第三十八話 "単純明快"アンデレ

しばらく歩いていくと、ペテロと同じような軍服を着ている人が遠くに見えた。男だ。

「アンデレだ!」

「?…ヤコブ!!何故此処に!?」

「手伝おうとして来たら迷子になった!」

「……帰ってからお説教だからね」

「えー!?!?」

「さて、君はルナだね。…そこに居る仮面くんについては後で話を聞くとしよう、今の評価は【敵であるルナと並んで歩いている】というマイナス点と【ヤコブを無傷で此方に連れてきた】というプラス点でプラマイゼロだ。戦いが終わるまでヤコブと共に余波が届かない所で待機するように」

「はいっ!」

「はーいっ!」

仮面の男とヤコブは元気よく返事をして先程来た方向の曲がり角へ行き、見えない所へ行ってしまった。そういえば仮面の男の方の名前を聞いていなかったが、あの二人で大丈夫なのだろうか。

「俺はアンデレ。まずは君の未知の力について聞きたい。あの廃マンションで見せたリボンの能力は何なんだ?本来天使は【覚醒】しないと回復以外の能力は使えない筈だ、だが君と戦った者が撮った動画データには【覚醒】を使った時現れる身体の変化が無い。つまり【覚醒】せずに本来の能力を引き出していることになる、どうやったんだ?是非ご教示願いたい」

「授業料は真衣さんとデジールをこっちに渡すということでどうでしょうか?」

「おっと高い。そりゃ無理だ」


「【アウェアネス・リボン】!」

僕はアンデレを拘束し無力化できるか試してみようと考え【アウェアネス・リボン】を発動したが流石に考えが甘かったらしく、アンデレは個人魔法であろう剣を二本出しリボンを斬った。二刀流らしい。

「俺の【アトリビュート】は斜めの十字架ぐらいしかない。よって技数も少ないから真っ向勝負でいく…と言いたいところだが、そちらが拘束技を見せたのなら俺も見せるべきだな。【聖アンデレ十字】!!」

身体が磔にされたように動かなくなり斜めになってしまったが、母さんが少しも動くことができなかった【聖ペテロ十字】とは違い僕でも拘束から抜けることができた。

「…やはりペテロのようにはいかないか…すまない、試したかっただけだ」

どうやらアンデレも僕と同じく拘束で無力化できるか試していただけらしい。ペテロのように拘束力が強くなくて助かったが、拘束力の高いペテロと再び対峙する時は数人で挑まないと【聖ペテロ十字】で拘束されて終わるだけだ。

「その技の対象は一人だけなのですか?」

「ああ。俺もペテロも一人だけだが、何故こんな威力が違うんだろうな。ペテロから黒咲を拘束する時に【聖ペテロ十字】を使ったと聞いたが、俺の【聖アンデレ十字】では恐らく一秒も拘束できないだろう。【聖アンデレ十字】の拘束が緩かったなんてそんな伝承は存在しないから単純に俺の実力不足だろうな。よし、今度こそ真っ向勝負をしよう」

「良いですけど、僕の技は大体絡め技みたいなものなのですが…」

「それは君の真っ向な技だ。気にする必要は無い」

「では遠慮なくやらせて頂きます。【インベッド・グリーン】!!」

僕は植物の種が埋め込んである緑色のリボンを放ち、アンデレがそれを斬ったのを確認して

「追加です!【インベッド・グリーン】!」

十倍の量のリボンを放った。

「いくら放ったとて同じだッ!!」

アンデレは【インベッド・グリーン】を全て粉々に斬り、その残骸が紙吹雪のように散り落ちるが。

「【コンストレイント・リカバリー】!!」

その紙吹雪の一枚一枚が光り輝き、棘や毒のある植物が一斉に咲き乱れた。その全てがアンデレを締め付ける…かと思われた。しかし、アンデレはその一輪一輪を全て斬ってしまった。

「既にその技は把握済みだ」

「流石に記録を取られている以上、技は見切られているということですか…!」

なら見切られても関係ない技を使えば良い!

「【スペシャリゼイション・シルバー】【防御特化】!!」

【スペシャリゼイション・シルバー】は【力特化】、【防御特化】など何らかに特化することができるリボンである。代わりに特化していないものはめっきり駄目だが、そこは数と種類でカバーすればいいことだ。アンデレは二本の剣でリボンを防いでいるが、僕の方に攻撃を放ててはいない。拮抗状態ではあるが、僕の方はこうしている間にも大量ではないが少なくない数の黒液を消費している。このままではいけない、何か他の攻撃方法を考えなくては…。

「!!」

思いついた!

「【スペシャリゼイション・シルバー】【防御特化】【重量特化】!!」

僕は四本の長いリボンを生成し、【重量特化】を軸にして【防御特化】を【重量特化】が露出しないように巻いた。二本の鈍器の出来上がりである。

「ただの鈍器ですが、無いよりはマシでしょう」

【スペシャリゼイション・シルバー】、利便性バツグンである。この鈍器、後で名前でも考えておこうか。

「はあああっ!」

「!!!!」

アンデレに向けて振り抜くと二本の剣で受け止めた時のガキン、という音と同時に手が少し痺れた。今までリボン以外の攻撃をあまりしてこなかったからか不慣れである、やはり日頃から回復とリボン以外の練習もしておけば良かったと少し後悔した。待てよ、【防御特化】と【重量特化】?なら、この閉鎖空間だと打てる手はある!今のただの鈍器で殴り倒すよりよっぽど確実な手が!!


「【スペシャリゼイション・シルバー】、【重量特化】」

小声で発動する。今、剣と【防御特化】と鈍器との攻防を続けながら、天井スレスレのところに密かに【重量特化】を生成している。それも先程生成したのとは比べ物にならないほどとびきり長いものを。僕のリボンは空中で操ったり留まらせることができる。だからこんな芸当が出来るのだ。

(まだ足りません、まだ…!!)

「そこだっ!!」

「!?」

アンデレの剣の一本が僕の二本の鈍器を受け止め、もう一本が首を貫いた。僕は声を出すことも出来ず、首から剣を抜かれて地面に落ちる。痛い、痛い、痛い!!

「終わりだな、もう詠唱はできないだろう」

アンデレが僕を見下ろしながら語りかけてきたが、眼下に血溜まりを作りながら何も言えずに聞くことしか出来ない。だが、

(まだ、消えて、ない)

僕の魂の器も現世の骨も未だ消滅していないし、切り札の【重量特化】も残っているし。…切り刻まれた【コンストレイント・リカバリー】もまだ残っている。一度発動したリボンには詠唱は要らない。諦める必要は無い。僕は【コンストレイント・リカバリー】を一度にこっちに移動させた。一纏めにされた紅葉が強い風に吹かれてその山を崩すように、【インベッド・グリーン】が発動した時の植物の山の中身を少し動かしながら【コンストレイント・リカバリー】が続々と出てきて移動する。

「何っ!?詠唱は…!?」

アンデレは【コンストレイント・リカバリー】を斬るが、先程紙吹雪並みの大きさにしたばかりである。全ては斬ることが出来なかった。そしてリボンの紙吹雪は僕の元に辿り着き、僕の身体を包み込んで回復していく。そして、

「【防御特化】!!」

退避を阻止する為【防御特化】で廊下に壁を作り、アンデレを閉じ込めた。そして、生成が終わったとても長く重い【重量特化】を天井から落として動けなくさせた。少し長い程度の【重量特化】でも鈍器になるのだ、もうその下から出てくる事は出来ないだろう。

「貴方の方こそ終わりでしたね、アンデレ」


「はぁああああ…」

僕は途端に全ての力が抜けて、ドサリと倒れこんだ。改めて【リカバリー】したためもう傷は無いのだが、正直言って体力はまだ回復していない。怪我と体力は別なのだ、もうこのまま寝てしまいたいほど消耗しているがそうはいかない。母さんを助けるため、そしてデジールを手に入れるという明確な目的があって今ここに来ている。あれ、なんだか頭がボーッとしてきた。段々と意識が薄くなっていく。その時、

「ルナさん!?!?」

理沙さんと合流した。



「黒液切れてるじゃないですか!」

焦る中で、なんだかこの言葉デジャウだなと少し考えながら私の神守りの中から塊を十個ほど取り出し、ルナさんの神守りに入れようとして驚愕した。神守りが骨と肉を纏っているようななんともおぞましい見た目だったのだ。まぁそんなこと気にしていられる状況では無かったのですぐに塊を入れたが。

「た…たすかりました…ありがとうございます」

「ルナさん、この神守り結構ヤバい見た目ですけど大丈夫ですか?」

「え?あぁ、支障はありません。見た目以外はただの神守りなので安心して大丈夫ですよ。貴方こそ凄いことになっていますが…脚が無いじゃないですか」

「あー、覚醒してますんで。ちょっと【リカバリー】頼んでもいいですか?【覚醒】解除のデメリットよりダメージが結構致命的で」

「はい、勿論。あと、僕の神守りについては理沙さんもうちょっと驚くんじゃないかと内心期待していたのですが…」

「内心ってそれ自分で言っちゃうものなんです?まぁ驚きはしましたけどなんか今までの経験もあってか別に今更って感じですし…あ、でもこうなってる理由は興味ありますね」

【リカバリー】をかけてもらった後で、ルナさんの神守りを改めて触ってみる。感触は見た目通りネチョネチョヌルヌルしていて気持ち悪い、まるで死体を触っているようだった。

「それは僕の死体で形成されたものです」

「え!?」

今何て言った?ルナさんの死体??

「僕の死体はまだ現世のコインロッカーに放置してありますので、どんな怪奇現象が起こっても気づきすらされません。だから【覚醒】まがいのことすら出来たのですが、それと同時に神守りもこのような状態になってしまいまして…」

「ぜ…全然分かんないです…」



理沙さんが先導して大金庫への道を歩いていると、また曲がり道になってしまった。

「道が二手に分かれてますね…どうします?」

「一緒に行きましょう、【聖アンデレ十字】の時は僕の力だけでも抜け出せましたが、【聖ペテロ十字】は母さん、もとい真衣さんの力でも脱出不可能でした。一人で挑むのは即ち自殺行為とみなしていいでしょう」

「分かりました、じゃあその【聖ペテロ十字】に捕らえられなかった人がペテロと戦うということで!」

「僕負ける気しかしないのですが…」



「あー……負けた…」

俺は五体を投げ出して助けを待つことにした。天使は既に仲間と共に道を進んでいるためリボンは既にここから無くなっているが先程の負荷のせいで全身の骨は折れまくっているし、浮いて移動しようとしたりなんかしたら脊髄までダメージの蓄積で折れそうだ。誰か都合よく通りかかってくれないものか…。

「…もう終わった?」

「アンデレ様!大丈夫ですか!?」

本当に都合よく通りかかってきてくれた。いや、先程まで避難させていたから戻ってきただけか。

「全然大丈夫じゃない。悪いけど、俺の器を外まで持っていってくれないか。どちらにしろこのまま動くと骨折がひどくなって分離すると思うから」

「はーい!ぼくが持つ!」

「あ、ところでアンデレ様。お恥ずかしながら迷子でして…地図などありませんか?」

「じゃあ俺の携帯を持っていくといい。ヤコブ、携帯は重要な連絡手段だからいつも持っておけと言っているだろう」

「帰ってからお説教って言ったじゃん〜」

「それもそうか…ヤコブ。皆からメールとか来てないか?こんな状態だからまだ確認できてないんだ」

「えーとね…あ、バルトロマイから来てるよ!負けたから救助お願いって」

「簡潔すぎないか?」

こんなこと思うのは流石にどうかと思うが、負けたのが自分だけではないと知り少し安心もした。大目玉を食らうのは複数人になりそうだ。俺は守り人状態を解除し、ヤコブに神守りを持たせる。

「あの、小ヤコブ様に回復をしてもらっては如何でしょうか?」

「確かにヤコブは天使だから【リカバリー】を使えるが、まだ未熟なので結構な時間が掛かってしまうし正確な治療が出来るかも怪しい。悪化して骨が逆方向に曲がる可能性さえある。まだ荷物持ちをやらせていたほうが懸命な判断だと俺は考えるよ」

俺の神守りをぶん回しながらきゃいきゃいはしゃいでいるヤコブを見ながらそう返した。いやぶん回すな。結構大事なものなんだぞそれ。

「さ、早くマタイのところへ帰ってあげなさい。心配してるだろうから」

「えー。あ、どうせだから他の人も回収して回ろうよ!少なくともバルトロマイは助けてって言ってるよ!」

「……分かった。だが他の侵入者と遭遇したらすぐに逃げるんだぞ」

「うん!!」

「ご心配無く!その時は俺が肉壁になってでも小ヤコブ様をお守りいたします!」

「やる気があるのは良いことだ。だが相手は精鋭揃いだから君はヤコブを抱えて逃げたほうが効率が良い。肉壁になっても大した足止めは出来無さそうだからね」

「はい!」

「それはそれとして言い草がひどいと思うよアンデレ!」


・【超高圧洗浄銃】

水を超高圧にし、それを銃のように打ち出して攻撃する技。

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第二次アルマゲドン 単三水 @tansansuiriel

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