第二十九話 いってきます
「…ユダ?」
私はユダの身体を掴んだまま、ユダの首が折れた嫌な感触を忘れようとしながら揺すった。いや、揺すろうとした、が正しい。私が掴んでいた肩は触ったところからぼろぼろと崩れ落ち、肉を露出させた。落ちた肉や露出したところはみるみるうちに腐っていき、悪臭を放っている。
「…ッ水山さん!【リカバリー】!!」
黒咲を庇っていた天使…ルナがユダに【リカバリー】をかける。だが、回復の効果は出ず身体は尚も崩れていくばかりである。
「もっと!もっとユダに【リカバリー】をかけてくれ!回復力が足りないだけかもしれん…!!」
そうルナに指示してしまった。敵だというのに。だが、昨津様もこれぐらいは許してくれる、それよりユダが治らないのが問題だと考え回復を続行させた。その【リカバリー】に城田も巻き込まれ、暴走状態が解除される。
「うーん…ペテロを追わないと…あれ?水山さん…!?どうしちゃったんですか!?」
どうやら目が覚めると同時にユダの崩れ行く身体を目の当たりにして混乱しているようだ。
「…駄目です、【リカバリー】に身体が反応していません!恐らく、もう器が器としても、錐としても機能を停止しているのかと…魂、魂は!?魂さえあれば…!!」
「…魂、無い。水山自身がそう言ってた…」
「確かに言ってました…けど、何なんですかこの状況!?水山さん!!」
「…っとりあえず、身体に糸巻き付けてこれ以上崩れないように固定しときます…!」
ルナは【リカバリー】を発動しながらユダをリボンでぐるぐる巻きのミイラのようにし、
「水山は…!!!何か方法があるはずだろ!?」
「…ある」
私は髪の毛が炎の少年…光村だったか。その少年に向かって一気に詰め寄り斬ろうとしたが、だが、既のところで城田が【リカバリー】の回復範囲から出て巻中に吐いていた粘性のある糸を解除し、巻中とともに私の攻撃を受け止めた。
「やっぱりね…そうくると思ったわ。私達を消滅させてご褒美に水山を回復させようってんでしょ、目的には賛同するけど方法には賛同しかねるわね」
「イマイチ状況は掴めませんが…水山さんがこんな状態になっていて先輩が居ないのを考えると、水山さんがこちらに味方してワープさせてくれたようですね。そして、その努力と心意気を無駄にしないためにも、私達はここで全滅するわけにはいかないということですか」
「さっすが先生!わかってるぅ!」
「暴走してた時の記憶がうっすらと浮かんできたので…でももっと褒めたっていいんですよ」
「調子に乗るだろうからやめとくわ」
その時、昨津様からの連絡が頭の中に響いた。
「さて、やりますよ萌さん!私達はさっさと先輩を救出しないといけませんので!どこから救出するのかは知りませんが!」
「…いや、その必要は無い。少なくとも今戦う必要は無くなった」
ペテロがその一言を放った時、私は一瞬混乱した。
「仲間になるとでもいうのかよー」
先程私と萌さんに庇われた光村さんがのんきに言う。…いや、庇われたんだからいつまでも背後に居ないでまた戦う体制とかとっててくださいよ…。
「たった今昨津様から連絡があった。『ユダの復活は可能性としてあり得ない。その場所に黒咲は居なくなったので残った敵は無視し帰還せよ。ルナの抹殺は後回しにしろ』…と」
「あ、もう貴方達が推定していた僕の新技術とやらには興味無くなったんですね…」
「いや、そういうわけではない。優先順位の問題だ。…兎に角、私は帰還する。一応聞いておくが、黒咲の場所は何処だ」
此方が聞きたいぐらいである。
「いや、そう言われても私には見当もつきませんし…そもそも知ってたところで教えるわけないですし」
「だろうな。………ユダの遺体を引き取りたい。これは私個人の願いだ。…あいつは裏切ったが、大事な仲間だった…此方のほうが身体のつくりを知っている分、復活の可能性が高まるかもしれない」
「…今さっき上司から可能性はないって言われたばっかりよね?」
「望みぐらい持たせてくれ」
ペテロは平静を装っていたが、少しだけ声が震えていた。
…結局、敵だというのにあちらの方が復活の可能性があると考え、水山さんの身体を渡してしまった。ペテロは水山さんの身体を抱きかかえて帰っていったが、またいつ来るかもわからない。そう思案していたところに、萌さんがルナさんに話しかけた。
「じゃ、ルナ。ペテロも去ったことだし、どこに行けば真衣さんを取り戻せるのか教えてくれない?」
「え?わかるんですか、ルナさん」
「あのねぇ、【プランK】とかなんとか言ってたでしょ。覚えてないの?」
「生憎ぼやがかかったようになってまして…暴走してたからですかね」
実際、起こったことに関してぼんやりと大まかなことしか思い出せないのだ。あと視界が変だった。頭が地について逆さまになってる感じ…自分でも何言ってるのかよくわからないな。
「水山さんは恐らく、大金庫内部に真衣さんを転移させたのだと思われます。【プランK】とはペテロさんを倒して鍵を入手し、【デジール】を手に入れる作戦名だったのですが、それを決行しろ、と決まりきったことを言っていたのは何らかの意図があり、それはその後の行動からして真衣さん関連であることが明白。よって今、真衣さんは【デジール】と共に大金庫の中に閉じ込められています。あの中には確か監視カメラさえ存在しなかった筈なので、私達の会話を盗み聞きなどされなければ、この事実がバレることはないのですが…問題は大金庫の内部です。あの中はモアさん達の対策のため、強い照明が零点一秒間隔という馬鹿げた間隔で付いたり消えたりしています」
「あ、確かにそれ宮成さんが言ってました。そのせいで中に入れないとかなんとか…」
「わかったわ、問題点。てんかんでしょ」
「あー、『テレビは部屋を明るくして離れて見てね!』うんぬんとかのアレかー。…それよりも食べ物とか飲み物無い方がやばくね?」
「それは三日ぐらい耐えられる。てんかんはやばい。ましてや【デジール】が一緒に居る。気絶しているところを狙われて取り込まれでもしたら危ないどころじゃない」
「…と、いうことで!今から大金庫襲撃メンバー、及び作戦の決定のための会議を行います!では議長の唐舘さん、進行をお願いします」
海里さんと唐舘さんが萌さんの家から先輩の家に移動したことでついさっき合流できたので、先輩奪還&デジール取得作戦を立てることにした。因みに海里さん達はアルマゲドンを収束させた先輩に対して元色無しというだけで迫害している人類のことがあるからか、第二次アルマゲドンについてまだ答えを決めかねているらしく、ルナさんの邪魔は一応しないそうだ。
「いや、オレさっき来たばかりで何も状況が掴めてないんだけど…というかユダは?今居ないの?」
「…先程…復活できない状態になってしまいました…」
皆が沈黙し、重い空気に戻ってしまった。…水山さんはペテロに任せるしかない。
「……ここで黙ってても何も始まらない。事情は心を読んで理解した、会議を始めるぞ!…でも一番状況分かってるのは俺じゃないからやっぱルナが議長をした方がいいんじゃないか?」
「まず、今分かっている時点での敵は下っ端を除くと幹部十一人、昨津とかいうトップ的存在一人。対して、こちらの戦力は僕、理沙さん、翔さん、早野さん、光村さん、高波さん、巻中さんの七人」
「ポチはー?」
「ポチさんは戦力外になります、すみません。そもそも獏の能力は夢を食べることなので戦闘には向いていないんです。…話を戻しますが、幹部だけでも敵は二倍近く、そしてペテロさん以外の強さが分からない。水山さんは所属しているチームらしきものを【十二使徒】と呼んでいたのでそれに準じた能力…【アトリビュート】なのだろうと思われますが、相手は大輝さんから僕達の情報を報告されていると予測できますので情報戦においても此方は圧倒的に不利です。一応本で調べてきた十二使徒の【アトリビュート】一覧のデータを送っておきますので、後で確認しておいてください。大金庫までの構造だけはモアさん達に『今回だけだぞ!』と調査を承諾してもらえたので、敵陣地の内部構造で迷うことは無いと思われます」
「ええっ、ルナさんこの前『人間に敵対する予定の僕には絶対に協力してくれません』とか言ってたじゃないですか!すごいですね!」
「よく一語一句違わず覚えてましたね…あくまで真衣さんの奪還に関しては協力するということらしいです」
「へーぇ…正直言ってあいつらが一番強いだろうから完全に協力してくれた方が嬉しいんだけど、まぁ贅沢は言ってられないかあ。…話はちょっと変わるんだけどさ、ルナ」
唐館さんがルナさんに質問する。
「お前、予言通りになると【日食】とやらに阻止されるらしいけどさ…お前はそれで良いのか?このまま馬鹿正直に第二次アルマゲドンを実行しても、真衣さんを助けるどころかお前まで失っちまう可能性がある。その覚悟はあるのか?」
唐館さんはじっとルナさんの目を見つめた。しばしの沈黙の後、ルナさんは立ち上がって口を開く。
「あります。僕は…母さんに対して何も出来なかった。だからこの一生分、いや、もう死んでいる身で一生ってちょっと変ですが…母さんに育ててもらった分の恩返しをしたいんです。デジールを手に入れて、羽根の力で人間を魅力して統率してカトリケーとか全部ぶっ壊して、母さんが周りの目に虐まれる事なく、迫害されることもなく、柏野さんの寿命…今の理沙さんの母さんの寿命を待てる世界。そんな【幻の理想郷】を創りたいんです」
そうルナさんは言い退けた。言葉に澱みはなく、確かにそれが紛れもなく自分の意思で決めたものということが分かる。やがて、スックと萌さんが立ち上がった。
「いいじゃない、気に入ったわ!全人類巻き込むってのはどうかと思うけど、そもそも一番頑張ったであろう真衣さんが割を食うどころか損しかしてないってのも変な話だしね」
萌さんがルナさんの背中を勢いよくバンバンと叩く。いきなりのことだったので少しよろめきながら驚いた顔をしたが、すぐにふふと笑った。
「もう、萌さん。貴方は理沙さん側の人間でしょう。いずれ敵となる僕に肩入れしても何もありませんよ?」
「なーに、敵味方関係なく友の行動原理への称賛よ!まだ味方だしね!っていうか文脈で理解したけど真衣さんって貴方のお母さんだったのね。…初耳なんだけど?」
「そりゃまぁ、話してませんでしたからね」
「…先生。もしかして私、信用されてない?」
萌さんは珍しく少し悲しい顔をした。…そんなに信用していないように見えただろうか、私は。確かに私は萌さんへの報連相が足りていない。それでいつも活発で強気な子を悲しませるとは不甲斐ない先生である。せめて彼女の不安を払拭するために、欲しいであろう言葉を言う。決して嘘ではない。
「まさか。かわいい生徒ですよ」
その言葉を萌さんが聞くと、少し狼狽えたあと、かなり嬉しそうな様子で言った。
「…私も焼きが回ったみたいね。めっちゃくちゃ嬉しいわ、その一言!」
「オレらも親代わりだったんだけど…真衣さんに一番懷いてたもんな、ルナ」
「えっ?そうなんですか?私、ルナさんからは『真衣さんが拾ってくれた』とか『真衣さんが世話してくれた』としか聞いてないんですけど…」
確かに唐舘さんと海里さんは先輩の仲間なのだから一緒にルナさんを育てていてもおかしくない。戦いの日々に加えて一人で子供の面倒を見るとなると結構な負担になるので本当におかしくはない。
「…もしかして、真衣さんもそのこと言ってなかった感じ?」
「はい、言ってませんでした。多分実の娘…息子?に直に親として褒められてる照れに耐えるのにいっぱいいっぱいで細かな説明を忘れてたんだと思います」
「結構大まかなことじゃねぇのかそれ!?」
本当にその通りである。
「まぁそのことは置いておいても、そんな風に成長してくれて俺は嬉しいよ。…で、パパのおかげで脱線しまくってるけどレールを戻さなくて良いのかな?」
「あーはは…」
「…よし。この作戦でいこう」
何時間経っただろうか。私達は大金庫に侵入して目的を達成するための作戦を完成させた。予定通りに行かないことが殆どだろうが、その時はそれぞれ臨機応変に動く。そして、その決行日は今日。即ち今からである。敵はまだ先輩がどこに居るのか分からない可能性が高いので、大金庫に幹部を集合させてはいないだろう。敵が【プランK】の内容を当てていなければ。いや、そもそもペテロは何処に帰還したのだろうか。未だカトリケーの本拠地さえ分かっていないが…。
「皆さん、身体に不調などありませんか?今はまだ【リカバリー】ができますが、一度僕と離れると回復手段は再び合流するまで錐頼りとなります。どんな些細な傷でも言って下さい」
「無いぞ!兄姉貴は?」
「無い」
他の人も身体は万全の様だ。それでは早速。
「…行こう。真衣さんを取り戻しに。そして、親としてルナの一番の願いを叶えるために」
「はい。いってきます」
【裁ち鋏】
相手を傷つけず戦意を削ぐために服だけを切り刻む技。
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