第二十五話 脚下照顧
『そういえば真衣ちゃん、よく言ってる【おねえちゃん】って誰?いとこ?』
前回の夢で見たクラスメイトらしき女の子、紫さんが先輩に話しかけていた。
『いや、私にもわからん』
『自分でも分からないの!?』
『何なんだろうな…記憶は全くと言っていいほど無いんだが、私はこの人に会うために日々を生きていると言っても過言じゃないんだよな…』
『えー……そのこと、私以外の誰にも言わないでよ。おかしい人だと思われちゃうよ』
『だよなー…分かった』
「ということで、今日の稽古は先輩と合同で行います。よろしくお願いしまーす」
「いや何がということでなのよ」
先生との週一の稽古の日、先生は真衣さんを連れてきた。
「この前の先輩の初陣で全滅の危機に瀕したんですよ。本当危なかったです」
「ええ…そんなことがあったなら、私はてっきり先生の過保護さが増すと思っていたんだけど…予想が外れたわ」
「はい、では稽古を始めましょう。あ、萌さん。絶対に、絶対に先輩に怪我させないでくださいよ」
「…前言撤回するわ」
「まあそんなんじゃ稽古できないんで冗談なんですけどね」
「冗談が分かりにくいのよ!?」
先生と最初に会った時は本当に尊敬していたのだが…もしかするとこの人、一番の問題児かもしれない。いや先生呼びは続けるけども。
「はっ、やっ、はあぁーッ!!」
「くっ…おりゃぁっ!!」
真衣さんとの手合わせになったのだが、剣を防いだハンマーの柄の部分が折れそうになっており、そもそもそれを支えた私の腕自体も折れかけている。記憶を無くす前からこんな馬鹿力だったのだろうか、真衣さんは。…そういえば初めて会った時に【マグナムテールム】を素手で受け止めていた。ということは元々馬鹿力だったということだ。そんなどうでもいいことを考えると同時に、いけない、と途切れた思考を戦闘に戻す。どうやら真衣さんは、有り余るほどの力は持っているが実戦経験が無いせいで無駄な動きが多い。だから未熟な私でもなんとか捌ききれているのだ。最初に会った時の私と先生のようである。
「くっ…【フォルトゥーナ・ネクサス】!!」
「あっ!?」
真衣さんには悪いが、これは双方手加減無しの手合わせなので最適解を使わせてもらうことにした。私の周囲を球体状に大小の釘が囲み、全方位に発射する。真衣さんは反射的に腕を交差させて顔を守ったが、やはり守れたのは顔だけで全身を釘が貫く。
「いっ……!?たい!?いたい!!!」
全身に深く刺さった釘の痛みは尋常ではなく、半ばパニック状態にある真衣さんは我を忘れ以前にも増して力任せにぶんぶんと剣を振り回す。全力の力が乗ったその一太刀はハンマーを破壊して私の首を掻っ切った。視界が首ごとぐらつくが腕で頭をもとの位置に戻し、今一度無理矢理に神経を繋げる。もう長くは持たないが、せめて相打ちまで持っていきたいものだ。
「【マギアスタンプ】…」
ハンマーを再生成し、かすれた声で技名を唱えながら真衣さんの身体に叩きつける。その衝撃で釘を奥深くまで刺し、釘は腕を貫通した。
「うぎゃっ!?」
真衣さんは思わず剣から手を離す。
(しめた!)
私は地面に落ちようとしている剣を野球ボールのように遠くへ弾き飛ばし、
「【マグナムテールム】…っ!」
無防備になった真衣さんを、巨大化させたハンマーで押しつぶした。真衣さんも両手で受け止めるなど抵抗していたが、釘で貫通された時に腕の骨が砕かれていたのが祟ったのか、ぼきぼきと音を立てて押しつぶされていった。
「うっ、ひぐ…痛かったよ…もうやだ…」
「せ、先輩…ご、ごめんなさい…」
回復屋に行った後、私はオロオロしながら先輩の涙を拭いたり、お菓子で気を引こうとしていた。
「あのね、先生。姿も精神年齢も幼くなっているとはいえ、先生は真衣さんのことを何だと思っているの?そんな後悔するなら連れてこなければ良かったじゃない」
「そ、それはそうですが先輩が私も稽古したいって言い出してしまって…」
「…真衣さん…強くなりたい?」
「…うん」
「じゃあ我慢しなさい。痛みに負けているようじゃ肝心な時に尻込みしたり躊躇したりして消滅するわよ」
事実だ。敵は手加減なんてしてくれない。そういうことを言っているのだろう、萌さんは。
「それとね、先生!先生も急に私との実践じゃなくて、少しずつ難易度を上げるような形にすれば良かったじゃない。さっきも言ったけど先生は真衣さんのことを何だと思ってるのよ。頼れる先輩?幼い養護対象の子供?行動が両極端すぎるのよ、先生は。正直、今の先生達は見てられないわ。過保護すぎたり、所望したからとはいえ急に戦いに連れ出したり行動がアンバランスすぎる。五日間頭を冷やしてなさい。その間は私が真衣さんの面倒を見るから」
「え、でも」
「でもじゃない!!」
今まで聞いたことの無かった萌さんの怒声が辺りに響き渡った。初めてだ、こんなにも萌さんに怒られたのは。
「仕方ないとは思うけど、あんたは真衣さんに中途半端に色眼鏡をかけた状態で接してるのよ!!ルナさんのような過保護の塊が世話してるのも、殆ど言いなりになったりして碌な訓練もさせず狩りに連れ出したのもね、環境的にいただけないわ。何も虐待をしようってんじゃないのよ、ちゃんと世話はするわ。ただ、先生達の目を覚まさせたいだけなのよ。真衣さん、そういうことだけど、付いてきてもらっても良い?」
「あ、う、うん」
「決まりね。じゃあ、また五日後、先生」
「萌さん!?」
萌さんは全速力で先輩を連れて飛んでいってしまった。私はそれを追おうとしたが、先程の萌さんの言葉と、先輩が素直に萌さんについて行ったので、やめた。
泊まり込み初日。
「真衣さん、昨日の初陣はどんな流れだったの?」
「ういじん?」
(先生はこの前、真衣さんがシェアハウスの概念を記憶喪失になった直後に話したって行ってたけれど…シェアハウスを知っててなんで初陣を知らないのか分からないわ…ワードチョイスが謎ね)
「あー…初めての戦闘ってことよ」
先生は思い直してくれたのか私達を追ってこなかったので、無事何事も無く家に着いた。真衣さんを椅子に座らせ、戦闘がどんな感じだったのか聞いてみることにした。
「えっとね…ボウカンシャに攻撃しようとしたんだけどね、擬態した融合種だったんだ」
「…え?」
これは…所謂、想定外の事態ということだったのだろうか。
「…私も早とちりする癖を直さなきゃね…」
どうやら、真衣さんの強さを過信して初手から強い色無しに挑んだのではなかったようだ。少し言い過ぎたかもしれない。
(ま、その後にいきなり実践で私に真衣さんを挑ませたのは変わらないけどね)
「よっし!真衣さん、まずは体力作りよ。一応記憶喪失以前の体力と力は受け継いでるけれど、身体の鍛錬をサボってたら台無しになるわ。今は四時だから…六時に晩御飯食べて、八時からランニングね。トレーニングのためのランニングは夜が最適らしいから。それまではゆっくり休んどくのよ」
(…ここが、萌ちゃんの家かぁ)
私は萌ちゃんの家をさんさく…さんさくってなんだっけ?えっと…歩き回って探検していた。私の家よりかなり小さいと思ったけれど、光村の家もこのぐらいだったし、そういえば理沙が本来は家って光村の家ぐらいの大きさだって言ってた。だからこれが普通の家の大きさなんだと思う。なんで私の家ってあんなに大きいんだろう?端から端まで移動する分には狭間があるから困らないけど…。
「どうしたの?トイレ?」
「ううん。探検」
なんにもないわよ、と萌ちゃんが言う。別になんにも無くても楽しいから良いのだ。外に落ちてるいい感じの木の棒をそれとなく拾って振り回すみたいな行動なのだ。…あれ、それ私やったことない。見たこともない。
ランニングの時間になったので、萌ちゃんが買ってきてくれたジャージに袖を通す。暗くなってから外に出て何かするのは確か初めてで、ちょっとワクワクしている。不審者に襲われないよう、萌ちゃんも私の歩幅に合わせてランニングしてくれるらしい。
「いい?全力疾走するんじゃなくて、自分にとってちょうどいいペースで走るのよ」
「うん!」
私は萌ちゃんに言われたとおり、自分にとってちょうどいいペースで走ってみた。景色が次々と移り変わり、都会から森へ。ぐねぐねした道で走りにくい。そう思っていると、萌ちゃんははるか後ろから一気に飛んできて、私に「止まって!!」と叫んできた。
「ちょっと…!やっと…追いついたわよ…!全力疾走はするなって…言ったじゃない…!!」
「…?どうしてそんなに疲れてるの?」
「え…」
萌ちゃんは肩で息をしていて、地面にへたり込んでいる。ぜぇ、はぁとしばらくの間息を整え、やっとまた口を開いた。
「…そうだったわ…曲がりなりにも真衣さんだったわこの子…基礎体力と身体能力が著しく高いのを…忘れてた…」
…本当に疲れているようだけど、病弱な方なのかな?
「えっと…今日はもうやめる?」
「そうね…明日何するかの計画をもう一度練り直すから、一旦帰ってお風呂に入るわよ」
時間は八時半になっていた。
泊まり込み二日目。
「真衣さん、勉強はしてる?」
先生は基本的な知識を教えているのかという疑問が私の中に出現してきた。真衣さんは、時間の感覚が身についており、難しい単語もたまに分かる。時間が分かっているなら簡単な計算もある程度できるということであり、どこからその知識を仕入れたのか興味があった。
「勉強?えっとね、おねえちゃんに教えてもらったよ」
「お姉ちゃん?」
先生のことだろうか。
「先生のこと?」
「ううん、おねえちゃん」
どうやら違うようだ。ルナさんのことだろうかとも思ったが、真衣さんはルナさんのことをお姉ちゃんとは呼んでいなかった。
「…えっと、そのお姉ちゃんの名前を教えてくれない?」
「わかんない。忘れちゃった」
「…まあそういうことは私にもあるわ。仕方ないわね」
後で先生にも報告しておこう。一応だが。
簡単な小テストをさせてみた結果、低学年の小学生並の知能と、ちょっと難しい漢字を読めるが書けはしないということが分かった。まあ普通の子供の範疇だろう。人物の感情を読み取るという問題は苦手な傾向にあるらしい。この子は十分気遣いができる方だと思うのだが、言葉と身振り手振りは違うということなのか、それともただ単に苦手なだけなのか。算数は足し算と引き算はできるが、掛け算割り算は出来ないらしい。それでもゼロから教えるよりは数字の概念を理解していてくれたほうが遥かに教えやすいので、ありがたいことこの上無かった。
「真衣さん、勉強って好き?」
「うーん…おねえちゃんとしてた時は楽しかったから、多分楽しいんだと思う」
…ますますおねえちゃんの正体が知りたくなってきた。
勉強を教えてみた結論から言うと、真衣さんはめちゃくちゃ物覚えが良い。言ったことをどんどん吸収していくし、応用した問題も多少答えられるようになった。どうやら少し難しい漢字が読めていたのも漫画を読んでいたかららしいが、そのせいで当て字の部分まで覚えているのは少し不都合である。
「つかれた~」
「よく頑張ったわね。おやつにするわよ」
「やった!」
…私も真衣さんを甘やかしていないかと一瞬思ったが、これぐらいは許されるはずである。多分。ポテチバーストしないようにゆっくりと気を付けてポテチの袋を開ける。それを大きめのお皿に移し、二人分のサイダーを注いだ。
時を戻して、泊まり込み初日。
『…つまり、これから五日間真衣さんがこの家に居ないということですか?』
「すみません、私が不甲斐ないばっかりに…」
『あ、いえ、大丈夫ですよ!…僕達そんなに過保護すぎましたかね…頭を冷やせと言われても…』
「…とりあえず、今は真衣様が居ない時しかできないことをしませんか?何がいけなかったのかは、ただ考えているだけでは多分分からないとぼくは思います」
ということで、私達は先輩が居ない時にしかできないことをすることにした。
「…で、先輩が居る時に出来ないことって何ですか?」
「…模様替え…とかですかね?」
『特に模様替えしないといけないようなところはありませんが…』
皆何をすれば良いのかわからないようだ。先輩が居ないと実に暇なものである。
【パーフェクトボール】
糸を自分を中心にして極限まで編み込み、アルミホイルボールのように凝縮された体積で敵の攻撃を防ぐ防御壁。敵に放ち閉じ込めることもできるが、予備動作の最中に攻撃されると不完全な球体になってしまう。この場合防御力は大幅に下がる。
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