を分泌し口の中は受け入れ準備が万端だ。


「えへへ……お腹鳴っちゃった」


 フィエスタに至っては、さっきから空腹の警笛が鳴りっぱなしのようだ。

 ベッドに腰掛け、引っ張り出したテーブルの上に食器を並べる。


『それじゃ……頂きます!』

「頂きまーす!」


 ありったけのライスをスプーンで掬い、カレーに潜らせ口に運ぶ。

 舌に乗せた瞬間に広がる幸せは言葉で言い表し切れないが、まだまだ序の口だ。

 すかさず豚カツをカレーの上で転がし、貪る様に口に放り込む。


「ん〜っ♪」


 カレーが染みた衣が最高だ。この厚みだから、サクサクとしっとりが共存出来る。


『やっぱこれだね』

「ですねぇ〜……」


 疲れた体を満たし尽くす。

 気付けばあっという間に、完食してしまっていた。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

『ごちそうさま』

「私、お皿洗ってきますね」


 ひょい、と軽やかに立ち上がるフィエスタ。どうやら完全に復活出来たようだ。

 食の力の偉大さには敬意を表するしかあるまい。


「ふんふんふん♪」


 鼻歌混じりに食器を洗うフィエスタは幸せそうだが、正直な所、物に頼るこの方法は好ましくない。

 何故ならこの手段は、使える状況が限られてしまうからだ。

 仮に連日休憩が出来ない依頼があったとしよう。そんな時に、悠長に食事をしている暇があるだろうか?

 そう考えると、やはりお互いの信頼関係によってお互いの精神衛生をカバー出来る方が良いだろう。

 であれば、ここで留まらずに外出もするべきだ。


『そういえば、フィエスタはその服しか持ってないの?』


 会話の切り口は先程見つけた。

 フィエスタは、パイロットスーツ以外の服を着用していないのだ。


「はい、なので毎日洗って着てます。いつもお風呂が遅いのは、これを洗ってるからなんですよ」


 フィエスタローズ色のパイロットスーツ。全身スーツは洗うのが大変だろう。

 彼女には、普段着が必要だ。ならば明日は、それらを買いに行こう。


『明日は弾薬補給で買い物に行くんだ。ついでに服でも見に行こうよ』


 LMの弾丸製造機能は完璧では無い。

 ガトリング砲などの、小さな弾丸しか製造出来ないのだ。

 その為バズーカなどの大型弾、ミサイルやなどの推進機、プラズマ発生機付きの物は買わなければならない。

 まぁ、それは口実でしかないのだが。残念ながらデートに誘う度胸なんて僕にはないのだから。


「いいんですか? やった! 私、前からオシャレに憧れてたんです!」


 喜んでくれた様で何よりだ。

 そしてもう一つ、フィエスタには省エネモードを切ってもらう事にしよう。

 サポロイドには、省エネモードという物がある。

 消費エネルギーを抑え、二十四時間の活動を可能にする物で、パフォーマンスこそ少し低下するデメリットがあるが、それ以上に二十四時間の活動というメリットが大きい。

 だが……なんとなく、一日中働かせるのは可哀そうな気がしたのだ。

 せめて僕の下では、人らしい生活もさせてあげたい。


『あと、今日からは省エネモードは解除してちゃんと寝るようにしよう。パフォーマンスの低下はよくない問題さ』

「了解しました。LMのコックピット、お借りしますね」

『いや、ベッドを使っていいよ。僕がコックピットで寝る』


 今日はサービスだ。

 初めての睡眠なのだから、満腹な時に楽しい事を考え、ふかふかの布団で寝て欲しい。


「え? そ、そんな、持ち主をコックピットで寝させるなんて出来ません!」

『今度ベッドを拡張するから、今日だけだよ。今まで寝てなかったんだし、ご褒美だと思って使ってよ』

「わ、分かりました……お借りします……」


 まぁ、僕はコックピットで寝るくらい問題ない。今までだって何度もやってきた事だ。


『さぁ、歯を磨いたら今日は寝よう』


 身の回りを、フィエスタが快適に過ごせるように少しずつ改良していく。それが、僕達がこれからやっていく上で必要な事だろう。

 フィエスタの事ばかり考える、変な一日だった。

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