第二十八話 "裏切り者"ユダ
ペテロはゆっくりと此方に近づいてきた。私が起き上がると、刺さった瓦礫が抜け落ち、それに続くように突起に引っかかって削げ落ちた肉と血が落ちて床に小さな山と池を作った。質量的には身体が軽くなったが、脳は身体が重いと感じている。お腹に大きな穴が空いて、強く叩かれると貫通しそうだ。脊髄には辛うじて当たらなかったようだが、致命的なダメージであることは確か。一刻も早く戦闘を終わらせたいが、せめて先輩が完全に避難できたという状況を作らなければその願いは叶えられない。
「うああアアーッ!!」
先輩の役に立たなくてはと自身を鼓舞し、リンさんで殴りにかかる。だがそれも素手で止められてしまい、リンさんごと投げ飛ばされる羽目になった。壁に叩きつけられると、お腹のあたりからべしゃという音がして何とも言えない痛みと吐き気に襲われる。内蔵が直接叩きつけられているにも等しいのだ、当然である。お腹のあたりをちらっと見てみると小腸か大腸かはよくわからないがそれっぽい臓物が飛び出してきており、ぷらぷらと揺れていた。
「もう諦めたらどうだ?勝てる算段なぞ見つからんだろう」
正直言ってそのとおりだ。どうやっても勝てる気がしない。…いや、もしかしてアレなら………いけるかもしれない。やり方は分からないが…やるしかない!!
遊園地で大輝と戦った時、偶然起こった【覚醒】。発動条件が何なのか分からないが、とにかく何とかして発動させないと勝機は無い。試しにあのときの体の底から湧き上がる力を再現してみようとしたが、黒液が身体を空回りするばかりで全く効果は無い。お腹のあたりを糸で修復などもしてみたが覚醒はしない。とその時、左手の甲にある器が光りだした。
(やった!!結局方法はわからなかったけど成功した‥!!!)
そう思ったのも束の間、左手がみるみるうちに変形していく。指は伸びて太く膨張し、ボキボキと音を立てて蜘蛛の頭の形になっていく。そのうち左腕も肥大化していき、胴体の肉が腕に集中していった。
「な、何が起こって…」
そう言った直後、視界が回る。顔が雑巾を絞ったように捻じれ、細長くなる。もう何が起こっていたのか全くわからなかった。
(これは…【暴走】か)
目の前の城田という人物がみるみるうちに蜘蛛のような形に変形していくのを見る。個体【カマエル】から城田が覚醒をしたという話は聞いていたが、今回は失敗なので恐らくまぐれだったのだろう。暴走をまぐれでできるのもすごいことだが。
(さて、黒咲のところへ急ぐか)
暴走した者は一時的に自我を失うため、認識されるか下手に刺激しなければいい。幸い私は暴走が始まる前に廊下の方へ隠れていたので未だ見つかっていないはずだ、そう考え気づかれないように玄関から外へ出て、黒咲の家へ全速力で向かった。…が、
(…何だ、後方から追手の気配がする…まさか!…ッ気づかれた!?)
振り向くと、暴走したまま此方に一直線に走ってきている城田が見える。家の中では玄関の扉を開ける時に音は鳴ってしまったが、それもほんの少しの筈だ。あれであの状態の城田が気づくとは思えない。仕方がないのでそこら辺の【闇】を経由して【影】におびき寄せることにした。暴走とは神守りの力にリソースを割きすぎて自分の魂の許容量を超えてしまった時の覚醒効果である。あんな姿だが、一応神は神、煩悩である色無しを排除する本能を兼ね備えているので色無しが沢山居る影に行きタゲを擦り付けるのが最適解なのだ。
「あった!!」
【闇】だ。飛び込むとどぷんという音がして、視界が反転する。城田も【闇】を通り影に来たようなので、私はそこら辺に居たムクロステを掴んで城田の方へ投げた。ムクロステがそこら辺に居るとは世も末だな、と思いながら城田のタゲが移るのを確認しようとしたが、どうも様子がおかしい。普通の暴走なら目の前で攻撃を仕掛けようとしているムクロステに攻撃をする。だが、城田はムクロステに一瞥もせず此方に突進してきた。因みにムクロステはその際突き飛ばされてしまった。
「暴走して尚自我が強すぎる…私が消滅するまで追いかけてくる気だ!クソッ!急がなければならないって時に面倒な…!!」
私は剣を持って城田の方へ走り、そのまま一本の脚へ振り下ろす。その脚は思い通りぼとりと落ちたが、城田は蜘蛛の糸いぼから糸を出し脚を再形成した。今度は首が脚になった一本を切り落としたが、また再形成される。
「埒があかない…【交差の錠前】!!」
錠前には鎖が必要なものと解釈し、鎖を交差させ錠前で固定する拘束技を放ちその場を後にする。
(暫くすると鎖が摩耗して拘束が解けてしまうのが難点だが…)
再度闇の中に飛び込み、城田が付いてきていないのを確認する。
(見失わせてしまえば付いてくる心配も無いというものだ)
「あれは…【ペテロ】!」
「もうこっちに来た!?先生はどうなったの!?」
僕たちは真衣さんを安全地帯である家に連れて帰り、たまたまそこら辺の近所で遊んでいた人も連れ込んだ。
「…ごめん。こういうの言うのもなんだけど、【ペテロ】って誰」
「あ!それおれも思ってた!」
高波さんと光村さんである。携帯で他の人も呼ばないのかという話になるが、実はついさっき萌さんの家に応援要請したのだ。今頃萌さんの家の理沙さんを回収しているのだろうか。
「…もしかして先生、貴方達にペテロのこと知らせてないの?」
「報告は皆無だぞ!」
「本当に治んないわねあの人…」
結界がペテロさんを阻んでいるので安心しきってゆるい会話を繰り広げていると、
「安心しちゃ駄目です!」
と水山さんが一言。その矢先、ペテロさんが結界にドアを作り、そのドアの鍵穴に鍵を挿し込み開ける。
「ペテロさんは【鍵】のアトリビュートを持っているので、結界が破れるんです!あの鍵は所謂【万能鍵】…物理的な壁でもない限りドアや結界を開けられてしまいます」
「もうちょっと早く言ってよね…」
「大人しく投降して黒咲を渡せ!!そうすれば戦わなくて済む!!もう此方から君達に干渉することも無い!!」
大声でペテロさんが交渉を持ちかけてくる。
「ぜ~~~~ったい嫌よ!!さっきも言ったけどね、そんなことしたら私が先生に破門にされちゃうわ!!それに、絶対碌なことしないでしょ!?」
「…交渉決裂だ」
ペテロさんは家の窓を破壊し、家の中へ入ってきた。真衣さん、水山さん、僕の三人は後方に下がり、巻中さん、光村さん、高波さんの三人はペテロさんを迎え撃てるよう前方に出た。
「どうやら敵っぽい。やるよ、光村」
「よくわかんないけど…敵ってことでいいんだよな、兄姉貴!」
「コテンパンにしてやりましょ!」
「【超高圧洗浄銃】」
「【ファイヤーエスプレッソ】ォ!!」
先ず高波と光村に攻撃を仕掛けてもらう。ペテロが水の弾丸と火球になった光村を防御するために両手を使ったところで、
「【マギアスタンプ】ッ!!」
私が頭上から脳天目掛けてハンマーを振り下ろす。脳震盪でも起こしてくれたら助かるのだが、流石にそう簡単にはいかない。まるで岩でも相手しているかのようにガツン!!と音が鳴ったが、特にダメージがあったわけでもなくペテロは此方に顔を向け私の腕を掴む。二人の攻撃を防御しなくとも大したダメージは与えられていないようなので、最初両手で防御していたのは私を確実に捕まえるための罠だったらしい。
「何で…そんなに硬いのよ…!?」
「さて、何故だろうな。理由はあるが教えてはやらん」
腕を掴んでいる手に握力を込められ、そのまま私の左腕はミシミシと悲鳴を上げ始める。残った右手でガンガンとペテロを攻撃するが、どうにもならないので別の技に移行することにした。ハンマーから手を離し逆にペテロの腕を掴む。
「【ペルソナ・ノン・グラータ】!!!」
大輝との戦いで使ったこの自傷技だが、まさか二回も使うとは思わなかった。釘に背を向けている背中側に次々と釘が突き刺さるが、それは相手も同じことだ。
「…!ペテロに少しだけ釘が刺さってる…それに、僕の銃でも少し傷が付いてる」
「ホントか!?…ホントだ!!火傷もしてる!!!」
此方からは見えないが、どうやら少しだけダメージが入ったようだ。
「まだ原理は分からないけど…もうヒントはもらえた気がするわね、ペテロ?」
「予想外の動きで多少驚きはしたが…状況は何も変わりはしない!【聖ペテロ十字】!!」
その呪文と同時に遠くに居た真衣さんが突然逆さまになり、逆さ十字の状態になる。どうやらあの状態になると身体の自由がきかないらしく、頭以外はピクリとも動かせていなかった。
「最初から真面目に任務を遂行しておくべきだった…久しぶりの対人だったので遊びすぎた」
私と高波と光村は精一杯ペテロに攻撃するもペテロは一歩も引かず、逆に一振りの剣圧で致命傷の深い傷を与えられてしまい、ルナと水山が真衣さんをペテロに近づけさせまいと努力するも虚しく、また剣圧で切り刻まれペテロが真衣さんの腕を掴んでしまった。だが、それと同時に、遠くに変なものが此方に走ってきていることが私には分かった。
「どうかしましたか、巻中さん!そちらに何か…あるのですか!?打開策になる何かが!!」
ルナが私に向かってどうしたのかと聞いてきたが、どうしたのかというどころではない。何だあれは。
「いや、あれ…何?」
その言葉に、ペテロさんを含むその場に居る全員がその方向を見る。大きい…蜘蛛のような…。
「あれは…城田!?」
先生は何か蜘蛛のような形になって此方に走ってきていた。胴体には何か鎖のようなものが引っかかっており、恐らく今まで此処に現れなかった理由はあれで拘束されていたためだと考えられる。引きちぎってきたのだろうか。
「キモっ!!」
あまりにもおぞましかったので思わず叫んでしまった。いやだって首が足になってるし…なんか…こう…形容しがたいような…暴走ってみんなああなっちゃうのかしら。いや、今はそれどころじゃない。早く真衣さんを救出しないと…。
「理沙!私のことわかる!?」
「!」
先生は真衣さんの方を向き、静止する。
「助けて!!」
その言葉と同時に、先生は【マジックワイヤー】らしきものを出してペテロの腕をギリギリと締め、思わず手を離したところで真衣さんをペテロから引き剥がした。
「やったわ!!さっすが先生!!」
だが、先生とペテロが戦い始め、ペテロが優勢なことに気がついた。確実に力負けしている。先生が負けるのも時間の問題だ、このままではまた先程のような状況に陥ってしまう…。
「ユダ!!スパイ任務は一旦終わりだ!!お前のロープで黒咲をこちらにワープさせてくれ!!」
ペテロは痺れを切らしたのか、水山もといユダに協力を求めている。
「…」
「ユダ?」
「…ルナ様、【プランK】を実行して下さい。ぼくは今からその場所に真衣様を飛ばします」
「ペテロさん…ぼくは…やはり名の運命に逆らえませんでした」
「ユダ…もしかして、お前…裏切るつもりなのか!?」
今までの会話からするに、水山はスパイだったようだ。だが、それにしては会話の流れがおかしい。
「すみません、ペテロさん!!…理沙様、ぼくのロープの端を掴んでください!言葉が分かっているかは存じ上げませんが…真衣様を助けるためです!!!」
先生は一旦ペテロとの交戦をやめ、【マジックワイヤー】を使ってロープを掴んだ。
「やめろ、ユダ!!!昨津様の命令に背くなんてことしたら、お前…身体が消滅させられてしまう!!そしたら器の無いお前は、もう復活できなくなるんだぞ!?分かっているのか、ユダ!?!?」
「百も承知ですそんなこと!!!」
「…ッ!…させない…大人しくしていろ!私からは良いように説明しといてやるから、頼むから言うことを聞いてくれ!!お前が敵の都合の良いように黒咲をワープさせると、私でも流石に言い訳が出来ない!!!何故だ…私達のことが嫌いにでもなったのか?」
「違います!ただ…ぼくにもよく分からない…こうしなきゃいけないって思ったんです」
「よく分からないって何なんだ…そんなことで、お前を失うわけには…!!」
「そうよ、水山!!ペテロみたいなやつに共感なんかしたく無いけれど、今多分、同じ気持ちなのよ!!!」
ペテロは水山に斬りかかる。私も先生の【マジックワイヤー】を解除させようと先生にハンマーを叩き込もうとしたが、別に粘性のある糸を吐かれて動けなくなってしまった。
「昨津様には『敵にやられた』と言い訳をしておく!!それで万事解決だ…!!!」
水山はペテロを避け、言葉を紡ぐ。
「よく分からないけど、これだけは分かります。貴方達と同じぐらいに、この人達が好きになってしまったんです。だって、ぼくのこと疑いながらも置いてくれて、日常にも混ぜてくれて、わざわざカトリケーがどうやっても入れなかったルナさんの廃マンションにも入れてくれるぐらい信用してくれて…だから、この中の一人でも消滅させられてしまうかもしれないということが耐えられなくなってしまったんです、ぼく。今ここでぼくがやるべき事をやらなかったら、真衣様が消滅してしまう。だから…」
「やめて下さい、水山さん!ここは僕達だけでも切り抜けてみせますから!!」
「そうだ、やめろ、ユダ!!」
「直人…やだよ…」
水山と理性を失った先生以外のこの場に居る全員が、それを望んでいなかった。
「すみません、皆さん…理沙様!!お願いします!!!」
次の瞬間、先生はロープを思い切り引いた。ペテロは水山を掴んで吊り下げられるのを防ごうとしたが、ぼきりと嫌な音がし、真衣さんは消えていた。
【ボールネット】
蜘蛛の巣をそこかしこに設置して大きい球体を作り、相手と自分のどちらも出られないようにする技。蜘蛛と同じく横糸に粘性があり、縦糸には粘性は無い。
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