第三十四話 "豪雷"大ヤコブ

兄姉貴が悪霊化した今、言動がかなり変になっているがおれの言葉の意味を理解できているうちは問題ないだろう。どう見ても正気じゃないけど。

「兄姉貴、さっきおれの肩食っただろ?それはつまり、今は兄姉貴だけが大ヤコブにダメージを与えられるってことなんだ!今のおれと大ヤコブは核がぶつかりあった影響で火と雷が混ざり合ってる。おれと大ヤコブがいくら組み合っても対消滅しかできないけど、兄姉貴だったら火を消せる!それと同時に火を消した部分の雷も消えるから、兄姉貴が大ヤコブを全部食っちまえばおれ達の勝ちだ!」

「光村、それ終わったら食べさせてね。光村を、僕に、いい匂いがする焼けた光村の肉」

「食べてもいいか聞くんじゃなくて食べさせてねだから食べさせるの確定なのか…よし、勝って兄姉貴が正気に戻ってからならいいぜ!」

正直言って消滅よりかはマシだ。


「クソッ…先に攻撃手段を見つけたのはそっちって訳かァ…だが!その攻撃手段に対する攻撃手段ならあるんだなぁコレが!!【天からの贈り物】!!」

大ヤコブは再度暗雲を呼び出し、雨を降らせた。ただ、今大ヤコブ自身が暗雲の下に入ると暗雲諸共消滅してしまうため範囲をおれ達の上空に限定している。おれは既に兄姉貴の下に入って雨を防いだ。

「兄姉貴、あいつは今から雷系の技を撃ってくるはずだ!【天からの贈り物】を発動させたからには恐らく技は【雷光の怒号】…防御手段はあるか!?」

「光村。【雷光の怒号】、おいしい?おいしいといいな。きっとおいしい」

「兄姉貴!?」

駄目だ、会話が成立しない!

「【怒号】!!」

ピシャッ!!という音と共に雷が落ちる。そのまま兄姉貴はそれに貫かれた…と、思われたが。兄姉貴は巨大な水蛇に変化し、天に昇りながら雷を丸呑みにした。

「…おいしくない」

兄姉貴の表面に透明な水の鱗が生える。触れるもの全てを切り裂く水流の鱗。新たに生えた二本のひげ。鋭く尖った角。現在も雨を吸収し大きくなり続けているそれは、最早水蛇ではない。水龍だ。

「中身悪霊の水龍なんてそんなんアリかよ…!?」

…実際ここに居るからありではあるんだろう…見た目と言動のギャップがすごいことになっているが。

「…っそれより何が起こった!?兄姉貴、雷食べて大丈夫か!?ダメージは!?」

「正気に戻った、ダメージは無い。…光村、肩消してごめん」

「大丈夫だぜ!もう食べるとかおいしいとか言ってないから正気なのもわかるしな!」

「…忘れて」

良かった、兄姉貴がもとに戻った。…兄姉貴がカニバリズムに走らないで良かった…。

「…どうやらオレの負けになるみたいだなァ…お前らの勝ちだ。さっさと食えよ」

「降伏するのか?」

「オレには【電光石火】の発動条件は分かってもそれを実行する馬鹿さが足りねェ。あれは物事をあまり深く考えないお前だからできたことなんだよ、光村功」


「なんか…あべこべのようで同じようなやつらだったな」

「うん。矛盾してるけど、本質的には似てた」

器を回収し、神守りの中に入れる。兄姉貴は既に水龍からもとの人型に戻っており、【天からの贈り物】も大ヤコブが分離したことによって効力を無くしていた。

「光村。もう自分ごと敵を消滅させようとするの、やめて。ショックで悪霊化するぐらい嫌」

「ごめん兄姉貴、あの時はあれしかないと思っててさ…でも結果的に兄姉貴が肩消したお陰で犠牲なく勝てたから良かったぜ!」

「…そういえば、萌からメールが来てた。中に居るみんなのことはもうとっくにバレてる、というかシモンと大ヤコブの二人が来た時点で『侵入者』とか言ってたからまた敵の増援が来ないとも限らない」

「限らないって?普通来るもんじゃないのか?」

「…今まで、仮面の人達は一人も僕達に遭遇していない。幹部は来たのに。理由は分からない、けどこれは恐らく意図的。…まあ、警戒はするに越したことない」

「うーん…よくわかんないけど、取り敢えず気をつけとくな!」



「トマス、海里以外の仲間を何処へやった!」

「【迷宮ラビュリントス】…ミノタウロスが囚われていたという古代迷宮。ここは最早その迷宮と化しました」

「何回迷宮って言うんだ?」

「バルトロマイ、まだ三回しか言っていませんが。さて、貴方方のお名前を聞かせてください。この馬鹿のおかげで此方の名前は伝わっているはずなので、これで人数共々フェアとなります」

「あー…名前言ってもいいか?」

「いいよ、別に名前に秘密があるわけでもないし。俺は早野海里。こっちは恋人の唐館翔」

「リア充許すまじだな…」

「その情報別にいらなくないです?」

確かに今はいらない。

「では改めて自己紹介をば。私の名前はトマス。この施設の地図を簡単に使い物にならなくすることができる程度の力の定規と槍しかないですが、今施設の中に居る人、いわゆる増援を呼びました」

「フェアじゃなくなったじゃねえか!!!」

「バルトロマイ、こちらの人数の方が多い以上フェアである必要はないのでは?」

「いやフェアになるから名前を聞かせろっつったのお前だろ…」

増援…わざわざ施設の中からということを明言しているのは増援を防ぐ光村達のことがバレているということなのか…?

「…あのさ、今メール来たんだけど…『地図送れ』だって」

「…それ、さっきの【迷宮ラビュリントス】で地図が使い物にならなくなったからじゃあ…」

バルトロマイも中々アレだが、トマスも違うベクトルで変わっているというか、天然というか…。

「もしかして十二使徒全員こうなのか?」

「こうなのかとはなんだこうなのかってー!こうとは限らないけど十二使徒は大体変わり者だからな!」


「キッツ…海里、そっち大丈夫か!?」

「ああ、なんとか…!」

オレと海里は今、十二使徒のうち四人を相手取っている。…いや、確かに戦闘経験はオレ達が一番長いけど二対四って!!!何で未だに渡り合えてるのか謎なんだけど!?…あー、キツイ…。頭が痛い。

「なぁ、トマス!こいつらさ、もう【迷宮ラビュリントス】をまた使って『かべのなかにいる』状態にした方が早くないか!?そうだろ!?」

「バルトロマイ、私はそんなことできません。そんな細部だけ動かすとかできませんし、黒液消費激しいですし、何よりキツイ」

「二人共、無駄口を叩かない!見なさいタダイを、何も言わず攻撃しています!」

「いやアレ単に無口なだけだろ」

…敵が常時こんな感じなのも持ちこたえられている要因か?いや、軽口を叩いてはいるが攻撃の筋は本物だ。四人居るのにも関わらず完璧な連携で攻撃してくる、避けた先で次の攻撃が待ち構えているのが常だ。

「何で幻なのに本当にあるんだ!?ゲームとかでは普通目眩しだろ幻系の技ってのは!」

「幻の技を持った神守りを手に入れたのが他ならぬオレだったからな!個人魔法と神守りの能力ががっちり噛み合ったってわけさ」

「なにそれずっりぃー!」

喋って気を取られている間にバルトロマイの背後に手の幻を作り、拘束しようとしたがタダイに混紡で幻をはらわれてしまい、奇襲は失敗した。

「ありがとうタダイ!あーもう、予備動作ちょっとで突然現れる物体とか反則だろ!」

バルトロマイが若干苛立った様子で文句を言った。確かに反則だ。だが、反則級の技には多大なる負担というものが付き物である。



建築用定規を懐にしまい槍でひたすら突いてくるのがトマス、ナイフを投げて三人を援護しているのがバルトロマイ、無口で混紡を振り回しているのがタダイ、杯やら壷やらから毒やら煮えたぎる油やらを撒き散らしまくっている迷惑極まりないのがヨハネだ。たまにバルトロマイが直接切りかかってくることもあるが、リーチが短いため大抵翔の幻か俺の剣に防がれている。

(俺の能力は【真実を観る】ことだから幻は見えない…よって翔の幻が俺に当たらないように気にすることもない。だが、何故翔は大規模な技を使おうとしないんだ?)

少しの疑念は敗北に繋がる。俺はその疑念を払拭するため今まで背中を預けていた翔の方を少しだけ向いた。

(………これは…!?)

端的に言うと、とても観れるようなものではなかった。度重なる塊の大量使用に器が限界を超えていたのだ。いつもは強い敵と戦っても範囲の狭い幻で戦えていたから負担が少なかったが、今回は侵入の時点で【幻影物体】を使っており、もう解除しているが俺たち五人の姿の偽装も翔が担当していた。そして、俺や理沙のような武器を個人魔法とする者は塊の消費を『武器を出した時に消費される塊』と『神守りの能力や技を使った時に消費される塊』のみで済むが、翔の場合『武器を出した時に消費される塊』が『幻を具現化する度に消費される塊』になる。強さが反則級な分、その消費量は馬鹿にならない。そして幻を具現化し続けるのにも塊がいる。それに加え、幻を維持するために割いている脳のリソース。これらが翔、お前を限界へと追い込んでいた。常人ではとっくに全ての記憶を手放し廃人になっているところを、ギリギリのところで何も手放さずに立っている。だからこそ、

「翔!一旦撤退するぞ!!」

「なっ!?」海里、何を言って…」

「はっきり言って今の翔は限界だ!その状態で二対四はきつい、撤退か誰かと合流した方がいい!」

「確かに、そうだけどさ…!」

口ごもったのでまた心中を観る。どうやら今は戦っているから意識を保てているのであって、戦いが終わったり中断してしまったらどうなるかわからない状態らしい。

「…っ、どうすれば…!!」

「戦わずに器が砕けるぐらいなら全力を出して一人でも倒してからの方がいいに決まってるだろ!バルトロマイ、さっき『かべのなかにいる』状態にした方が早いって言ってたよな!!こっちだって同じだ、やってやるさ、瞬きで全滅だ!」

そう言って翔は通路の両側に手をかざした。俺には何も見えはしないが、使徒達四人は何かを食い止めようとして何かに流されるように俺たちから遠ざかっていき、やがて一人、また一人と急に動きを止めた。

(もしかして…本当に『かべのなかにいる』作戦を実行してしまったのか!?)

心を観ると、本当にそのようだ。翔は辺り一面の壁を頭いっぱいに創造しているし、使徒達は息ができずにもがき苦しんでいるが壁の中のため何も動けないでいる。どうやら壁を食い止めている間に瞬きをした瞬間、一瞬だけ幻を視認しなかったことで幻を身体が通過し、目を開けた瞬間に幻の壁を見てしまい目を開けたまま閉じ込められてしまったようだ。だが、まずい。非常にまずい!このままでは翔の器が砕け散るか、そうでなければ塊が器の限界料を超過しカラ族になってしまう!!



「えーと、次どっち行きましょうかね…」

私はマッテヤを倒した後、迷宮を彷徨っていた。

「なんか仮面の人達は不気味なほど見かけませんし、地図も使えなくなっちゃったし…」

そういえば、【迷宮ラビュリントス】って何なのだろうか。何か名前にヒントがあればと考えスマホで検索する。

「あ、ミノタウロスの迷宮のことだったんだ!?図解まである…え?これ本当に迷宮?」

サイトに載っていた迷宮ラビュリントスの地図を見てみると、全く分かれ道のないただの曲がりくねった通路のような感じだ。調べてみると、迷宮は分かれ道がなく、迷路は分かれ道があるなどの違いがあるらしい。

「…まぁ、ここでこの地図を使うことはありませんが…」

何故ならば、伝承の【迷宮ラビュリントス】に分かれ道は無いが、ここには分かれ道があるからである。言ってみれば【迷宮ラビュリントス】ではなく【迷路ラビュリントス】ってところかな。

「まがい物の【迷宮ラビュリントス】にはまがい物の【アリアドネの糸】…というのはどうでしょうかね?」

糸玉を作り、糸の端が何処かへ飛んでいくのを見送った。ミノタウロスの伝説はギリシャ神話で、キリスト教の十二使徒には縁もゆかりも無い。その十二使徒がそれを使っているなら、私もそれに則るだけだ。テセウスが迷宮ラビュリントスの入り口に結びミノタウロスを倒し、帰りはそれを辿って入り口に帰り着いたという【アリアドネの糸】。正直分かれ道がなかったならこの糸いらなかったんじゃないかというツッコミもあるが、あの糸の端はこの迷路の入り口に結ばれに行ったことだろう。あとはこの糸の逆を辿るだけだ、先輩が囚われている大金庫はきっと最奥にある。


・【燎原之火】

広範囲を火力の高い炎で一瞬で燃やし尽くす技。使った黒液の量で範囲が変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る