第三十六話 "怪力"タダイと"上見る鷲"ヨハネ

下半身が蜘蛛の腹のようになり、脚は無くなり、代わりに背中から蜘蛛の脚が六本生えてくる。吹っ飛ばされた胴を糸で繋ぎ直し、身体がまだ動くことを確認する。

『【アシダカの分崩離析】!』

背中に白く平たい卵の塊が出来たのを確認し、ちょうどバルトロマイからナイフで斬りつけられそうになったので後ろに居たタダイの方に全力で後退し卵を押し付ける。案の定タダイは卵を自慢の怪力で引き裂いてきた。

「!??!?」

卵から産まれてきた赤い糸で形成されている六センチの蜘蛛達がタダイの身体に這いずり回る。タダイはそれを無我夢中で振り落とした。何匹かは体液で融けて、残りは何処かへと四方八方に散らばっていく。この四方八方へと散らばっていった蜘蛛達が本題なのだ。今回の【アシダカの分崩離析】はこの迷路のマッピング、金庫が何処にあるのか、他の仲間は何処に居るのかを把握するという役目である。タダイへの攻撃は期待していないし、先程押しつけたのも卵の孵化を外部からの攻撃、つまりタダイによる攻撃により促進する為だ。

「マタイっ、大丈夫か!?」

「は…大丈夫…焦っただけ…」

タダイは去っていく蜘蛛達を見て若干身震いする。そりゃそうだ、糸でできているとはいええ蜘蛛、しかも大量だ。私も初見時ビビった。しかしタダイは直ぐに気を取り直し、私を羽交い締めにした。タダイの融けている腕が私の背中から肩らへんに当たり、当たった部分が融けていく。

「くぁっ……!!」

熱い、アツい、あつい!!!肩甲骨が露出しているような気がする、いや実際に露出している!駄目だ、左腕が融け切れてしまう、右腕はまだ良いが左腕となると話は別だ、左手には器がある!離れてしまっては魂と身体が離れて動けなくなる!

「【縫い針】、【マジックワイヤー】!!!」

咄嗟に左肩と左腕を縫って接着しようとするが、融けかけていて半分液体になっているせいでうまく引っ付かない。ぼたぼたと身体が融けていき下に落ちていくので、左腕はもとの三分の二の短さになっていた。右腕はもう落ちている。

「今だ、タダイが拘束して狼狽えている間に畳み掛けるぞ!」

「おう!」

ヨハネの合図で二人が突撃してくる。

「こうなったらっ…」

私は接着を諦め、まだ融けていない左手首に【マジックワイヤー】を巻き、思い切り引いて肩から腕を引き抜いた。この【マジックワイヤー】で一応身体と器が繫がってはいるが、この【マジックワイヤー】から左腕が離れた時が私の終わりだ。私は両腕が無くなったことでタダイの羽交い締めから抜け出し、

「【パーフェクトボール】!!」

一瞬のうちに【パーフェクトボール】を展開し、二人の攻撃を防いだ。バルトロマイの攻撃の後にヨハネが攻撃したことでなんとか【パーフェクトボール】が融かされるだけで済んだが、もしこれが逆だったらヨハネの毒で【パーフェクトボール】を融かされた後にバルトロマイの攻撃が来ていたので危なかった。それにしても、私の右腕は落ちているのに留めてもないタダイの両腕が繋がっているのは何故だ?何か理由がある筈だ、ヨハネも広範囲にわたって融けているのに致命傷には至っていない。床が融けるほどの強い毒なのにである。いやこれ酸か?でもルナさんから貰った【アトリビュート】一覧によれば確かヨハネの【アトリビュート】は毒杯とか鷲とかだったような…。いやそんなことはどうでもいい、対象によって毒の強さが異なるとか毒の強さを自在に変えられるとかなのか…?


先ずは対策だ!【パーフェクトボール】の中から融けた穴に向かって縫い針を放ち、ヨハネとバルトロマイが思わず退いた所を狙って【パーフェクトボール】から飛び出す。背中から出した【マジックワイヤー】で少し離れた所に腕を四本創り、リンさんを再形成する。刃物としては使い物にならなくなってしまったヌンチャクリンさんも毒を防御するのには使えるので拾っておいた。器がある左腕はリンさんで融けている部分と融けてない部分を切り離し、胴体に巻きつけてある。バルトロマイは再びナイフを大量に生成し放つが、ヌンチャクリンさんで致命傷になるナイフだけを防ぐ。出血するのは今更だ。

「一対三で本気を出しているのにも関わらず拮抗状態!貴方何なんですか!?」

「いやお前今は何もしてねーだろ。その台詞言うの俺ら三人の誰かだと思うんだけど」

割と遠くの通路で寝転んで動けないトマスの台詞にバルトロマイがツッコミを入れた。というか何でこの距離で声が届くんだ。とんでもなく声が大きいのか?

「私は先輩の恋人です!色恋沙汰で国家機関に乗り込んできました!!そもそも先輩は【第二次アルマゲドン】が始まっても人間の味方側に居るって前に話してたんですよ!?そもそもカトリケーが先輩を狙ってるのだって遊びだって話じゃないですか!」

「そうは言ってもなぁ…俺ら上には逆らえないし逆らう気も無いし…ユダは逆らったけど…」

そう言うとバルトロマイは一瞬だけ視線を下にやり、また此方を見る。

「…ユダがそっちに味方したのも分かるぜ。アイツは優しい奴だったし、絆されやすかったし、自分にしか出来ないからと言って何回も自分を傷つける役の立ち方をする奴だった。ユダが味方するんだからそっちの暮らしも悪くなかった、いや多分良いものだったんだと思う。だがな、ペテロから聞いたぜ、『貴方達と同じぐらいに、この人達が好きになってしまったんです』ってユダが言ってたって。お前らと同じぐらいの好感度なんだこっちも、ならお前らに味方する道理は無ぇ。正々堂々今の立場でぶつかり合うしか無いんだ。それに、ユダには話されてなかったけどちゃんとした理由もある。俺らも最近知ったけどな」

「話しすぎですよ、バルトロマイ」

ヨハネが制止する。

「理由…理由ですか」

感情的な理由か、合理的な理由か。恨み辛みが理由なら関係無いが、もし合理的な理由なら昨津の弱点を掴めるかもしれない。というかや先輩が恨みを持たれるようなことを何かしたのか?全く想像つかないが…。

「…とにかく、俺らはお前らが投降しない限り戦うしかないってことだ!」


トマスがこの迷路を作っているのでマッテヤの時のように行き止まりの運命を付け加えることは出来ない、地図もトマスが把握している筈だから逆にこちらが行き止まりに追い詰められる可能性もある。なら、

「【チェーンウォール】!!」

此方が行き止まりを作れば良いのだ。

「ッ!タダイかヨハネ、頼む!」

「させませんよ!」

先程話していた時、バルトロマイがタダイとヨハネの一歩前に出てきていた。そして、今まで私達は話していたから距離はそんなに離れていない。だから私はバルトロマイの目前に【チェーンウォール】を張り、【チェーンウォール】越しにバルトロマイの腕を【マジックワイヤー】の腕で掴んで、

「【パーフェクトボール】!!」

バルトロマイを【マジックワイヤー】の腕ごと包んだ。最初に【チェーンウォール】を張った時はマッテヤを倒して【転生の扉】を開いた後の続け様の全力戦闘だった為体力の限界が来てしまってこの戦法を使えなかったが、【覚醒】している今なら話は別だ。何故バルトロマイにしたのかというと、タダイなら自慢の怪力で、ヨハネなら毒で突破されるが、バルトロマイなら内側からこの【パーフェクトボール】を突破出来ないと踏んだからである。私は【チェーンウォール】を解除しバルトロマイの入った【パーフェクトボール】を新たに【マジックワイヤー】で補充した腕で持ち上げ、通路の遠くの方へ放り投げた。

「あいたぁっ!」

内部からくぐもった悲鳴が聞こえた気がするが聞かなかったことにしておく。

「人質かッ!?卑怯な…!」

ヨハネが毒で【チェーンウォール】を融かしながら叫ぶ。

「人質なら手元に置いておきますよ、ただ単に戦力を削ぎたかっただけです!」

兎も角、これで一対三が一対二になった。


これから二人が取るであろう行動は二つ考えられる。一つは私の後ろにある【パーフェクトボール】の方へ行きバルトロマイを救出、もう一つは私を先に倒しそれからバルトロマイを救出。どう来る!?

「私はこっち、ヨハネはあっち。いいね」

「うん、任せた」

そう言うや否や、タダイは私に接近したので再度弱点に一発当たったら終わりの戦闘が始まると同時に、ヨハネがその横を通り過ぎようとしていたので遠心力を使い頭にヌンチャクリンさんをぶち当てた。行動二つを分担してきたのか、危なかった、そこまで考えてなかった。

「ヨハネ!!」

ヨハネが壁に打ち付けられたことによって一瞬タダイの視線が逸れた!

「うおおおおああああああ!!」

リンさんを突撃させ、タダイの首をはねた。


「タダイ……!?」

ヨハネは動揺している。いつもより思考はできていないだろうから今のうちに倒したいが、本人の意図なく起こっているであろう事象がヨハネを守っていた。【メルトイーグル】が大量発生している。恐らく無意識下でリミットが外れての自動発動だろうがそれにしたって数が多く、ヨハネに近づくどころか【メルトイーグル】を避けるので精一杯だった。

「く、そ……よくも!!」

まずい、ヨハネが正気に戻った!それでも【メルトイーグル】の数と勢いがそのままだ、行動を怒りに任せている!

「融けて消えろ!」

なんとか逃れようと反対方向へ走るが、この速度では毒を撒き散らしながら迫ってくる鷲の群れに追いつかれてしまう。一旦【パーフェクトボール】に入ったままのバルトロマイがあの大鷲に融かされないようにヌンチャクリンさんで走りながら弾き飛ばし、どうすればいいのか考えていた。一体どうすれば…。



私は、先輩と初めてノロイを討伐しに行った日のことを思い出していた。

『へー…話変わりますけど、あれだけ大きい百足に噛まれてよく死にませんでしたね。ん、いや、もしかして身体は死ぬことは無い…?あ、この話確か前にもしましたね。忘れてました』

『はは、そんな事もあるさ、私もよくある。百足に噛まれた時は、あれはコドクの百足だからかなり毒が強くて多分致死量を超えていたと思うんだが、あの世の身体にもゲームで言うレベル的なものがあってだな、ギリギリ耐える事が出来た』

毒が強くても個人の経験で耐えられる、そんなニュアンスだった。

(…あれ?そういえば私、三人の内二人は戦闘不能にしたけど力で押し勝ってはないよね?)

バルトロマイは【パーフェクトボール】の中に閉じ込め、タダイは視線が逸れた一瞬の隙をついた。先程やり合えていたのも回避を主体としていたからだ。

(……レベル差!!)

これで毒が何故私に強く効くのか判明した。私に強く効くのではない、相手のレベルが私より高いので毒を浴びても大したダメージにならないだけなのだ。ゲームでレベル十のキャラクターとレベル三十のキャラが毒沼を歩いたら食らうダメージがどちらも同じでも割合で見ると大差付くように、この毒もダメージ量は同じでも割合で見てこっちが受けているダメージが多いように誤認していた。つまり彼方の体力みたいなものが高いだけだ。

(力任せでは勝てない)

それがどうした。ずっとそんな戦いだった筈だ、今までと変わりはない。


【メルトイーグル】の群れは通路を所狭しと塞ぎながら滑空している。

「【チェーンウォール】!!」

私は鎖の壁を作り、それを巻いて長さが天井ほどある太い鉄の棒を作った。【メルトイーグル】は高い溶解性を誇るが溶解量に合わせて消耗もする。ならば一点に質量を集中させ物量で貫き通す!!

「いっけええええぇぇ!!」

私は【チェーンウォール】の棒を最高速度で放出した。棒に当たった鷲達は棒を融かしながら消滅していき、ついに鷲の群れに穴が空いた。今しかない!まだ棒は残っている、その先端は毒に塗れたままだ!

「融けないだろうから潰れてもらいます!!」

【チェーンウォール】の棒はヨハネをその勢いのまま押し飛ばし、通路の突き当りで押しつぶした。


「……っは、勝った…」

私はヨハネとタダイの器を回収し、バルトロマイの【パーフェクトボール】を解除した。

「【拘束】」

同時に攻撃できないよう拘束し、トマスの身体も念のため拘束してからバルトロマイの近くに持っていく。身動きが取れないながらも冷静に此方を見る二人に質問することにした。

「先輩を狙うちゃんとした理由って、何なんですか?」


・【水化】

自身が水と化し、物理攻撃を受け付けなくなる技。その気になれば相手の口や鼻から体内に潜り込み、爆散させることも可能である。

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