第二十四話 重複する神話
「さーて、行きますか!」
「いきますかー!」
翌日。先輩の狩りに行きたいという要望に了承してしまったので、影の中でもできるだけ安全なエリアで狩ることにした。即ち田舎と都会の間ぐらいの発展度の街である。集落ぐらいの極度な田舎は色無しが少ないが村八分などが起こっているとハチャメチャに強い色無しが現れてしまい、都会はそもそもの人口密度が高いため大量に色無しが現れ、強い色無しが居ることもザラである。間は人が都会より少なく、強い色無しが居たとしても田舎よりも弱いことが多い。だから間なのだ。
「それにしてもルナさん、外に出ても大丈夫なんですか?」
『はい。分身である僕は、動いて喋る自動保存のビデオカメラのようなものなので、僕が攻撃を受けて消滅しても僕が体験した記憶が消えるだけで本体に大したデメリットはありません。それに、本体の僕はまだ大した成果を出せていないのでもし真衣さん達を人質に取られたとしても全く話せることが無いのです。ですので【カトリケー】が僕を狙う理由はありません。真衣さんが狙われて僕を人質に取られたとしても見捨ててくださいね』
「最後の一言で危険度が跳ね上がりましたね…で、水山さんも外に出て大丈夫なんですか」
「ぼくはいざとなれば【ワープ】があるので…自分も死にますが」
ルナさんと水山さんは、それぞれ家にあった金鎚と【アトリビュート】の【ロープ】を武器として使うらしい。
(そういえば、家に監視要員としてモアさんが配置してる色無しが居るけど…先輩はそこらへんどう思ってるんだろう)
ふとそんな事を思った。味方は味方、敵は敵と割り切っているのだろうか、結構ドライである。
「ボウカンシャだ」
下に十体ほど立っているボウカンシャを見下ろしながら先輩が言った。一箇所に多数発生するのがボウカンシャの特徴だ。ボウカンシャの発生条件は悪意ある何かを見て見ぬ振りをすることや野次馬などであるため、現実世界でも何か起こったのだろう。
『真衣さん、まずは練習通りにやってみましょう。その剣を振りかぶるんです』
「分かった!」
…胸騒ぎがする。何か、大きなものが、此処に居るような…。
「危ない!!」
先輩が振りかぶった瞬間、相手の頭が肥大化したのを見て咄嗟に先輩を庇いながらボウカンシャ、いやボウカンシャだったものに斬り掛かった。先輩のフルパワーの剣が背中全体を大きく斬り、先程までボウカンシャだったものから生えてきた無数の手に首を締められる。
「ぅぐ、ァ…」
息が出来ない。なんとかリンさんを振り回し手への攻撃を試みるが、斬っても斬っても生えてくる。ルナさんが必死に攻撃している姿が見えるが、特に意味を成していないようだ。水山さんが少し色無しから離れ、結んである【ロープ】を首に掛け、【銀貨の入った袋】を拡大し、その中に今まで私が斬った色無しの手を全て入れた。
「引っ張れぇっ!!」
水山さんはそう言い放ち、色無しの方へロープの片側を投げる。その言葉に反応したのか色無しは私の首を締めていない残りの手でロープを引っ張り、水山さんを空中へ吊り下げた。いや、それどころか早く首が締まるように振り回していたりもしたが、逆に好都合だったようだ、水山さんの【ワープ】が発動し、【銀貨の入った袋】の中に入っている手と私が等価交換された。息を整えながら袋から這い出てみると、水山さんの身体と器が分離していた。中を辛うじて目視できたが、前言っていたとおり確かに魂は無い。分離した器を色無しが飲み込んでしまったが、『器が錐になってしまっても回復してもらえば元通り復活できる』と本人が言っていたので大丈夫だろう。魂が無いので色有りにもなっていないようだ。復活させるにはこの色無しを倒せばいい、簡単な答えだ。よく見てみれば、色無しから生えてきたものには手以外にも銃、バット、バナナ、キノコなどがある。…武器の二つはまだ分かるが、なぜバナナとキノコが生えてきているのだろうかと少しどうでもいいことを思ってしまった。何らかのメタファーだろうか。
「やあーっ!」
どごん、と大きな音が響く。それはどうやら先輩が床を全力で蹴った音だったらしく、先輩は剣を振りかざしざくりと色無しに大きく傷を付けた。背中と首は痛むがこのまま先輩を放ったらかしにはしておけないので私も後に続く。どうやら傷も脊髄までは届いていなかったようで、少し安心した。
「理沙!せなか、私…!!直人」
「大丈夫です、私はそんなヤワじゃありません!水山さんも回復すれば問題無いですので、今はこの色無しのことを考えましょう!」
「…うん!」
この色無しは再生能力が極端に高く、斬っても斬ってもすぐに元通りになる。長期戦に持ち込むのは得策ではなく、一気に大ダメージを与えるのが有効打になるだろう。私の技でそれに該当するのは…
(………無い!?)
何ということだ、無かった。そういえば技ではちまちま攻撃するか拘束するかだった。この前のカエルのコドクと戦った時のようにすればいけるか…?
「【拘束】ッ!!」
結構強度が高めの鎖を出して技名通り拘束する。だが、それでもなお色無しは新しい手や色々なものを生やし続けた。コドクのように爆発四散させようにも鎖を引っ張った途端するりと抜け出してしまい、失敗に終わった。
「うわぁっ!?」
「先輩っ!!?」
「真衣さんッ!!」
色無しは先輩の足を持ち、ジロジロと先輩を見て打診をしている。
「あっ、うああ、いやだあー!!」
先輩はパニックになり、あろうことか持っていた剣をぶん投げた。剣は色無しに当たったがそれは剣先の方ではなく、持ち手の部分だった。ちょうど先輩の器が色無しに当たる。その途端、先輩の悲鳴と色無しの動きが双方止まった。器の方をよく見ると、投げつける前は大量に入っていた黒液が無くなっている。先輩が止まったのは急に黒液切れを起こしたからなのだろうが、そもそも何故こんなにも急速に黒液が無くなったのか、今止まっている色無しと関係があるのか。まだ原因も理由も分からなかった。私は色無しが行動を停止している隙に先輩を奪い返し、先輩の器に塊を押し付け黒液を補充させた。その後先輩をルナさんに一旦預け、色無しの中にリンさんで切り込みを入れてどんどん斬って体内に侵入し、核を破壊して消滅させた。どうやら融合種だったようだ、十個ほどの塊と錐がゴロゴロと地面に落ちて転がった。
「すみません、今まで疑ってしまっていて…」
錐になっている水山さんに詫びを入れる。もしスパイなら、自分が絞め殺されているのを助けなかっただろう。逃げていれば良かったはずだ。あのままにしておけばやたら強くても記憶をなくしてから実践経験が無い先輩も、能力を使えないルナさんも倒され全滅していただろう。
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん…」
元気がない。それもそうだろう、先程消滅しかけたのだから。あんな事態になる前にもっと早く倒してしまえればよかったと後悔しつつ、先輩の剣を拾う。その時一瞬、先輩の器がモアさんの杖の器のようなボウカンシャの頭の模様になっていた気がした。
(何でぼく、理沙様の身代わりになったんでしょうか…?)
理沙様に回復屋に連れて行ってもらい、すっかり元通りになった身体を見ながら考えていた。昨津様から、始末できる機会があればしといて、と言われていたのだ。…まあ結構ノリは軽かったが、あれでも命令である。ぼくはこの場に居る全員を始末するチャンスをみすみす逃し、あろうことか助けてしまった。
(…いや、次のチャンスが来た時にちゃんとすれば大丈夫な筈です!)
そう思いながらも、心の奥で違和感が渦巻いていたのは誤魔化せなかった。
「それにしても…さっきは何であんな現象が起こったんですかね」
家に帰ったので、先程の色無しとの戦いを思い出しながら考える。先輩の黒液が無くなり、同時に色無しが活動を停止した謎の現象。思い当たるところはないかと、答えを頭の中に求めているところだった。
「うーん…」
「どうした雛鳥、悩み事か!?」
「うわっ!?」
私の影から急に出てきたモアさんに驚き、大きな声を出してしまった。
「あー…モアさんでしたか…びっくりしましたよ…」
「はっは、すまぬな!暇だから来た!で、なんを考えておったのだ?」
私はモアさんに先程の戦闘のことを話し、思い当たるところはないか聞いてみた。
「……もしやそれは……アンゴルモア大王の能力に目覚めたのではないのか…?」
モアさんにしては珍しく神妙な面持ちをしながら、言った。
「え?でもモアさんってアンゴルモア大王だからモアさんなんですよね?」
「確かにそうだが、元々アンゴルモア大王になる運命だったのは勇者、いや黒咲だったのだ。そも、先に自我を持ったのは我だが、現世に先に生誕したのは黒咲。…黒液が消費され、色無しが停止…それまさに隷属の能力。アンゴルモア大王の能力なり。黒液消費量は色無しの強さに比例するのだ」
モアさんがちゃんと人の名前を呼んだことをまた珍しく思いながら、なるほど、だからあんなことになったのか、と納得する。そして同時に新たな疑問が浮かんだ。
「じゃあ…何で急にその能力に目覚めたんでしょうかね?」
「ぬ、確かにそうであるな。…お、そうだ、忘れておった。昨日親友が羽根を挫いてしまってな、今飛べなくなってるのだ。もう少しすると…」
「お、置いてけぼりなんてひどいよ不知火くん…」
ちょうど、床の光の当たっている部分から這いずるようにして宮成さんが出てきた。羽根が使えないことで移動速度が遅くなっているのだろうか。
「噂をすればというやつだな」
宮成さんが座ってから話してみたところ、
「…そういえば【デジール】は蛇の形してるからもしかして…いやでも…うーん…」
自信は無さげだが何か思い当たることがあるようだ、思案してうんうん唸っている。
「い、一回話してみてください!!」
「いや、もしかしたらこうなんじゃないのかなー…っていうだけなんだけどね…アダムとイブの話って知ってる?」
「え?なんか林檎食べて恥ずかしくなったやつ、って印象だけは覚えてますが…」
私は神話などはあまり調べたことが無かったので、聞きかじったぐらいの知識しか無い。知っていてもせいぜい安息日ぐらいである。
「うん、その認識で間違いないよ。簡単に説明すると、蛇がアダムとイブに知恵の樹に実っていた実を食べさせようと唆して、それを食べてしまった二人は楽園を追放、蛇は神の怒りを買って地を這いずるようになった、って話なんだけど…理沙さんは僕の悪魔、【デジール】の見た目って覚えてる?」
「はい。確か、頭が四角くて宮成さんみたいな羽根が生えてて…胴体は鳥の足が生えた白蛇てしたっけ」
先輩が記憶喪失になった日に教えてもらった【デジール】の見た目をなんとか思い出す。今考えても大分トンチキな見た目をしていた。
「それなんだけど…昨日僕がアップルパイを真衣さんと不知火くんの二人にあげた暫く後から羽根を挫いたんだ。これ、僕が二人に加工されているとはいえ知恵の実の象徴である【林檎】をあげてしまったからこの二人は【アダム】と【イブ】だと世界に勘違いされたからだと僕は推測したんだけど…」
「???」
話が突飛しすぎていて話についていけなくなっている。
「つまり、僕が【林檎】をあげたせいで真衣さんと不知火くんが【アダム】と【イブ】の象徴であると世界が勘違いして、真衣さんに不知火くんと同じアンゴルモア大王の能力が使えるようになった…っていう妄想。多分違うと思うけどね」
「えー…っと…宮成さんは恐怖の大王なんですよね?」
「うん」
「恐怖の大王は林檎を食べさせた蛇では無いんですよね?神話だと」
「そうだよ。蛇は【リリス】だから」
「リリス?」
「アダムの元妻」
アダムに元妻って居たんだ…。
「この世界は名前や称号、神話との類似点に本人の性質が引っ張られることが割とあるんだ。で、神話とそれに基づく名前と称号が多すぎるのと世界の神力が少なくなっているのが重なってこんな状況を引き起こしている…とか。全部勘と想像だけど」
ここに光村さんが居なくて良かった。彼がこの話を聞くと知恵熱を起こしそうだ。
「…だいぶトンチキな推測だったな、親友」
「は、話してみてって言ったのは理沙さんだし…」
「ま、結局本当のところは神のみぞ知る…ってわけですね。何の神かは知りませんが」
結局結論が出ないまま時間が過ぎ、一旦お開きとなった。
・【チェーンウォール】
縁を一生離れない鎖と仮定して作った防御壁。鎖はかなり太く、鉄で出来ているためかなりの強度を誇る。流動体は全く防げない。
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