第三十三話 ぬるま湯の中に浸かって

おれがさっき思いついた技、【電光石火】。これはたまたまおれが好きな四字熟語だったから思いつけた技だ。

「いつものおれならできない。でも、今の【覚醒】してるおれならできる!この技はおれの理屈で成立してるからあまり細かいことは説明できないけど、簡単に言うと『電光石火は雷と火の漢字が入っててどっちもすぐ消えるもんだからこの技を放ったら雷である大ヤコブと火であるおれが消える』ってことだ!」

「しなくていいそんなこと!!」

兄姉貴は信じられない、というような目でおれを見る。そりゃそうだ、おれを殺した犯人だったけど、今までポチも含めて三人で楽しくやっていた。それだけでも嬉しいというものだ。

「…光村。僕は君を殺してでも止める…!」

今の兄姉貴は冷静じゃない。死んでいるのに殺すというのもおかしな話だからだ。

「ごめん、兄姉貴。遠くで待っててくれ。終わらせるから…!!」

おれは低温の炎で兄姉貴を拘束する。

「光村ッッ!!!!せめて僕も一緒に…!!!」

「ごめんなっ!高波雨月っ!!おれ、楽しかったぜ!!!」

「ッ!…最期に名前で呼ぶな……卑怯だ…お前はっ!最初からッ!!僕を振り回すだけ振り回して…あと百年ぐらい振り回しておけばいいんだ、お前みたいなバカは…!!」

おれは兄姉貴を拘束したまま遠くに飛ばした。

「光村ーーーーッ!!!」


「…言っとくがな、そんな大掛かりな技ノーモーションで撃てる訳がねェ。オレはその技を避け続けてお前に効く有効打を見つけ出しぶちこむだけだ!!」

「あれ、見抜かれちまった…まぁいいや、いくぜ!」


「【ファイヤーエスプレッソ】!!」

「【疾風迅雷】!!」

おれは全速力で大ヤコブに突撃したが、やはり速度では炎は雷に勝てないのか全て躱される。苦手だが、ここは大ヤコブを捕まえるための策を考えないといけない。

「【焔海】ッ!」

辺り一面を焔の海にし、

『【天昇る火柱】!』

知らない技名を叫び焔を火柱にして大ヤコブからおれが何処に居るかを分からなくする。なるほど、これが城田が言ってた『自分じゃない何かに身体を動かされてる』って感覚か!これは…この火柱の中から攻撃して不意打ちを狙えということなのか?

「…【人体自然発火現象】」

そう考え、気配を殺しながら火柱の中に入る。

「クソがッ!視認性最悪じゃねぇか!」

大ヤコブは辺りを見回してはいるが、未だおれを見つけられていないようだ。そして、大ヤコブはおれの潜んでいる火柱に近づいてきた。チャンスだ。

「今度こそっ!【ファイヤーエスプレッソ】ッ!」

「なっ!?」

大ヤコブの身体の中に手を突っ込み、雷の核を掴む。

「はァ!?何で雷のオレを炎のお前が掴んでんだよ!!」

「そういう技だからな!!」

「ハァーーーー!?!?!?意味分かんなすぎんだろお前!!」

「ともかく、これでおれとお前共々終わりだ!」

【電光石火】を唱えようとした時、

「待てェ!!!アレは!?おい、光村功!!向こうにいるなんか禍々しいヤツは何なんだ!?」

「禍々しい奴!?」

大ヤコブの視線の先に居たのは、兄姉貴だった。



「光村!くそ、くそ、くそ、外れろ…!」

いくらもがいても、優しく残酷な炎の枷は外れない。このまま目の前でお前が消滅するのを見とけっていうのか、いやだ、耐えられない、たえられない、たえられない!やめろ!僕の光村だ、たとえお前自身にも光村の魂を使うことは認められない!独占欲が爆発する。枷は炎なのに熱くないが僕はお前を失ってしまうという焦燥感で全身が熱い、蒸発してしまいそうになる!

「そうだ、【水化】!!…あれ、なんで、【水化】しない…!?」

黒液の使用そのものが封じられているようで、水になってこの枷から逃れるということは不可能ということがわかった。ふざけるな、お前はそんな大それた力を使えないどうしようもない馬鹿だった筈だ、…いや、馬鹿だから限界を限界と思わないことで突破したというのか!?くそ、強引すぎる、馬鹿、馬鹿、馬鹿が…!!

「なにか、何か解決策は…!…あ」

器が歪み出す。そうだ、黒液を消費しない方法にすればいいんだ。消費するのは【人間の成分】だけだ。もう【覚醒】でも【暴走】でも何でもいい。僕を此処から出せ!!!光村を止めて、僕の水で消火して、消化して、昇華、しょうか、しょうかする。一緒に凍えよう、また一緒に。あの暗い便所の中で汚物に塗れながら二人で凍えよう。


矛盾に満ちている。光村を殺さなければよかった。でも殺してないと出逢えなかった。光村に出逢わなければよかった。僕はあのままずっと悪霊のまま存在して、退治されていればよかったんだ。そうすれば、あいつは、光村は、光村功という男は。僕に出逢わないまま、現世を楽しんでずっと長生きして、もっと友達もできて、かわいい彼女も作って、家庭を築いて、僕と出逢うよりもずっといい生涯を送っていた筈だったんだ。あんな暗くて狭くて汚いところで、一人寂しく餓死なんてする必要は無かった。あの時お前を殺した悪霊の僕なんかを救う必要は無かったのに。僕なんかを消滅させないために大ヤコブを自分諸共消滅させるなんて、馬鹿だ。僕はお前と一緒に、あの三人の家で暮らせていればそれで良かったんだ。



「おい!別れは済ませたんじゃなかったのか!?どうなってんだアイツ!!」

「…悪霊化、してる…」

「悪霊化…!?」

「大ヤコブ!悪いけど、早めにおれと消滅してくれ!悪霊化ってのは目的が無くなると解除される、今回はおれが目的の筈だ!!」

そう、あの時もそうだった。おれが殺されたあの日。



『…あれ、どこだ…ここ』

目が覚めると、おれは何処かも分からない暗くて湿っているところに居た。いや、湿っているどころではない,びちゃびちゃだ。どうやら床上を構成しているのは臭いからするに人の排泄物のようで、身体に纏わりつく謎の蟲達は形こそ視認出来ないが、かさかさ動き回る感覚とうるさく周りを飛び回る羽音で二種だけは種類を特定できた。…思い出したくもないので名称は伏せるが。

『お腹すいた…のどかわいた…あつい…』

空腹。口渇。炎暑。主にこの三つがおれを虐み、体力を奪っていく。上に蓋らしきものがあったのだが、何か重い物でも置かれているのか全力で持ち上げようとしても一ミリも動かず、太陽の光も入らぬ暗闇に一人閉じ込められることになってしまった。


食べた。おれは生き残るために食べた。ひたすら食べた。飲みもした。口に入ってきた蟲。床や壁を這いずり回っている蟲。床上に散らばっている排泄物。そうするために積極的に動き回って、そこで初めて、おれ以外に誰か居たことが分かった。

『人の…骨?』

人骨だった。おれよりも一回りほど小さい、子供の骨。そいつは何だかじっとおれの方を見つめているように思えて、

『お前も…ここに閉じ込められたのか?』

少し…いや、結構親近感が湧いていた。この時点でおれの精神はかなり磨耗しており、以後この骨を友達として死ぬまでを過ごした。名前は【兄姉貴】。骨だったので男か女か分からなかったし、ここにおれより先に来ているのだから生まれた年で言ったらおれより上なんだろうなと思ったから、この名前にした。


『兄姉貴は何でこんな所に居るんだ?おれは目を開けたらいつの間にか居た。お前もそうなのか?』

返事はない。そりゃそうだ、相手は骨なのだから。それでも完全に一人で居るよりかは大分気が紛れたし、一人で兄姉貴に話しかけるという暇つぶしもできた。独り言でいいだろって思うだろうけど、誰も居ないのにぽつぽつと一人で喋り続けるのってキツいだろ?その点、兄姉貴という話し相手が居るだけマシだ。

『ここって何処なんだろうな。便所ってことは分かるけど、暗いからどんな感じの見た目かさえ分からない。兄姉貴はここが何処なのか知ってるのか?』

おれはこの時、ぼっとん便所の存在を知らなかった。


『兄姉貴…』

おれは動かぬ友人にひたすら話しかけていた。幾度も眠ったが、もう何日経ったのか分からない。もう十何日も経ってるかもしれないし、もしかしたら数日しか経ってないかもしれない。一つわかっていたのは、おれの身体はもう限界だったということだけだった。


次に目を開けた時、おれは死んでいた。死んだことで蓋を気にせず外に出ることができ、そこで初めて兄姉貴と逢った。

『……………』

男の子か女の子かよく分からない見た目の兄姉貴は、おれを見て黙りこくっている。

『なぁ、お前は…もしかして、兄姉貴…なのか?』

『……うん。僕は君の言う兄姉貴。お前を殺した悪霊だ』

それを聞いた時、おれは憎悪よりも先に。

『やっぱり!!おれは光村功!兄姉貴は!?』

この人を知りたいと思ってしまった。


話していて、色んなことがわかった。兄姉貴の名前は高波雨月ということ、おれの両親達からいじめられていたこと、そして、

『そのいじめの末に、ぼっとん便所で落とされたっていうことか…』

知らなかった。聞いてみれば、蓋が開かなかったのは漬物石を置かれていたからで、排泄物が掃除もされず床に散乱していたのは両親をはじめとしたいじめっ子達が何ヶ月もそこで排泄をしていたところに落とされたからだ。今になってもその状態だったのは、同じ状況で苦しめてやろうと現場を再現したから。虐められた原因は、男か女か分からないような見た目だったから【おとこおんな】と馬鹿にされ、ついには死んで悪霊になってから自分の性別が何であったのか分からなくなったらしい。

『……あ!ところで、兄姉貴は天国とか地獄とか行き方知ってるのか?』

『知ってるも何も、悪霊だから分からない』



「あの後、兄姉貴はおれを殺して両親への復讐が終わったからか悪霊じゃなくなった。つまり【電光石火】を放つとアイツの悪霊化が解けるってわけだな!」

「オレを巻き込むんじゃねぇ馬鹿野郎テメェだけで消滅しとけ!!」

核を掴んだままだったおれをなんとかして大ヤコブは振り払おうとするが、今おれがこの手に込めているのは全黒液の力に等しい。そう簡単には振りほどけない。

「おれの核はこれだッ…!」

自分の身体の中から燃え盛っている物体とは言えないものを取り出す。核とは、自然現象そのものに変身している今全身に溶け込んでいる器と魂そのものだ。それを無理矢理引きずり出し、両手に収まっているおれと大ヤコブの核をぶつける!

「いっっっってェ!?!?」

「いっっつぅ…」

ぶつけたことによって互いの全身に尋常ではない痛みが走ったが、そこは重要ではない。本当に重要なのは、

「…成功だ…!!」

「はァ…!?何ッだ、これ、何なんだこの状況…!?」

互いの身体から炎と雷が吹き出ている、これで火と雷の同一化は成功した!

「いくぜ、【電光ッ…!?」

刹那、おれの右肩がじゅわっ、ばちっという音と共に消えた。兄姉貴だ。おれが右手に持っていた大ヤコブの核は引っ張ったゴムが元の場所に戻るようにばちん!と大ヤコブの体内に戻って融けた。

「光村、僕と一緒にしょうかしよう。うん、うん、ね、しょうか。光村。光村。それ食べたい。その手に持ってるもの。光村のかたまり」

兄姉貴が恍惚の表情を浮かべながら見ているそれは、おれの核。やはりおれが目的だ、渡してしまったら一瞬でおれの存在は無に帰してしまうだろう。大ヤコブを巻き込むならまだいいが、何の成果も無しにそれは許されない。

「兄姉貴!邪魔しないでくれ、おれはこいつを巻き込まないと…」

「嫌だ。光村は僕と一緒になるんだ。一緒、一緒だよ、光村。ね、一緒だね」

その時、おれは、

「…ちょっと待て…火と雷の一体化が成功したということは…」

おれが消滅しなくても大コヤブを倒せる方法を思いついた。



僕の光村。僕の。高波の。高い波…塩?光村しょっぱい?しょっぱくない。さっき食べた肩、ぴりっとした。辛い?辛くない。いつもの匂いの味がする。

「兄姉貴!邪魔しないでくれ、おれはこいつを巻き込まないと…」

「嫌だ。光村は僕と一緒になるんだ。一緒、一緒だよ、光村。一緒、一緒だね」

光村を食べて、食べて、融けて消えてしまう。だってそれが光村。光村はかわいいね。かわいいよ。かわいい。細い腕を噛みちぎりたい。頭をなでてあげたい。

「…ちょっと待て…火と雷の一体化が成功したということは…」

何?光村に関係ある話なの?それならいいよ。話して。全部話して。すぐに。

「な、兄姉貴。おれの言葉わかるか?」

「そりゃそう。僕は光村の耳。口。頭。わかるよ、光村、わかる」

「良かった!じゃあ兄姉貴、今からおれが言うことを聞いてくれ。おれと兄姉貴、ポチとの三人でまた暮らせるかもしれない」


・【ファイヤーエスプレッソ】

【人体自然発火現象】状態の時に使える高速移動技。エスプレッソには急行の意味がある。

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