サポロイドの苦悩

 サポロイドの仕事は所持者のサポート。

 簡単な家事から事務処理、戦闘までなんでも引き受けるのが役目。

 そして限りなく人間に近い構造は、体組織の全てをバイオ・ナノマシンによって構成、脳以外を完璧に再現している。

 だから、もちろん体を使った癒やしも提供できる。

 だけど所詮はアンドロイド。成熟した状態で産まれ、親の愛情を知らない。そのせいか、恋愛とかもよく分からない。

 特に私のような人間関係の経験がほとんど無いサポロイドは、日常のやり取りすらも難しい。

 私は生まれてからずっと、サポロイド養成施設で過ごしていた。

 そこには同じサポロイドの仲間……いや、姉妹と呼べる人達がいて、その中で色んな事を学んできた。

 だけど人間と私達とは機械的・事務的な接触しかしてこなかった。

 人の精神はマニュアル通りにはならず、時々心のケアのやり方が分からなくなる時がある。

 悲しい時、落ち込んだ時、どう声をかければいいのか。そんな事は書類でしか知らない。


「ノマさん、きっと落ち込んでるだろうな……」


 ソーシャルネットワーキングサービスで、ちょっとした騒ぎがあった。

 先日のピース・シティの騒ぎのあと、ピンチ・ヒッターのラックさんがこんな投稿をした。

"倉庫から出てきたあの白い機体、ヤバかった。正直アブなかった。これじゃあピンチ・ヒッターというかピンチニ・ナッターだな"

 左腕を失ったピンチ・ヒッターの画像と共に投稿したこれは、投稿後に一瞬で消された。

 その投稿が消された直後、ピース・シティ町長からは……

"先程のピース・シティ資源貯蓄エリアにて発生した暴動は、アイギスとフィエスタローズ、そして救援に来てくれたピンチ・ヒッターの三機によって鎮圧されました。突如出現した白い機体は、現在消息不明となっております"

 と報道された。

 この一件が記事となり、寝起きの私達は、ついさっきそれを見てこの騒動を知った。

 そしてその関連記事に「絶好調のピンチ・ヒッター」「我らがヒーロー「アイギス」、ピース・シティの守り神」そして、「バラ色の新星、その正体とは」とあった。

 私達はその記事を一緒に見ていた。すると、とあるコメントを見つけたのだ。


"昨日の戦闘も酷かったな"

"Fiesta Loseフィエスタルーズ"

"トゲなしのバラ"


 コメントをする人なんて大体こういう人ばかり。良い印象を得た人は、特に何も言わない人の方が多い。

 そして誹謗中傷をする人は、大体何もできない人だ。

 しかし、思い詰めている人には大きなダメージになってしまう。

 そしてノマさんは、少し風に当たってくる、そう言って出ていったきり中々帰ってこない。

 母親ならどうするだろう、友達ならどうするだろう、恋人ならどうするだろう。

 マニュアルには励ます言葉をかけろとあったけど、効果は無かった。


「うーん……うむむむむ……」


 モニターで外を見てみると、ノマさんは日陰の中でフィエスタローズを見つめている。


「何かしてあげたい……うーん……」


 少し前にどこかで聞いた。自分がされて嬉しい事を相手にしなさい、と。

 ならば今こそ、それを実践すべきだ!

 思い立った私はハッチを開け、ノマさんの方へ歩く。

 すると彼は、ゆっくりとこちらを向いてくれた。


『どうかした?』

「あ、あのっ」


 いざやろうとしたら気付いた。

 私って何されたら嬉しいんだろう?


『……?』


 お菓子?

 ご飯?

 確かにノマさんは普通に嬉しいだろう。しかし、なんとなく今は、そうじゃない気がする。


「いやー、そのーっ……今、私にできる事はありますか?」


 聞くのが一番早い。そう思ったので聞くことにした。

 すると彼は、ただ私に笑顔を返してくれた。


『あぁ、心配してくれてるの? ありがとう、気持ちだけで充分嬉しいよ』 


 そういうと、ポンポンッと頭に手を置かれた。


「あっ……」


 嬉しい、なぜだが幸せな感情が湧き出てくる。

 人間の体を再現している為に、何らかの器官が幸せを感じる反応をしたのかな。


「なるほど……ちょっと屈んでください」


 これだ。きっとこれなら、相手も同じ気持ちになってくれるはず。

 でも、身長が足りないから屈んで貰わなきゃ届かないや。


『ん? いいよ』


 私も真似して、ポンッと頭に手を置いた。


「嬉しい、ですか?」

『お、う、うん……ありがとう』

「やった! これで立ち直れましたね!」

『うん? そ、そうだね』


 ノマさんが立ち直ってくれたなら、それで私も嬉しい。

 なんだか、私の方が嬉しい思いをしたのかもしれない。


「えへへっ」


 自然と笑みが溢れてしまった。

 ……でも、悩みが無くなったら途端、私は一つ思い出した。

 考え耽り過ぎて完全に忘れてしまった欲望が、今復活してしまった。


「ところでノマさん、実はお腹が減っちゃって…」


 お腹減った。朝から何も食べてなかった。

 お互いに気分が沈んでいて、すっかり忘れてしまっていた。


「申し訳ないんですけど、ご飯にしませんか?」

『……ふふ。ほんと、食いしん坊だね』


 笑われてしまった。少し恥ずかしいけど、まぁいいや。

 ノマさんは笑顔、私は満腹になれる。それでいいんだ。

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