第二十二話 月親子の交流

黄色く神秘的な光が私を包む。これはルナさんの【リカバリー】だ。みるみるうちに肉体が再生していき、ゆらゆらと心地よくなる。例えるなら羊水の中に居る感じだろうか。いつの間にか、その心地よさに寝てしまっていた。


目が覚めた時、私は全回復した状態でベッドに寝かされていた。布団がリボンのカバーで包まれていてふわふわしているが、中を見るとボロボロである。外を見ると、もう暗くなっていた。この部屋の光源はランタンのようだ。

「あっ、理沙さん!」

起き上がった私を見て、ぱああとルナさんが笑顔になる。だがすぐに、

「…っすみません、さっきはあんなことして、…しまって…」

はっとしたような顔をしたと同時にうつむいてしまった。

「あっ、いえ!回復してくれたんですし、大丈夫ですよ!ほら、元々勝手に侵入した私も悪いんですし…」

段々涙声になっていくルナさんをなだめる。深呼吸をさせ、なんとか落ち着かせたところで、そういえば、とルナさんが私に質問した。

「何故理沙さんはこんな所に来たのですか?特にこんなボロいところに来る理由は無さそうなのですが…」

「何言ってるんですかルナさん、貴方を見つけるために此処まで来たんですよ。…まあ特にこれといった用事は無いんですけど、行方がいつまでも知れないと結構不安だし、先輩もルナさんに会いたがっていましたし…」

先輩に一回だけルナさんのことを聞かれたことがあったが、その時私が少し顔をしかめたのが原因かすぐに先輩がその質問を無かったことにし、以来全くルナさんのことを聞いて来なくなってしまった。

「え?それじゃあ、どうして僕の住んでいるところが此処だって分かったのですか?偽物以外には場所は知れていなかったはずなのですけども…」

「あー…実はですね…」

大輝の所属している組織から裏切り者の幹部が転がり込んできた話をしてみると、

「…その…水山さん?って方は…もしかして今も、か…真衣さんと居るんですか?」

「はい、あの…モアさん達にも警備を任せてはいるんですけど…」

「いけません!僕の思念体だけでも良いので真衣さんのそばに居させて下さい!ああ、やっぱりちょっと無理してでも連れて行くべきだった…」

「ちょっと待って下さいそれ先輩を攫おうとしてません?」

「冗談ですよ」

全く冗談に聞こえない。

「ともかく、私も真衣さんのお世話に参加させて頂けませんか?見張りが居るとはいえ、流石にそんな信用ならないのと二人きりにさせるのはちょっと…あと、理沙さん。一応聞いておきますが、【第二次アルマゲドン】…やはり協力はしてくれませんね?」

「うーん…具体的に、どんな感じの計画なんですか?実行し始めたら敵になりますけど、計画してる時点では止めはしませんよ」

自分だけ協力してもらうのもアレなので、話は聞くことにした。


「理沙さんは、【デジール】についての話は知っていますか?」

「デジール…あ、もしかして…不知火さんの悪魔のことですか?ルナさんが【第二次アルマゲドン】を起こすならこれだろうと不知火さん達が言ってました」

「知っているようですね」

「もうデジールは手に入れたんですか?モアさんも『どうやって手に入れるか分からない』的なこと言ってましたけど」

「いえ、お恥ずかしながら…まだです。なので、僕は今ここで能力の研究をしていたんです。天使は、本来は【覚醒】しないと【リカバリー】以外の能力は使えないのですが、現世の朽ち果てた肉体をめちゃくちゃな魔力を込めた【リカバリー】を撃って仮死状態まで生き返らせ、一時的に本来生きている状態から死んで、幽霊の僕と天使の僕が同時に存在することになるんです」

…漫画だったら後ろにトンボが飛びそうな沈黙の時間が考えるための時間として割かれ、それでもちょっと意味が分からなかった。

「えっと…つまり、天使としての能力【リカバリー】と、幽霊としての狩人の能力を使うことができるようになった…ということですか?」

「はい、端的に言えばそういうことですね。でも、それでもデジールを手に入れられる強さには遠く及ばない…だから、理沙さん。貴方が此処に来てくれるまでほぼ【詰み】の状態だったんです。会って早々消滅させかけてしまったのは申し訳なく思っていますが…」

「あ、まあそれはいいですけど…なんか、大金庫?ってところにデジールは居るんですよね?それって何処なんですか?」

「平たく言うと収監所です。その最奥に大金庫があり、その番号と鍵はまだ場所が分かっていません。そこから出るとデジールは能力を取り戻すので、力関係がこちらが上のうちに契約してしまおうという寸法ですね」


とりあえず、思念体だけ連れて帰ることにした。ルナさんが思念体を出す。

「あれ、思念体なのに本体が気絶とかしたりしないんですね」

「はい。思念体は同じ自分の人格の分身を作って、その人格が本体に戻って来た時に初めて分身の記憶を本体が認識できるんです」

『なので、僕が居ても本体が動けないなんてことは無いんですよ』

それ、分身長く出しすぎてると思想の相違起こして仲違いしたりするんじゃ…。

『さて、久しぶりに実家に帰ることにしましょう。真衣さんの様子も気になりますし、水山さんの動向も観察しなければいけませんしね』


「ただいまでーす」

『ただいま帰りました』

「おかえりなさ…あれ、その方…もしかして、ルナ様ですか?」

『はい。貴方が水山さんですね。ところで、貴方が元いた組織の手段に大変迷惑しているのですが、やめて頂けませんか?』

ルナさん、先輩のついでに文句言いに来たなさては…。


「おかえりー!…あ!ルナちゃんだ!」

『ルナちゃんですよー真衣さん!…よいしょ!』

思念体なのに先輩を抱っこしている。思念ってそもそも実体が無いはずなのに…。

「ひさしぶりー!」

『久しぶりですね、真衣さん!何かお好きなものでも作りましょうか?』

「さっき晩ごはん食べたからいいや」

『偉いですねー、限度を弁えているのですね』

このまま放っておくと永遠に先輩を褒め続ける気がするので、とりあえず自分は晩御飯を食べることにした。そういえばまだ食べていなかったのだ。

「そういえば、思念体ってご飯は食べるんですか?」

『はい』

ますます思念体の定義が分からなくなってきた。



「ルナちゃん、たたかいごっこしよ!」

『戦いごっこ…ですか?』

翌日。理沙さんは念のために【デジール】のことを調べた上で大金庫のことを聞き込みに行ったので、僕が母さんの遊び相手をすることになった。昔は真衣さんのことを母さん、と呼んでいたのだが、母さんが化け物と呼ばれるようになってから、僕への迫害の飛び火を避けるために母さんは他人のふりをしろと言った。まあ結局、母さん呼びは止めたにしろ交流を続けていたので意味は無かったように思えるが。

「あのね、このしんぶんが剣でね、あたまをいっかいたたかれた方が負け!」

母さんは丸めた新聞紙を僕に渡してきた。


(な、何ですか、この速さ…!?)

戦いごっこを始めたまでは良かった。だが、母さんの腕力は記憶を無くすまでの馬鹿力と大差ない。新聞紙に当たるならまだいいが、もし腕や拳に当たるものならかなりの大ダメージが見込める。それでこそ母さんだ。

「おりゃー!」

とっさに避けると、どごん!と母さんが振り下ろした腕が壁に当たり、隣の部屋が見える。既に屋敷は再生を始めているが、もし自分が当たっていたら頭が粉々になっていただろう。

「あ…ごめんなさい…」

『大丈夫ですよ。お怪我はありませんか?』

「うん」

どうやら、母さん自身は無傷のようだ。思念体では【リカバリー】など能力が使えないので、怪我をさせてしまったら自然治癒に任せるか回復屋に行くしかない。それか自分の本体のもとへ行くかだ。

『さて、振り回しすぎて新聞紙がもうボロボロになっていますし…もうお昼ごはんの時間ですね。リビングに行きましょう』

「はーい!」


昼御飯の後。

『一緒にホットケーキでも作りますか?』

「作る!」

昔、母さんが戦いで疲れていた深夜に駄々をこねて一緒に作ったのがこれだ。一枚目は僕がひっくり返すのに失敗してしまい、さらに焼き加減を間違えて真っ黒焦げになってしまって、もう一枚母さんに作ってもらった。一枚目のホットケーキはもったいないからと母さんが食べて、美味しいと言ってくれたのを覚えている。

『生地の表面がポツポツしてきたらひっくり返すんです』

真っ黒になった、ぐちゃぐちゃのホットケーキ。メープルシロップをかけても、透明の奥に黒だけが見えた苦くて大きいホットケーキ。それを全部頬張って、なんでもないように笑ってくれた母さん。あの頃がなつかしいなあ。

「…あ」

べちゃ。真っ黒な裏面。

「ごめん、ルナちゃん…」

『良いのですよ。これは僕が食べますので、真衣さんは僕が作ったのを食べましょう』

立場が逆になってしまったけど、これはこれで楽しい。


「おいしーい!」

母さんは僕の作ったホットケーキを口いっぱいに頬張り、満面の笑みを浮かべている。僕はあの時と同じ、真っ黒になった、ぐちゃぐちゃのホットケーキを口に入れた。じゃりっとして、苦くて、美味しいとはあまり言えないような味をしている。

『美味しいですね』

それでも、僕はあの時の母さんと同じように、全部を頬張って、なんでもないように笑うのだ。


「ルナ様」

『?はい、何でしょうか』

「あなたは…真衣様がこのようになってしまったこと、どう思っているのですか?」

あまりよくわからないことを水山さんが聞いてきた。

「真衣さんをこんな状態にしたのはぼくの組織のせいですので…」

『ああ…それは、もちろん絶対に許せませんが…いえ、言っておくのはやめておきましょう。まだ貴方を信用したわけではありませんので』

「そ、そうですよね…すみません」



「ただいまでーす」

「お邪魔するわ」

夜。デジールの居る大金庫について調べるために、萌さんにはかなり協力してもらった。折角なので、一緒に泊まろうという話になり此処に居る。

「おかえりー!あれ、萌ちゃんもいる!こんばんは!」

『おかえりなさい』

「おかえりなさいませ」

「はいはい、真衣ちゃんこんばんは…あれ、知らない顔ね。一体誰なのよ?」

萌さんがルナさんと水山さんを見て、怪訝な顔をして聞いてきた。そういえば、萌さんにはまだこの二人との面識が無かったことを思い出す。

「あ、説明忘れてました。この天使がルナさんで、こっちが水山さんです」

「…え?あの行方不明の?」


「…だあからねえ、先生は説明が足りなさすぎなのよ!これ、前に遊園地に行った時もあったわよね!?」

「あはは…善処します…」

今、私はフローリングの床に正座で座らされて萌さんに説教されている。一応私のほうが先生なのだが、立場が逆ではなかろうか。

「あとね、そんな激しい戦闘するって確定してなくても、廃マンションなんて得体の知れない場所行くなら私を誘いなさいよ!?それでもし先生が消滅しちゃったら、それこそ私は先輩を失った先生みたいになるのよ!」

「う…」

それがどんなに辛いことか、実際に体験した私には想像に難くない。そんな思いはさせたくない…。

「ほら、嫌でしょ?なら、どんどん私を頼ることね」

かなり得意げな顔で説教を締めくくられた。

「理沙ー、遊んでー」

先輩がこちらの用事が終わったと分かるや否や、キュルンとした可愛い眼差しでこちらを見る。

「待たせてすみません先輩、今日は何してあそ…」

「理沙様、その前に晩御飯です。萌様もお食べになられますか?」

「食べる食べる!まだご飯食べてなかったのよねー」


先輩はまたルナさんと遊ばせておいて、私達は夕飯を食べることにした。

「たらのガーリックバタームニエルです。付け合せは椎茸の醤油炒め、理沙様はきのこが嫌いという話でしたが、少しでも克服できるようにとぼくの勝手なお節介でフライパンにヘラで押し付けるように焼いたので、殆どの水分が飛んでいます」

そう言われて出されたのは、カリカリになった縦に切ってある椎茸。しっかりと焼き目がついており、私の嫌いなヌメヌメさは無いに等しい。

「…うまっ」

思わず声が出てしまった。いや、マジでうまい。

「ヤバいわねこのクオリティ…毎日食べられる先生が羨ましいくらいよ」

「胃袋を掴まれつつあって危機感を感じてます…」


「…で、明日はどうするのよ。大金庫の情報はゼロだけど、まだアテはあるの?」

「いえ…」

「大金庫ですか?」

水山さんが反応してきた。もしや、これは…

「鍵の在処は知ってますよ」

「…え?…知ってるの?」

「そうでした…まず水山さんに聞いておけば良かったんでした…」

この事実に気付き、頭を抱えた。これは本当に私のミスだ。こんな大事な情報源であることをど忘れしていた。

「先生…馬鹿なのね」

「うう…」

本日二回目の説教が始まりそうである。

「…まあ良いわ」

(許された…!)

「直人さん、鍵は何処にあるの?」

「十二使徒の一人、【ペテロ】さんが持っています」


・【マジックワイヤー】

能力である糸を出す技。強度は込める黒液の多さに比例する。理沙は魔力の糸という意味にしたかったそうなのだが、ワイヤーは糸ではなく針金である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る