第二十一話 月の行方

「ただいまでーす」

「おかえりー」

リビングの方から先輩の声が聞こえてきた。どうやら昼食らしい、美味しそうな匂いである。

「おかえりなさいませ、理沙様。昼食はちくわサラダときんぴらごぼうです。お肉は夕飯で出しますので」

「ありがとうございます。ちょっと手を洗ってきますね」

あの世では病気になることがないため実質的には意味がない行動になるのだがどうにも生前の癖が抜けず、別に悪い慣習でもないのでいつも手を洗っている。それを言ったらお風呂もそうだが…。

「帰ってきたか雛鳥」

手水場に向かう途中の廊下の影からモアさんが出てきた。

「ただいまです。すみません、わざわざ監視してもらって…あれ、宮成さんは?」

「仕事が入ったので先に帰った。ユダの方は何も行動や言動に異常は無かったぞ。大方監視の目を警戒しているのだろうが、これからは下僕の色無しに監視させるので心配は無用。安心して留守番させるがいい!」

「色無しって下僕に出来るもんなんですか…」

「アンゴルモア大王の特権だぞよ。勇者もアンゴルモア大王の道に進んでおったらこの力を使えたのだがな…」


「あー頭痛ったい…」

回復したはずなのに何故か頭痛がする。あの世には色無しやノロイから受けた状態異常ぐらいしか身体の不調の原因は無い筈なのだが、私は現に頭が痛い。これが【覚醒】の副作用だとしたら、軽すぎて笑い話になるが…。

「大丈夫?」

「大丈夫ですよ、先輩」

あーもう可愛い。先輩はすぐ私を心配してくれるので心労とかの何かが回復しているような気がする。子を持つ親の気持ちってこんな感じなのだろうか。恋人だけど。


「先輩、何か買ってきてほしいものとかってありますか?」

水山さんは今晩御飯を作っている最中なので、私が買い出しに行くことになった。もちろんいつものモールである。

「えっとね…あの…お人形さん」

「お…お人形さんですか」

うーむ、どうしようか。大輝のせいで人形やぬいぐるみは家に持ち込み厳禁なのだが…。

「えっと、すみません…この前遊園地で会ってしまった大輝ってやつが人形やら何やらを操る神守りを持っているので、安全のために買ってこれないんです…」

「あ…いや、大丈夫だよ!?チョコ、板チョコほしいな」

「すみません、先輩。では、行ってきます」


「人形ねぇ…」

モールに行く道中に何か解決策が無いか考える。私は先輩のお願いなら消える以外何でも叶えてあげたいのだ、諦めるしかないにしてもできるだけ何か案は無いか考えてから諦めたい。

(指人形…自分の糸で編んだら…いや、人の形をしている以上もし能力の範囲内だったら…ん?そういえば、ぬいぐるみ…)

大輝は人形を能力で動かしているが、ぬいぐるみを動かしているのを見たことは無い。この前の戦いでは『人形やぬいぐるみの綿で炎を防御していたのさ』と言っていたが、あの場にぬいぐるみはせいぜい射的場にしか無かった。

(人の形をしていないぬいぐるみなら、いけるかもしれない…)

ついでにカメラも仕込んでおけば、勝手にぬいぐるみが動いてもすぐに処理できる。

(いやでも、もしそれで先輩が怪我でもしたら…)

結局、ぬいぐるみを買わないことにした。やはり安全が一番である、ゲームでも代わりに買ってあげよう…。


ふと本屋の方を見てみると、店頭にずらりと第二次アルマゲドンについての考察本が並べられていた。『幻の理想郷とは!?専門家が徹底解説!!』という写真付きの帯が巻かれている。

(こういうのって一体何の根拠があって書いてるんだろうなあ)

起こそうとしている張本人のルナさんから聞いたのでもなく、結局はただの仮説である。信憑性がどのくらいあるかも怪しい…。

「あっ、そういえば宮原さん達には聞いてなかった」

先輩の記憶が消えてから、現世にはまだ一回も行っていない。この機会に行ってみるのも良いかもしれない。


「ルナ?誰だそれは」

「あー…そういえばそうでしたね…」

宮原さん達四人にはルナさんとの面識が無かったらしい、首を傾げていた。

「長い金髪で、先っちょぐらいで髪を結んでる天使なんですけど…見覚えありませんかね?」

「無いかなー。そういえば、なんで口調が敬語になってるの?」

山城さんが質問してきた。確かにこのことも連絡してなかったことを思い出す。

「いやぁ、精神的ダメージから立ち直れずにいて…」

「ふむ…まあ、心壊しない程度に頑張れよ。辛いときは魂の療治に行くと良い」

「多分宮原くんは精神科に行けって言ってるんだと思う。魂は英語で翻訳してまた日本語に翻訳すると精神になるし」


宮原さん達はどうやら何も知らないらしいので手当り次第に現世の思い当たりのある場所を探してみたが、どこにも居なかった。あの世はもう既に探し尽くした後なのだが、また探したほうが良いのだろうか。

(正直言って、水山さんが言ってた【カトリケー】という組織。あれを直接叩いたほうが手っ取り早い気もするけど…まだ力不足だし、総力全員で乗り込んだら先輩を守る人が居なくなるし、その隙に先輩を襲われでもしたら最悪だ。失敗して逃げ帰ってきて、ますます攻撃が激しくなっても先輩の安全に関わる…)

やはり帰ってから、色々なことを水山さんに聞いてみよう。言っていることが嘘か本当かは分からないが、その中に何か一つでも手掛かりがあったら儲けものだ。


「ということで水山さん、ルナさんについて何か知りませんかね?」

帰ってきて、早速聞いてみる。先輩にはしっかりと人形の件を謝罪しておき、後で叶えられる願いなら何でも叶えてあげることにした。

「ルナさん…?…あ、もしかして天使の人ですか?髪の長い、金髪の」

「あっ、はい!その人です!」

どうやら知っているようだ、場所は…?

「確か、今ぼくが知っている限りでは、現世の廃マンションを拠点にして何かを企てているようですが…流石に警戒心が強いようで中までは調査できなかったらしいです」

「それだあっ!!」

やめられなかった敬語も忘れてしまうほど、やっと手掛かりを見つけたという達成感で興奮してしまった。机をバンと叩いて立ち上がり、駆け出して家を出てしまった。…そして、すぐに戻ってきた。

「水山さん!!どこの廃マンションですか!?」


水山さんからルナさんの場所を聞いたあと、よくよく考えてみると、私でも知らなかったルナさんの居場所をなぜ【カトリケー】が知っていたのかが本当に謎である。常時監視でもしているのだろうか。…もしかして先輩に深く関わっている人は全員監視されているのでは?

(あ、あれか)

蔦が少し絡まっていて、周りは鬱蒼としている。如何にもな廃マンションだ、おばけがいると言っても信じるぐらいの雰囲気である。おばけは私だが。

「おじゃましまーす…うわっ!?」

入って早々、大体の人が一歩目に踏むであろうところに御札が貼られてある。危うく踏むところだった。

(お、恐ろしすぎる…)

設置された御札は我々死人にとっては強力な武器や罠になる。もし触ってしまうと、封印されたり、その場から動けなくなったり、かなりのやけどを負ったり、ひどい時には消滅してしまうこともある。

(これ、間違えてルナさんが踏まないか心配になるな…)

先輩を連れてこなくて正解だったかもしれない。


他にも、廃マンションにはどうやって設置したのか気になるほど多くの御札とオレンジ色のリボンが設置されていた。大方、このリボンはルナさんの固有魔法だろう。

「あっ、ルナさん!!」

「…また偽物ですか」

廃マンションの三階、やっとルナさんに会うことができた。だが、偽物と言っているあたり、何か嫌な予感がする…。

「…あの、ルナさん?」

「【アウェアネス・リボン】」

ルナさんが何かを唱え、大量のカラフルなリボンが私を縛り付けてきた。

「えっ何してるんですか!?」

「帰ってくださいませんか?何度も言いますが、僕はあなた方が期待しているような情報は持っておりません」

「私一人ですけど…?」

何やら、私が会わない間に私の姿をした何者かが何回も此処に来ていたらしい。話を聞いてもくれなそうだ、こうなれば力尽くでも…!

「私は…城田理沙です!!偽物でもない、本物です!!」

リンさんを出現させ、私を縛っているリボンを切った。


「【マジックワイヤー】!!」

「【インベット・グリーン】!」

私が右手のリンさんでカラフルなリボンを切りながら、マジックワイヤーでルナさんを取っ捕まえにかかる。ルナさんは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに戦闘態勢に入り緑色のリボンを放ってきた。すかさずそれも斬る、が。

「【コンストレイント・リカバリー】!!」

そのリボンが眩く光り、中からニョキニョキと大きな黄色い薔薇が成長し、強く絡みついて締め付けてきた。茨の棘が食い込んでミシミシと肋骨の折れる音が聞こえ、喉が鉄の匂いで充満する。

「ゲボっ、がッ、ガぁ…」

びちゃびちゃと口から鮮血が流れ出る。意識が飛びかけるが、なんとか意識を繋ぎ止めた。思い切り力を込めて薔薇を糸でぎゅうと締めて千切って拘束を解き、糸で損傷したところを埋め、止血する。

(わっ、割と容赦無いぞこの人…)

もう少し手加減してくれるものだと思っていたが、それだけ私の偽物がしつこかったということだろうか。おかげで本物の私が被害を被っている。迷惑な話である。

「痛がってるフリしていても無駄ですよ。あなた方が操っているのは痛みの感覚が繋がっていないことも存じておりますので」

「いやマジで痛…」

話そうとしたが、途中でまた血が喉を上り、空気を巻き込んで紅い泡をごぽごぽと作りながら床に落ちていった。

「ちな、みに…どうやったら、信じてくれますか」

口にこびりつきそうな血を右手の袖で拭いながら聞いた。

「それは僕にも分かりません。納得させてみてください」

これは骨が折れそうだ。いや、もう折れているが。


「【チェーンウォール】、【マジックワイヤー】ッ!」

鎖の壁を作り、その間をリボンが通り抜けられないように糸で結ぶ。そのまま廃マンションの壁スレスレに設置し、壁ごと突進するような形で走った。

「【スペシャリゼイション・シルバー】、【力特化】ッ!」

銀色のリボンが迫りくる鎖の壁を止め、ルナさん自身も壁を止めにかかる。全力を出したところで、

「【解除】ッ!」

どちらも解除した。支える壁が無くなり勢いがついたリボンは私を横切りはるか後ろへ。ルナさんが少しよろめいたところを、

「【パーフェクトボール】ッ!!」

閉じ込めた。


「ルナさん!私にめちゃくちゃ質問してください!出来る限り…ゲホ…答えてみせますので…!」

立っているのも辛いので、【パーフェクトボール】に寄りかかりながら中に居るルナさんに話しかける。ルナさんは暫くボールの中から出ようと抵抗していたが、諦めたのか質問し始めた。

「…真衣さんの、好きな食べ物は?」

「!…オムライス」

「ぼくの好きな食べ物は?」

「みかん…ぐらいしか知りませんね」

「理沙さんの好きな食べ物は?」

「カレーですね。甘口の」

理沙さんの命日は?クリスマスの日に僕は何をしていた?真衣さんが閉じ込められた日、僕は何をしていた?どうして理沙さんは真衣さんについていった?真衣さんの嫌いなものは?夢は?最近あったことは?真衣さんの嘘をついた時の癖は?今までで一番楽しかったことは?

色々なことを聞かれていくうち、段々と意識が遠のいていく。身体の穴を埋めた糸から血が染み出していき、床に少しずつ溜まっていった。この前大輝と戦った時の耐久力は何処に行ったのだろうか。いや、あれは絶対に勝たなければ消滅が確定していた戦いだった。今、私に質問しているルナさんはもう既に私を本物だと認識してくれている、確証も無いのに私にはそう思えた。それも原因の一つだったのかもしれない。

「あ…」

ついに限界が来てしまい、【パーフェクトボール】が解除される。中で座っていたルナさんの膝にそのまま崩れ落ち、ルナさんの服を紅く染めていく。その光景にルナさんが動揺したまま、私は分離した。

「…分離した、ということは…もしかして、ですが…まさか…本物…!?」

ルナさんは私の魂が入っている器とパズル状に崩れていく私の身体を持って、廃マンションの奥へと向かった。


『・転生後の魂について

産まれる前は卵子の中や植物の種の中にあり、途中でそれが壊れてしまったり死滅してしまった場合、他の卵子や種の中に自動的に入り込む。ただし、異世界転生(→八十ページ三行目)の場合は因果により産まれることが確定しているため例外である』

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