第十八話 神様は誰だ?

光村さんのSOSで外に出てみると、火だるまで全身真っ黒になっている大輝が居た。炎で顔は見えないが、身じろぎひとつもしていない、平然としている。その異様な光景に、私は息を呑んだ。

「あっついなあ、これもう脱いでもいいかい?」

そう大輝が言うと、大輝を燃やしていた炎がぼろ、と床に落ちる。そこには炭素の塊があった。

「人形やぬいぐるみの綿で炎を防御していたのさ。これなら私自身にはダメージはほとんど来ない」

そう言った後に大輝は服が少し汚れていることに気づき、パッパッっと手ではたいて払う。おかしい、火だるまにならずとも、火で覆われているから息が出来ない筈なのに…。

「さ、真衣さんを渡してもらおうか。面倒くさいことは君達は避けたくないのかい?」

「…貴方、先輩の器を壊してからそればっかですよね。面倒くさい面倒くさいって、何がそんなに…」

「だってさ、私の目的は元より真衣さんを消滅させることだったんだよ。それなのに君たちが復活させてくれちゃって、終わった筈の私の仕事がまた増えたんだ。終わったノルマをやり直しさせられる気分だよ」

「先輩の元の人格は消滅したんですよ!?」

「だから、それじゃあ終わりじゃないんだ。あの時神のなり損ないに任せずにおくべきだったよ。私のミスだ、やらかした、とでも言うべきかな」

よくもそんなにつらつらと先輩の処分について物のような扱いともとれる言葉が出てくるものだ、一周回って清々しい。

「…もういいです、話してても埒が明きません。貴方を消滅させて問題を一つ消します!」

「理沙さんも私と同じことを言ってるじゃないか。やっぱり人間同じなんだね」


「理沙、僕たちは光村と唐館と一緒に真衣さんと早野を守りながら避難する。萌を増援によこしたから、理沙と萌も終わったら真衣さんの家に帰れ」

「オッケーです、頼みましたよ!」

幻が解除され、それと同時に【パーフェクトボール】を解除し、高波さんが他の皆と一緒にここから離れていった。

「先生、とっととこのクソ野郎を倒して帰るわよ。折角の遊園地での楽しい時間が台無しだわ」

萌さんが言う。先輩の望みを叶えるために遊園地に来たのに、どうしてこんなことになっているのだろうか。

「それじゃあ、始めようか。こっちにも増援は居るしね」


「うおりゃああっ!」

「ふっ!」

リンさんを出し大輝に振りかぶると、大輝の方も掌に大きな針を出現させリンさんを受け止める。萌さんには後から来た人形達を破壊して欲しいと伝えたので、人形達を片っ端から叩いて周っている。

「【人形のサクラメント】」

大輝がそう唱えると、大輝の周りから無尽蔵に人形が湧き始める。

「なっ!?」

萌さんに人形は全て任せる戦略で戦おうとしていたのだが、予定が狂ってしまった。前に大輝が言っていたことを思い出したが、『持ってた人形を殆ど食べられちゃったんだよ。調達費用もばかにならないのに』と言っていた気がするが、買った人形をそのまま使うスタイルではなかったのだろうか。先輩と一緒に行ったモールでも、大輝はプラスチック製の人形を買っていた。人形を魔力で生み出せるのなら、わざわざ買っていた意味は…?

「おや、想定外という顔だね、こういう時は動揺したほうが負けると決まっているんだ、このまま押し切らせて貰おう。…【閃光福音】!」

全ての人形達が次々と光り輝き、何らかのエネルギーを溜めていく。

「萌さん、私のそばに来て下さい!」

「言われ…無くてもっ!!」

萌さんはしがみついていた人形をハンマーで殴って叩き飛ばし、私の近くに来た。

「【パーフェクトボール】!!」

本日三回目の【パーフェクトボール】である。中々に使う機会が多いこの技に感謝しながら、これからどうするか考えていた。

「先生、作戦を練り直すわよ。人形の残基が実質無限じゃ、それを一体一体ご丁寧に叩いたって意味はない、こっちが消耗するだけ」

「分かってますよ、ただ…」

「ただ?」

「大輝は元々、人形を『買う』タイプだったんです。なのに、あんなふうに生み出せるのならわざわざ金かけてまで買う意味はない。『買う』という行為がただの私達の認識のミスリードを狙うための行為ならそれだけの問題になるんですが、違う気がします。あの技には何か弱点があると思うんです」

「…で、どうするのよ。弱点があるはずとは言っても、それが分かんないと話になんないわよ」

「そこで萌さんにお願いです。【フォルトゥーナ・ネクサス】を【パーフェクトボール】の外に向かって放って下さい」

私の作戦はこうである。只今現在進行系で放たれている【閃光福音】は、光り輝く極太のビームであった。この状態だと大輝は目を開けるのもやっとな光量であり、こちらのようすははっきりとは確認出来ない。その状態で三百六十度全方位に萌さんが釘を放つと大輝は逃げる間も無いので人形を防御に使うのだ。その人形を観察して、弱点を暴こうというわけである。

「じゃ、やるわよ。…【フォルトゥーナ・ネクサス】!!」


釘は放たれ、それに気付いた大輝は【閃光福音】を解除し人形を縦にして釘を防ぐ。釘が刺さった人形は色無しのようにパズルピースになって崩れ落ち、それを私と萌さんは見ていた。

「作戦成功ね、先生!」

「ですね、萌さん!やっぱりあの人形は本物じゃない、攻撃するためだけのかなり脆い人形なんですよ!」

それなら勝機はある。

「…どちらにしたって、こっちの人形は無限なんだから意味は無いだろう?悪あがきはよして…」

「いーや、意味ありますね!萌さん!」

「オッケー!【アドアステラ・フルティクルス】!!」

釘が空中で波紋状に広がり、

「【マジックワイヤー】!」

「【マグナムテールム】…【マギアスタンプ】ッ!!」

透明にして地面にこっそりと張り巡らせていた私の【マジックワイヤー】で大輝を拘束し、萌さんは威力の強い釘の雨を降らせた。大輝はまんまと縛られ、釘から逃れようとするが身動きが取れないでいる。

「っ、全体、集合っ!!」

人形達は大輝の周りに集まり、大輝の周りを覆っていく。やがて大輝は人形の隙間からも見えなくなり、完全なる防御形態に入ったことが分かった。

「今です、萌さん!」

「【グランデ・クラーウィス】!!!!」

大きさ約一メートル半の巨大な釘を出し、

「【マジックワイヤー】!!」

私の糸でブレないように釘を固定する。

「準備オッケーです、萌さん!」

「うあああああああああああああああああ!!!!【マギアスタンプ】ウウゥゥゥッ!!!!」

萌さんが雄叫びを上げながら、ハンマーを釘に向かって振り下ろす。カァーンッ!!と激しい金属音を上げ人形達を貫いてゆく。釘の向かっている先は、大輝だった。

「トドメの…もう一回よっ!!!」

人形達が固まっていたところを釘が貫き、大輝を縛っていた糸に一際大きい振動があったことを確認した。そして、貫かれた人形がパズルピースになっていき、最後に姿を現したのは眉間から身体全体を貫かれた大輝の姿だった。

「…やったわ…!」

萌さんが地面に降り、大輝に近づく。だが、何かがおかしい。人形が消えていない、分離もしていない、これは…

「萌さん、危ないっ!!」

大輝がニヤリと笑った気がして、私は全速力で萌さんに駆け寄り、横から萌さんを押し出す。

「【閃光福音】」

「【チェーンウォール】ッ、【パーフェクトボール】ッ!!」

咄嗟に防御用の技を出したが、

「…ッ!?」

【チェーンウォール】は焼き切れ、【パーフェクトボール】も為す術もなく破れてしまった。何処か引っかかる。溜め無しでこんな威力があったなら、最初からその威力で撃ってしまえば一気に勝てたのに。

「…っ、あ…!!」

痛い。熱い。焼け死んでしまう。段々と溶けていくようになっていく全身の感触がある。【閃光福音】が私に到達する直前に身体を右手が一番ダメージを負うような角度に置いてできるだけ長く耐えていられるような体制をとったが、分離は時間の問題だ。左手には器があるため身体の後ろに置いて閃光を届かなくしているが、もう既に右手は骨を残して焼け落ちてしまった。今は顔が爛れたようになっているのだろうが、何分この閃光の中目を開けてしまうと失明してしまうため確認する術は無い。



「これだけは使いたくなかったわ…」

私は大輝の所へ走り、これだけは絶対に使うことは無いだろうと高を括っていた技名を唱えた。

「【ペルソナ・ノン・グラータ】!!」

【フォルトゥーナ・ネクサス】のように大きな釘が私と大輝の周り全方位に配置される。だが、釘の先は外側ではなく、内側を向いていた。唱えた者を中心に釘が配置され、その範囲内に居る人もろとも巻き込む技。自爆技…とは少し違うが、まあそんなところだ。

「あんたはね、この技の名前のように『歓迎されない人物』なのよ、大輝!!」

釘は大輝を巻き添えにして、私を貫いた。



【閃光福音】が止んだ。一分程度も無かった筈なのに、永遠にも近い時間焼かれていた感覚だった。既にもう身体の右半分は機能を停止どころか、骨を残して消滅している。大輝の方をなんとか向くと、萌さんの分離した身体が大輝に覆いかぶさるようになっていた。萌さんと大輝の身体には大量の大きな釘が突き刺さっており、凄惨な光景になっている。大輝が口を動かした。

「…まだ分離してなかったのかい、理沙さん。しぶといなあ」

それはこちらのセリフである。眉間から身体を真っ直ぐに串刺しにされ、さらに釘が身体のあちらこちらに突き刺さっていても何故未だ分離していないのか。だが、それよりも先に。

「【マジックワイヤー】!!」

萌さんの器を大輝に破壊される前に、【マジックワイヤー】で手繰り寄せる。

「真衣さんの二の舞いにならないようにした訳だね。あ、駄洒落じゃ無いからね、今の」

「………」

どうすれば、倒せるのだろう。驚異的な耐久力と攻撃力を持った相手。考えている間にも、大輝は人形で突き刺さっていた大量の釘を抜き、身体に空いた風穴に人形の綿を詰め込んでいる。その姿は、まるで紅い綿を詰められた人形のようだった。

「無言かい?まさかとは思うけど、降参?それだったら嬉しいなあ」

そんな訳ない。だが、どうして良いのかまるで分からない。

「…何も喋らないなあ。それじゃ、バイバイ。…【閃光福音】」

また、あの閃光が迫ってくる。だが、動けない。身体が反応してくれない。黒液も萌さんに大量の技を打ってもらうため渡してしまい黒液切れを起こしていて、意識が朦朧としている。もう、為す術もない。


その時、身体の底から力が湧き上がってきた。左手の甲にある器は白く光り、黒液を無尽蔵に生成する。下半身は蜘蛛の腹のようになっており、足は無くなっていた。背中から六本の蜘蛛の足が生えてくる、八本ではなく六本なのは多分手を引いた数なのだろう。感覚で、これが【覚醒】なんだと分かった。糸で止血をすると共に、右半分の身体の骨に沿って義体を作り無理やり動かす。とても口で言い表せることの出来ないような痛みだが、まだ動ける。飛んで【閃光福音】から逃れ、同時に衣装も少し変化していることに気付いた。袖は肩から手に近づくにつれて袖わたりが大きくなり、スカートの裾の模様は青い炎のようなものから赤い蜘蛛の巣のようになっている。胸の太陽の模様は蜘蛛の口を正面から見たようなものになっていた。これなら、大輝を倒せる。…だが、何か私の意思とは違うものも感じる。あまり多用はしないほうが良さそうだ。

「…成程、【覚醒】か。だが、ダメージは癒えて無いようだね」

「…だから、何なんですか?それは貴方も同じことですよ」

大輝の身体の穴は確かに綿で塞がれはしたが、それだけだ。ただ、塞がれただけ。私と大輝で、条件は同じだ。確かに右半身はもう無いが、糸で代用できる。なぜこの状態になっても分離していないのかは分からないが、今現在そんなことはどうでもいい。動ければそれで良いのだ。だが、一つだけ引っ掛かることがあるとすれば、大輝に痛がるそぶりが少しも見られないことだろうか。

「それじゃ、第二ラウンドを始めようか」


『・違法武器

現世から持ち込まれた物質の武器。影で使うと現世に影響が出る他、その物質に使われた物質の分だけ現世の元素が減るので緊急時の政府にしか使用は認められていない。稀に強い思念から生まれた色無しが所持していることがあるが、使用が禁止されているだけで所持は許可されているので持ち帰ってもよい』

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