第二十話 突然の来訪者

『おはよー、真衣ちゃん』

『や、紫。おはよう』

先輩が学校で宿題をしているところに、クラスメイトらしき女の子が話しかけてきた。

『…それ今日の朝提出のやつ?』

『ああ。今結構焦ってる』

宿題のプリントは未だ半分も終わっておらず、明らかに間に合う気配は無かった。

『いやぁ、昨日やっと好きな漫画の最終巻買えてさ、宿題やるの忘れてたんだよなぁ』

『もう受験が近いってのに相変わらずだね…』

『あ、そうだ、ちょっと答え貸してくれないか?』

『良いよ。この前勉強教えて貰ったし』



「な!おい!理沙!!大丈夫か!?」

目を開けると、寝室に寝かせられていた。結局あの後、根性で遊園地を出てお地蔵様に辿り着き、館前にワープしたところを光村さん達に発見され、回復屋に連れて行ってもらって今に至る。

「理沙!だいじょうぶ?」

「大丈夫ですよ、先輩」

私の顔を覗き込んできた先輩の心配そうな声を聞いて、優しく返事をした。

「あ、みなさん無事でした?」

「おう!ご覧の通りピンピンしてるぜ!」

「…僕達以外のみんなは帰った。もう夜。僕達は真衣さんの世話するためにここに残ってた」

「あ、すみません、迷惑かけちゃって…」

膝に座ってきた先輩に顔を綻ばせながら言った。

「いや、正直言って迷惑というより申し訳なく思ってる。理沙が寝てる時、一人匿ってしまった」

「え?」

「お、噂をすればだな!こっちこいよ!」

突拍子がなさすぎる高波の発言にこちらも困惑していると、廊下からショートカットの、真ん中で髪の毛を分けた気弱そうな男の子が顔を出した。見ない顔である。

「あ…は、はじめまして…」

男の子はしばらくこちらを見ると、勇気を出して寝室に入ってきた。

「え、えーと…ユダと言います!暫く真衣様のお世話係…いや、家政夫として住まわせてもらいたいです!!」

「…えええええええっ!?」


「えーっと…大輝が独り言でブツブツ言ってた【ユダ】が君?」

「…はい、たぶん。ぼく達は一人一人にコードネームが振り分けられていて、大輝様…いえ、大輝はその中でも直属の天使役【カマエル】の名前を持ってました。ぼくは十二使徒の【ユダ】で、今は聖書のように裏切り者、というわけになるんです…」

「うん、わからん。おれこの説明何回も聞いたけどさっぱりわかんねえんだよな」

「…まあ、敵の敵は味方っていう言葉もありますが…裏切り者はまた裏切る可能性があるので正直ちょっと容認しかねないんですよねぇ…」

そもそもつい一ヶ月前に裏切り者が出たばかりなのと、なんか幹部っぽい名前なので不安になるのだ。下っ端なら良いのだが…。

「…そういえば、前居たところでの君の扱いとか…地位、どんなの」

「えーと…簡単に表現しますと、幹部になりますね」

幹部だった。

「いやいやいやいやいや敵幹部!?下っ端とかならまあ容認しても良いかなとか思ってきた所なのに元幹部はいくらなんでも無理ですよ!?」


その後ユダさんに簡単に説明されたが、要約すると仮面達は全て元居た組織【カトリケー】の管轄で【泥人形】という名前の機関なこと、裏切った理由は先輩の出自が自分と似たような境遇なのがずっと引っかかっていたかららしい。

「似たような出自って…ユダさんも色人間ってことなんですか?」

「いや、そういう訳でもなくて…ぼく、そもそも魂無くて…」

「…???」

ついに光村さんの思考回路がショートしてしまった。

「……光村さん、先輩と一緒に向こうの部屋で遊んでてください」

「…!オッケー!」


「もともと、ぼくは【カトリケー】のトップが試しに人間の抜け殻から因果を抽出して魂を創りだそうとして、偶然魂が無い状態で器が生成され、意識が抜け殻に宿ってしまった、って感じで生まれた存在で、魂が無いから器の中も空っぽなんです。まあそのおかげで器が錐になってしまっても回復してもらえば元通り復活できるという利点もあるんですが…」

それは先輩に似て…るのか?少し違うような気もするが…。

「お願いします!此処に置いてください!」

「…そもそも、僕の家じゃあだめなのか。正直言って、そこまでこの屋敷に固執する理由がわからない」

「…あー…そこはですね、ぼく、戸籍が無い状態なので仕事とか就けないし…居候になるのは嫌なので、この広い屋敷なら真衣さんの世話とか、掃除とか料理とか家賃代わりの仕事がもらえるかなって思ったんです…」

まあ、確かに先輩を家で一人にさせておくのは不安だから今まで他の誰かに預けてたけどもう申し訳なくなってきてるし…でもユダさんと一緒なのははますます不安になるし、一体どうすれば…。

「…そういえば、ユダさんの神守りはなんですか?」

聞いてなかったことを今思い出した。

「ぼくは十二使徒の役割なので、神守りではなく【アトリビュート】が支給されたんです。ぼくの【アトリビュート】は【ロープ】、【銀貨の入った袋】、【黄色い服】で、能力は…簡単に言いますと【ロープで首を吊って、銀貨の入った袋に入れた銀貨以外の物と同じ質量の物を等価交換させる】…まあ実質的に【ワープ】ですね」

ちょっと待ってこれ私も思考回路ショートするかもしれない。能力の説明が長いしそもそもアトリビュートってなんなんだ…?…ん?【ロープで首を吊って】…?

「…え?じゃあ貴方首吊らないと能力発動しないんですか!?」

「はい。前はこの能力で補給係をしていました」

「マジですかそれ…」

うーむ、なんか可哀想になってきた。いやでも情をわかせては…。

「理沙、いい考えがある。早野さんを呼べば良い」

「あっ、確かにそうですね!」

早野さんは人の心を読むことができる。ユダさんの真意が分かるかもしれない。


…と思って、呼んでみたのだが…。

「…無理だ。どうやらこの子、前言った十人に一人の読めないやつらしい…」

無理だった。

「そうですか…ありがとうございます、わざわざ」

「いや、気にすんなって」

「そこ俺のセリフだろ。…理沙、信用はまだしなくて良いが、情報を聞き出すぐらいはしておいて損は無いと思う。現に、ユダは前の組織のことをめちゃくちゃバラしたらしいな。それだけで良いんだ、後は監視カメラなりなんなり設置して、ついでに理沙に通知が行くタイプの防犯ブザーを持たせておけば良いと思う。はい、これ」

そう言ってピンク色の防犯ブザーを渡してきた。準備良すぎませんか?


「…ということで、一応家政夫として此処に置いておくことになりましたが…怪しい動きをしたら、すぐにでも追い出しますよ?」

「はい!これから頑張ります!」

めちゃくちゃ元気な返事である。

「とりあえず、外に出る時名前が【ユダ】だと組織とかにバレそうで何か不便じゃね?」

難しい話が終わってこっちに戻ってきた光村が言った。天使や外国の人とか普通にユダという名前も居そうな気もするが…。

「…うーん…じゃあ、【水山直人】ってのはどうですか?ぱっと思いついただけの名前ですけど」

「なにか僕の名前と属性が被ってる気もするけど、気にしないでおく」

確かに高波雨月といういかにも水属性っぽい名前と属性が被っている。名前も神守りとなにか関係があるのだろうか、それだと光村さんは火ではなく光属性みたいなことになるだろうが。

「ありがとうございます!これから精一杯仕事に励ませていただきます!」

一人称と言い敬語といい、なんだかルナさんに口調が似ている子である。

「お昼どきになりましたが、何か所望する料理はありますか?」

「オムライス!」

先輩が即答した。

「すみません、ちょっと横で見ててもいいですか?」

「はい。信用されてないのは流石に理解していますので、どうぞ」


料理風景を横からガン見して、何も細工するはずがなく五人分のオムライスが出来た。オシャレなことにドレス・ド・オムライスである。

「はいはいはいっ!おれ毒味しますっ!!」

そう言うと光村さんは適当に選んだオムライスをスプーンで一口頬張った。

「…やべえ…めちゃくちゃうめえ…」

問題無さそうだ。



(…ものすごく理沙様が見てきます!そんな遠慮なくガン見しますか普通!?もうやめたいよスパイー…)

ぼくはユダ。組織を裏切ってきたという名目でこの狭間の館に侵入した幹部、今は実質スパイである。十二使徒の中で一番気弱そうで敵の懐に入りやすそうだからという理由でこの任務を命じられたけど…。

(組織のことは全部バラしても良いって本当なのですか!?いくら遊びで真衣様を消滅させてないとはいえ舐めプしすぎですよ政府のトップともあろうものが…ぼくはあなたが心配です昨津様…)

昨津様はこの件をゲームか何かだと楽しんでいる節がある。絶対に負ける事は無いとの自身の現れだろうが油断進物ですよ昨津様…他の十二使徒の皆は元気していますでしょうか…もうホームシックになってきました…。泣きそうです…。

「…やべえ…めちゃくちゃうめえ…」

それは良かったです光村様…。冷や汗が…うう…帰りたい…。



「それでは、おやすみなさいませ」

寝室の襖が閉められた。今日は何も怪しい動きはしていなかったものの、未だ完全に水山さんを信用する訳にはいかない。

「理沙。寝ないの?」

「あっ、すみません先輩。ちょっと考え事してたんです」

「そっかあ」

先輩に言われたので目を閉じる。

(これからどうするのが得策か…明日はノロイの討伐に向かう予定だけど、行ってる間に水山さんに先輩を誘拐とか傷つけられたりしたらたまったもんじゃない…安全という確証を得るにはどうすれば…でも組織のこと話してたし大丈夫か…?)


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃいませ」

ということで、二人でお留守番をしてもらうことになった。だが、こちらも無策という訳ではない。事前にモアさんと宮成さんに連絡し、影と光の両方から監視してもらえる事になった。因みに水山さんと先輩にはこのことは伝えていない。これで安心である。

今回のノロイは【コドク】。このノロイ、どうやら他の種類のノロイよりも相当強い部類だったようで、それが【コドク】を倒した少し後に発覚しちょっと先輩に文句を言ってしまったというエピソードもある。ということで、前回ボロ負けしそうになって先輩に倒してもらった【コドク】へのリベンジも兼ね、討伐に行くのである。

暫く飛んで行って、大きなガマガエルが見えた。どうやら今回生き残ったのはこのガマガエルらしい。


「…え?」

勝ってしまった。あまりに呆気なかった。いくら強度を最大にした鎖とはいえ、カエルをぐるぐる巻きにしてその鎖を一点に収縮するだけでカエルが爆発四散し、四方八方に身体の一部と体液が飛び散ったのだ。カエル本体からは全くダメージを受けていないが飛び散った体液による毒のダメージの方は従来のヒキガエルの毒よりもでかく全身がやけどのように痛いので、さすが【コドク】といった感じだが拍子抜けなのに変わりは無い。

(…取り敢えず、回復屋行こうかな…)

全身やけど程度なので落ち着いて回復屋に向かう。

(そういえば、先輩って前回の【コドク】も私が居なければ瞬殺してたよなあ…)

あの大きいムカデのような【コドク】、初手で先輩は胴体を真っ二つにしていた。あの時私が近づかなければ、先輩も私も負傷せず、難なく先輩が倒していただろう。

(今の私だったら、先輩の隣に堂々と立てたのかな)

最も、そんな事を考えたってもう遅いのだが。



(…報告通り、フィギュア部屋は物が全て無くなっていますね…やはり処分したのでしょうか)

やはり結界で守られているといえども、用心するに越したことは無かったのだろうか。聞く所によると真衣様は相当のオタクだったようだが、万が一記憶が戻った場合はものすごく悲しむだろう。まあそもそもの原因はぼく達なので何とも言えないが。

(それにしても、此処に居る間スパイだとバレるようなことを一瞬でも言ったり行動したり出来ないのがキツイですね…真衣様と二人で居る事を許したということは、もう何らかで監視する術があると推測できますし…)

自分が副作用でどうなるか分からない状態で真衣様に【縁結び】を実行したと昨津様に聞いたが、そんな人が流石に無策で大事な人を預けるなんてことしないだろう。さて、昼食は何にしようかな。


『・塊

人間の負の感情から成り、黄泉では色無しや色有り、ノロイなどが落とし、魂の器が満杯になった時に錐があると黒液を消費し塊が生成される。黄泉で作られる食材は塊から作られており、食べた後は直接エネルギーに変換され、排泄などはされない』

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