第二十三話 天使の性別、そして知恵の実
「【ペテロ】?」
「はい。彼女の【アトリビュート】は【逆さ十字】と【鍵】なので、大金庫の鍵も彼女に支給されたんです。肌見放さず持っていたはずなので、もし手に入れるとなれば戦闘は必須でしょう」
水山さんの説明によると、耳から下に髪を結んでいて、軍服を着ている女の子らしい。
この先、【カトリケー】とは何度か交戦することになるのだろうが、正直言って何故こんなにも先輩を狙うのか…あ、聞けば良いんだった。
「純粋な疑問なんですけど、何で【カトリケー】は先輩を狙うんですか?別に先輩は今話してる【デジール】を狙ってたわけでも無いんですし、特に理由が思いつかないんですが…」
「確か…暇だから遊んでるとか仰ってましたが…」
「…暇だから!?」
よく漫画などで『ふざけるな!』とか言っているが、本当にふざけた案件である。
「あっあの…あの方はある事情があって一つの部屋から出られなくって…でも能力だけは外に届くのでそれで遊んでいるのだと仰っていまして…」
無意識に私が怖い顔をしていたのだろう、水山さんが焦って説明しだす。
「…ま、そこらへんは本人に聞いたほうが早いわ。会う機会があるかどうかは分からないけど、そもそも何であんた達【カトリケー】とか【十二使徒】とか如何にもキリスト教を参考にしましたーみたいな名前と仕組みにしてんのよ。宗教団体?」
「宗教団体ではありませんが…その方が分かりやすいと思ったらしいですね」
「思ったより単純な理由だったわ…」
「で、鍵を見つけに行くの?ルナ」
私はこの部屋に残った透けている天使に言った。先生は真衣さんと他の部屋で遊んでいる。ルナは見るからに気弱で礼儀正しそうだ、この子が【第二次アルマゲドン】を企てているとは到底思えない。ちなみに呼び捨てなのはなんとなくである。
『とりあえず本体の僕に報告してから考えるでしょうが…恐らく戦力がまだ足りないので、当分は先送りになると思います。ご協力ありがとうございました』
ルナが行儀よくペコリとお辞儀をして、感謝の意を表す。
「いいわよ、別に。それにしても、ずっと気になっていたんだけど…あなた、男なの、女なの?」
今日会ってからずっと気になっていたのだが、女の子とも男の子とも分からない中性的な声。髪は長いが、ショートだと男か女か分からないような身体と顔付き。最近はジェンダー問題などもあるから男が髪を伸ばしていても違和感は無い。天使というのは性別が無いとか現世では聞いたことがあったが、説明書を読んだところどうやらそうではないらしいため、この子がどちらか迷っていたところだった。真衣さんはルナちゃんと呼んでいたが、女の子なのだろうか?
『どっちだと思います?』
「ちょっと先生、ルナの性別って知ってる?」
「え?」
萌さんの要望で一緒に寝ることになったので、寝室で五人が集って話していて、ルナさんがリビングのストーブを消したか確認するために席を外した時のことだった。
「女の子じゃないんですか?」
「根拠は?」
「…髪が長いから?あっでもそういえば、先輩の髪の毛が長いから髪を伸ばしたって言っていたような…」
「先生はもしルナさんの髪が短かったら、女の子だと思ってた?男の子だと思ってた?」
そう言われてみれば…。
「…確かに、分からないかもしれないですね…考えたこともありませんでした…」
「ええ…?先生が黄泉に来てから結構交流あったんでしょ?」
明らかに困惑している。たぶん萌さんの今の気持ちはこうだ、
「なんで会ったばかりの私が疑問に思ってるのに先生は今まで何も思わなかったの…?」
予想する前に言われた。
「何か、言われないと分からないといいますか…」
「い、一応ぼくも聞いていなかったので…」
「あんたはまだルナに会って一日目だから良いのよ」
水山さんのフォローも一瞬で一蹴された。性別がよくわからない人は性別を間違われたりすると傷つくのだろうか。高波さんの時は…そもそも高波さん自身が性別を忘れていたので参考にならない。
「ルナちゃんはねー、ルナちゃんだよー」
先輩も最早何を言っているのか分からなくなってきた。性別なんて関係無いということだろうか、流石先輩です。
…結局この話題はなあなあな状態になり、ルナさんが帰ってきたのでまた別のとりとめのない話しが始まった。何故この家には三人も敬語の人が集まってしまったのかとか、好きな食べ物は何だとか、今まで見た中で一番怖かった夢は何だったとか。そういう話をしているうちに夜遅くになってしまったため、寝ることにした。
「それでは、ぼくは別の部屋で…」
「何言ってんの、あんたもここで寝るのよ」
「ええっ!?」
水山さんはすっかり萌さんに振り回されており、私はもし萌さんが誰かと結婚するとしたら間違いなく相手は尻に敷かれるだろうなと失礼なことを考えていた。
(ぼく、ここで寝ていて良いのでしょうか…一応身体的には男なのですが…)
女の子三人と性別不詳一人、そしてぼく。自分のために寝室を用意しろということでは無いのだが、かなり不自然である。ルナさんが男なのか女なのかで違和感が緩和されるかもしれないが、どちらにしろ男女同じ部屋で寝ていること自体おかしい。
(…まあ、深く考えないでおきましょう)
色々考えた結果、諦めることにした。
「え、先輩も狩りについて行きたいんですか?」
「うん。私も自分で自分をまもれるようになりたいんだ」
数日が経ち、四人で暮らすのも慣れた頃に先輩がそう言った。
「でも、危険ですし、いつまた大輝が現れるか…叶えてあげたいのは山々なんですが…」
あれから若干過保護気味になっているような気もするが、先輩に危ないことをさせたくないのが後輩心である。【カトリケー】という組織が先輩を狙っているのも分かっているので、その気持ちはさらに加速する一方だ。先輩は小さくなっても力が馬鹿みたいに強いのはいつも戦いごっこをしているので知っているが…。
『理沙さん、【影】に連れて行くぐらいはしてあげましょう。そういえば真衣さん、神守りは持っていますか?』
「神守り?…あっ、これのことだったよね?」
先輩はカバンの中をごそごそと弄り、神守りを取り出した。
『ちゃんとありますね。神守りを浮かせて、右手を翳してみてください』
先輩が言われたとおりに行動し守り人になると、以前と同じ裾が長い赤いちゃんちゃんこを着た姿に変身した。
『これなら【神依】に行く必要は無さそうですね』
「理沙、おねがい」
意思を変えない真っ直ぐな瞳でこちらを見る。先輩は私に対して気を使うことが多いが、一度こうと決めると意地でも貫き通す心の強さの持ち主だ。こうなってしまってはもう、この人を止める術は無い。
「…分かりました。ですが、色々準備をしなければいけないので狩りは明日にしましょう。景気付けに今日は外食に行きましょうか」
「ありがとう、理沙!」
ルナさんと水山さんは残るらしいので、二人で外食に行くことになった。
「奢ってやるぞよ、水蛇、夕飯を共にしようぞ!馬鹿も!」
「なあそのあだ名って最早ただの罵倒だよな!?」
「うん、今のはひどいよ不知火くん。炎操りしフールっていうのはどうかな?」
「そっちもそっちでやだな…長いし…あと結局馬鹿だし…」
「…僕は炎帝が良いと思う」
「ああー…まあいくらかマシになったような…厨二病っぽいけど…」
ファミレスの前に着くと、光村さんと高波さん、モアさんと宮成さんで話していた。
「おお、雛鳥にゆうし…」
そうモアさんが大声で私達に呼びかけようとして、宮成さんが杖を浮かせてばっとモアさんの口を右手で塞ぐ。同時に左手で腕を思い切り捻った。
「もっがががががァ!?」
口を塞がれているので大声が出せないようだ。
「不知火くん…今は外で勇者って言わないって約束したよね?バレたら真衣さんと理沙さんが困るんだからさ…」
塞いだ手を離す。
「…す、すまぬ…腕を離してくれい…」
小声で宮成さんがモアさんの耳元で腕を捻りながら注意し、モアさんが謝った。なるほど、いざという時の力関係は宮成さんの方が上のようである。
「ごめんね、二人共」
「い、いえ…そういえば宮成さんとモアさんはなんで目立ってないんですか?」
この二人、曲がりなりにも恐怖の大王とアンゴルモア大王だったはずだが、先輩は小さくなっているからともかくそのままの姿で通行人に見向きもされていないのが不思議である。
「我らは我の【反転】の能力で、皆の認識ごと【反転】させているのだ…」
「つまり、僕達は一般人からはごく普通の人に見えているわけなんだ。唐館さんの幻を展開している時と同じような感じかな。…改めて不知火くん、外では普通に真衣か真衣さんって呼んでね。この名前自体は別に何処にでも居るから」
「わかった…わかったから…腕を…」
痛すぎてモアさんが普通の口調になっている。そういえばまだ離してなかった、というそぶりで宮成さんが腕を離し、やっとこさモアさんが開放された。
「お…折れるかと思ったなり…」
「ちゃんと反省した?」
「は、反省した!反省したから!!」
「先輩は何にしますか?」
「うーん…えっとねー…」
メニューを手に取り、これも良いけどこっちも捨てがたい、と長考している。決まるにはまだ時間が掛かるだろう。
「お、林檎フェアやってるってよ」
光村さんが店内に貼ってあるポスターを見て言った。林檎の旬は確か秋のはずだが、今は冬である。ちょっとタイミングが遅いんじゃなかろうか。
「へー。じゃあ僕はアップルパイにしようかな。不知火くんは?」
「我は親友のを一口もらおうかの。代わりにチョコケーキ一口と交換だな」
「あっ、私も一口だけもらっていーい?チーズインハンバーグ一口あげるから」
どうやら決まったようだ。
「良いよ、真衣さん。不知火くんは少しだけね」
それぞれドリンクバーと一緒に好きなものを注文した。どんどんと料理は運ばれ、まだ来ていないのは光村さんのサイコロステーキとデザートだけとなった。
「死んでもお腹は空くから難儀なもんだよなー。太んねーから別に良いけどさ」
ずごごごご、と二杯目の野菜ジュースを飲み干しながら光村さんが言う。
「僕の死因は餓死だった。お腹いっぱい食べられるのは良いことだから別に太ってもいい」
「重い…」
返しに説得力がありすぎる。
「水蛇、そういやおまはどう死んだのだ?」
あの世というのは皆一回は死んでいるのもあって、こういった話題に非常に寛容だ。だから食事中でもこういった話ができる。だが相手が話したく無い死因をわざわざ言わせるのはハラスメント行為とされ問題化している。
「光村の父親と母親がいじめっ子だった時に、山小屋のぼっとん便所に落とされて放置されて餓死した。確か小学生の時だったと思うけど、何年生だったかは覚えてない」
「えっ…それ、光村さんの父親にめちゃくちゃ恨みあるんじゃないんですか?」
それならば何故光村さんと共に行動しているのだろうと疑問に思い聞く。
「うん。だから光村が寝てる最中に夢遊病みたいな状態にして同じぼっとん便所に落とした。光村を」
光村さんからすればとんだとばっちりである。
「でもこいつ、『なら仕方ないな!』とか言って僕のことを許した。今ではこいつ殺して良かったのか悩んでるけど、殺さなかったら今同居してない。複雑」
「だって、こんなことされたら復讐のために本人は殺さず子供だけを殺すなんてことしたくなるだろ?」
「それで殺された本人が吹っ切れてるのも変な話ですけどね…」
「じゃあ、君の死因も餓死なの?」
「そーだぜ。起きたら真っ暗な空間に居てビビった。子供の人骨あったし」
「あ、それ多分僕」
そうやってわいわい話しながら食べているうちに、サイコロステーキとデザートが運ばれてきた。
「いただきます!」
光村さんはフォークを手に取り、ガツガツと食べ始めた。
「はい、真衣さんは最初の一口。不知火くんは最後の一口ね、ちゃんと林檎の部分を残しておくから」
「ありがとう!」
先輩は宮成さんのアップルパイにさくりとフォークを入れた。中には林檎とカスタードがぎっしりと詰まっており、表面はてらてらしている。見るからに美味しそうだ。
「おいしい!」
案の定美味しかったようで、幸せそうな顔で頬張っている。その間に宮成さんはさくさくと食べ進め、ついに最後の一口となった。モアさんのチョコレートと皿を交換して互いに食べる。
「ごちそう様でした」
・【拘束】
縁を一生離れない鎖と仮定して作った鎖で拘束する技。チェーンウォールほど鎖は太くないが、フィジカルだけで引きちぎるのは至難の技。
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