第二十七話 日常の終わり

(それにしても、真衣さんの考える必殺技…一体どんなのかしら)

必殺技。それはもちろん人によって様々だが、大抵はその人の戦いのスタイルによって決まる。これは大きく分けて四つ。圧倒的な速さで先手必勝のスピード系。怪力で敵を殲滅するパワー系。敵のタゲを取り、高い耐久力を持って攻撃を受ける防御系。味方や敵にバフデバフをかけたり回復したりする補助系。真衣さんはスピード系かパワー系か耐久系か補助系かと問われると、補助系の可能性は無いこと以外私には分からない。力も強いし走るのも速い、耐久力もある。もしかしてバランスの取れた鍛え方を極限まで続けた結果があのフィジカルお化けなのだろうか、だとしたら相当なものである。

「うーん…ねぇ、萌ちゃんはどうやって必殺技作ったの?」

「え?どうやって…どうやってたかしら…確か、どうすれば自分の神守りの能力で効率よくダメージを与えられるか考えて…それに名前付けて終わってたわ」

「へー…決めた!!」

真衣さんが画用紙を私に見せる。そこには、クレヨンで描かれたぐちゃぐちゃの絵があった。…うん、何一つわからない。

「…ね、実践してみない?その必殺技」

「うん!!!」


影に移動し、ちゃんと擬態していない普通のボウカンシャを一体連れてきた。何故必殺技を私が受けないのかというと、真衣さんの必殺技だからである。下手すると私の消滅の可能性があるのだ。

「じゃあ、いくよ…」

真衣さんがダンッ!!と地面を蹴り、上へ飛び上がる。剣を下に構え、

「【彗星落下】!!」

ありえない速さで下に急降下してきた。これを受けたボウカンシャは頭から串刺しにされ、真衣さんが振り払うように剣を振るとたちまち真っ二つに割れる。そのままパズルになってボウカンシャは塊になった。受けなくてよかった。

「どう!?」

「なんか、語彙力無くなっちゃうわ…」

「やった!!なんかね、前から覚えてたみたいにうまくできたんだよ、これ!!」

「へぇ…」

『前から覚えてたみたいに』…一応覚えておこう。先生はこの技に心当たりがあるかもしれない。それにしても、今回は相手がボウカンシャだったから見た目のインパクトがあまり無かったが、これは色有りや神のなり損ないにも十分通用するだろう。一撃必殺のような感じだ。

「それにしても、すごいわ!範囲は小さいけど、その代わりに物凄い殺傷能力ね。単体の敵に物凄く有効ってところかしら」

「そういえば、萌ちゃんの必殺技ってどんなの?」

「うーん、私とは系統が違うからあまり参考にはならないと思うけど…いいわ」

色無しが多い地帯に移動し、二人で飛び上がって私が構える。

「刮目しなさい!これが私の必殺技よっ!!」

そう叫び、ハンマーを天に掲げた。

「【アドアステラ・フルティクルス】!!」

湖に石を投げ入れたように、空に釘の波紋が広がった。

「【マグナムテールム】!!」

それを丁度波紋ぐらいの大きさに巨大化させたハンマーでぶっ叩く。釘達は下に居る色無し達へと急降下していき、【彗星落下】を受けたボウカンシャのように頭から串刺しにした。だが、私のこの技は【彗星落下】のような強敵に対する爆発的な攻撃力は持ち合わせていない。真衣さんは単体型、私は雑魚殲滅型といったところだろうか。そういえば、真衣さんは前に私を『範囲攻撃で力任せにやるタイプ』だと評していた。

「すごい!!ねぇもっとやって!!」


ひとしきり必殺技を見せた後、疲れたので家に帰ってきた。私の技は燃費が悪いので、すぐに塊も尽きる。まあそれ以上の塊が手に入るのでそこはいいのだが。

「つっかれたわ…どう?参考になった?」

「うん!ありがとう、萌ちゃん!!」

真衣さんが元気いっぱいの返事をする。本当に活発だな、この子。生前のこの年の頃は外で走り回ってたんだろうかと考えていると、ぐるるるる、とお腹が鳴る。もう二時だ、お腹すいた。

「お昼にしましょ。何か食べたいものある?」

「オムライス!」

「好きよね、オムライス…前もそうだったのかしら。何でオムライスが好きなの?」

「なんかね…何でだろう…最初に食べたのがそれってわかるんだ」

「最初?真衣さんが最初に食べたのが…」

記憶喪失になってから最初に食べたのがオムライスということだろうか。

「あのね、ずっとずっと前に…おねえちゃんに作ってもらったんだ」

また【おねえちゃん】だ。私はこの人物に出会ったことはあるのか?先生にも早くおねえちゃんの詳細を聞いてみたいが、そもそも先生もおねえちゃんのことを知らない可能性はないだろうか。…いやそれ無いな、あの先生のことだからストーカー並に真衣さんのことを知っているはずである。それにしても、『ずっとずっと』という単語が引っかかる。真衣さんは記憶喪失になってそう時間は経っていない。それなのにずっと昔の思い出を真衣さんは語っている。もしかして、所々記憶は戻っているのではないのだろうか。だが、それにしては真衣さんの私や先生、ルナに対しての対応は元の真衣さんに戻らない。もっと情報を引き出してみる必要がありそうだ。…まぁ今の目的は先生の頭を冷やすことなので後でも良いのだが。



「…で、単刀直入に聞きますが…水山さん。デジールの一番簡単な入手方法って何だと思いますか?」

時を同じくして、再度ルナの廃マンションに来た私と水山さんはデジールのことについて話し合っていた。未だ【ペテロ】は私の前に現れていないので鍵は入手できないでいるが、先に突破方法だけでも水山さんに聞いておいて損はないだろう。

「うーん…やはりペテロさんを倒して鍵を入手するのが一般的ではありますが、力があまりにも強い人が大金庫を丸々ぶった斬っても入手はできますね…近くに居る力があまりにも強い人の例は真衣様でしょうか」

「あ、それ宮成さんも同じこと言ってました。…そういえばルナさん、宮成さんもデジールと同じ能力持ってるんですから宮成さんに頼めば良いんじゃないですか?」

「いえ、そういうわけにもいかないんですよね。もう人間と敵対しないでくれと真衣さんに約束を取り付けられたので、今もこうやって大人しくデジールを収監させているわけですし…真衣さんが子供になってしまった今でもデジールを暴れさせていないということは、完全にその約束を破らないつもりです。人間に敵対する予定の僕には絶対に協力してくれません」

「へー…そういうことがあったんですね」

私は頬杖をつきながら相槌を打った。

「絶対に完全には理解してないような顔ですね…で、話を戻しますが、僕たちの中で真衣さん程力が強い人は居ません。そもそも居たらビックリです。よってこの案は選ばれることは無いのですが…これを【プランP】と名付けます。由来はパワーです」

「あ、はい…一番初めに名前決まったのがPって斬新ですね」

PowerでPとはとんでもなく安直である。円月輪でリンさんというのも安直といえばそうであるのだが。

「そして、ペテロさんを倒して鍵を入手する方法…これを【プランK】と名付けます。由来は鍵です」

「そこはkeyじゃないのですね…」

水山さんがぼやく。私も思ったが、ルナさんの名付けの基準が謎である。ペテロに因んでPにしなかったのは既にPowerのPがあるからだろうか。

「因みにそれ以外はどう考えても思いつきませんでした。よって実質一択ですね」

「結局新たな方法は無かったということですか…」

何も進展していないまま、今日の会議もどきは終わってしまった。



泊まり込み四日目。


ドッガアァァァァァァン…


「!?」

私はあまりの轟音に飛び起きてしまった。一体何が?壁に掛けてある時計を見ると現在時刻午前三時。少なくともいつも真衣さんが起きている時間ではない。急いで二階の寝室から音のした一階のリビングへ階段を駆け下りると、真衣さんが居た。いや、その他に一人、知らない女の人も居る。耳から下に髪を結び、剣の切っ先が首に向かう…ちょうど【逆さ十字】になるような剣の模様の軍服を着ている。

「…まさか…あなたが【ペテロ】!?」

「チ…攻撃を外したと思えば、壁の破壊で家主の起床を促したとは…本当に記憶喪失なのか?まあいい、話は【ユダ】から聞いているようだな…ならば話は早い。黒咲は貰っていくぞっ!!」


ペテロは剣をこちらに向け、一気に間合いを詰めてきた。すぐにこちらも変身しハンマーで受け止めるが、相手の力は相当らしくビリビリと腕が衝撃で痺れる。

「真衣さんッ!!すぐに先生に連絡して!!あの先生の性格上貴方が電話で『助けて』と言っただけで場所まで探知して飛んでくる筈だわ!!!」

そう言われた真衣さんはすぐに私のスマホを手に取り、電話を掛ける。案の定深夜にも関わらず一コール以内に電話は繋がり、真衣さんが助けを求めると電話の向こうから轟音が聞こえてきたようだった。壁をぶち破って最短距離で家を出たようである、こんな状況だが少し笑えてきた。

「峰打ちされておけ。そうでなければ一般人といえども消滅もやむなしだぞ」

「嫌よ、そんなことしたら破門確定だわ。…【マギアスタンプ】!!」

私はハンマーを振りかぶり、横から思い切りダルマ落としのように打撃を入れた。のだが…

「貧弱な力だな、その程度とは…がっかりだ」

「なっ…」

吹っ飛ぶどころか、びくともしない。体幹どころの話ではない、まるで地面に深く音をはった大木の幹のようだった。

「貴様如き、技など用いなくともぶちのめしてやる」

ペテロはそう言うと、剣を先程と同じように振りかぶった。私も受け止めるが、パワーが違う。腕が痺れるどころか一瞬の内に腕の骨が粉々に砕け散り、足も衝撃で何回も折れ曲がって動かなくなってしまった。

「…『ぶちのめす』って…さっきまでの、気取った…態度が…台無しね、ペテロ…」

「精神力だけはあるようだな、この様になっても尚そんな口を叩けるとは…普通は皆このあたりで命乞いに変わるのだが」

「そうなの…じゃあ、そいつらはみんな…腰抜けだったってことね…」



先輩からのSOSの電話を受け取った私は、全速力で萌さんの家に着きドアを開ける手間も惜しみ、リビングの窓ガラスを割って突入した。

「先輩!!萌さん!!大丈夫ですか!?」

「先生!!」

「理沙!」

先輩には怪我は無いようだが、萌さんの両腕はだらんと垂れ下がっており脚も何回もあらぬ方向に折れ曲がっている。立っているのが奇跡のような状態だ、先輩を守るために立ち回ってくれたのだろう。

「流石の早さね…牛丼屋もびっくりだわ」

「貴方まだそんな冗談言えるぐらい元気あるんですか!?タフすぎません?」

「生憎これ以上は身体がもたないわ。先生にバトンタッチよ」

「わかりました、萌さんはルナさんに【リカバリー】を受けさせて貰って、先輩と水山さんと一緒に隠れるか逃げるかして下さい!」


「貴様が『先生』か…城田理沙」

ペテロはキッと鋭い眼光を此方に向け、冷たい声色で言い放った。

「成程、貴方が【ペテロ】ですか…先輩をどうするつもりだったんです?」

「無論消滅させる。【色人間】は二人だが、アンゴルモアの方はまだ無力化できる。我々にとっては元々の力が強い黒咲の方が厄介なのだ」

「へぇ…いきますよ、リンさん!!」

私は手を叩きリンさんを取り出すと、槍と円月輪部分とを取り外し、槍はそのまま右手で構えて円月輪部分は紐を通せる部分に【マジックワイヤー】を通し、ヒュンヒュンと左手で振り回す。

「何とも頭の悪い戦法だな…喧嘩で腕を全力で振り回す子供と同じだぞ」

構わずマジックワイヤーを伸ばしてペテロに全力で投げると、素手で掴んできた。しかも刃のある側面を素手である。よく見ると刃は手に当たっておらず、触っても怪我をしない部分を掴んでいるようだった。

「ふんッ」

それを今度はこちらに向かってぶん投げ、私はギリギリでかわしたが萌さんの家を円月輪が貫通し、円月輪に通してある解除していなかった【マジックワイヤー】に引っ張られる形で萌さんの家の壁に激突する。そこで減速したので二度目の衝突は避けられたが、こいつはとんでもない。能力に関係なく強い。悔しいが、先輩と同じタイプだ。

「さ、黒咲を渡せば見逃してやるぞ。連れてこい」

「絶対嫌ですね。そんなことするぐらいなら消滅した方がマシです」

私は背中に突き刺さる瓦礫の痛みに耐えながらそう返した。実際そうである。先輩は今や私の全てだ、絶対に消滅させてなるものか。

「そうか、ならば…消滅してもらおう」


【アシダカの分崩離析】

アシダカグモが卵を抱えて守るのをモチーフにした技。背中の脚の方に白く平べったい卵の塊が出現し、一定時間が経ったり卵に攻撃を受けると、赤い糸でできた全長六センチぐらいの蜘蛛が三桁ぐらいの数産まれる。

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