第三十話 "祈り祈らぬ者"ピリポ

大金庫の場所は、地下の奥深くにある入り組んだ施設の最奥である。これは本来一般人は知り得ない情報なのだが、海里さん達はかつて先輩と共に【アルマゲドン】を終わらせ、デジールを政府に渡した張本人なので大金庫の場所を知っているらしい。そして、その地下に行く方法は…

「…あれだ。確かあそこに真下の入り口への移動用の魔法陣がある筈なんだが、関係者以外は安全装置により使えないので真下に行く手段は無い、と考えるのが普通だ。…普通ならな」

そう言って海里さんは唐舘さんに目配せをする。唐舘さんは分かった、と言うように小さく頷くと、大量の塊を摂取する。そして、ルナさんは唐舘さんの器を【リカバリー】で回復し続けた。

「く、ぅっ…【幻影物体】!!!」

ぱ、と地面が透明になる。

「いってら!頑張ってこいよ!」

「…がんばって」

「言われなくても!」

私達は光村さんと水山さんを除いた全員で落ち始める。この二人は敵の増援を防ぐ役目で、残る私達は先輩を救出するために大金庫へ向かうわけだ。何故鍵も入手していないというのに大金庫に真っ先に向かうかと聞かれると、水山さんが言っていたらしいからである。『決行しろ』と。何か策があったに違いないのだ、もしかしたら道中スペアキーなど見つかるかもしれない。…なーんて、そう都合良く行くわけは無いのだが…正解の気がしたのだ、この作戦が。そして、そもそもの話である。カトリケーが何の組織なのか。


海里さんはデジールを『政府に渡した』と言っている。なのに何故収容場所である大金庫の鍵をペテロが持っているのか、考えられる説は二つ。一つ目は『私達の知らないうちに政府がカトリケーと入れ替わっていた』という説。そして、二つ目は『そもそも政府とはカトリケーのことであった』という説。…正直、私としては何方でも良いのだが。と考えているうちにいつぞやの仮面の人物を発見した。いや、会ったことがあるかは定かではないが、どちらにしろ判別する術は仮面を剥ぎ取るしかないので別にいいだろう。というか仮面を剥いでも顔を忘れるか確認してないかなので分かるとも限らない。

「第一関係者発見しました。お願いします、唐館さん」

「わ、かった…アレに似せれば良いんだなっ!?」

唐館さんは【幻影物体】を発動させたまま私達の姿を仮面の人物の形をした幻で包んだ。敵味方の判別がつくように私達には普通に見えるが、仲間以外が見ると仮面の男に見えるという便利な幻だ。同時に大規模な幻の発動練度を上げるのにどれだけの鍛錬を積めばここまでの領域に達せるのだろうか。

「ゲホッ、おえっ…」

とはいえ、さすがの唐館さんも黒液の大量摂取と大量消費に堪えているのか、顔を真っ青にしている。呼ぶことが無いのですっかり忘れていたが、塊の正式名称は【悪意の塊】なので使えば使うだけどろどろとした人の悪意に触れることになる。器の許容量を超えると尚更だ。…あれ?そう考えると萌さんってかなり凄いのでは?技の殆どが強めの範囲攻撃だし塊は大量消費するし…。と考えていたところに、何やら仮面を被っていない人が歩いているのを見つけた。私と同じくらいの背丈の男の子である。知らないふりをして横を通り過ぎようとしたところ、引き止められてしまった。


「おい、お前ら…」

「は、はい」

「迷子か?」

え。怪しいと思って引き止めたんじゃないの。

「迷子か、迷子だよな!?俺も迷子!!何故なら地図を無くしたからな!ハハ!今【トマス】に連絡して迎えに来てもらってるんだけど、お前らも一緒に合流しようぜ!」

「あ、はい!ありがとうございます…」

黙っている訳にもいかないので適当に返事をしておいたが、【トマス】。この男、今確かにそう言った。確かルナさんに貰った資料によると、トマスとは十二使徒の一人であった筈だ。それを呼び捨てで気軽に呼べる仲、他の仮面の人物と違ったわりかし奇抜な格好…もしかしてこの人、十二使徒の一人なのか?

「何だよ〜そんなに畏まらなくてもいいって〜!!俺も一緒に怒られるんだからさ、仲良くしようぜ!仮面で区別つかないから一人も覚えれねーけど!」

そう言いながらめちゃくちゃ気さくに話しかけてくる。取り敢えずこの衣装が幻だということに気づかれていなさそうだ。

「それにしても、けっこうな大人数で迷子になったよな。五人だろ?みんな方向音痴なのかよ?」

「はい。僕を含めた皆さん、全く地図が読めないぐらいの方向音痴でして…地図を持ってても現在位置が何処かわからなくなるんです」

ルナさんが状況に合わせた嘘を言う。この中の誰か一人がそんな方向音痴ならまだしも、全員だったらどうやって日常生活を過ごしてるんだよというツッコミを脳内でしてしまったがつく嘘の判断としては多分完璧である。

「やべえなそれ!?俺よりヒデーじゃん!俺な、方向音痴じゃないけどよく物を無くしたりするから『絶対にアイツに重要書類を持たせるな』とまで言われてんだぜ?スゲーだろ!」

それでいいのか十二使徒。まだ暫定だけど。すんごいアホっぽいぞ。

「あっ、来た!おーい!」

通路の奥から【トマス】であろう人物が此方に小走りで向かってきた。これもまた私と同じくらいの男の子だが、黒縁メガネをかけている。

「【バルトロマイ】。これで何度目でしたっけ、貴方が此処で私を呼ぶのは」

「うーん、三桁?」

流石に呼びすぎじゃない?どんだけ迷子になってんだよこの人。…それはさておき、やはりそうだ。この人も十二使徒なのだ。…まさかこんなにアホの子だとは想像もつかなかったが…油断は禁物だろう。

「ハァ…ところで、そこに居る五人組なのですが…バルトロマイ、君とはどういったご関係で?」

「こいつらな、俺と同じ迷子!方向音痴なんだってさ!」

「…ふーん…」

トマスは私達の周りをぐるぐると回りながら観察してきた。しばらくそのままぐるぐるとしていたので怪しまれないように大人しくしていると、突然トマスがL字型の建築用定規を取り出して唱えた。

「【迷宮ラビュリントス】」

その直後、床は蠢き壁は融合と乖離を繰り返す。その物理的な波に流され、私達ははぐれてしまった。



「何処よ、ここ…取り敢えず、この地図が役に立たなくなったってことだけは確かね」

私はすっくと立ち上がり、ポケットの中の携帯を取り出した。取り敢えず先生達に軽く状況説明のメールでもして、それからどうしようか決めようと思っていた矢先。

「…あ、えっと。巻中萌さんですか?」

「え?」

話しかけてきた男の子の存在。十字架の杖を右手に持ち、床に座っている。いや、座っていると言うよりかは、つい先程転んでしまったかのような姿勢をしていた。彼はよいしょ、と立ち上がると、

「あ、自己紹介がまだでしたよね!すみません。僕、く…あ、間違えた、ピリポって言います。よろしくお願いします」

と話した。

「よろしくおねがいします?それ、おかしくない?敵よ、私」

「え?でも、はじめましての人には礼儀正しくするものだとアンデレが言ってました」

なんだろう。この子、ちょっとズレてる。いや、そんなことを言い出したら先生しかり周りの人物しかりキリがないのだが。また変なのが増えたな、と思った。

「それでは、戦闘に移らせていただきます!」

ピリポはかけていたカバンを壁際に置いた。

「あ、ちょっと待って」

「?」

「メールしていい?」

「あ、はい。どうぞ」

このズレた性格ならいけるかと思いはしたが、まさか本当に敵の眼前でメールができるとは…この子、もしかして俗に言う天然?


「よっし!メール終わったわ!」

「じゃあ!やりましょう!対戦よろしくお願いします!」

や、やっぱりズレてる…。


「【フォルトゥーナ・ネクサス】!!」

全方位に釘を配置し、放出する。閉鎖空間でこの釘から逃れるには迎撃するしかないが、ピリポは杖を前方に掲げて目を瞑る。すると、ピリポの身体を貫こうとしていた釘は静止し、そのまま床に落ちた。

「なっ…!?」

「僕には飛び道具は効きません!さあ、カモン!」

「…正々堂々勝負しろってわけね…やってやろうじゃないの」

私はハンマーを構え、一気に距離を詰める。振りかぶるが杖に阻まれ、ピリポの身体に届くことはなかった。その繰り返しだ。ガツンガツンガツンガツンとハンマーと杖の音が響く。

「【マギアスタンプ】ッ!!」

頭から潰そうと【マギアスタンプ】を発動し頭へ上から命中させたが、ピリポはあえてそれを受け、杖を私の脇腹に叩き込んだ。肋骨が何本か折れている。だが、ダメージを追っているのは彼も同じだ。頭から血を流しながらフラフラとよろけており、目は焦点があっていない。だが、彼がまた杖を掲げて目を瞑るとその傷はみるみるうちに治癒していき、治癒が終わって額を拭うと、そこには何の傷も残っていなかった。

「【リカバリー】じゃないわね…何してんの?瞑想?…っ、ぐ…貴方のアトリビュートが【十字架の杖】ってことは知ってるけど、…っは、それだけじゃ能力の概要がわからないのよ」

「瞑想…まぁ似たようなものですね」

私は数本の骨折、相手は全快。なるほど、ルナさんを敵に回したようなものね。

「よいしょ!」

「ッ!」

ピリポは床を蹴って私に急接近し、杖を腹に刺すようにして打撃を加えた。折れた肋骨が内部の肉に食い込み血が吹き出る。

「ハーッ…ハーッ…」

「どうです?降参すれば祈りで治してあげられますが。是非友達になりましょう!十二使徒ウェルカム!」

「いや…泣き言なんて言ってられないわ。私は先生の生徒だもの。生徒は先生の言うことを聞くものよ」

「…うーん、萌さんは常識人枠だと聞いてたんですが…もしかして、負けず劣らずトチ狂ってます?君たち愛が重くないですか?どろどろしてますか?」

「ぶっちゃけ言ってどろどろしてるわ。先生は私のよ」

「これ何角関係?理沙さんと真衣さんに矢印向きすぎじゃない?」

「…あと、貴方。さっき『【祈り】で治す』って言ったわよね?もしかして、能力は祈りなのかしら?」

「えっ!?僕言ってました!?…でも、それが分かったところで別に何の影響もありません!戦闘を続けさせてもらいます!」


この狭い廊下は、本来なら私の独壇場になるぐらい相性が良かった。だが、飛び道具を封じられただけで私の武器は大きなハンマーだけになり、そのサイズは私の機動力を大幅に下げる。せめて、もっと広いところで戦えれば…!?

「!!」

思いついた!

「【マグナムテールム】!」

私はただでさえ大きいハンマーをさらに大きくし、

「【マギアスタンプ】ッ!!!」

そのままハンマーを振りかぶった。当然それは天井に阻まれ、ピリポには一切触れられはしない。天井が瓦礫となり崩れる。これを狙っていたのだ。杖を再度叩き込まれるが気にしない。勝利の光明は見えた。

「【グランデ・クラーウィス】!!」

ピリポの頭上に直径十五センチ、長さ一メートルの巨大な釘を出した。前回の仕様より少し小さめなのは理由がある。

「ま…さか…!」

「そのまさかよっ!!【マギアスタンプ】ッ!!!」

ピリポは釘から逃げようとするが、先程私に攻撃をしていたのでわずかな反動で大胆な動きができない。倒れ、そのまま釘が腹を貫いた。


「あー…すごい。祈ってもこれは治らない。むしろ悪化する…脳筋かと思いましたがとんだ頭脳派ですね。天井破ってスペース確保…」

ピリポは苦しそうにしながら自分に刺さった釘を見て、私の行動を分析している。

「…自分が不利になったら取り乱すタイプだと思ってたけど、結構冷静なのね。もしかしてまだ策がある感じなの?」

「いえ。全くありません。…ちょっとそこのカバンを…取ってもらっていいですか?」

「え?」

確かにそこには、戦闘前に置いたカバンがある。

「なんでよ。罠かもしれないのに」

「まぁまぁ。…っ、痛…僕のお弁当が入ってるんです…ほら…メールの時のお返しだと思って」

「う…それを出されると言い返せないわ」

私はピリポに背を向け、カバンを持ってくる。暴れる様子は一切無かった。中を探ってみると、ラップに包まれたおにぎりが一個、確かに入っている。…っていうか何でそれ以外入ってないんだ?食いしん坊か?いや食いしん坊は違うか…。

「ほら。これ?」

「はい…それ、です」

私はラップからおにぎりを取り出し、ピリポの口に持ってきてやる。

「ッゲホ、…いただきます」

あ、と口を開け、ピリポはおにぎりを頬張る。

「おいしい、なぁ。昨津様が、つくってくれた…んですよ。いいでしょ…」

そんなはずはない。先程咳き込んだ時に、血が口の中に充満していたのを見た。血の味しかしないはずだ…。

「…魂は…砕いていいですよ」

「!!」

もう何もかもやりたいことは全て終わったというような顔でピリポは言う。

「黒咲さんにしてしまったことは…あなたたちにとって…とてもかなしいことだと…理解を……………」

そこまで言ったところで、ピリポは眠る。魂の器が身体から出てきた。分離だ。

「会ったばっかだし、慈悲とかないけど……後で決めても、問題は無いわね」

私はピリポの器を回収し、先へ進んだ。


【縁切り】

文字通り縁を切る技。悪魔と人間との融合体に使えば悪魔と人間が分離する。一人に繋がれた全ての縁を切るとその一人の存在が無かったことになる。

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