ホップ・ステップ・ジャンプ

 二足歩行の最大の利点は地形を選ばない汎用性だろう。

 特化した兵器と比べれば非効率的ではあるが、無限軌道やホバー走行の兵器では活動しにくい複雑な地形でも自由に活動できる。

 今回はそんな複雑な地形での戦闘だ。

 敵は最近ピース・シティ付近の低い山岳地帯で旅人や貿易商を襲っている盗賊。LM四機小隊で行動しているらしい。

 しかし、LM相手とはいえ油断は禁物だ。僕は前回、それを学んだ。

 それに太陽エンジンを搭載し、強力な武器を持った改造機も稀にいるからだ。ピース・シティ警備隊のカスタムLMなんかが良い例だろう。


「ノマさん、今回も数が多いです。足を止められないように気をつけて」


 LMでも、足を止めることが出来ればLBを袋叩きに出来る。

 それでパイロットが気絶し、機体をハッキングでもされればLBを奪われる事になる。パイロットは人身売買か、サンドバッグか……いい事は無いだろう。


「まもなく作戦エリアですよ」

『レーダーに反応……情報より一機多い五機かな』


 今回もフィエスタは留守番だ。実戦経験も積んでほしいが、タンク型の性質上今回は難しい。

 そして何より、僕は前回ただのLMに大苦戦させられた。僕自身が経験を積み、強くなるべきだと思ったのだ。


「上空からドローンでスキャン中……AM社のAM-2LM-PAWN四機、もう一機は……同型の改造機のようです。増加ブースターのような物が確認できます

 強敵の可能性高いです、気をつけて……」

『了解、作戦を開始しよう』


 左右を塞がれた谷のような地形。

 こういった地形では、ジャンプが基本となるとフィエスタから聞いた。空中戦が可能なら、そちらを優先的に行うのが好ましいらしい。

三次元戦闘はニガテだが……いい練習になるだろう。


「敵が気づきました、警戒を!」

『まず一機落とす!』


 予めマシンガンにエネルギーを溜め、大きく飛び上がりながら二連装レールマシンガンの照準を合わせ、二門同時発射する。

 その弾丸はLMの前面装甲ごとバッテリーを撃ち抜き、敵は見事機能を停止した。


「いきなり味方がやられた! くそ、LBか!」

「左右に動けば簡単には当たらない、足を止めるなよ」


 多くのLMはバッテリーによって駆動する。なので、バッテリーを破壊することが出来れば機能停止は簡単だ。

 言うなれば、バッテリーはLMの心臓のような物なのだ。


「俺は空中戦をやる、お前たちは隙を見て攻撃してくれ!」


 改造機は……ジャンプ性能を強化しているのか? フィエスタの報告通り、増加ブースタを各部に増設している。


「LB相手だって負けないぜ、空中戦ならな!」


 真横に高速移動。僕から見て最も早く見える角度だ。

 その移動には上下方向へのベクトルも含まれている。どうやらこの敵は、相当慣れているようだ。


『僕だって、やってみせるさ』


 そう意気込んで体を改造機に向けた瞬間、他のLMが発砲してきた。

 空中に目が行っている隙を狙って撃つ。なるほど、これが敵の戦術のようだ。


「ノマさん、前後左右に動きをつけて。空中戦の基本は回避行動、攻撃は二の次です」


 中々それが思いつかない。

 何しろここは地上から数百メートルの高度。慣れていない僕にとって、戦闘でこの高さにいることは恐怖でしかない。

 冷静な判断なんて出来るものか。

 しかし、弱音ばかり言ってはいられない。改造機を視界に捉え、ハイ・ブーストで回り込みながら接近していく。


「思ったより速いな……ショットガンを用意!」


 ショットガンは大量の弾丸を同時発射し、とにかく当てる事を目的とした兵装。

 対人戦闘で用いられる物とは少し違い、大型機動兵器の戦闘においては一撃で仕留めることが狙いではない。少量のダメージを蓄積させていくか、体勢の崩れを狙った物だ。

 つまり敵の狙いは、足を止める事。

 しかし、狙えるなら持ち替える瞬間の隙を狙って一機倒したい。少し数でも減らすことが、この改造機との戦闘を楽にする手段なのだ。

 と、早速持ち替えようとする一機が目に入る。

 僕はターゲットを改造機から変え、急速旋回から直線的な高速移動で接近し、同時にマシンガンによる射撃を繰り出した。


「しまっ……」


 弾丸が頭部、腕部と装甲を削り、ついにはコックピットを貫く。


「五番機! ……バカがっ!」

「ノマさん、レーダーを見て!」


 レーダーに目を通した時には、後ろから弾丸の雨が降り注いでいた。

 やはり、足が接地しているか否かは大きな違いだ。接地していれば摩擦力で踏ん張りが効く分、衝撃や反動を打ち消すことが出来る。

 しかし空中では、運動エネルギーを打ち消す手段が無い為に衝撃を受け止められない。

 だから地上と違って空中では、LMの射撃でもかなり姿勢が崩れてしまうのだ。

 敵はそれを見逃さず、急速接近して激しい打撃を叩き込んできた。


『うっ……』


 速度の乗った打撃はLB並だ。

 くらくらと揺れる視界で、地面が接近してくるのが見える。

 まずい。この速度で地面と激突するのも、敵の攻撃を受けるのも致命傷だ。


「地面に落っこちやがれ!」


 墜落する恐怖を堪え、敢えて高度を下げて追撃の蹴りを避ける。

 しかし、その速度を打ち消すのが間に合わずに、かなりの速度でドスンと地面に着地してしまった。


『ぐっ……! とんでもない衝撃だ!』


 足が土を押し退けて地面にめり込む。

 エアバッグが作動しても、顔面から突っ込んだ衝撃が大き過ぎて鼻血が垂れてしまった。


「ノマさん早く! 回避を!」


 このまま立ち止まっていては敵の思うつぼだ。

 片手で鼻に詰め物をしながら操縦桿を握りなおす。


「今だ、攻撃開始!」


 僕はペダルを全力で踏み、脚部のジャンプ力とブースターの噴射の合わせ技で一気に飛翔した。

 だが、先程の着地に加えて今度は上昇の高負荷。上下に振り回され、僕の疲労は一気にします限界付近に達してしまっていた。

 とにかく、一度回避行動を優先して疲労回復をしなければ。


「逃げてばっかで落とせるのかよッ!」


 急速接近する敵機をマシンガンで迎撃するも、やはり回避行動のついででは命中が難しい。

 残念ながら、回復を待たずして接近を許してしまった。

 だが、お陰で一ついい点を見つけた。

 この改造機と至近距離で取っ組み合っていれば撃ってこないのだ。

 恐らく、LM同士であるが故に誤射を恐れているのだろう。

 ならば改造機の相手をしつつ、隙を狙って他のLMを落とすのが得策だ。回避と攻撃のマルチタスクにはなってしまうが、避けては通れない道だ。


「どうだ俺の空戦テクニックは! LBの撃破とはいかないが、撃退くらいは経験あるんだぜ!」

『初心者相手にここまで本気とはな、手加減ってもんを知らないようだっ!』


 それにしても、この改造機、他の機体とで挟み込むような位置取りをしてくる。何が狙いだろうか。

 相手の思考を勘ぐっていると、突如として改造機が距離を詰めてきた。

 格闘戦を挑む気だろうか?

 ならば、それは好都合という物ではないだろうか。

 いくら空戦が初めてとはいえども、機動力・パワーにおいてこちらが圧倒的に上回る。

 しかも、唯一の利点である味方の援護を捨てる行動になるのだ。何としても、勝ち抜かねばなるまい。


『格闘戦か!』

「狙いは違うかも、注意して……」


 そう身構えて実体剣を抜刀をした時、他のLMが突然散弾を発砲してきた。


『味方ごと撃つ気か!?』


 誤射してしまうのではないか。一瞬そう思ってしまったが、そんな心配は無用だった。

 改造機は、僕を盾に散弾を回避していたのだ。

 つまり挟み込む動きとは、僕を注意を逸らし、更に盾にしてショットガンの直撃を狙う動きだったのだ。

 そしてこの衝撃……衝撃弾か?

 弾頭の後部にマイクロ・プラズマブースターを装備している衝撃弾は、着弾の瞬間にその推力を上乗せし、小型ながら強い衝撃を発生させる弾丸だ。

 弾丸自体は少し高価だが、その攻撃は相手の体勢を大きく崩すのに役に立つ。対LBで重宝する代物だ。


『クソっ、姿勢が!』


 機体が体勢を崩し、その隙に蹴りを入れられて機体が急降下してしまう。

 しかし、こっちだってやられてばかりはいられない。何とか腕部をクッションにして蹴りを受け止め、早めの逆噴射で着地の衝撃を大きく和らげた。


「いい判断です!」


 改造機が回避行動を取りながら接近してくる。

 先程同様、分担で陽動と足止めをする作戦だろう。

 だが、そう何度も手玉にとられる僕ではない。これは、改造機の相手を優先してしまうから苦戦を強いられるのだ。

 ならば単純な話、他を先に蹴散らしてしまえばいい。

 であればやる事は一つ。改造機は追わず一気に他のLMに向かってハイ・ブーストで突撃だ。


「て、敵がこっちにっ!」

「流石に同じ手は食わないか……!」


 音速を軽く超える速度で巨体が突撃してくる威圧感に焦ったのだろうか、相手の足が止まってしまう。

 こんな大胆な攻撃を仕掛けられたのは初めてなのだろう。想定外の状況に、かなり動揺しているようだ。

 まぁ、この行動はLBの装甲あってこその選択肢。LM乗りには思いつかないし、対策出来ようはずもない。


「いい判断です、そのまま一機仕留めて!」


 マシンガンの銃口が敵機に肉薄する。


「え、援護を! 援護してくれ!」

「ショットガンで迎撃しろ!」


 地表を左右に滑りながらショットガンを回避、斜面を蹴って急上昇しながら二門のレールガンを連続発射した。


「こいつ段々動きがよくなっ……」


 荒々しく削られる装甲と共に声が途切れる。

 そして更に背後から援護に来た一機に対し、フロントブースターを全開にして背後を取り返した。


「一瞬で後ろに!?」

「そのままトドメを!」


 LMが必死で回避しようとしたその瞬間に、鋭利な剣先でバッテリーごとコックピットをぶち抜く。

 やはり接地していると精度が段違いだ、正確無比な刺突は機体もパイロットも絶命に追い込んだ。


「ち、ちくしょう……!」

『はぁ、はぁ……あとは、一機……?』


 疲弊を訴える体を無理矢理動かして操縦桿を操作。斜面を蹴り、ジグザグ移動をしながら一気に距離を詰める。

 相手は引き撃ちに徹したが、特に目的が有る訳でもないらしい。

 ただの、無駄な抵抗だ。


「何かねぇのか……何か!」


 しかし、相手も同様にジグザグ移動をしているので、お互いに射撃が当たる気配は無い。

 このままでは弾薬を無駄に消費し続けるだけ。どこか、狙うべきポイントを探すのが得策だろう。

 やはり、狙うなら斜面に着いた瞬間だ。


『……そこっ!』


 チャージショットは斜面を大きく抉るものの、敵機に命中することは無かった。

 挙げ句、攻撃を外した事でこちらの狙いを敵に晒すハメになってしまった。


「狙いは脚部か……!?」 


 そう来るならばと一気に飛翔し、スキーのターンのように左右に揺れ動き始める。

 こうなったらお互い中距離での射撃は当てられない。残るは近接高機動戦闘での決着だ。


「え、LB相手に、単機で……?

 ……やるっきゃねぇのかよぉ!」


 覚悟を決めた奴ほど怖いものはない。ここからは、油断は絶対に禁物だ。

 双方共に前進。彼我の距離が一気に狭まり、手を伸ばせば触れられそうな程に近付いた。

 一瞬の読み合いに空気が凍り付く。

 敵はLM故に被弾は許されず、こちらもあとニ、三回強力な攻撃を貰えばダウンしてしまう程に疲弊しているのだ。

 だが、敵は臆せずすれ違い様に実体剣での斬撃を繰り出してくる。


『駄目だ、反射が追いつかないっ!』


 まるで重力が強まったかのようだ。

 姿勢制御も間に合わずに、成す術なく地に落ちていく。


「ノマさんしっかり!」

『もう一踏ん張りだ……っ!!』


 脚から着地する事には成功した。

 しかし、地に足を付けた僕に対しての攻撃は止まない。まるで鷹のような強襲が何度も襲ってきた。


『駄目だ、もう一回飛び上がる隙が無い!』

「はぁ……はぁ……、いい加減、倒れやがれッッ!」


 すれ違い様に斬撃、そして着地の瞬間にジャンプで離脱。単調な流れだが、下手をすれば転倒して相手に隙を見せる可能性だってある。

 しかも脚部に掛かる負荷だって絶大だ。これでは脚部の衝撃吸収機構も機関部も丸ごと取り替えて修理だろう。

 盗賊ともなればそう簡単には大掛かりな修理は出来ない。

 やはり、追い詰められた獣は恐ろしいものだ。


「へへ、どんだけ乗り物が強くても、中身が駄目なんじゃぁなぁ!」

『言ってくれる……!』


 また斬撃だ。そう身構えた瞬間に、豪速球の蹴りを放たれた


『うわぁぁ!!』


 機体が大きくふっ飛ばされる。コックピットの中はもはや洗濯機のようだ。

 本来、LBのコックピットには衝撃吸収機構の他に、球体型の形状を利用して多方向に回転し、水平を維持する機構も備わっている。

 だが、これに限ってはほぼ能動的にしか使えない機能。転げ回る機体の中では、焼け石に水だった。

 最悪だ。ただでさえ弱っている所をちまちまと弱らせられた挙げ句、こんな打撃を食らってしまうとは。


『オェッ……!』


 もう何が何だか分からない。疲労と目が回る不快感で嘔吐までしてしまった。

 冷や汗が止まらない。不調からか、視界に敵機を捉えたからか分からないが。


「トドメだ化け物が……いい加減面倒くさいんだよ!」


 やっとの思いで機体を膝立ちさせるも、もはやそこまでの体力しか残っていない。

 落とした剣を拾う気すら起きなかった。


「ノマさん、こうなったら意地でもカウンターで仕留めるしかない!

 落ち着いて、敵をよく見て!」


 突撃の姿勢でエネルギーを収束する敵機が見える。

 ここはもう、フィエスタの言う通りあの突撃にカウンターで決着をつけるしかないだろう。

 だが、ここは敢えて冷静な判断だ。今動いては突撃を中断し、再びちまちまと攻撃をされる可能性もある。

 これは心理戦だ。


『(さぁ、かかってこい……!)』

「もう一撃で終わるはず……これで眠ってくれよッ!!」


 疾風の様に迫りくる機影。そうだ、その選択だ。


「ぶっ飛べッッ!!」

『それは……こっちのセリフだァ!』


 鉄塊の足に向けて思い切り拳を打ち出す。

 だが、完全に砕く事は出來なかった。


『駄目かクソ!』


 何かに八つ当たりするしかなかった。敵は反射的に足を引き、全壊する手前でダメージを止めたのだ。


「あ、足が……!」


 だが、斜面に着地した瞬間に機体を支えるフレームが金属疲労で断裂し、敵は斜面を転がり落ちた。


「ノマさん今ですっ!」


 この機を逃せば次はない。僕は這いつくばってマシンガンを拾い、何としてもという思いで発砲した。


「こ、ここまでなのかよ!!」


 最後の抵抗で銃口を向けてくるも、そのままLMは機能を停止してしまった。


「敵機の反応はもう無いです、作戦終了です!」


 当たりには残骸が転がっている。

 ……しかし、達成感はあまりにも薄かった。


『終わった……けど、またLM相手に手こずったか……』


 作戦中は依頼主に監視される。違反を防ぐためだ。

 そして多くの依頼は、戦闘の撮影に同意する事が求められる。

 その映像は依頼主が依頼履歴と共に保存するのだが、とある動画配信サービス会社が高値で買い取りをしており、大体は依頼主がそこに売りつける。

 そして、その映像は各地で使えるネットワーク・サービスで誰でも見ることができる。

 最近これは、LB乗り、LM乗り、傭兵、ストレイ……様々な者の評価の主流となっており、あまりに戦果が悪い場合は仕事が来なくなる事だってある。

 初心者とはいえ、LBがLM相手に手こずるようでは評価の上昇はあまり見込めない。

 そもそもLB乗りなんてもの、元々技術があって稼げる人間が、更に儲けを上げるために乗り換えるパターンの方が多い。

 そんな中でこのザマだ。飛躍的な評価獲得は、もう望めないだろう。


「ノマさん、作戦終了ですよ? 帰還してください」

『あぁ、ごめん、帰還するよ』


 もう夕暮れだ。はやく帰って、夕食でも食べよう。

 ふらふらと立ち上がり、僕は帰路につくのだった。

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